みち

篁 しいら

文字の大きさ
上 下
13 / 34

13

しおりを挟む
この語り初めには、当時の私は驚きを隠せず、えっ?!っと声が漏れた。
祖父は人の悪口や粗を探してはそのまま言ってしまう人間であることは前述の通りだが、その中でもかなりの確率で忌み嫌いながら話すものは「宗教」と「賭博」である。
なにせ、私たち兄弟全員が西欧の辺りが発祥地である宗教の幼稚園へ入園した、という話を両親がした途端にあの大きな口がへの字になって明らかに不機嫌になり、話が終わったあとに放った言葉が、

「いっちょ好かん」

である。
この言葉に対して部屋にいた親戚全員の血の気が引き、穏やかで可愛らしくて声を荒らげるという事などに縁がないと思っていた祖母が、普段の雰囲気とは打って代わり、祖父に対して聞き取れない古い方言で叱っていた。
そのような様子を毎回見ていたため、私は今祖父が口に出した言葉を信じられなかった。私が目を見開いて見ているのを気にせず、祖父は自分の語りを続けた。
「このシマん人は死ンだらナ、風に乗って神様のシマぁ行って、神さんになれるッチやぁ」
「神様になるの?」
「そうヨぉ! そこはナぁ、沢山の神さんが居るンヨぉ。 善い神さんから、悪い神さんまで」
「悪い神様?」
「人に悪い事をさせたがる神さんのことヨぉ。 物盗ませたり、嘘ォつかせたり! ソレこと、アンタん兄ちゃんや母ちゃんみたいな事じゃヤァ」
「けどじいちゃん、神様嫌いじゃないの?」
私がそう聞くと、じいちゃんは少し表情をムッとさせながら仕方なく説明を始めた。
「じいちゃんが好かんのは神さんじャあなくてェ、あんたが行っとる幼稚園の神さん言うとる奴ン事ヨ! あの神さんはァ、本当に辛いコトぉ遭ってるヒトぉ救わん!! じいちゃんからすっトお、そいつン方が嘘つきじャがね!!」
言わんくても分かるがネ?!っと続ける祖父に対し、今の私なら「じいちゃんアカンよ、それで救われてる人だっているんだから!」っと言うだろう。 しかし当時の私は、祖父のこの話にこう応えた。

「多分その神様は、全部一人でやってるから忙しくてみんな見られんだけだよ、じいちゃん」

今度は祖父が目を丸くして私を見つめる、そんな祖父に対して小さな私は胸を張りながら言葉を続けた。
「それにばあちゃんが言ってたよ、九十九神つくもがみって言って、道具とかご飯とかお花とかにも小さな神様がたっくさん居て、その神様がいつも見守ってくれるからどの神様も安心して神様が出来るんだって! だから物を大事に使ったり、ご飯を全部食べたり、お花に話しかけたりしたら沢山の神様が、沢山優しくしてくれるって言ってた!」
へへんっと得意げに説明する私を見て、祖父は周りに注意しながら少し控えめに笑った。
「はげェ~、しいらは物知りじャや! そっか、ばあちゃんから教わっとッたか! しいらはよォく覚えとったねェ、流石じいちゃんの孫じャや!!」
祖父が私の頭を豪快に撫でる、少し猫毛の入っている私のストレートの長い髪が乱れるぐらいの勢いに、わにゃ!?っと私は驚いた。
一通りクシャクシャに撫でることに満足した祖父の手が、今度は私の頭を愛おしそうに触れた。 ゆっくり撫でて私の髪を整えながら、祖父は声色優しく私に先程の話の続きをした。
「しいら、その話には続きがあるンヨ。 さっき神さんが沢山居るってばあちゃん言いよッたヤロ? その中にはな、悪い神さんもたっっくさん居るんヨ、だから悪い事しよッたらなァ、悪い神さんに気に入られてヤ、死んだら悪い神さんとこ連れてかれてヤ、好きゃあ人に会えなーなるかもしれんノよ?」
「え!? そうなの?!」
私の純粋な反応に、祖父は胸を張り返しながら続ける。
「そォよお! だからヨしいら、嘘ぉついちャあいかンのよ? じいちゃんが神さんになッたら、しいらが死ンだ時にじいちゃんがしいらを見つけられンかも知らんからヤァ!! いい子でおらんとイカンよォ!!」
胸を張って話したせいか、祖父の声が普通の人の音量からいつもの大きな音量に戻った。 誰もが予想する通り、祖父の声を聞いたら数人の村人がこちらの様子を確認しに来た様で、そのうちの1人が堤防の向こう側から声をかけてきた。
私には聞き取れない、祖母が良く使う古い方言であった。 祖父もその方言に合わせるように、古い方言で向こう側の人達へその場で応えていた。
暫くし、砂利の場所から立ち去る数人の足音が聴こえた。 祖父と彼らの話が終わり、祖父が私を抱えて立ち上がった。
「はげェー、邪魔が入ったヤァ。 早めに立ち去ってくれチ、ケチな奴らじャヤあー」
私は祖父の首に抱きつく、サンダルから足の裏に付いていた砂がパラパラと落ちる。 祖父が自分の足音のリズムに合わせ、お気に入りの北島三郎の「まつり」を口遊むくちずさむ
私は祖父の歌を聴きながら、ふと先程の話で気になったことを尋ねてみた。
「じいちゃん、あのさ」
「ん? なンね?」

「人の為に嘘をついた人は、悪い神様になっちゃうの?」

祖父は歌い方を鼻歌に変え、私を砂浜の階段の前で降ろした。
そのタイミングで私と同じ高さまでしゃがみ、その切れ長の瞳で私の瞳を見つめた。

祖父の瞳が、私は好きだった。

私は祖父の瞳の奥にある、一振の日本刀のような銀色の光を見ていた。
その瞳の光が、私の心を未だに惹き付ける。
祖父はその瞳で私を見つめながら、私に静かに語りかけた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...