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この語り初めには、当時の私は驚きを隠せず、えっ?!っと声が漏れた。
祖父は人の悪口や粗を探してはそのまま言ってしまう人間であることは前述の通りだが、その中でもかなりの確率で忌み嫌いながら話すものは「宗教」と「賭博」である。
なにせ、私たち兄弟全員が西欧の辺りが発祥地である宗教の幼稚園へ入園した、という話を両親がした途端にあの大きな口がへの字になって明らかに不機嫌になり、話が終わったあとに放った言葉が、
「いっちょ好かん」
である。
この言葉に対して部屋にいた親戚全員の血の気が引き、穏やかで可愛らしくて声を荒らげるという事などに縁がないと思っていた祖母が、普段の雰囲気とは打って代わり、祖父に対して聞き取れない古い方言で叱っていた。
そのような様子を毎回見ていたため、私は今祖父が口に出した言葉を信じられなかった。私が目を見開いて見ているのを気にせず、祖父は自分の語りを続けた。
「このシマん人は死ンだらナ、風に乗って神様のシマぁ行って、神さんになれるッチやぁ」
「神様になるの?」
「そうヨぉ! そこはナぁ、沢山の神さんが居るンヨぉ。 善い神さんから、悪い神さんまで」
「悪い神様?」
「人に悪い事をさせたがる神さんのことヨぉ。 物盗ませたり、嘘ォつかせたり! ソレこと、アンタん兄ちゃんや母ちゃんみたいな事じゃヤァ」
「けどじいちゃん、神様嫌いじゃないの?」
私がそう聞くと、じいちゃんは少し表情をムッとさせながら仕方なく説明を始めた。
「じいちゃんが好かんのは神さんじャあなくてェ、あんたが行っとる幼稚園の神さん言うとる奴ン事ヨ! あの神さんはァ、本当に辛いコトぉ遭ってるヒトぉ救わん!! じいちゃんからすっトお、そいつン方が嘘つきじャがね!!」
言わんくても分かるがネ?!っと続ける祖父に対し、今の私なら「じいちゃんアカンよ、それで救われてる人だっているんだから!」っと言うだろう。 しかし当時の私は、祖父のこの話にこう応えた。
「多分その神様は、全部一人でやってるから忙しくてみんな見られんだけだよ、じいちゃん」
今度は祖父が目を丸くして私を見つめる、そんな祖父に対して小さな私は胸を張りながら言葉を続けた。
「それにばあちゃんが言ってたよ、九十九神って言って、道具とかご飯とかお花とかにも小さな神様がたっくさん居て、その神様がいつも見守ってくれるからどの神様も安心して神様が出来るんだって! だから物を大事に使ったり、ご飯を全部食べたり、お花に話しかけたりしたら沢山の神様が、沢山優しくしてくれるって言ってた!」
へへんっと得意げに説明する私を見て、祖父は周りに注意しながら少し控えめに笑った。
「はげェ~、しいらは物知りじャや! そっか、ばあちゃんから教わっとッたか! しいらはよォく覚えとったねェ、流石じいちゃんの孫じャや!!」
祖父が私の頭を豪快に撫でる、少し猫毛の入っている私のストレートの長い髪が乱れるぐらいの勢いに、わにゃ!?っと私は驚いた。
一通りクシャクシャに撫でることに満足した祖父の手が、今度は私の頭を愛おしそうに触れた。 ゆっくり撫でて私の髪を整えながら、祖父は声色優しく私に先程の話の続きをした。
「しいら、その話には続きがあるンヨ。 さっき神さんが沢山居るってばあちゃん言いよッたヤロ? その中にはな、悪い神さんもたっっくさん居るんヨ、だから悪い事しよッたらなァ、悪い神さんに気に入られてヤ、死んだら悪い神さんとこ連れてかれてヤ、好きゃあ人に会えなーなるかもしれんノよ?」
「え!? そうなの?!」
私の純粋な反応に、祖父は胸を張り返しながら続ける。
「そォよお! だからヨしいら、嘘ぉついちャあいかンのよ? じいちゃんが神さんになッたら、しいらが死ンだ時にじいちゃんがしいらを見つけられンかも知らんからヤァ!! いい子でおらんとイカンよォ!!」
胸を張って話したせいか、祖父の声が普通の人の音量からいつもの大きな音量に戻った。 誰もが予想する通り、祖父の声を聞いたら数人の村人がこちらの様子を確認しに来た様で、そのうちの1人が堤防の向こう側から声をかけてきた。
私には聞き取れない、祖母が良く使う古い方言であった。 祖父もその方言に合わせるように、古い方言で向こう側の人達へその場で応えていた。
暫くし、砂利の場所から立ち去る数人の足音が聴こえた。 祖父と彼らの話が終わり、祖父が私を抱えて立ち上がった。
「はげェー、邪魔が入ったヤァ。 早めに立ち去ってくれチ、ケチな奴らじャヤあー」
私は祖父の首に抱きつく、サンダルから足の裏に付いていた砂がパラパラと落ちる。 祖父が自分の足音のリズムに合わせ、お気に入りの北島三郎の「まつり」を口遊む。
私は祖父の歌を聴きながら、ふと先程の話で気になったことを尋ねてみた。
「じいちゃん、あのさ」
「ん? なンね?」
「人の為に嘘をついた人は、悪い神様になっちゃうの?」
祖父は歌い方を鼻歌に変え、私を砂浜の階段の前で降ろした。
そのタイミングで私と同じ高さまでしゃがみ、その切れ長の瞳で私の瞳を見つめた。
祖父の瞳が、私は好きだった。
私は祖父の瞳の奥にある、一振の日本刀のような銀色の光を見ていた。
その瞳の光が、私の心を未だに惹き付ける。
祖父はその瞳で私を見つめながら、私に静かに語りかけた。
→
祖父は人の悪口や粗を探してはそのまま言ってしまう人間であることは前述の通りだが、その中でもかなりの確率で忌み嫌いながら話すものは「宗教」と「賭博」である。
なにせ、私たち兄弟全員が西欧の辺りが発祥地である宗教の幼稚園へ入園した、という話を両親がした途端にあの大きな口がへの字になって明らかに不機嫌になり、話が終わったあとに放った言葉が、
「いっちょ好かん」
である。
この言葉に対して部屋にいた親戚全員の血の気が引き、穏やかで可愛らしくて声を荒らげるという事などに縁がないと思っていた祖母が、普段の雰囲気とは打って代わり、祖父に対して聞き取れない古い方言で叱っていた。
そのような様子を毎回見ていたため、私は今祖父が口に出した言葉を信じられなかった。私が目を見開いて見ているのを気にせず、祖父は自分の語りを続けた。
「このシマん人は死ンだらナ、風に乗って神様のシマぁ行って、神さんになれるッチやぁ」
「神様になるの?」
「そうヨぉ! そこはナぁ、沢山の神さんが居るンヨぉ。 善い神さんから、悪い神さんまで」
「悪い神様?」
「人に悪い事をさせたがる神さんのことヨぉ。 物盗ませたり、嘘ォつかせたり! ソレこと、アンタん兄ちゃんや母ちゃんみたいな事じゃヤァ」
「けどじいちゃん、神様嫌いじゃないの?」
私がそう聞くと、じいちゃんは少し表情をムッとさせながら仕方なく説明を始めた。
「じいちゃんが好かんのは神さんじャあなくてェ、あんたが行っとる幼稚園の神さん言うとる奴ン事ヨ! あの神さんはァ、本当に辛いコトぉ遭ってるヒトぉ救わん!! じいちゃんからすっトお、そいつン方が嘘つきじャがね!!」
言わんくても分かるがネ?!っと続ける祖父に対し、今の私なら「じいちゃんアカンよ、それで救われてる人だっているんだから!」っと言うだろう。 しかし当時の私は、祖父のこの話にこう応えた。
「多分その神様は、全部一人でやってるから忙しくてみんな見られんだけだよ、じいちゃん」
今度は祖父が目を丸くして私を見つめる、そんな祖父に対して小さな私は胸を張りながら言葉を続けた。
「それにばあちゃんが言ってたよ、九十九神って言って、道具とかご飯とかお花とかにも小さな神様がたっくさん居て、その神様がいつも見守ってくれるからどの神様も安心して神様が出来るんだって! だから物を大事に使ったり、ご飯を全部食べたり、お花に話しかけたりしたら沢山の神様が、沢山優しくしてくれるって言ってた!」
へへんっと得意げに説明する私を見て、祖父は周りに注意しながら少し控えめに笑った。
「はげェ~、しいらは物知りじャや! そっか、ばあちゃんから教わっとッたか! しいらはよォく覚えとったねェ、流石じいちゃんの孫じャや!!」
祖父が私の頭を豪快に撫でる、少し猫毛の入っている私のストレートの長い髪が乱れるぐらいの勢いに、わにゃ!?っと私は驚いた。
一通りクシャクシャに撫でることに満足した祖父の手が、今度は私の頭を愛おしそうに触れた。 ゆっくり撫でて私の髪を整えながら、祖父は声色優しく私に先程の話の続きをした。
「しいら、その話には続きがあるンヨ。 さっき神さんが沢山居るってばあちゃん言いよッたヤロ? その中にはな、悪い神さんもたっっくさん居るんヨ、だから悪い事しよッたらなァ、悪い神さんに気に入られてヤ、死んだら悪い神さんとこ連れてかれてヤ、好きゃあ人に会えなーなるかもしれんノよ?」
「え!? そうなの?!」
私の純粋な反応に、祖父は胸を張り返しながら続ける。
「そォよお! だからヨしいら、嘘ぉついちャあいかンのよ? じいちゃんが神さんになッたら、しいらが死ンだ時にじいちゃんがしいらを見つけられンかも知らんからヤァ!! いい子でおらんとイカンよォ!!」
胸を張って話したせいか、祖父の声が普通の人の音量からいつもの大きな音量に戻った。 誰もが予想する通り、祖父の声を聞いたら数人の村人がこちらの様子を確認しに来た様で、そのうちの1人が堤防の向こう側から声をかけてきた。
私には聞き取れない、祖母が良く使う古い方言であった。 祖父もその方言に合わせるように、古い方言で向こう側の人達へその場で応えていた。
暫くし、砂利の場所から立ち去る数人の足音が聴こえた。 祖父と彼らの話が終わり、祖父が私を抱えて立ち上がった。
「はげェー、邪魔が入ったヤァ。 早めに立ち去ってくれチ、ケチな奴らじャヤあー」
私は祖父の首に抱きつく、サンダルから足の裏に付いていた砂がパラパラと落ちる。 祖父が自分の足音のリズムに合わせ、お気に入りの北島三郎の「まつり」を口遊む。
私は祖父の歌を聴きながら、ふと先程の話で気になったことを尋ねてみた。
「じいちゃん、あのさ」
「ん? なンね?」
「人の為に嘘をついた人は、悪い神様になっちゃうの?」
祖父は歌い方を鼻歌に変え、私を砂浜の階段の前で降ろした。
そのタイミングで私と同じ高さまでしゃがみ、その切れ長の瞳で私の瞳を見つめた。
祖父の瞳が、私は好きだった。
私は祖父の瞳の奥にある、一振の日本刀のような銀色の光を見ていた。
その瞳の光が、私の心を未だに惹き付ける。
祖父はその瞳で私を見つめながら、私に静かに語りかけた。
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