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幼少期編
殿下と社畜
しおりを挟む王妃様はレオンハルト殿下に話を振る
おれを凝視し何も話さない殿下に対して冷たいと思えてしまう声で発言を促す
殿下は口を、何度かはくはくと開き、言葉を選んでいるようだった…
「……っ、母上…俺は………………
あの…………ル、ルディヴィス公爵子息殿…グラスを貴殿に投げつけ怪我をさせた事…誠にすまなかった…」
必死に言葉を選び、レオンハルト殿下が告げた言葉はおれの怪我に対しての謝罪…それも確かにあるが、それよりも重要な事がある
「レオンハルト殿下、ぼくも酷い暴言を浴びせてしまい申し訳御座いませんでして…傷は少し残りましたが、10針縫う程度で済ましたので大丈夫です…
ただ…殿下が真に謝罪すべきは、ぼくの義妹であるシャルティに対してです…それはおわかりですか…?」
おれの言葉にビクリとレオンハルト殿下が震えたのがわかる、痛い所を突かれたような反応だ
この発言くらいならセーフだろう、10針縫うのは痛かったがそれよりも重要な事、一番精神的な苦痛を浴びされたのはシャルティだ、それを忘れてはいけない、だから少しくらい脅してもいいだろう…
可愛い可愛いシャルティが、噂を鵜呑みにしておれを兄だと呼びたくないとか言ってみろ?社畜なこのおれが死ぬ!
もう会いに来なくていいから、反省して後でシャルティに謝罪の手紙を書いてくれたりしたらいいのになと思っていたら、現実は違った
レオンハルト殿下は泣いていた
さすが乙女ゲームの攻略対象者で王子なだけあって幼少期もとんでもなくイケメンである
その殿下が泣いている…………ボロボロと大粒の涙を流しおれを見ながら泣いている………なぜ
「………ぅっ………っ………………しゃ、シャルティ殿には…ちゃんど、謝罪ずる…すまなかった…………でも…お前のぞれ………額の……10針って…大怪我じゃないか………っつぅ゙………うううっ………俺は……俺がっ……ひっく……ぅ゙うう………」
なるほど…軽いかすり傷かと思ったら10針縫って更には、寝込むほどの大怪我を負わせてしまった事に気づいたのか…暴力が死を与える恐怖と罪悪感が溢れて…って感じか?
子供の喧嘩で力加減が出来なくて、よく保護者もでてきて大変だと社畜前世の姉さんが言っていたことを思い出す…殿下は殿下で怖かったんだな…
悪いことをしたと、その事実に気づき、人を傷つける行為を反省し自分が怪我をさせてしまった相手死を怖がる事が出来るのは偉いことだよレオンハルト殿下………
おれは王妃様に目配せしレオンハルト殿下の下に行ってもいいか確認する
やさしく微笑みながら頷く王妃様…まじで人格者だわ…推せるわ男だけど
ボロボロと泣き続けるレオンハルト殿下の下へ歩き、その足元に膝をつく
シャルティと同い年のレオンハルト殿下はおれよりも小柄だ…なのにあんなフルスイングでグラスを投げることが出来るのだからそれは才能かもしれない
嗚咽を漏らす殿下の手を取り、自分の額の傷を覆う包帯に触れさせる…ビクリと震えたのが分かったが知ったことではない
レオンハルト殿下としっかりと目を合わせると逸らすことは無く見つめ返してくれる気持ちはあるらしい
「レオンハルト殿下、その涙は恐怖ですね?命が自分の手で奪われてしまうかもしれない…その事をぼくへの行為で今回学んだのでしょう…とても怖かったと思います
でも、殿下は死を与える行為を、痛みを与えることを間近で知る事が出来た…それは良き王となるのに大切な事だとは思いませんか?
ぼくはちゃんと生きています、それは殿下が心の何処かで人を傷付けてはいけないと力を抑えたからです、今回の事を良い体験として、人の身体を、心を傷付ける行為がいかに酷いことかご理解下さい
人の痛みを…悲しみを理解できる王にぼくは、将来生涯を掛けて仕えたい…それが未来のレオンハルト殿下、あなただったら嬉しいです」
レオンハルト殿下よ良き王になってシャルティが、家族が幸せに暮らせる世界にして欲しい…それが本音だ
悪役令嬢の断罪など人の心が乏しいからする事に決まっている、自分の婚約者を放置して他の女と浮気して挙句の果てに断罪したら一番悪いのは放置した男だ…乙女ゲームでのレオンハルト殿下はきっとそんな男だったのだろう…
だが、今おれの目の前にいるレオンハルト殿下は違う…自らの行いを反省して次へ生かせる存在だ
おれの言葉に殿下は更に涙を流しながら、前のめりに姿勢を変え、床に膝をつくおれの頭を抱き込む
抱き込む腕が震えているのがわかる…生意気に見えたけど本当はいい子なのかもしれないとわかってきた…
「ルディヴィス……ルディヴィスっ……ごめんなさいっ………生きててくれてよがったぁ…………ぅぅうぁあぁぁ…………」
話し方変わってるし呼び捨てだが、まあいい
おれの頭にしがみつきながら泣きじゃくるレオンハルト殿下は王族だが、ただの5歳の少年のなんだなと理解した
好きなだけ泣かせてあげようと、おれは殿下に更に近寄り腰に手を掛け抱き寄せる
今の気持ちは親戚の子が悪さして謝って来た時に、反省できて偉いなって褒めていたあの頃のおれだ
……………………
……………
………
「レオンハルト…きちんと謝れた事はいい事だが…お前はそんなに甘えたがりだったのか…?
すまないルディヴィス公爵子息…反省はしているんだ…許してやって貰えるか?」
結果、どうなったのかと言うと…
王妃様がちょっと動揺するレベルでレオンハルト殿下に懐かれた…泣き止んだ殿下はおれを自分の隣に座らせて腕にしがみつき頭を撫でろと言わんばかりにすり寄ってくる…何故だ
懐かなかったクソガキが懐いてくれた生前の甥っ子達との交流に似ている気がして…ぐりぐりとすり寄ってくる頭を撫でる…撫でることを求められてるんだから不敬じゃないはずだ
「王妃様、レオンハルト殿下はまだ知らないことが多いだけで、向上心のあるとても素晴らしい人だと、ぼくは思います
それに、ぼくも5歳の頃は撫でられるの凄く好きだったので…レオンハルト殿下も同じ気持ちなんじゃないでしょうか…?」
「すんっ……ルディヴィス……いいニオイする………優しいんだなお前………」
当たり障りの無い返答をしつつ、懐いてきたレオンハルト殿下を撫で続ける…髪質はシャルティよりも少し硬め…犬のようだ…なんて思ったら不敬だよな?
そんな事を考えつつ、懐かれて悪い気はしないのだ
だが、匂いを嗅ぐな、なぜ嗅ぐ!?!
おれに懐くって事はシャルティとも仲良くなれるって事だろう?婚約者にしないでとか、断罪なんてするなよとかそんな要望が通るかも知れない…人間関係で事態を回避できる、素晴らしい
父様は無事に問題が収拾し、何か考えがあるのか王妃様に耳打ちをしている場面もあったがおれには聞こえなかった
…………………
……………
……
「今回の件は私から現在隣国への視察に行っておられる国王陛下にお伝えします、シャルティ嬢の噂についても王家より事実無根と声明を出しましょう
招集に応じてくれてありがとうルディヴィス公爵子息」
謁見を終え、王妃様からのお言葉を貰い父様と一緒に後は帰るのみとなった…王妃様…超いい人なんだよな…この国に生まれてよかった…男だけど王妃様選んだ国王陛下ナイス過ぎる…
父様と礼をし足を踏み出し、馬車に向かおうとするが…レオンハルト殿下はとんでもない事を言い出した
「……………っ、ルディヴィス…!!お前の額の傷…俺のせいでそんな酷い事になったのは事実だ……だから、だから!
責任取って、お前を俺の妻にしてやる!嬉しいだろう?」
「えっ………?全く気に病んではおりませんので…謹んで辞退させて頂きます」
無意識に爆速で丁重にお断り差し上げてしまったおれ…
レオンハルト殿下今、なんて言った???責任取って婚約者????
こういう展開になるって事は……やっぱこれ乙女ゲームで悪役令嬢と王太子殿下が婚約する前日譚みたいなやつだったって事かー!!!
怪我をしたのがおれだから、おれに白羽の矢を立てようとしたという事か…しかし、お前には学園に入学したら可愛いヒロインが待ってるんだ…今の言葉は忘れろ殿下…
そんなおれの心境には誰も気付かず、王妃様は丁重に断られているレオンハルト殿下を見て笑っているし、父様は公爵家を継ぐのに傷の1つや2つ威厳になるので大丈夫ですと、こちらも丁重にお断り差し上げている
振られて恥ずかしいレオンハルト殿下は何かを呟いて奥の部屋に立ち去ってしまった………
こうしてお茶会での騒動はおれのおやつが3日分無くなるだけという軽症で幕を閉じたのだ
シャルティに殿下婚約者の話が舞い込むことも無くとてもいい結果なったんじゃないだろうか…!
父様と手を繋ぎながら公爵家に帰るとシャルティと母様がプチパーティーの準備をして待っていてくれた…嬉しい
おれは知らない…殿下がなんと言っていたか…
1週間後から訪れる日々の変化を予想する事など出来なかった
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