上 下
4 / 6
二章「スピラ戦争休戦協定」

第二話[母の最期]

しおりを挟む
1861年8月28日。父が出兵してから約七年の月日が経った。
エリカは13歳の誕生日を迎え、今となっては昔の様な可愛らしいあどけなさは大概において無くなり、それに加え、お姉さんの様な気取った様相を見せる程でもあった。

然しながら今日(こんにち)に至っては、メルスケルクの煉瓦造りの摩天楼群を分厚い綿飴の様な雲が覆う程であり、この悪天候に関してはたれ(誰)もが頭を抱えてメランコリーに陥るものであった。

女手一つで娘を育ててきた母親にとっても、この天気を一目すると忽ち今までに積もり積もってきた倦怠感に襲われるものであり、彼女達にとっても、町民にとっても、決して良いムードの日とは思えなかった。

小鳥があちこちで清らかな声を発しながらあちらこちらのガス灯、軒先にとまる今日の日の事。

何やら外界からは金管楽器の奏者達の軽やかな音色が児玉の如く街の外壁という外壁に響き渡り、それと共に町民達の歓声が共鳴してはまた高ぶり、響き渡っていた。

「お母さん、何か外が騒がしいけど、何かのイベントかしら?」

「‥‥ほんと、真昼間から物凄い騒ぎね。ちょっと外でも覗いて来ましょうか」

そう言うと彼女の母親は、玄関のドアを開け、辺り一面を見渡した。

メルスケルクの中央通りを凱旋するかの如く馬車、歩兵、軍楽隊が国家を歌いながら行進している。

「兵隊さん‥‥。‥‥!お父さん‥‥!!」

すると母親は胸を高鳴らしながら家を飛び出し、中央通りを行進する兵隊の中から夫は何処か、何処(いずこ)にいるのか、と必死に目を凝らして探し回った。
しかし、そこに夫の姿は無く、ただただ街道のガス灯に括り付けられた『スピラ戦争休戦協定成立!!』と記されたフラッグがゆらゆらと棚引いてるだけであった。

何とも歯痒い気持ちに駆られながらも諦め、項垂れた様子で家に帰り、玄関のドアを開けようとしたその時であった。

??「待って下さい!」

母親がメランコリーな気分で振り返ると、そこには一人の細身の青年が立っていた。
ざっと言って、二十代前半と言ったところだろうか。
グレーの渋い軍服に身を包み、何やら手元にはホワイトカラーの小箱を持っている。

「‥‥どなたでしょうか」

母親が急性的な倦怠感に襲われながらも、小さく声を振り絞って聞くと‥‥

「どうも、アキレアさんの‥‥奥様ですよね?不躾ながら‥‥これ、アキレアさんの‥‥御遺骨です。申し訳ありません‥‥。あの時、貴女の御主人が私の事を庇ってくれなかったら今頃私は‥‥」

「‥‥そんな‥‥‥」

ショックの余り口を手で隠す母親。
その目からは怒りと屈辱の涙がポロポロと流れ落ちていた。

話を終えて屋内に入り玄関のドアを閉める母親。
未だに動揺が続き、その小箱を持つ手は曽てない程に震えている。

「お母さんどうしたの?」

エリカが心配して母親の元へ駆け寄る。

「あはは‥‥お母さんちょっと今、頭に血が上っちゃったみたい‥‥。買い物でもして気晴らしして来るわね」

そう言うと、母親は何とも憂鬱そうな暗い表情を浮かべながらエリカの顔を一瞥することもなく一目散に家を後にした。

「ちょっとお母さーん!バスケット(籠)忘れてるよー!」

しかし彼女の母親はそれを聞き入れる事なくそそくさとメルスケルクの行き交う人混みの中に消えていってしまった。

その翌日の事である。
街外れの海岸で恐らく崖から飛び降りたであろう全身がバラバラになった女性の変死体が発見された。

しかし、エリカはその事実を知らなかった。

……………………………………………………………………

【メモ】

・1861年8月28日スピラ戦争休戦協定成立

・父親1861年8月27日戦死

・母親1861年8月28日崖から転落死(自殺)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Alice in the Darkness~闇の国のアリス~

闇狐
ファンタジー
前作『Little Red Riding Hood』の続編。 前作『Little Red Riding Hood』の主人公赤ずきんの娘のアリスが夜のメルスケルクの街を舞台に駆け巡る! 果たして皆が寝静まった夜の街で待ち受けている出会いとは?

Little Red Riding Hood

闇狐
ファンタジー
彼のグリム童話、赤ずきんのストーリーを360度塗り替える!? 新感覚、ちょっぴりダークサイドな赤ずきんの物語です。 #Black fairy tale #赤ずきん

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...