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狂気
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《それ》は男を、感情のままに怒鳴りつけた。
《それ》のその行為に、意味などない。
なぜなら《それ》自体が、この世のものであってこの世にあってはならないものであるからである。
他者には認識出来ず、自身は認識されて居ないことを前提にあり、対象者に認識されることもなく対象の無意識を負の感情で蝕み、その命を、喰らうもの。
それが、《それ》の本質であり《それ》の正体である。
《それ》に出来ることは、対象の感情を揺さぶって魂の形を歪ませ、その魂ごと感情を呑み込んで負の側面のみを他者に社会に露出させること。
そして、その側面を表に晒した対象者に成り代わり、そのまま死を選ばせることである。
そんな存在であるモノが、対象者に気付かれたり見据えられたり、ましてや、感情を持ち、心を乱すことは無い……ない、はずだった。
自分を生み出し、自分が喰らう予定の者が放つ自分には持ちえないギラギラした『何か』に触れてしまい、《それ》は酷く心が乱れて冷静さが失われ、我を無くしたのだ。
《それ》のその様子を見、男は少しニヤリとすると、組んでいた手を一度離して足を延ばし、椅子に深く腰を下ろすように座り直しながら手を組みなおすと、安堵したように言葉を吐いた。
「お前の今の言葉で、俺は自分を誇りに持つよ」
「こんなに近くにいた奴を、騙し続けられていたのなら、俺はこの世の全てを騙せているということに、な」
「……なんだと?」
《それ》は怒気を含んだ声で問い直した、その様子に男は興奮を隠しきれず、マシンガンのように言葉を放つ。
「先ほどお前は、『俺の生活をずっと見ている』と、言った」
「つまりだ、四六時中ずっとお前は俺のストーカーをしている気持ち悪い奴、というわけだ」
「しかも、私生活まで覗き見している変態だ」
「そんな奴を俺は、ただ生活していただけで騙していたというわけだ」
「この発言に喜ぶ以外に、何ができようか?」
「否、喜ぶ以外にやることなんてない!」
「こんな得体のしれない変質者ストーカーの目を欺けるぐらい、俺の演技は素晴らしかったというわけだ」
「俺は、役者にでも成れたかもしれないな!」
「はは、ハハハッ、俺は今、最高の気分だ!!」
「ハハハハハハハッ、アーッハハハハッ」
男は両目を右手で覆って天を仰ぎ、愉快に笑う。
その様には先程のような冷静さも静かな熱もない、本当に嬉しそうに大声で嗤う。
……これは、なんだ?
《それ》の怒りは一気に冷め、目の前で嗤う男を見た。
男のその様に、自分の知っている容姿の知らない『何か』を強制的に見せつけられ、《それ》は生まれて初めて、吐き気を催すような恐怖を感じた。
呑まれまいと抵抗していた自分の思考自体が、男を急変させたその『何か』へ対する恐怖によって、《それ》も呑み込まれそうであった。
そんな《それ》を内情も構わず、男は一人笑っていた。
少し落ち着き始めたころ、男は《それ》の様子を観察した。
《それ》は固まってこちらを見て、戸惑っているように見える。
男は笑い涙を拭った後、声色を優しくして問いかけるように《それ》に話しかけた。
「すまない、説明が不足していた」
「説明不足は俺の悪い癖だ、だからきちんと説明しよう」
男はゆっくりとした口調を心掛けながら、先ほどの発言に対しての説明を《それ》に向かって語り始めた。
「実は俺はさ、『ギャンブル』も『恋愛』も『結婚』もしているのさ……『作品』に、ね」
「そう、俺はこの世全ての『作品』を、愛している」
男が発した言葉の意図も意味も、《それ》には分からなかった。
永遠に分かり合う感覚ではないと《それ》は感じ、同時に理解した。
自分を産んだこの男は――『狂っている』と。
→
《それ》のその行為に、意味などない。
なぜなら《それ》自体が、この世のものであってこの世にあってはならないものであるからである。
他者には認識出来ず、自身は認識されて居ないことを前提にあり、対象者に認識されることもなく対象の無意識を負の感情で蝕み、その命を、喰らうもの。
それが、《それ》の本質であり《それ》の正体である。
《それ》に出来ることは、対象の感情を揺さぶって魂の形を歪ませ、その魂ごと感情を呑み込んで負の側面のみを他者に社会に露出させること。
そして、その側面を表に晒した対象者に成り代わり、そのまま死を選ばせることである。
そんな存在であるモノが、対象者に気付かれたり見据えられたり、ましてや、感情を持ち、心を乱すことは無い……ない、はずだった。
自分を生み出し、自分が喰らう予定の者が放つ自分には持ちえないギラギラした『何か』に触れてしまい、《それ》は酷く心が乱れて冷静さが失われ、我を無くしたのだ。
《それ》のその様子を見、男は少しニヤリとすると、組んでいた手を一度離して足を延ばし、椅子に深く腰を下ろすように座り直しながら手を組みなおすと、安堵したように言葉を吐いた。
「お前の今の言葉で、俺は自分を誇りに持つよ」
「こんなに近くにいた奴を、騙し続けられていたのなら、俺はこの世の全てを騙せているということに、な」
「……なんだと?」
《それ》は怒気を含んだ声で問い直した、その様子に男は興奮を隠しきれず、マシンガンのように言葉を放つ。
「先ほどお前は、『俺の生活をずっと見ている』と、言った」
「つまりだ、四六時中ずっとお前は俺のストーカーをしている気持ち悪い奴、というわけだ」
「しかも、私生活まで覗き見している変態だ」
「そんな奴を俺は、ただ生活していただけで騙していたというわけだ」
「この発言に喜ぶ以外に、何ができようか?」
「否、喜ぶ以外にやることなんてない!」
「こんな得体のしれない変質者ストーカーの目を欺けるぐらい、俺の演技は素晴らしかったというわけだ」
「俺は、役者にでも成れたかもしれないな!」
「はは、ハハハッ、俺は今、最高の気分だ!!」
「ハハハハハハハッ、アーッハハハハッ」
男は両目を右手で覆って天を仰ぎ、愉快に笑う。
その様には先程のような冷静さも静かな熱もない、本当に嬉しそうに大声で嗤う。
……これは、なんだ?
《それ》の怒りは一気に冷め、目の前で嗤う男を見た。
男のその様に、自分の知っている容姿の知らない『何か』を強制的に見せつけられ、《それ》は生まれて初めて、吐き気を催すような恐怖を感じた。
呑まれまいと抵抗していた自分の思考自体が、男を急変させたその『何か』へ対する恐怖によって、《それ》も呑み込まれそうであった。
そんな《それ》を内情も構わず、男は一人笑っていた。
少し落ち着き始めたころ、男は《それ》の様子を観察した。
《それ》は固まってこちらを見て、戸惑っているように見える。
男は笑い涙を拭った後、声色を優しくして問いかけるように《それ》に話しかけた。
「すまない、説明が不足していた」
「説明不足は俺の悪い癖だ、だからきちんと説明しよう」
男はゆっくりとした口調を心掛けながら、先ほどの発言に対しての説明を《それ》に向かって語り始めた。
「実は俺はさ、『ギャンブル』も『恋愛』も『結婚』もしているのさ……『作品』に、ね」
「そう、俺はこの世全ての『作品』を、愛している」
男が発した言葉の意図も意味も、《それ》には分からなかった。
永遠に分かり合う感覚ではないと《それ》は感じ、同時に理解した。
自分を産んだこの男は――『狂っている』と。
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