5 / 34
5
しおりを挟む暗闇が、辺りを支配していた。
辺りと言うには空間に物が多い、夜目に慣れた目で周りを見渡せば、壁際にはプラスチック製の洋服ダンスが三つ並んでいたり、高さが違う勉強机とピアノが乱雑に並んでいたり、なんなら桐製のタンスが我が物顔で部屋の主であることを主張していた。
既にペタンコになっている3つの布団は同じ柄の布団カバーの中に大人しく入っていて、三人の姉兄妹が並んで横になっている。
一方の壁は襖だ、襖の向こうは家族のダイニングテーブル、あと残り二人分の勉強机が置いてある。
つまりはそう、この暗闇の正体はある家のある部屋、ある日の夜である。
磨りガラスの窓から車のヘッドライトの光が漏れる、それがたまに赤い点滅と共にピーポーピーポーと、急患を運ぶ音を鳴らして過ぎ去っていく。
音と言えば、私は小学3年生という身分ながら困ったことがあった。 それは、3つ上の姉が深夜ラジオを流しながら寝床にはいるため、人の話が気になって眠れないのだ。
2つ上の兄と共に何度迷惑だから辞めろと言ったことだろう、しかしながら、それは聞き入れられなかった。
私の住む地域は、立場の上の者の命令には従うという風習が根付いていた。
特に両親どちらもその概念を魂に刻んで信仰しているレベルであった、兄と私の願いは聞き入れられることは無かった。
そのラジオの音は僅かに聞こえたり聞こえなかったりする音量で、車に少し乗るだけで車酔いをするぐらい耳の感覚が鋭い私には、眠くなる時に耳に飛び込んできた言葉で覚醒するという、とんでもなく不快な環境での睡眠だった。
私の住む地域は雨の多い地域であった、晴れの日よりも曇りや雨の日が多い地域では乾燥機や除湿機が大活躍するはずだが、子供の学費のためと貯金をし続ける暴君の如き父親の政策により、常に布団はほぼ毎日ぺしゃんこで、部屋はカビと埃の匂いで一杯でだった。
その日もまたその別の日も、雨が止んだ次の日の、夜泣きの虫が異様に外で輪唱をする夜だった。
姉が聴き入っているラジオはオフタイマーで沈黙し、その代わりに外の虫やカエルの鳴き声が妙に大きく聞こえていた。
日々の不眠と慣れで夜も丑三つ時まで起きるようになってしまった自分への忌々しさに、ため息を小さくついた時。
どちらかの声がした、否。
今の記憶が混濁した私には、どちらともの声が合わさって聞こえたが、私に語りかけた言葉はどちらとも、同じような台詞であった。
「「まだ寝てないの?」」
うん、眠れなくて。
「「じゃあさ、アレ試していい?」」
アレ……?
「「ほら、ラジオで言っていたヤツ」」
お姉ちゃんがきいてるやつ?
「「そう、よく言ってるじゃん」」
「オンナノコ同士デモ、楽シメルッテ」
「オンナノコハ、胸ヲ揉ムト大キクナルッテ」
「ココ、私モ舐メルカラ私ノモ舐メテヨ」
「チョットダケ、俺モナカ二イレテミタイ」
「「だから、試してもいいよね?」」
そう言いながら、パジャマの中に手が入ってきて服を脱がしていく。
私は何をされているか分からなかった、ただ、服を脱がされ身体を撫でられる感覚がとてもくすぐったく、不快だった。
私は小さく逃げる、しかし敵わない。
私は喘息持ちであったが、小さいながらに丈夫な骨と筋肉質で、普通の状態ならば押し退けることなど容易いはずなのに。
姉は、己の恵まれた体格を使って。
兄は、脱がした服を器用に利用して。
私は、それぞれ別々の日に身体の自由を奪われた。
……ちゃん、やめてよ、なんでそんなことするの?
私は小さく問いかける、大きな声を出したとしてもこことは部屋と廊下を挟んだ部屋に寝ている両親には届かない。
それよりも、幼心に私はただ怖かった。
窓から差し込むヘッドライトで映し出された、私を押し倒す二人の目の色が全く同じものであることが、怖かった。
二人とも、目には無邪気な悪意を宿していた。
口が歪む、三日月形に笑って安心させるように、撫でられた猫に語るように二人は、ほぼ同じ意味の言葉を私へ放った。
「「お前が末っ子だから、上の言う事は絶対じゃん?」」
「「親にはいうなよ、されたことは忘れろよ?」」
「「上の言う事聞けない子は、いい子じゃないんだよ?」」
そうか、私が末っ子だから言う事聞かなきゃ。
そうか、これはなかったことなんだ。
そうか、この記憶は忘れなきゃいけないんだ。
ソウカ、私ハイイ子ダカラ、チャント忘レラレル。
そうやって私の身体は、脳は、この記憶を私の心の奥底へと隠して忘れた。
同じ様に、沢山沢山、このように隠して隠して、記憶の奥底に蓋をして忘れたことを思い出す。
嗚呼そうか、この布は、この、ボロボロになって誰かが忘れたこの布こそが、私が意識的に忘れたり、無意識に奥底に隠した、沢山の記憶が刻まれた、羊皮紙だった。
→
1
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる