上 下
26 / 33

26 王子たちの噂

しおりを挟む
 夜会まであと半月という時に、その噂がフィリアの耳に入ってきた。

 社交をマメにこなしていればもっと早く噂を知れたのだろうが、ついこの間まで第三王子に冷遇されていて、気弱で将来性の薄い第二王子の婚約者をしているフィリアへは夜会もお茶会も招待がほとんど無い。

 それは父に頼まれて参加した茶会で耳にした噂だった。

 近々ポナー家の資金提供で始まる大聖堂の改修、その事業で指揮を取る侯爵の夫人が開催した茶会は、年齢の高い女性の参加が多かった。

 フィリアは自分と同世代の女性には良い思い出が無いので、落ち着いて参加が出来ると思っていた茶会だった。

 席に着くと、同じテーブルに座った年配の婦人達がフィリアを見てヒソヒソと何事かを話している。

(婦人の集まりだからと言われて来たけれど、嫌な感じの茶会に来てしまったわ)

 そう思いつつも表情を崩さずにフィリアはお茶を頂く。

「―――王太子殿下の……でも皆が話しているわ。――だから……ではないかしら?」

「第二王子殿下は……けれど……あの方は……元が、ねぇ」

(王太子殿下とクリフ様の事を話しているのね。あのご婦人方はワザと私に聞かせて反応を見たいのかしら?)

 そこへ主催者の侯爵夫人がテーブルにやってきてフィリアに声を掛けた。

「ご機嫌よう、ポナー様。伯爵には幾度も我が家で主催した夜会にお招きしていたのですが、お忙しいようで残念に思っていましたの。けれども本日はご令嬢が私のお茶会に来て下さってとても嬉しいですわ」

 伯爵である父親が上位の侯爵の誘いを何度も袖にしている事が、夫人はお気に召さないようだ。もしかしたら、今日は少しイビられるかもしれない。

「恐れ入ります。父が不義理をしてしまったようで、大変申し訳ありません」

 フィリアは素直に侯爵夫人に謝った。

「その事は気になさらないで。……ポナー様は今度の王家主催の夜会には参加をされますの?」

 侯爵夫人が扇子の間から、好奇心を隠し切れない目を光らせながらフィリアを見る。

「ええ、もちろん参加をさせて頂きますわ」

「そうでございますの。王子殿下の事を皆が心配していますでしょう?お元気なお姿をお見せ頂きたいと思っておりますのよ」

(王太子殿下を心配?さっきの婦人達の会話といい、何かあったのかしら?それともこれが前にクリフ様が話されていた噂なのかしら?)

「申し訳ございません、私は存じ上げていないのですが、殿下のお身に何かおありなのでしょうか?」

 すると侯爵夫人はとても驚いたように声を上げた。

「まあ!ポナー様はご存知ではないのですか?皆がこんなにも心配をしていますのに!」

 同じテーブルに座った婦人達がまたヒソヒソと話を始めた。

「夫人、私は本当に何も存じ上げませんの。意地悪をなさらないで教えて頂けないでしょうか。きっとこの事は私の父も知りたいと思いますわ」

 父の名前を出したら、ようやく侯爵夫人はフィリアに近付き、扇子を耳元に当てて話してくれた。

「貴族の間では、王太子殿下が偽物だという噂で持ちきりですわ。第二王子殿下もお体がお弱いですし、次の夜会では第三王子殿下が新しい王太子に任命されると話している者もいますのよ」

「まあ!そんな事が!」

 フィリアは何も知らない風を装った。クリフォードが言っていた色々な噂が流れるというのはこの事に違いない。

 何も知らないフィリアからは新しい情報が得られないと判断した婦人たちは波が引くようにフィリアへの興味を無くしていった。

 元婚約者にまともに相手にされなかったフィリアは、きっと第二王子とも政略での冷えた関係での婚約だと思われている。

 婚約して半年経とうとしているのに、一度も共に社交の場に立った事が無いから無理もないし、枯葉令嬢と病弱な王子なのだから、吹けば簡単に飛んでしまうような存在と軽く思われているのかもしれない。



 お茶会の後、フィリアは父親に頼んで噂のことを調べてもらった。

 主な噂は、王太子が偽物で、似た人間を身代わりにしている。

 体調が思わしくなかった第二王子は自分の足で立てなくなり、車椅子が必要なほど体調が悪くなっている。

 兄二人の状態を考えると、第三王子が王太子になるだろう。

 この三つの噂が主に広まっているものだった。

(この噂は全て合わせると、クリフ様たちが隠していた真実の一部と、今まで偽装していた事、それと全くの嘘とが混ざっているわ)

 フィリアは改めて報告書に書かれた、たくさんの噂を読み返してみる。

(でも王太子殿下に成りすましていたのがクリフ様という事だけは、どの噂にも無いのね)

 そして噂の中には尾ヒレが付いていて、王太子は既に死亡しているのではないかという王太子の死亡説と、王太子・第二王子が共に暗殺されたという王太子と第二王子の死亡説まであった。

 さらに第三王子は優秀だ、隣国の王女との婚約は第三王子に変わってしまうのではないかといった第三王子の評判を上げるものも多くあった。

 フィリアは報告書を机に置く。

(噂の広まるスピードが速いわね。それに王太子殿下やクリフ様が死亡したなんて、噂の段階でもよく平気で話せるわね)

 伯爵邸で会って以来、クリフォードとは会えないどころか、クリフォードからの手紙も送られてこない。

 フィリアからは何度か当たり障りの無い内容の手紙を送ったが、手紙への返事は無かった。

 そして夜会の一週間前になると、贈り主の記載が無いドレスがフィリア宛てに届いた。

 クリフォードの瞳によく似た濃い青色のドレスで、裾には銀糸で繊細な花模様の刺繍が施され、腰には濃い茶色のリボンがアクセントとして付けられていた。

(ウエストのリボンは、クリフ様の髪のお色にそっくりだわ)

 ドレスには淡い黄色のメッセージカードが添えられてあって『愛しい貴女へ、当日お会いできる事を待ち遠しく感じています』と青いインクで書かれていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

【完結】捨てられた悪役令嬢は大公殿下との新たな恋に夢を見る

花草青依
恋愛
卒業パーティで婚約破棄を言い渡されたエレノア。それから間もなく、アーサー大公から縁談の申込みが来たことを知る。新たな恋の始まりにエレノアは戸惑いを隠せないものの、少しずつ二人の距離は縮まって行く。/王道の恋愛物(のつもり)

平民だからと婚約破棄された聖女は、実は公爵家の人間でした。復縁を迫られましたが、お断りします。

木山楽斗
恋愛
私の名前は、セレンティナ・ウォズエ。アルベニア王国の聖女である。 私は、伯爵家の三男であるドルバル・オルデニア様と婚約していた。しかし、ある時、平民だからという理由で、婚約破棄することになった。 それを特に気にすることもなく、私は聖女の仕事に戻っていた。元々、勝手に決められた婚約だったため、特に問題なかったのだ。 そんな時、公爵家の次男であるロクス・ヴァンデイン様が私を訪ねて来た。 そして私は、ロクス様から衝撃的なことを告げられる。なんでも、私は公爵家の人間の血を引いているらしいのだ。 という訳で、私は公爵家の人間になった。 そんな私に、ドルバル様が婚約破棄は間違いだったと言ってきた。私が公爵家の人間であるから復縁したいと思っているようだ。 しかし、今更そんなことを言われて復縁しようなどとは思えない。そんな勝手な論は、許されないのである。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。

婚約破棄になって屋敷も追い出されたが、それ以上の名家の公爵に好かれて

ワールド
恋愛
 私はエリアンナ・ヴェルモント、一介の伯爵家の娘。政略結婚が突如破棄され、家族にも見放されてしまった。恥辱にまみれ、屋敷を追われる私。だが、その夜が私の運命を変える。ある名家の公爵、アレクサンダー・グレイヴィルが私に手を差し伸べたのだ。彼は私をただの避けられるべき存在とは見ず、私の真の価値を見出してくれた。  アレクサンダーの保護の下、私は新たな生活を始める。彼は冷酷な噂が絶えない男だったが、私にだけは温かい。彼の影響力で、私は社交界に再び姿を現す。今度は嘲笑の対象ではなく、尊敬される女性として。私は彼の隣で学び、成長し、やがて自分自身の名声を築き上げる。

妹が寝取った婚約者が実は影武者だった件について 〜本当の婚約者は私を溺愛してやみません〜

葉柚
恋愛
妹のアルフォネアは姉であるステファニーの物を奪うことが生きがいを感じている。 小さい頃はお気に入りの洋服やぬいぐるみを取られた。 18歳になり婚約者が出来たら、今度は私の婚約者に色目を使ってきた。 でも、ちょっと待って。 アルフォネアが色目を使っているのは、婚約者であるルーンファクト王子の影武者なんだけど……。

悪役令嬢のお姉様が、今日追放されます。ざまぁ――え? 追放されるのは、あたし?

柚木ゆず
恋愛
 猫かぶり姉さんの悪事がバレて、ついに追放されることになりました。  これでやっと――え。レビン王太子が姉さんを気に入って、あたしに罪を擦り付けた!?  突然、追放される羽目になったあたし。だけどその時、仮面をつけた男の人が颯爽と助けてくれたの。  優しく助けてくれた、素敵な人。この方は、一体誰なんだろう――え。  仮面の人は……。恋をしちゃった相手は、あたしが苦手なユリオス先輩!? ※4月17日 本編完結いたしました。明日より、番外編を数話投稿いたします。

妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る

星名柚花
恋愛
魔法が使えない伯爵令嬢セレスティアには美しい双子の妹・イノーラがいる。 国一番の魔力を持つイノーラは我儘な暴君で、セレスティアから婚約者まで奪った。 「もう無理、もう耐えられない!!」 イノーラの結婚式に無理やり参列させられたセレスティアは逃亡を決意。 「セラ」という偽名を使い、遠く離れたロドリー王国で侍女として働き始めた。 そこでセラには唯一無二のとんでもない魔法が使えることが判明する。 猫になる魔法をかけられた女性不信のユリウス。 表情筋が死んでいるユリウスの弟ノエル。 溺愛してくる魔法使いのリュオン。 彼らと共に暮らしながら、幸せに満ちたセラの新しい日々が始まる―― ※他サイトにも投稿しています。

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

処理中です...