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8話 ひつじの冒険

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 朝日と共に目を覚ましたぽむの隣ではご主人が眠っていた。
 自分が足を引っ張ったせいで大怪我をさせてしまったのに優しく大丈夫だよと言ってくれたことを忘れることはない。
 そしてあんなことは二度とあってはいけない。
 強くならねばならない。
 ぽむの目に火が灯る。

 今日、ご主人は一日中寝ている。
 何やら忙しいらしくずっと寝るらしい。
 ぽむはチャンスだとばかりに身を起こして、すやすやと眠るご主人の寝顔を目に焼き付けて身支度を始める。
 顔を洗い、クシで毛を整え、魔導書を持てば準備はバッチリ。
 離れて行動することに寂しさを覚えて悲しい表情を一瞬だけ見せるが、怪我を負った時のご主人を思い出せば、そんな気持ちは払拭される。
 扉を開けばぽむの冒険が始まる。

 ルキファナス・オンラインの従魔というのは、自由に行動することができる。
 死んだ際のデスペナルティはプレイヤーと同じ。
 つまり主人が不在の際でも一人で強くなることができる。
 しかし、ほとんどの従魔はそんなことをしない。
 なぜなら主人と離れることはダメだと心の奥底に刻み込まれている。
 命令でもされない限りは望んで主人と別行動は取らない。
 テイマー側も極力、従魔が嫌がる命令はしない。
 信頼度が下がれば従魔契約が切れてしまう。

 宿を出たぽむは不安が一気に押し寄せてきていた。
 いつもなら隣にはご主人がいて、人が多いときは抱き抱えてくれた。
 いつもご主人についていくばかりで道もほとんど覚えていない。
 キョロキョロと辺りを見回してもぽむの背丈では人が壁になって遠くを見ることができない。

 それでもぽむは微かな記憶を頼りに目的地を目指す。
 そこにいっても強くなれるかは分からないが、望みがあるとすればそこ以外には考えられない。
 モンスターと戦ってレベルを上げる方法もあるが、それは選択肢から外している。
 決して死ぬのが怖いわけではない。
 もしも死んでデスペナルティになればご主人に迷惑をかけてしまう可能性がある。

 歩いても歩いても目的地には辿り着かず、気づけば覚えのない通りに出ていた。
 薄暗く表の通りとは別ものの雰囲気が漂っている。
「メェ」
 とりあえず元の道に戻ろうと振り向けばダクトの上でふくよかな猫がくつろぎながらじっとぽむを見つめていた。
 ぽむは危険を察知してすぐさま逃げるが、逃げる方向が元きた道と異なっていることに気づいたのは結構な距離を走ってからだった。

「なんにゃ、にゃあの顔を見て逃げるなんて失礼なひつじだにゃ」
 猫はその様子をじと目で見ながら人語を喋った。
「めんどうだけど、報告はしておくにゃ」


§


 帝都に蔓延る悪。
 麻薬に人身売買は帝都でも問題視されているが未だに全てを排除することはかなっていない。
 特に目をつけられているのがチャコルルファミリーだ。
 チャコルルファミリーは今、勢力が二分していてお互いに争い合っている。
 元々は義理堅く人情に厚いファミリーだったが、変わり始めたのは最近になってのこと。
 麻薬に人身売買なんかには手を出さなかったチャコルルファミリーが他のファミリーと手を組んでメインの収入源にしようとしていた。
 もちろん保守派はそれに大反発し、先代の首領ドンであるチャコルル・シュトロフスを筆頭に改革派を断絶しようと動いている。

 改革派の中心にいるのはシュトロフスの実の孫であるチャコルル・キリロフス。
 父である首領・ボチャロフスが病気で倒れているのをいい機会にキリロフスは首領の座を狙っていた。
 ボチャロフスが倒れたのはキリロフスが毒を盛ったのではとも言われており、改革派の人数は少ない。
 しかし、他のファミリーを仲間につけていて優勢なのは改革派だった。
 しかも一部の貴族の助力もあると噂が流れていた。
 そういう事情もあって現在の帝都の裏は随分ときな臭いことになっている。

 そんなキリロフスのシマである路地に迷い込んだ一匹のひつじ。
 しかも、本人は自覚していなくてもかなりの人気がある。
「おいおい、こんなとこに噂のひつじがのこのこ歩いているぜ」
「高値で売れるぜ。今月のノルマどころか半年分になるかもしれねぇ」
 たまたま歩いていたチャコルルファミリー改革派の二人の男はひつじを見て笑みを浮かべる。

「メッ、メェ」
「逃げんじゃねえぞ、下手に傷つけると値が下がるかんなぁ」
 男はナイフを手に持ってひつじに近づく。
 ぽむはファイヤボールを放った。
 しかし、簡単に弾かれる。
「なんだぁ、このガキのお遊びみてぇな攻撃は」
「メェメェメェメェ」
 ファイヤボール、ダークボールを連発すれども男たちにはダメージを与えることができない。

 短い足を回転させて逃げても速度はほとんど出ていない。
 簡単に男に回り込まれ挟まれてしまった。

 汚い路地に爽やかな風が吹く。
 爽やかな風は言葉をのせていた。
「僕のお客に何かようかな?」
「でっ、出てきやがれ。どこにいやがる」
「ここで帰れば手荒な真似はしない」
「俺らチャコルルファミリーを舐めてんのか」
 爽やかな風から一転、強風が路地を抜けていく。

 二人の男の首筋に血が流れる。
 傷は浅いが本気になれば首を落とせると匂わせるように。
 ナイフが根元から真っ二つに割れて地面に落ちる。
「ヒィっ」
「くそがっ、逃げるぞ」
 二人は路地の奥へと逃げていった。
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