狂人は、踊る。

篁 しいら

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狂人

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そんな世界を旅したいけど、父はそんなに稼いでくることはなく、母はいつも家計簿を見ながらぶつぶつと小言を唱えていた。
学校から帰ってきて、母にただいまという。
一瞬こちらを向いた母はそれに答えると、渋い顔をしながらまた作業に戻る。
自分はそれを確認した後、自室にある2階へ登って行った。
部屋に戻るや否やカギを閉め、ボロボロになったランドセルから丁寧にある本を取り出した。
宝物のように取り出した一冊の本をもって机に向かう。
いったん落ち着く為に本を机に置き、深呼吸を数回した。


とはいえこれは自分の本ではない、学校の図書館から借りてきた本だ。
全体を銅色あかがねいろで着飾り、目を細めてよく見なければタイトルもわからない、古い本。

この本が最新の本でないことは明白であった。

そしてまだ、小学校も入りたての自分が読むような簡単な本ではなく、難しい漢字をたくさん使っている。
小学高学年用の棚にあった、下手したら中学生用の可能性だってある。
如何せん、目の前の棚に置いてある国語辞典や漢字辞典と同じ厚さがあった。
しかし何故かこの本は、児童書のところに置いてあった。
故に、自分が借りても問題はなかったのだ。



だけど、そんな前置きはすべて関係なかった。



その小さな胸の中のワクワクは、今にも弾けて部屋中に溢れそうだった。
そしてその気持ちをそのままに、ゆっくりと本を読み始めた。





本には別の世界が広がっていた。


その本は、一人の少年が本の世界を旅して、仲間とともに世界を救う物語。
最初こそその本の文字の小ささと唐突な世界設定に驚いたが、少年である自分はいつの間にかストーリーの中に入っていった。
第一章を読み終わるころには、自分は主人公になっていた。


本を読み終わった頃には、カーテンの外は夕方から夜になっていた。
ドアを開け、下の音に聞き耳を立てる。
今日もまた、両親が互いをののしりあっている声が響いていた。
夕飯を食べられないなと、一度ため息をついて今より小さなベッドに横たわった。


目を閉じる。
気持ちを外から中に向け、耳の感覚も現実から遠ざけて、本の内容を反芻した。
内容を反芻するたびに、物語のキャラクターたちが自分の瞼の裏で自分の物語を紡いで。
自分はそれをそばで見て、そのキャラクターに話しかけて彼らを先導する自分。
そんな彼らと離れる時の切なさと辛さ。
その後のストーリー、彼らとかかわることのできないつらさ。


それこそまさに、「それは別の物語で語ろう」なのだろう。


しかし自分は忘れないし、忘れたくない。
自分は永遠に、彼らと冒険をしていたかった。
ずっと、話の中だけで生きていたかったと思った。


いつの間にか閉じた目から、涙があふれていた。


小さな声で「とまれ、とまれ」と自分に言い聞かせる。
いつもならそれで止まるのに、今日に限ってまったく止まらなかった。
自分は、おかしくなってしまったという恐怖にまた涙が出てきた。
これをどうにかしないと、自分の中の頭の引き出しを全部開けて考えを巡らせたとき、あることを思いついた。

バッとベッドから飛び起きて、電気をつけっぱなしにしていた机に縋りつく。
引き出しから荒々しく新しいノートを取り出すと、鉛筆をもって絵を描きだした。

髪は真っ黒、頭には王冠。
服はいつもの服に、マントをつける。
手には剣を持ち、その先にはお父さんとお母さんにそっくりな鬼。


『自分はそれを打ち倒す勇者で、本当のお父さんとお母さんを助けるために悪に立ち向かう』
絵の下にその文字を書いた時、自分の中でなにかが生まれた。
そのページをめくり、涙にぬれた紙に鉛筆で文章を書いた。


『むかしむかしあるところに、にひきの大ま王が、いました』
『大ま王たちをたおすため、みんな力を合わせましたが、大ま王たちはたおせません』
『あるひ、ひとりの少年がたちあがったのです』
『少年はお父さんとおかあさんと、大ま王たちにさらわれていました』


最初は殴り書きだったその言葉は、書いているうちに自分の中にあったトゲトゲを抜いてくれる感覚になる。
トゲトゲが抜けるたび、文章はそれを咀嚼してくれ、形を変えて紙の上に降り立っていく。
あるものは自分と対峙する『大ま王たち』の四天王になり、またある者は自分の仲間になってそばにいてくれる。
そしてみんな書いている自分に、同じセリフを投げかける。


『遊ぼう』
『もっと遊ぼう!』




『僕たちはもう、友達だ』


自分は心で頷きながら、一心不乱に文字を書き続けた。
あまりにも部屋から出てこないことに気づいた母親が、心配して二階に呼びにくるまで。

自分たちは、紙の上でずっと遊び続けた。
自分と物語の中の友達と、誰からも否定されても遊び続けた。



物語を紡いでいるこの瞬間、自分は小さいころからある秘密の遊び場で遊び続けている。
その感覚は、身内のだれにもわからなかった。
否、誰にも分らなくていいと思った。
けど、その秘密の遊び場を誰かに見てもらいたくて、ネットで小説を上げ始めて。
その小説が誰にも見られないことがさみしくて。
そして、形か似ている秘密の遊び場が見られているのを見つけて、自分の場所がみじめに見えてしまった。

だから「嫉妬」して、ここまで気持ちがゆがんでしまったのだ。


だから目の前に、《それ》がいるのだ。
俺の《友達》は、狂気になったのだ。


ここまで存在を歪めて自分から出てきてしまった《それ》に、自分はとても申し訳なく感じた。
もしこの感情を抱かなければ、彼は目も口もない姿で自分を責めるような言葉を吐く存在にはならなかったのに。
けど彼のおかげで自分の気持ちを整理できたし、作品についてここまで深く考えることはなかっただろう。
なら、その目の前の《それ》にはきちんと、まっすぐな言葉で答えよう。

自分という物書きの源流さいしょを思い出させてくれた目の前の影……否、友に。
俺の言葉できちんと、応えたい。


そこまで考えて、男は《それ》に向き合った。
さて、質問は何だったかと、男は思い出す。

……そうだ、『これから先、自分の作品とどう向き合っていくか?』か。

向き合うというのは難しい。
いかんせん男は作品のキャラと遊び、友が見ていた通り、狂ったように書いていたのだから。
男はずっと一人遊びを、続けていただけなのだから。
そんな男が友からこのように、真面目に問われてしまってはどう答えたらいいかわからない。


さて自分は、 俺は、これから先どう向き合ってくだろうか……?


男は考えた、全ての思考を《それ》への答える言葉を見つけるために使う。
だが、答えが出てこなく最終的に思考も捨てた。
ただ単純な思いを幼子のように、男は《それ》に対して提示した。





「俺は……俺の作品と遊んでいる自分が好きだ。 だから俺は、狂人のままで、作品たちと遊び続けるよ」









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