みち

篁 しいら

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一本目の話を語り終わり、私はプロジェクションマッピングのように展開していた記憶を一度記録にした。 右手に乗せている羊皮紙を左手で折り、飛び出す絵本を綴じる要領で話を畳む。 前を見れば、そこには自身の肩を抱いて震えている彼女じぶんがいた。
「なんで、それ見せるの…?」
彼女は人でなしを見るような目を私に向けている。 私はただ、その視線から目をそらすことは無かった。

人でなしなのはお互い様だ、同じ穴のムジナだからな。

私はその場から動かず、彼女に問いかけた。
「お嬢さん、君ならわかるだろ? 私が何を言いたいか」
「答えない」
彼女は即答した、それゃあそうだ。 私がやっていることはつまり、今まで生きてきた理由への否定だ。
ただそれだけの為に生きてきた私、それを望み祈り続けた彼女の願い。
その全てを踏み躙って破壊する行為。 私がずっと願い、彼女が一番祈った事を、私自身が否定する。
彼女からすれば私は、自分を存在を否定をするだけの敵にしか見えないだろうな。

私は彼女へまた話しかける、応えないだろうが念の為に確認したいことがあったからだ。
「考えを変える気はないだろ? 誰よりも知ってるさ、私の頑固さは」
彼女は無言で返事をする、考えを変える気はないらしい。
私はため息をついた、自分はいつもそうだ。 気に入らなければ何も話さず、無言で圧をかける。 無言の時は特に面倒くさい。

無言の返事、それは私自身が間違っていることを気付いている図星の時の合図だ。

だけどそれも無駄なんだ自分わたし。 私はいつの間にか大人になってしまっていた。 
戻りたくても戻れないものを知り、零れ落ちたものは拾えないと悟ってしまい、今あるもので工夫をして場を見繕い、見えないものは見ないふりをすることを覚えた。
気づいた時には20代なんぞとっくの昔に消えていた、振り向いても何も残っちゃいなかった。
子供と大人の間などなく、時がすっ飛ばされて責任しかない年齢になっていた。

嗚呼。 私の道はなんて何も無いんだと、振り返りながらどれだけ泣いたことか。

そんな中で彼女は、私を見つけて絡んできた。 最初は小道具を使い、次は自ら出向いて来て、自らの願いを伝えに来た。
そんな彼女の願いを、私は今から潰すのだ。
私は想う、この子はなんて優しい子なのだろうか、と。
親友からはずっとお人好しと言われ続けていたが、今ではほんとになと頷ける。
彼女は、自分の人生の道に何も無さすぎて泣いている私を気にかけてくれた。 そして、自分の正体を一切合切打ち明けて、私が欲しい言葉や自身の労力を使ってくれたのだ。


嗚呼ほんと、どうしてこの子はこんなにも、苦しまないとならないんだろうか。


私は祖父が亡くなってから現在まで、物事の捉え方が真反対になった。 私の病気は治ることは無いし、私の夢や願いは叶うことは無い。 欲しいものに手を伸ばしても届かないし、神様はこの世界のどこにも居ない。
もしこの全てを否定する人がいるならば、ぜひ答えて頂きたい。



どうしてこの子は生まれてから、こんな地獄の人生を歩まなければならなかったんだ?



少し生まれが早くて未熟児で生まれて、呼吸器系が未発達で生まれた為に喘息を患い、親に育児放棄と虐待を。 姉兄からは知らなくてもいい行為を身体に刻まれて、他人からは存在否定されて罵倒され続け、友人もたった一人によってほぼ縁を切られる。
人生で一番華のある年齢を闘病で生き、漸く寛解すると確信した所で第二新卒カードを切った会社でパワハラを受け、うつ病が再発。
30代になって漸く、私の願いは叶わないと悟った。 その願いは。


日本で一番、人の命の価値が軽い土地東京、ここで死ぬ。


これが全てが空っぽである私の、唯一無二の願いだった。
私は覚悟を決める。 この文字と硝子が作り上げた空を仰ぎ、私は亡くなった祖父へ祈った。

爺ちゃん、最後まで私頑張るから、応援してて。

私は畳んだ羊皮を開いて下手くそな前口上を語り出す、その言葉に合わせて硝子は色を変えて輝き、羊皮紙は輝きを読み取って言葉のドーム内に記憶を照らした。

「さて、残念なお知らせでございますが。 これが最後の話にございます」
「長くて短く、寂しくて悲しいみちでございましたが、それでも大事な大事な記憶というものはございます」
「ここから先は私の話、彼女の物語。 走馬灯というものを人生の最後に見るのなら、魂が身体から抜け出る瞬間に私が見たいもの」
「これは、老人と孫が未熟な果実を食す物語」

彼女は目を見開き私を止めに来た、しかし、語り始めた物語は終わりまで走るものだ。 彼女の右手に引っ付いた言葉の糸たちが、彼女の足を引っ掛けて転ばせ、どう動いているのか視認できないほどのスピードで手首と足首を拘束した。
「やめてやめてやめて! それは宝物なの、私の、大事な、私だけのものなの!! 誰にも見せないで!!!」
彼女の悲鳴に心を痛めた、私は自分の醜悪さに吐き気がしたが、グッと我慢して笑顔を作る。


「ではお客様、最後までお楽しみくださいませ」 


世界が変わる、黒い空のような色からポカポカ陽気の空の下。
タンカンの葉に当たって透けた黄緑色の光が美しい、幼稚園の私が経験した大切な宝物過去の話。



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