みち

篁 しいら

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「いつまで生きてんだよ? この先、どう足掻いても死んだ方が世の中のためなのによ」
踏み続ける踵に体重が掛かる。 この時代の私が一番痩せていたとはいえ、高校時代の体重が肩甲骨を通して身体に乗せられるというのは、はっきりいってきつい。
私は息を深く吐く、息を吐き続けた肺は酸素を求めて息を吸う。 吸った反動で膨らむ私の背中に、自分の舌打ちが飛んできた。

いや、口の中いっぱいに硝子入ってるのに、どう舌打ちしたんだよこのクソガキは。

心で悪態を付く私などお構い無しに、自分は言葉の刃を尖らせて怒りの感情のまま吐き出した。
「あーーー腹立つ、今のテメーが生きてるってことはさ、今を生きてるってことがさ、どれだけの罪か分かってんだよね? テメーが犯した罪が、死ななきゃ解決しないことだって、知ってるよね?」
言葉を吐く度に、私の上から割れた音と共に細かな破片が身体に当たる感触を感じる。 唾を吐きかけるように、硝子が私を傷つけようと襲ってくる。
そんな状況で私は小さく、罪か、と呟いた。
この時代の自分が……否、今の私がこれまでずっと抱えている、一番思い出したくない出来事を言っているのだろうなと、自然と思った。
しかしただ、今の私がどう考えて対策を練ろうとも、あの頃の自分がどのように行動しても、こればかりは絶対に回避が出来ないなと、私自身が最近漸く諦めた、罪。
私がこの世で1番大事で大切で大好きだった人との、最後の約束。


「じいちゃんに最後に会いに行かなかったくせに、明日も会いに行くって約束したくせに、テメーはあの日病院に行かなかっただろうが、この嘘つきが!!」


嘘つき。
私が両親に言われ続けた言葉の中で、1番傷ついた言葉。
まだ両手で歳を数える程度の頃に、母親と父親の両者に言われては、外に叩き出されるわ倉庫に閉じ込められるわ、殴られる体罰以外の虐待は全て体験したものだ。
嘘を言ったこともあったさ、そりゃあ有る。
だが嘘をついた理由の半分は、姉兄きょうだいの悪事や失態を隠すためだったと、そう記録している。
我が家は、毒親の教科書があれば丁寧に記載されるほど、きちんと両親はモラトリアムを抱えて出来上がった毒親であった。
故にその感情の矛先は言わずもがな、子供たちわたしたちだった。

姉は両親の叱責を異常に恐れて、常に息を潜めながら優等生をしていた。
兄は姉と比べられ、両親から過剰な折檻を受けて誰も味方がいなかった。

それを見て私は育ち、それを見て私は考え、それを見て私は想う。


二人を両親の怒りから助けなきゃならない、と。


今思えば、年端もいかない子供が考えつくようなものじゃないなと感じる。
だが、周りの大人はほぼ全てが敵だった。
両親と親戚はバチバチに仲が悪いせいで、どんなことを親からされているかなど話せない。
走って近くの隣人にと思うだろう、なんと父親と仕事場は歩いて一分という良物件………という名の、古家の宿舎暮しであった。
簡単に言えば、隣人はほぼ父親の味方であり、私が被害を訴えても「まさかぁー」と言っては、酒のツマミの話になるだけだった。
反対側に一応、全く知らない隣人もいた。 名前も知らなきゃ顔も知らないが、私たちよりも先に住んでいる方であることは確かだった。 しかしそんな方々すら、外に出されて虐待を受けた私が叫び泣いた声は届かなかった。 なぜなら、次の日には母親がすっ飛んでいってはお隣さんに「うちの馬鹿娘が煩くてすみません」と、謝りに行くからである。
当時の母親の口癖は「児童相談所に行かれたら困るから、飯は食わせなきゃ」で、父親の口癖は「泣くと捨てるぞ、飢えて死んでいいなら泣き続けろ」だったか……?と、上で私を蹴り続ける自分の声にふと、両親の言葉が重なった。
あの時代に児童相談所なんぞに通報するような真っ当なモラルを持つ大人が一人でも居たならば、少なくとも私は鬱病になりながら生きた上、今人生を思い出す度に傷つき昔の自分に踏まれて、罵倒されるなんていうこのような事態に陥っていないのである。

その話は置いておき、そんな小さな私が思いついた作戦こそが【嘘つきピエロ大作戦】である。

私の名誉のために伝えておくと、私は嘘をつくのが大の苦手である。 ちょっとした嘘ですら、数日話した程度の顔馴染みに直ぐにバレてしまうぐらいに、私は嘘が付けない。
なぜなら私は、直ぐに嘘が顔と声色に出てしまうからだ。
今も昔も嘘をつく時は必ず目がキョロキョロと泳ぎ、スっと顔ごと相手から逸らし、悪いことを必死で隠そうとする犬の如く目を合わさず、声が震えてしまうのだ。
本当に演技ではない、それを演じられるならどれだけ良いだろうか。
少なくとも嘘ついた瞬間にその場で全員に指摘されるのだから、元来の性格上嘘がつけないほどに素直なのだ。
姉や兄の失態や悪事を見たことを告げずに両親に咎められた際にこの癖が発動し、それを見て両親が怒りと共に私へ指を差し、口を揃えてこう告げるのだ。

「またあんたがやったのか、この嘘つき!」

やっていないと言えど、嘘つきの言葉はあのオオカミ少年のように、信頼なんて全くされない。
私は二人の罪を被りつつ、二人を両親の過剰な怒りから遠ざけた。 兄弟がどう思っているかは分からない、ただ、私が勝手にやった事だから気づいてないだろうし、二人から私の代わりに沢山怒鳴られた話も良く聞いている。
そんな嘘つきオオカミ少年ならぬ、嘘つきピエロ娘が無理に嘘をついていることに気づいていた人が、1人だけ私の味方に居た。


私が世界で一番大好きだった人、じいちゃんだった。



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