みち

篁 しいら

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足に当たったものは、クシャクシャになって転がっていた、黒いモヤのようなものだった。
硝子を踏み付けることは一旦置いておき、私はその黒いモヤを拾い上げた。
黒いモヤを拾ってみると、其れはまるで絡まった毛糸のようなものであるのが分かる。
何か黒いものがクシャクシャと集まってグチャグチャになり、歪な丸まりになっていることだけは分かった。
見ていてなんとなく気持ち悪くなったので、私はこの黒いモヤのどこかにあるであろう、毛糸の尻尾……ではなく、黒いモヤの尻尾を探すことにした。
丸めた毛玉の一番端を猫の尻尾のようだと思った幼い私が、毛玉の端を1人で勝手に尻尾と呼んだことが、今も私の中でのみ続いているだけである。
実際は毛糸の端のことを毛糸の尻尾って言っても、誰にも理解されずに眉間に皺を寄せられるだけなので、人前ではこの先っちょを探してますと、表現していただろうなとただ1人、考えながら観察した。

黒いモヤを見辛い視界の中、色んな角度を見て、触れて、感触を頼りに、毛糸の尻尾ならぬ黒いモヤの尻尾がある
回しながら探った結果、親指から少し下の所にちょんっ、と飛び出た終わりの部分を見つけた。
「尻尾見つけた!」
声色が少し良くなる、尻尾があれば一度解いて巻き直すことが可能になるので、このなんとも言えない気持ち悪さが解消されると思った。
個人的な嬉しさが表に出てきたと共に、先程の硝子のことが頭に過ぎって途端、不安になった。
私のこの不安は次の瞬間、見事に的中することになる。


『どうして、普通が出来ないの?』
『いつまでも泣くな、泣いても解決しないぞ!』
『僕よりなんで、妹の方が可愛がられるの?』
『遊びたくないよ、直ぐ発作出るじゃん』


聞き馴染みのある声、聞きたくもない言葉。
見た人は皆、今の私をこの様に表現するだろう、
「声が聞こえた途端に固まった。 良く見てみると顔は青白くて瞳孔は開き、目は泳いでいて脂汗を滲ませていた」
「まるで、死刑宣告を受けた罪人のようだ」
と。
脳の思考の処理速度が通常を遥かに超えてパンクし、一気に停止して体の全てが逆行する。血の気が引きすぎて身体が震え、胃液が逆流し始め喉元まで来て胸糞の悪い味が舌を支配する。
私は胃液が出てこないように口を手で覆い、身体の中心を護る為に膝をつく。
片手では足りない、両手で口を抑えるために尻尾ごと黒いモヤを落とした。
黒いモヤは転がり、先程の硝子の破片が乗った布の端で止まった。
それでも、耳の中から。
いや、頭の中から。
否、黒いモヤから発せられる声は、私の症状を悪化させるには充分すぎるものであった。


『自分が何したかわかってる? 輪を乱してるよ?』
『こんなこと書いて、メールして、この子がどれだけ傷ついたかわかるの? 何か言ったら?』
『なんで話し掛けるの? 友達でもないのに』
『見た目通り足遅いんだってー、ビリだったらしいよ』
『こえでかくてうるさいから、ともだちじゃない』
『なににらんでるのこわい、こっちみないでよ』
『お前はなんでそう何も出来ないんだ? 知恵が遅れているんじゃないか?』
『愛想もなければ要領も悪い、だからお前はダメなんだ』
『近づかないで、無理だから』
『他人行儀で仲間に接するのは辞めなよ、ロボットじゃないんだから』
『天地がひっくりかえっても、お前を俺が選ぶことは無い』
『どうしてここいるの? 邪魔なんだけど』


耐えられなかった、私は口から胃液を吐き出した。
口いっぱいに広がる不快、しかしそれを止めることが出来ない。
口から出しながら、あまりの臭さに鼻や目からも液体が溢れ出す。
私は吐きながら、鼻水を流しながら、泣きながら。
黒いモヤから溢れ出す言葉を、ただ聞いて汚物にまみれて拳を握った。
黒いモヤはまだ言い足りないのか、更に辛辣な言葉を吐き出し続けていた。



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