みち

篁 しいら

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ある地点まで場面が移るまで少し、私のじいちゃん…基、私の祖父について、現代の篁しいらわたしから少し、語らせて頂きたい。

祖父は、ある村で漁業を仕切っている人であった。
本来の職は農業で、家畜と自分の持つ山で育てた農作物を売買をし、その傍ら村周辺の釣り場を仕切っていた。
更に昔は船で諸島に荷物や人を渡す仕事等もこなしていたと聞いており、大変仕事が大好きな人間だと私は思っていた。
ただ最近考えるにあの人は、動いていないと落ち着かない人だっただけでは?とも思う。 いつも忙しなく動いては他人にちょっかいをかけ、引っ掻き回しては去っていき、落ち着いた時にまた帰ってくる。
良く台風の来る地域で暮らしていた私だが、祖父は台風を擬人化したような人だと、幼ながらに思っていたものである。

記憶の中だけの祖父を語るには、余りにも時間が経ちすぎた気はする、もう既に覚えていない事の方が多くなってしまっている。
たからここからは少し、他人から聞いた話も少し織り交ぜながら私と祖父について語らせて頂きたい。



私は未熟児で生まれた上に2歳まで、全く話さない子であったらしい。

私の昔話を聞く度、まずそこから始まる。
母親からは「全く話さず、1人遊びをしていてずっと手が掛からなかった」、父親からは「ずっとぼーとしてて何も話さなかったから、俺のように耳の聞こえが悪いかと思っていた」と、声を揃えて話される。
母方の親戚曰く、私が生まれた直後に母方のトラブルに巻き込まれたらしく、飲み屋をしていた母方の亡き祖母やそこの従業員の方々に、姉兄妹共々お世話になっていたという。
私と両親の接点と言えば食事をとる時と、寝かしつける時、両親の気が向いて顔を見せに来ていたぐらいだろう。 忙しい中顔を見せに来てくれていただけでもありがたい話だろうと、ドヤ顔で話されると長年に渡り作り出した眉間のシワがまた深くなりそうになる。
また私は、完全夜型ベイビーであった姉と比べて寝かしつけは楽、ご飯食べながらおやすみベイベーしていた兄よりましで、玩具かぬいぐるみか本を与えていれば、そればかりで遊んでいたらしい。
赤ちゃん時代の私は、今の私とは同一人物かと言うぐらいには、優秀な赤ん坊であったという。

何も言葉を発さない以外は。

この時点で少し知恵のある人であれば、真っ先に病気を疑うと思う。
最近巷で聞くようになった【発達障害】というもの、特に3歳近くまで話さないと言うなれば、その中でも一番避けたい名前に辿り着く。
【ASD】、別名【自閉症スペクトラム症】。
私としての自覚症状として言うなら、ASDは持っていると感じている。 人の輪の入り方が分からなすぎて一人で出来る趣味以外を持ち合わせていないし、何より今ですら家族といるより一人の方が落ち着くのである。 
そんな話せないベイビーであった私は、2歳になる直前の3月末に父親の転勤で母方の地元から、今回舞台となる父方の地元へ移動した。
この時祖父は珍しく人を静観し、2歳になったばかりの私に関してこう感じたのだと言っていた。

「こん子は人の話す声を拾って人を目線だけでよぉ見てて、場をよぅ観察してやる事を判断しよる……この子は何処ォも悪くない、誰も目ぇ掛けんから、言葉が分からんで喋れんだけじゃや」

と。
思い込んだ人間のエネルギーというのはとてもパワフルなもので、それ以降祖父は私の面倒の全てを引き受けた。
下の世話から食事、あいうえお表を見せながら発音を教え、私を抱きながら歌を唄って聞かせ、話しかけながらお風呂に入れて、私を背負って寝かしつけるなど、時間があれば私に付きっきりで教育を施していたと、父方の1番上の叔母さんから聞いている。
それから1年近く私の誕生日が近づいた2歳11ヶ月、両親が明らかな私の異常に今更心配し始め、田舎で検査が出来る病院を探す話しをしていた頃。


私は、ダムの決壊の如き量の台詞をいきなり、両親へ向けて発射した。


あまりの唐突さに両親はその勢いに口をあんぐりと開け、祖父はまるで一番世界で叶えたかった夢が叶ったかと思うほどに、体全身を使って喜び私を抱きしめたと、本人は語っていた。
これは正直言い過ぎではないかとは思うが、祖父からしたらとても嬉しかったんだなと、今の私でもわかる。 ただ、その話を聞いていて私はこうも思うのだ。

やはり私が心から家族と想う人は、今も祖父ただ1人だけだな。

と。



語っている間に、場面の続きがようやくここまで辿り着く。
演歌が聞こえる、北島三郎の「まつり」が鳴り響くトラックは明るい町中を通り抜けて、ガタガタのアスファルトの道を走り、来た時とは正反対のゆっくりとした走行で、夜の山を帰宅するために走っていた。
隣にいる私は泣き止んだらしい、祖父はその姿を横目で見ながら少し真面目なトーンで、私に話しかけた。


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