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17語り
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「ここで熊様の心を傷つけたバチが当たったね」
ぱ、と身を起こしたケンシローはうってかわってあっけらかんとしている。
一見すればコイバナを始めた時と同じテンションであったが、それが空元気であることはよくわかった。
「ケンシローさん、お耳が」
「ただの寝癖なのでお気になさらず」
ぺそりと伏せられた耳の理由にしては苦しかったが、ロッテは追求を茶と共に飲み下した。
「血を吐くまでとは、結核のような流行り病にでもなられたのですか?」
「いや、これに関しては完全に自業自得なんだよ」
声量調節を間違えたような大きさの声が、『力』についてどのくらい知っているのかをロッテに問う。
「ケンシローさんは当時一般的でなかった魔法について目を向けていた、と聞きました。
『力』というのは魔法になる前段階のエネルギー、『魔力』のことでしょうか」
「そうだね、今はそういう言い方をするのだったか。
術式を構築して決まった効果を引き出す魔法とは違って、『力』は使用者由来の純粋なエネルギー。
なにが起こるかは使用者が使ってみなければわからない」
情報も同じように『力』を持つ者も少ない時代だった。
ケンシローは地道な実験を重ね、己に宿る力の詳細を明らかにした。
「私、変なものを食べて死ななかった実績なら誰にも負けねえって言ったじゃん」
「はい」
「あれ、『力』のおかげだったみたい」
「はい?」
指事語が向けられた内容が察知できず、間抜けな返事が中空に漂う。
つまり、丈夫な胃腸が手に入る力と言うこと?
どこの腕白小僧だ。
「厳密に言うと、食べたものの成分を消化することなく溜め込んでおける、ってことみたい。
『力』を注いだ植物にも同じ性質が宿ったから、別の薬草を吸収させて二つ以上の効能を発揮させたり、同じ薬草を吸収させることで効能を上げたりしてた」
まだ外科手術などの技術は発達していない頃の話である。
身体を治す主だった手段が薬草や鍼治療しかない状態で、薬草そのものの効能を変化させることができるのだとしたら。
「医療の革命が起きてます」
「起きなかった。
私は途中で道を踏み外したのだから」
理想を語ったところで、現実は変わらない。
目の前で革命的な力を持っていたはずの男は、人を救うための毒薬作りに邁進した。
「研究を続けて、実際に威力を上げた薬草を作れたら色々使えただろうな。
水が死ぬ程度の毒薬を川上から流して侵略してくる兵の水分補給を断ったり、兵糧攻めしたりさ」
「環境汚染は跳ね返って至国の民も泣くことになりますよ!」
なんちゅうことを考えるのだこの男。
ロッテは白目を剥きかけた。
服毒自殺を図った後の川が使えなくなったのもさもありなん、といったところか。
と。
はた、と剥きかけた白目を元の位置に戻す。
毒を流して川の水が死ぬ。
服毒自殺。
成分を溜め込む性質の『力』。
「自業自得って言ったでしょ」
気付きかけたロッテに向けられたのは、柔らかな眼差しだった。
それが苦しかったことも、己が原因であることも分かっている。
なのに、後悔だけはしていないと、確信できるような意志。
眩しいものを見たようにしかめられた眉と細めた目が、それだけを伝えてきた。
「研究の一環で、私は様々な薬草を口にしてきた。
それこそ、量を間違えれば毒になりかねない物も含めて、ね。
それでも限度はある。
『力』によって溜め込まれていた薬草の成分は許容量を超えて、私の血肉に溶け出した」
す。
音もなく眼前に差し出された手に、ロッテは肩を跳ね上げる。
手袋をしたままのそれは、銃口のように突きつけられていた。
「服毒自殺なんかじゃない。
私自身が毒になって、勝手に自滅しただけさ」
ぱ、と身を起こしたケンシローはうってかわってあっけらかんとしている。
一見すればコイバナを始めた時と同じテンションであったが、それが空元気であることはよくわかった。
「ケンシローさん、お耳が」
「ただの寝癖なのでお気になさらず」
ぺそりと伏せられた耳の理由にしては苦しかったが、ロッテは追求を茶と共に飲み下した。
「血を吐くまでとは、結核のような流行り病にでもなられたのですか?」
「いや、これに関しては完全に自業自得なんだよ」
声量調節を間違えたような大きさの声が、『力』についてどのくらい知っているのかをロッテに問う。
「ケンシローさんは当時一般的でなかった魔法について目を向けていた、と聞きました。
『力』というのは魔法になる前段階のエネルギー、『魔力』のことでしょうか」
「そうだね、今はそういう言い方をするのだったか。
術式を構築して決まった効果を引き出す魔法とは違って、『力』は使用者由来の純粋なエネルギー。
なにが起こるかは使用者が使ってみなければわからない」
情報も同じように『力』を持つ者も少ない時代だった。
ケンシローは地道な実験を重ね、己に宿る力の詳細を明らかにした。
「私、変なものを食べて死ななかった実績なら誰にも負けねえって言ったじゃん」
「はい」
「あれ、『力』のおかげだったみたい」
「はい?」
指事語が向けられた内容が察知できず、間抜けな返事が中空に漂う。
つまり、丈夫な胃腸が手に入る力と言うこと?
どこの腕白小僧だ。
「厳密に言うと、食べたものの成分を消化することなく溜め込んでおける、ってことみたい。
『力』を注いだ植物にも同じ性質が宿ったから、別の薬草を吸収させて二つ以上の効能を発揮させたり、同じ薬草を吸収させることで効能を上げたりしてた」
まだ外科手術などの技術は発達していない頃の話である。
身体を治す主だった手段が薬草や鍼治療しかない状態で、薬草そのものの効能を変化させることができるのだとしたら。
「医療の革命が起きてます」
「起きなかった。
私は途中で道を踏み外したのだから」
理想を語ったところで、現実は変わらない。
目の前で革命的な力を持っていたはずの男は、人を救うための毒薬作りに邁進した。
「研究を続けて、実際に威力を上げた薬草を作れたら色々使えただろうな。
水が死ぬ程度の毒薬を川上から流して侵略してくる兵の水分補給を断ったり、兵糧攻めしたりさ」
「環境汚染は跳ね返って至国の民も泣くことになりますよ!」
なんちゅうことを考えるのだこの男。
ロッテは白目を剥きかけた。
服毒自殺を図った後の川が使えなくなったのもさもありなん、といったところか。
と。
はた、と剥きかけた白目を元の位置に戻す。
毒を流して川の水が死ぬ。
服毒自殺。
成分を溜め込む性質の『力』。
「自業自得って言ったでしょ」
気付きかけたロッテに向けられたのは、柔らかな眼差しだった。
それが苦しかったことも、己が原因であることも分かっている。
なのに、後悔だけはしていないと、確信できるような意志。
眩しいものを見たようにしかめられた眉と細めた目が、それだけを伝えてきた。
「研究の一環で、私は様々な薬草を口にしてきた。
それこそ、量を間違えれば毒になりかねない物も含めて、ね。
それでも限度はある。
『力』によって溜め込まれていた薬草の成分は許容量を超えて、私の血肉に溶け出した」
す。
音もなく眼前に差し出された手に、ロッテは肩を跳ね上げる。
手袋をしたままのそれは、銃口のように突きつけられていた。
「服毒自殺なんかじゃない。
私自身が毒になって、勝手に自滅しただけさ」
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