上 下
2 / 2

鉄拳制裁

しおりを挟む
 レフィーナをリードし、騒動の真っ只中で優雅にワルツを踊る。
 多少困惑しながらも音楽のリズムに合わせてステップを踏む彼女。

 やはり身に付けた技術と言うのは、この様ないきなりな場においても片鱗を見せるのだな、とレフィーナの培ってきた努力や修練にほとほと感心させられる。
 くるくると回るレフィーナのドレスは遠心力で大きな円となり、それはまるで満開の華の様だ。

 優雅に、ゆったりと奏でられる音楽に合わせて。
 貴族達の注目や晩餐会などはそっちのけで。
 二人だけの世界へ入り浸った。

 一身に降り注がれる、酷く驚いた顔達の視線が妙に心地良い。
 ギャラリーと地に伏す令息は、所詮晴れやかに踊る私達の背景や舞台装置に過ぎない。

 最初こそは暗い顔をし、困惑していたレフィーナも、今では明るい表情でダンスを楽しんでくれている。

 そう、今宵はレフィーナが結婚する旨を社交界に報告する為に開いた晩餐会。
 主役はあくまでも、花嫁となるレフィーナであるはずだったのだ。

「ぐ…ぐくッ…一体何が…?」

 二人でダンスに興じている途中、真紅のカーペットで寝ていた愚か者が、頭を抱えてふらふらと起き上がる。

 もっと強力な一撃で沈めておけばよかったと後悔しながら静かに舌打ちした。

 真紅のカーペットで坐するペルーガ。
 彼を見下ろしながら問う。

「さて、ペルーガ様にお尋ねしたいのですが」

「なんだ?」

「レフィーナが貴方以外の男性と逢瀬していたと言う話は本当でございますか?」

「本当だとも!こちらにいる他の令嬢もその場を見ている!!」

「嘘です、私はその様な事をしていません!」

 レフィーナの訴えを無視するペルーガ。
 彼が指し示す手の方には複数人の令嬢達が居た。
 彼女達の表情はまるで憎き仇を見ている様にもの鋭くこちらを睨み付けている。

 特にレフィーナに対しての彼女達の視線はとても冷たく感じる。

 しかし、これは好機だ。
 役者が出揃ってくれたお陰で、おおよそ状況を把握し理解する事が出来た。

 この件に関してはペルーガに心から感謝の意を述べたい……。が、このすぐ後にその価値も無くなるだろう。

「さてクリフ。ここに例の物を」

 そう言って指を大きく弾く。
 パチンッと軽快な音を立たせた。
 どこからともなく、グランベル公爵家に所属する、私の専属執事が風の様に現れた。

「お待たせしました、メリアベルお嬢様」

 黒い燕尾服に身を包み、首を垂れる細身の金髪の青年。
 均整な顔立ちでクールな表情のクリフは、下手な貴族にも引けを取らない男前だろう。
 事実、他家の令嬢達からの人気も高い。
 幼少の頃からグランベル公爵家と私に仕える、当家自慢の実に有能で優秀な執事だ。

「メリアベルお嬢様。こちらが依頼のありました例の写真でございます。どうぞお受け取り下さい。」

 首を垂れるクリフの手から、分厚い束を受け取ると満足して微笑む。

「ご苦労様、クリフ。今日はもう帰宅して良いですわよ」

「では、お先に失礼致します。」

 クリフは霧散する風の様に去さった。

 手に取った分厚い束をパラパラとめくる。
 それらの一枚一枚に、思った通りの光景が正確に描写されていた。
 やはりクリフは良い仕事をする、と心の中で感心し微笑む。

「これはこれは、中々良い絵が撮れていますわね。…ペルーガ様もご覧になりますか?」

 笑みを浮かべ、束を差し出す。

「よ、寄越せッ!!」

 ペルーガは奪い取る様に写真の束をふんだくる。
 どの様にしたところで、この結果など変わらないのに彼は実に哀れだ、と心の中で嘲笑う。

「…な、な…。こ、これは……一体……!?」

 彼が束の中を見て驚くのも無理はない。
 其々の写真には令嬢と共に、裏路地の宿屋へと入るペルーガの姿が写っていたのだ。
 それも、一枚毎にペルーガと共に写る令嬢が違う様だ。

 ただ、この写真から確認できる事…
 それはペルーガが毎日別の令嬢と、裏路地の宿屋で爛れた関係を楽しんでいたと言う事である。

「ペルーガ様!これは一体如何いう事です!」

「あ、いや、これは、その…」

 ペルーガに問い詰める令嬢達。
 如何やら彼女達も都合の良い言葉で操られていたのだろう。

「あらあら、毎日別のご令嬢方と逢瀬していたのは、如何やらペルーガ様でしたようですね。不義理を働いていたのはレフィーナではなく、貴方ではなくて?」

 図星を突かれて、表情を曇らせたペルーガは爪を噛む。
 そして睨み付け吐き捨てた。

「…チッ…男に見向きもされない女のくせに…ッ!!余計な事をッ!!」

 レフィーナへの謝罪の言葉が聞けると思っていたのは、どうやら期待し過ぎた様だ。

 自分の不義理に悪びれもせず悪態をつくペルーガ。
 彼の口から発せられる、他の愚か者が私へ言い放つ、いつも通りの罵倒に一つため息を吐いた。

「やれやれ、悪い事をしたと言うのに貴方は…。レフィーナに謝罪の一言もないのですか。」

「う、うるさい!黙れ!…この化物女ッ!!」

 挙げ句の果てに人を化け物呼ばわり、辟易としていた瞬間だ。
 ペルーガの頬にレフィーナの平手が飛ぶ。
 沈黙の大広間に軽快な音を響かせた。

「私の大切な人を侮辱しないで!!貴方なんかとの結婚なんて、こっちから願い下げですッ!!」

 正直驚いた。
 それはもう、私の胸がときめく程に。

「な…この…ッ!レフィーナ!オレに手を上げたなッ!!」

「メリアベルを侮辱した貴方なんて大嫌いッ!!」

 レフィーナの瞳は真剣そのもの。
 普段温厚で争い事を嫌う彼女からは想像出来ない状況である。
 彼女が誰かに怒る日が来るとは夢にも思わなかった。

「お前ぇッ!」

 激昂してレフィーナ襟首を掴み拳を握り振り上げる上げるペルーガ。
 振り下ろす拳にレフィーナは目を瞑る。

「覚悟しろよッ!!」

「ッ!?」

 でも、彼女の顔を何処ぞの馬の骨が殴る事など、この私が許すはず無いでしょう?

「させません。」

 刹那、ペルーガの手首を握り潰す様に掴む。
 湧き出る怒りで自然と指に力が入る。

「…私の大切なレフィーナに手を上げようとするなんて…。…ペルーガ様には、もっともっと、きつーい鉄拳制裁オシオキが必要な様ですね?」

 反面、今までに無いくらいの素敵な笑顔だった事だろう。
 片手でペルーガの頭を鷲掴みにし、ゆっくりと持ち上げる。
 指先が頭蓋を締め上げミシミシと音を立てた。

「…ひ…ひぃ…ッ!いッ!?痛ッッ!?」

 青ざめるペルーガの表情。

 さあ、私に捕まった彼はもはや逃走不可能、待ちに待った鉄拳制裁の時間です。

「…歯ァ食いしばって下さいませ、おバカ様ッ!!」

「ひゅッ!?」

 振り抜き、超高速で打ち込んだ拳はペルーガの顔面を捉えると、その場に音を置き去りにする。

「ぎゅぇッふッ!?」

 声にならない音が漏れる。

 グシャリと柔らかいトマトの様に潰れた顔面。

 砕ける歯、噴き出る鼻血は弧を描く。

 ペルーガの身体は轟音を立てて真紅のカーペットを転がっていく。

 大広間の端っこまで転がっていき壁に叩き付けられるとピクピクと痙攣していた。

「さぁてと…。」

 埃を払う様に両手を叩くと、振り向いてしゃがみレフィーナに微笑む。
 
 そして、彼女に右手を差し出した。

「ペルーガ令息との婚約も解消した事ですし。もう此処に用は無いはずですね。…さぁ私と共に、もっと楽しいところへお出掛けしょうか、レフィーナ」

 花の様に明るい笑顔を振り撒くレフィーナ。

「…はい!行きましょうメリアベル」

 レフィーナはその手を取り、返事をするや否や、私は彼女の身体を優しく軽々と抱き上げた。

 レフィーナの身体を抱きかかえながら、ざわめくギャラリー達を他所にして真紅のカーペットを歩く。

 そして、二人笑顔で大広間を後にした。

 後日、この騒動は社交界でもグランベル公爵家でも問題となったのだが。
 一部始終を見ていた良識のある他の貴族達やペルーガにいい様に扱われていた令嬢達の進言もあり、法務官の両親や大公のお祖父様から多少のお小言はあったものの、特に罰せられると言う様な事は無かった。

「メリアベル!こっちよ!」

「お待ち下さいませ、すぐ行きますわ」

 当の私は、ペルーガと婚約破棄をしたレフィーナとのデートに勤しんでいる。

 明るく輝く彼女を間近で見ていられるのは、やはり人生の中で一番楽しい時間だ。

 今後も二人には何かしらの困難が待ち受けていると思う。

 しかし、その度にその困難を何度も打ち砕くだろう。

 ─そう、私の、この自慢の鉄拳制裁こぶしで。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

さくらと遥香(ショートストーリー)

youmery
恋愛
「さくらと遥香」46時間TV編で両想いになり、周りには内緒で付き合い始めたさくちゃんとかっきー。 その後のメインストーリーとはあまり関係してこない、単発で読めるショートストーリー集です。 ※さくちゃん目線です。 ※さくちゃんとかっきーは周りに内緒で付き合っています。メンバーにも事務所にも秘密にしています。 ※メインストーリーの長編「さくらと遥香」を未読でも楽しめますが、46時間TV編だけでも読んでからお読みいただくことをおすすめします。 ※ショートストーリーはpixivでもほぼ同内容で公開中です。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

還暦彼氏

ハル
恋愛
茜の家は祖父と両親と弟の三世代、五人が同居の家庭。 茜の心配は、祖父の再婚?、それも勝手にそう思っているだけで、そんな噂も、話も誰からも出ていない。 そんなある日、家に来た同級生が、祖父に一目惚れ、あり得ない歳の差カップルは… R指定描画が含まれる場合は、タイトルにの後ろに*を付けるようにしています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...