みち

篁 しいら

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私の頬を涙が伝う、止めどなく下へ落ちる。
私は先程よりも優しく羊皮紙を折り畳む、役目を終えた記憶の背がとても愛おしく想い、猫を撫でるように優しく輪郭をなぞる。
私の動作に釣られるように、私達を回りながら囲い続けた言葉のドームが解けていく。 言葉に研磨され続けた硝子の破片達は、いつの間にかビー玉のような丸い形になっていた様で、涙のように地面に落ちては自分たちが行きたい方向へ転がっていく。
私の頭に当たったガラス玉はのんびり前方に進み、優しく寄り添うように彼女の手の近くで止まった。 彼女の腕や足を拘束していた糸は、もうついていない。

ただ彼女は胎児のように、背中を丸めたまま静かに泣いていた。

私は音を立てずに彼女に近づき、肩を抱きながら彼女を起こした。 彼女は起こされながら私に顔を向ける、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔のまま私に問いかけた。


「どうして、じいちゃんは私を置いていったの?」


その言葉に私は答えられなかった、祖父のせいじゃないからだ。 私が答えられないでいると、彼女は私の胸を叩きながら叫ぶ。

「どうして、じいちゃんが死ななきゃならなかったの!! 私祈ったのに!神様に! じいちゃんを死なせないでって!!! 祈ったのに、私に、私をただ、愛してくれたじいちゃんを!!! どうして、どうして神様は奪ったの!? 私はなんで、どうして!! 誰にも『愛してる』って、言われないの?! なんで、なんで、なんで!!?」

私はただその弱々しい攻撃を受ける、彼女の痛みを受けながら。 私の傷を感じながら。

「みんな、みんな、『愛してる』の後に、私を、傷つけて、弄んで、裏切って、条件をつけて、私に、何かを要求してくるのに、じいちゃんは、ただ、私に、『愛してる』をくれた! 親友はただ、私に、『大好き』をくれた!! それだけでいいのに、なのに、私を、苦しんでるのに、悲しいのに、助けてっていってる、つもり、なのに、いつか助けてくれるために、真面目で、いい子で、優しくみんなに、接してるのに……誰も、誰も……私を助けてくれないじゃん!!私を、愛してくれないじゃん!!!」
彼女は殴るのをやめて、私の服をギュッと握った。左の小指の硝子は戻ったものの、脱臼の後のようにツギハギで少しぎごちなくなっていた。
私はようやく落ち着いた彼女の身体を抱きしめた。 そして涙を流しながら、彼女に言葉を送った。
「ごめんね、私が、君を見なかったから、君はこんなに傷ついた。 私が、君を1番傷つけた、ごめん、ごめんなさい……っ」
強く彼女を抱きしめる、彼女は抱きしめられることに慣れていない。 まるで虐待を受けて育った保護猫のように、恐怖で身を硬くした。
彼女の様子に私は涙も鼻水も止まらなくなった、ほんとにどうしてこのようになるまで、私はこの子を放置してしまったんだろう。 馬鹿者とは、愚か者とは、まさに私の為にある言葉だ。
彼女に許してもらう気もなかった、今までの事を無かったことにしてくれなんて言葉はほんと、虫のいい話だと思う。
だからこそ、私はただ本当に、そのまま心から思ったことを、彼女に抱きつきながら伝えた。


「私本当はね、貴女のこと、好きでね、大好きでね、恋しくてね……愛してるンだ」


だからと続ける暇などない、涙が止まらず言葉が出ない。 その代わり強く、強く彼女を抱く。 その言葉と行動に、彼女は私の代わりに言葉を紡いだ。
「だから、死ねないって? だから、死ねなかったって、言いたいわけ? ……勝手だろ、勝手、過ぎるだろ、ふざけんなよ、ふざけ、るなよ……っ!」
堰を切ったように彼女は声を上げて泣いた。 私もそれに続くように、子供のように声を出しながら泣いた。





私はもう、神様は信じない。 例え、祖父が神様になって私を見守っていてくれていても、祖父を私から取り上げた神様を許せない。
ただもし、この作品を読んでいる人の中に、神様を心から信じている人がいらっしゃるならば、その神様へ私から一つ伝言を頼まれて欲しい。 無理強いはしない。


どうか、このような酷い人生を歩む人間を、この篁しいらで終わりにしてくれないかと。


私はもう彼女のような、理不尽のミルフィーユを詰め込まれたような人を増やしたくない。
それが人生だとか、努力不足だとか、親ガチャ失敗だとかいう戯言すら聞きたくない。
私が心から願うのは、あの日の陽だまりのような、あの場所のこぼれ日のような、親友の笑顔の隣のような、暖かで優しくて穏やかな時間が皆の心を和ませてくれますように。


そして、彼女が沢山の人に愛されますように。


どうか皆様一人一人の今後に幸せが沢山増えますようにと、私はそう願うのである。

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