狂人は、踊る。

篁 しいら

文字の大きさ
上 下
7 / 7

狂気

しおりを挟む
《それ》は男を、感情のままに怒鳴りつけた。
《それ》のその行為に、意味などない。
なぜなら《それ》自体が、この世のものであってこの世にあってはならないものであるからである。
他者には認識出来ず、自身は認識されて居ないことを前提にあり、対象者に認識されることもなく対象の無意識を負の感情で蝕み、その命を、喰らうもの。

それが、《それ》の本質であり《それ》の正体である。

《それ》に出来ることは、対象の感情を揺さぶって魂の形を歪ませ、その魂ごと感情を呑み込んで負の側面のみを他者に社会に露出させること。
そして、その側面を表に晒した対象者に成り代わり、そのまま死を選ばせることである。
そんな存在であるモノが、対象者に気付かれたり見据えられたり、ましてや、感情を持ち、心を乱すことは無い……ない、はずだった。
自分を生み出し、自分が喰らう予定の者が放つ自分には持ちえないギラギラした『何か』に触れてしまい、《それ》は酷く心が乱れて冷静さが失われ、我を無くしたのだ。
《それ》のその様子を見、男は少しニヤリとすると、組んでいた手を一度離して足を延ばし、椅子に深く腰を下ろすように座り直しながら手を組みなおすと、安堵したように言葉を吐いた。

「お前の今の言葉で、俺は自分を誇りに持つよ」
「こんなに近くにいた奴を、騙し続けられていたのなら、俺はこの世の全てを騙せているということに、な」

「……なんだと?」
《それ》は怒気を含んだ声で問い直した、その様子に男は興奮を隠しきれず、マシンガンのように言葉を放つ。
「先ほどお前は、『俺の生活をずっと見ている』と、言った」
「つまりだ、四六時中ずっとお前は俺のストーカーをしている気持ち悪い奴、というわけだ」
「しかも、私生活まで覗き見している変態だ」
「そんな奴を俺は、ただ生活していただけで騙していたというわけだ」
「この発言に喜ぶ以外に、何ができようか?」
「否、喜ぶ以外にやることなんてない!」
「こんな得体のしれない変質者ストーカーの目を欺けるぐらい、俺の演技は素晴らしかったというわけだ」
「俺は、役者にでも成れたかもしれないな!」
「はは、ハハハッ、俺は今、最高の気分だ!!」
「ハハハハハハハッ、アーッハハハハッ」
男は両目を右手で覆って天を仰ぎ、愉快に笑う。
その様には先程のような冷静さも静かな熱もない、本当に嬉しそうに大声で嗤う。


……これは、なんだ?


《それ》の怒りは一気に冷め、目の前で嗤う男を見た。
男のその様に、自分の知っている容姿の知らない『何か』を強制的に見せつけられ、《それ》は生まれて初めて、吐き気を催すような恐怖を感じた。
呑まれまいと抵抗していた自分の思考自体が、男を急変させたその『何か』へ対する恐怖によって、《それ》も呑み込まれそうであった。
そんな《それ》を内情も構わず、男は一人笑っていた。
少し落ち着き始めたころ、男は《それ》の様子を観察した。
《それ》は固まってこちらを見て、戸惑っているように見える。
男は笑い涙を拭った後、声色を優しくして問いかけるように《それ》に話しかけた。
「すまない、説明が不足していた」
「説明不足は俺の悪い癖だ、だからきちんと説明しよう」
男はゆっくりとした口調を心掛けながら、先ほどの発言に対しての説明を《それ》に向かって語り始めた。
「実は俺はさ、『ギャンブル』も『恋愛』も『結婚』もしているのさ……『作品』に、ね」
「そう、俺はこの世全ての『作品』を、愛している」

男が発した言葉の意図も意味も、《それ》には分からなかった。
永遠に分かり合う感覚ではないと《それ》は感じ、同時に理解した。


自分を産んだこの男は――『狂っている』と。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

処理中です...