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第一章

その15

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「あの、立て替えてもらっちゃって本当にすみません……。」
「……別に。」
「教会まで案内もしてもらって…。」
「……別に。」


うぅ、気まずい。
すっかり気難し系女優と化してしまったオスカーさんの後を小走りでついて行きながら軽くため息を吐いた。


「……どうした、腹でも減ったのか。」
「なっ、流石にお腹いっぱいですよっ!」


ふふっ、と薄く微笑んだオスカーさんに少しだけ安堵すると、オスカーさんは「ほら、ついたぞ。」と教会を指さした。石造の教会は歴史を感じる作りだけれど、綺麗に整備されていて……きっと参拝する人が多いのだろう。昨日見た教会内部の椅子や絨毯は新しそうだった。

重厚な造りの扉は開かれたままになっていて……。中に入ると、涼しい外の空気よりさらに一段とひんやりした空気が身体を包む。
昨日はパニックで教会の中をじっくりと見ることはできなかったけれど……、改めて教会の祭壇の方向に顔を上げると、巨大なステンドグラスが目に入った。



トナカイ……?いや、狐……?
よく分からない真っ白な毛並みの生き物と女の子が寄り添って眠っている。
キラキラと輝く光の中で幸せそうに……。


「バウシュタインの守護竜……『工芸』と『清廉』を司る霜花そうか竜・フロスティオンだ。」


私が問いかける前にオスカーさんが口を開いた。フロスティオン……。


「えっと……狐なんですか?トナカイみたいな角……生えてますけど。」
「いや、犬だ。雪竜を眷属に持つ、地上にて最速の獣。………職人の多いバウシュタインにはフロスティオンの信仰者が多いらしい。……それより西瓜スイカは探さなくていいのか?……俺に食事の代金としてくれるつもりなら謹んで断るがな。」


なっ、スイカ違いだから‼︎


小馬鹿にしたような態度のオスカーさんを尻目に、祭壇の裏側に回ってしゃがむとパスケースを探し始めた。

あーもう、暗くてわかんないな……。蛍光灯ってありがたい発明品だったんだ。日本にいたままじゃ一生気づかないままだったろうけれど。えーと、確かこの辺でプチって音がして………。

ん?

……なんか…この祭壇の奥行き……おかしくない?
厚みが違うというか……。外側から見た厚みより随分と奥行きが狭い気がする。真っ暗な中、手探りで触っていると薄く筋の入った扉のような形のものに触れた。……なんだこれ……。


「おい、まだ見つからないのか……‼︎」
「す、すみません!今すぐ見つけまーす‼︎」


あれ、なんか私ヤバいもの……見つけちゃった……?この扉の中には拳銃チャカとか麻薬クスリが……。

な、なーんちゃって、そんなことあるわけないよね、異世界に拳銃はないだろうし、でも………。

昨日、オスカーさん……何で教会にいたんだろう………。


さーっと血の気が引いて泣きたくなってきた。うぅ、やっぱりオスカーさんは闇属性のヤクザなんだ……。ポシェットくれたのも気まぐれなのかな……。
なるべーく扉に触れないように祭壇の下ら辺をまさぐっていると、指先にコツンと硬い何かが触れた。

どうかヤバいブツではありませんように……!


願いを込めて引っ張り出してみるとそれは赤い革のパスケースで……。


「あったぁ……‼︎」
「………何だそれは。」
「んぎゅっふぅ‼︎」


急に頭上から降ってきた声に自分でもよく分からない場所から声が出た。見てない見てない見てないですよー!私はあの怪しげな扉のことなんて何も知らないです……!


「こっ、これがSuicaですよ!西瓜じゃなくてSuica!これが私の故郷じゃお金と同じように使えるんです。」
「………なるほど。どういう仕組みかは解らんが、こちらの貨幣に換金できるのか?」


私の手からひょいとパスケースを取り上げたオスカーさんはびよんびよんと千切れてしまった紐を伸ばしたり、パスケースを弄って観察している。


「換金は……できないと思います。」
「じゃあ、無価値と同じ事だな。」


興味を失ったオスカーさんはパスケースをぽいっと投げてよこした。わたわたと受け取ると………。


「………もう落とさないようにしろよ。」


オスカーさんは本当によく分からない。悪い人なのか優しい人なのか………。それでも、今、異世界で信頼できるのはオスカーさんたった一人だけのような気がしていた。


コンコンコン、と何かがガラスを叩くような音がする。音がした方を向くと綺麗に磨かれたガラス窓の外に、昨日空を飛んでいたのと同じ種類の小さな竜が羽ばたいていて………。


「……お前はここで待っていろ。」


小型の竜をみるやいなやオスカーさんはそう言って教会の外へ出ていってしまった。……な、なんだろう。もしかしてブツの取引……!
Vシネマのような取引シーンが頭の中に浮かんで……祭壇からちょっと離れたところで立ち尽くして待っていると……。




鞄の中の携帯が、突如として鳴り始めた。


◇  ◇  ◇  ◇


………くそっ、人の休暇を何だと思ってるんだ、ランバートの馬鹿は……!

わざわざ軍の伝令竜を使って送ってきた手紙の内容は『貴様にも事情聴取が必要だ、砦に来い。』
俺の休暇を潰すことの方が嫌がらせになると踏んだのだろう。……全くもって御免被る。どうせ明日には出勤するんだ、事情は明日話せばいい。どうしても今日中に俺から話が聞きたければお前が来い、という話だ。

『嫌だ』と一言だけ記して、伝令竜を砦の方向に向かって飛ばした。


あぁ、腹立たしい。……だが、正直バウシュタインに出向したのが俺でよかった。アイツはヴォルグのことも嫌っているからな……。赴任した当初も……。


◇  ◇  ◇  ◇


『ブランシュネージュ、久しいな。やっと隊長職についたのにもう左遷とは……首席だからといって出世が遅くて情けない。同期で最も早く隊長になった俺としては腑抜けた同期がいることが恥ずかしく堪らんな。』
『………そうか。』


………左遷じゃなくて応援で来てるんだがな。俺に嫌味を言いたくて堪らないのだろう。ランバートは赴任したばかりの俺に寄生虫のように張り付いて鼻息荒く話しかけてきた。

俺は隊長職になんて付きたくなかったし、ヴォルグの副官で十分だった。責任ある立場など面倒なだけだし………養う家族も、出世を喜ぶ両親もいやしないのだから。


表情の変わらない俺が腹立たしいのか、やめておけばいいのにランバートは話し続けて……。


『そういえばアッシェンヴュッテルが結婚したそうだな。相手は忌鬼おにならずだとか……端くれとはいえ帝国貴族が穢れた血ケッツァーを迎え入れるとは嘆かわしい……。しかし罪人の子ではな、マトモな嫁の来てがなかったのだろう。あぁ、哀れ………っぐ⁉︎』


ランバートの暴言は聞くに絶えない。親友のヴォルグの両親と義兄は……牢屋に収監されている。しかし、そのことと本人の資質は全く関係ない。


『………俺の身体は母と義兄に傷つけられて汚くて……醜い傷だらけだろう。でも妻は……俺が頑張って生きてきた証だとそう言ってくれたんだ。家族とはこんなにいいものか、と思ったよ。』


アイツはいい相手を見つけた。……それだけのことで、この馬鹿ランバートに陰口を叩かれる謂れもない。


『俺からの手土産だ。俺手製のアップルキャンディーは美味いか?………俺の契約竜が何かは……万年次席の優秀なお前なら覚えているだろう?』


小煩いランバートの大口に『飴』を弾いて投げ込んだ。ランバートは目を白黒させると慌てふためいて……。


『なっ、貴様、俺に毒を……⁉︎』
『俺は覚えているか、と尋ねただけだ。穢れた血、というがフリードリヒ殿下やドーメイ公爵閣下も穢れていると?………不敬罪で処罰されなかっただけマシだと思え。』


ぐぬっ、とランバートは悔しそうに押し黙ると……。


『本来貴族とは純然たる帝国の血脈を受け継ぐものだけで構成されるべきなのだ……!シュネーヒルデ公爵閣下にご嫡男がいらっしゃれば……!』
『………それ以上は聞かなかったことにしてやる。……だから今すぐその不敬な口を閉じろ。』
『………っぐ、きさ……どく……⁉︎』
『後遺症のない麻痺毒だ。しばらく舌が痺れる程度の、な。お前は五月蝿くてかなわない。』


◇  ◇  ◇  ◇


とにかくセレンディーネ様のお輿入れまであと3ヶ月ほど……、何もなければ10月の『竜踊祭ドラテンツァ』にはガルテンハイムに戻れるだろう。それまで少々うるさい小蝿と付き合わねばならんのが難儀だが……。

バウシュタイン在留中にエマの件は解決しておいてやりたかった。
教会の中に戻ると、何やらエマの話声が聞こえる。………誰かいるのか……?

扉の影に隠れて様子を伺いながら耳をそば立てた。……くそ、遠いな。朧げにしか聞き取れないが、背中を向けたエマは何かに向かって話し続けているようだった。


「…………わか……した。おね……が……てくれ………すね。」



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