上 下
36 / 44

17語り

しおりを挟む
「ここで熊様の心を傷つけたバチが当たったね」

ぱ、と身を起こしたケンシローはうってかわってあっけらかんとしている。
一見すればコイバナを始めた時と同じテンションであったが、それが空元気であることはよくわかった。

「ケンシローさん、お耳が」
「ただの寝癖なのでお気になさらず」

ぺそりと伏せられた耳の理由にしては苦しかったが、ロッテは追求を茶と共に飲み下した。

「血を吐くまでとは、結核のような流行り病にでもなられたのですか?」
「いや、これに関しては完全に自業自得なんだよ」

声量調節を間違えたような大きさの声が、『力』についてどのくらい知っているのかをロッテに問う。

「ケンシローさんは当時一般的でなかった魔法について目を向けていた、と聞きました。
『力』というのは魔法になる前段階のエネルギー、『魔力』のことでしょうか」
「そうだね、今はそういう言い方をするのだったか。
術式を構築して決まった効果を引き出す魔法とは違って、『力』は使用者由来の純粋なエネルギー。
なにが起こるかは使用者が使ってみなければわからない」

情報も同じように『力』を持つ者も少ない時代だった。
ケンシローは地道な実験を重ね、己に宿る力の詳細を明らかにした。

「私、変なものを食べて死ななかった実績なら誰にも負けねえって言ったじゃん」
「はい」
「あれ、『力』のおかげだったみたい」
「はい?」

指事語が向けられた内容が察知できず、間抜けな返事が中空に漂う。
つまり、丈夫な胃腸が手に入る力と言うこと?
どこの腕白小僧だ。

「厳密に言うと、食べたものの成分を消化することなく溜め込んでおける、ってことみたい。
『力』を注いだ植物にも同じ性質が宿ったから、別の薬草を吸収させて二つ以上の効能を発揮させたり、同じ薬草を吸収させることで効能を上げたりしてた」

まだ外科手術などの技術は発達していない頃の話である。
身体を治す主だった手段が薬草や鍼治療しかない状態で、薬草そのものの効能を変化させることができるのだとしたら。

「医療の革命が起きてます」
「起きなかった。
私は途中で道を踏み外したのだから」

理想を語ったところで、現実は変わらない。
目の前で革命的な力を持っていたはずの男は、人を救うための毒薬作りに邁進した。

「研究を続けて、実際に威力を上げた薬草を作れたら色々使えただろうな。
水が死ぬ程度の毒薬を川上から流して侵略してくる兵の水分補給を断ったり、兵糧攻めしたりさ」
「環境汚染は跳ね返って至国の民も泣くことになりますよ!」

なんちゅうことを考えるのだこの男。
ロッテは白目を剥きかけた。
服毒自殺を図った後の川が使えなくなったのもさもありなん、といったところか。

と。
はた、と剥きかけた白目を元の位置に戻す。
毒を流して川の水が死ぬ。
服毒自殺。
成分を溜め込む性質の『力』。

「自業自得って言ったでしょ」

気付きかけたロッテに向けられたのは、柔らかな眼差しだった。
それが苦しかったことも、己が原因であることも分かっている。
なのに、後悔だけはしていないと、確信できるような意志。
眩しいものを見たようにしかめられた眉と細めた目が、それだけを伝えてきた。

「研究の一環で、私は様々な薬草を口にしてきた。
それこそ、量を間違えれば毒になりかねない物も含めて、ね。
それでも限度はある。
『力』によって溜め込まれていた薬草の成分は許容量を超えて、私の血肉に溶け出した」

す。
音もなく眼前に差し出された手に、ロッテは肩を跳ね上げる。
手袋をしたままのそれは、銃口のように突きつけられていた。

「服毒自殺なんかじゃない。
私自身が毒になって、勝手に自滅しただけさ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

おだやかDomは一途なSubの腕の中

phyr
BL
リユネルヴェニア王国北の砦で働く魔術師レーネは、ぽやぽやした性格で魔術以外は今ひとつ頼りない。世話をするよりもされるほうが得意なのだが、ある日所属する小隊に新人が配属され、そのうち一人を受け持つことになった。 担当することになった新人騎士ティノールトは、書類上のダイナミクスはNormalだがどうやらSubらしい。Domに頼れず倒れかけたティノールトのためのPlay をきっかけに、レーネも徐々にDomとしての性質を目覚めさせ、二人は惹かれ合っていく。 しかしティノールトの異動によって離れ離れになってしまい、またぼんやりと日々を過ごしていたレーネのもとに、一通の書類が届く。 『貴殿を、西方将軍補佐官に任命する』 ------------------------ ※10/5-10/27, 11/1-11/23の間、毎日更新です。 ※この作品はDom/Subユニバースの設定に基づいて創作しています。一部独自の解釈、設定があります。 表紙は祭崎飯代様に描いていただきました。ありがとうございました。 第11回BL小説大賞にエントリーしております。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

処理中です...