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花と触手

食堂での会話・2

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「ひとりとは珍しいの、嬢ちゃんと喧嘩でもしたのか?」
「ち、ちがいます」

向かいの席にトレントが腰を落ち着けるなり振られた質問に、慌てて首を横に動かす。
インキュバスの言う嬢ちゃんとは、ミミックと同じ棟に暮らしているテンタクルのことだ。
突然変異の個体で、上半身は人間の女性の形をしているが、下半身はテンタクルと名がつく通り肉色の触手が数本生えている。
自力で歩けないため、また生息地が似ているよしみでミミックはよく彼女を背負った箱に乗せて移動しているのだ。
とはいえ、リアクションの大きい彼はいじめっこ気質でもあるテンタクルによく標的にされがちだ。
仲が良いかと聞かれればミミックはきゅっと顔をしかめる関係性でもある。

「さっき共有スペースに行くから誘ったんですけど、『最近ずっと行き通しだから行かない』って言ったので、だからぼく一体だけ……です」

ミミックからの説明を聞いて、彼よりはちょっぴり経験の深い二体はあらあらと苦笑する。
共有スペースより自分を優先して部屋に残ってほしかったのね、とトレントは微笑ましいわがままに相貌を崩し、これは帰ったらまたいじわるされるな、とインキュバスは未来のミミックへそっと敬礼を送った。

「ところで~、さっきはなにをそんなに熱心に見てたの?」
「花、です。ぼく、外の景色に興味があって」

三体が視線を向けたテレビの画面には、観光地で食べられる名物が映っていた。
あんなもの食べるなんて、人間は変わってるよね、とトレントはうへえと舌を出す。

「もう別の話題になっちゃったみたいです」
「残念じゃの」

構わない、とミミックは首を振るが、ちらちらと画面に視線を向ける様は後ろ髪を引かれていることがありありと語っていた。
このわかりやすくて可愛らしい若者をなんとか元気づけてあげたい、とトレントはトレーに乗せていた栄養水を吸い上げながら頭を捻り、そして名案を思いつく。

「そんなら、あたしが花を咲かせてあげる~」
「えっ」
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