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2,神の申し子がくる

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 コツコツと石畳を歩く革靴の音が聞こえて、ディーンは廊下の曲がり角をじっと見つめる。音だけで誰かを判断できるほど優れた能力は持っていないが、それ以上に稀有な能力を生まれながらに有しているディーンは、曲がり角から歩いてくる人物に見当がついた。


「ディーン!お前、今手は空いているか!」

 この国では珍しい黒髪を後ろに撫でつけて、獲物を逃さないとばかりに鋭い眼光をした長身の男が長い脚を素早く動かしこちらに向かってくる。怒号にはならない鋭い声が、この場を支配するのはこの俺だと主張する。血のように赤い目は、周囲の人間をまるごと飲み込んでしまいそうな力がある。
 その姿が特異で何かと注目を受けるが、実際は剣の腕が良く実力主義の努力家であることは騎士団に所属する者であれば誰でも知っている。
 恐ろしく強そうなこの男は、ガージフェクト国第二騎士団団長その人であった。

「はっ!」

 見回りを終えて短い休憩を取っていたディーンは、すぐさまその場で姿勢を正し足の踵を合わせると敬礼の姿勢を取った。騎士団の外套を翻しながら、やや慌てた様子に周囲の騎士団員も何事かと顔を見合わせている。
 何事かの有事であれば、一兵卒程度の下っ端であるディーンに声がかかるのは有り得ないことであるし、もっと言えば本来なら第二騎士団団長に名前を覚えてもらっていることさえも有り得ないことであった。しかし、慌てた様子に誰もがそのことについて言及することはない。それよりも何があったのか、興味津々のようだ。
 目の前で立ち止まった騎士団長は、じっとディーンを見下ろすがなかなか口を開かない。周囲の困惑はさらに深まるが、当の本人であるディーンの顔に変化はない。

 そしてようやく騎士団長は、ゆっくりと口を開いた。

「ついてこい」
「はい!」

 ディーンは勢いよく応えて、踵を返す騎士団長に続いた。
 行き先は、東の祭壇と呼ばれる東地区にある聖教会が所有する教会である。
 ガージフェクトの観光名所の星見丘に神の申し子が降臨されたらしい。その方は人属の容姿をしていて、とても小さくまるで子供のようであるという。見た目は子供だが、その実態は擬態しているかもしれないという用心のために第二騎士団団長のお付きとしてディーンを呼びに来たそうだ。
 面倒くさいことをするものだと、ディーンは内心で悪態ついた。神の申し子など俺には関係ないことじゃないか、と。

「お前、今心のなかでめんどくせえとか思ってるだろ」

 前を歩く騎士団長が口角を上げてニヤリとほくそ笑む。実に悪人面がよく似合っている。これで正義の公務員だと言うのだから、信じられない。極悪人と横に並んだら、間違いなく悪の親玉だと思ってしまいそうだ。ある意味、それほどまでに顔が整っているとも言えるが。

「団長も、読心術がお出来で?」
「馬鹿言うな」

 揶揄してみると、隊長はつまらなそうに吐き捨てた。その言葉は、間違いなく団長の心の声と同じだった。
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