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箱と触手

部屋の中、ひとり・3

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テンタクルは意味が分からず、声をもらした。
普段ならねえ聞いてよ、とさしてかわいくもない巨体を部屋に飛び込ませて勝手に話し始めるというのに、今はどうだ。
扉が開いた瞬間、ミミックは顔を歪ませていた。
昔、同種達にいじめられていたことを話した時とそっくり同じ顔をしていたので、今回も泣きつきにきたのだろうと予想していた。
ところが、目があった瞬間にその表情が変わったのだ。
ぱちくり、と三白眼を丸くしたそれはなにかに驚いたようだった。
そして間髪開けずに、ミミックは扉を閉めて去っていった。

後に残されたのは準備していた両手と触手の使いどころを失ったテンタクルだけである。
行動の変化の理由すら分からず、謎だけ押し付けられたテンタクルだけである。
そも、レディの部屋を勝手に開けておいて挨拶もなく出ていくというのは失礼きわまりないのではないだろうか。

「はぁ?」

現状を理解したテンタクルは、今度こそ感情のこもった一音を吐き出した。
地獄の底から響いたような低音だった。
ミミックとは違って表情を作るのもうまかったため、整った眉の間にはくっきりと怒りのシワが刻まれている。

テンタクルはこれからミミックをいじめる予定だったのだ。
それをミミックごときの行動で勝手に変更されるとは、許されざることである。

絶対にこの不完全燃焼な気持ちを晴らしてやる、という一心でテンタクルはスカートの端を摘まんだ。
両手でスカートを持ち上げ、淑女が膝を折り、うやうやしく挨拶をするように。
ただし足のないテンタクルが動かしたのは、触手の一本である。
先端だけ笹葉のように平らに広がった肉色の触手は不気味に脈打ち、暗がりの中でわずかな光を反射させてぎとぎとの光沢を見せつけた。
普段は控えめに収納してある肉の紐を、粘液をあまり分泌しないよう調節する。
ただし完全に出ないようにはできないので、蛇が木の幹を這いのぼるように壁を伝い、鉄格子付きの窓にじゅぽりと突っ込めば縁でこそげた粘液が、這いずった道へたれ落ちた。
ぐねぐねと震えるそれを更に伸ばして、飛ばして落として這わせて、一部屋分を貫通させる。
無論その貫通した部屋は容赦なく粘液で汚染されるが、そこは先ほど移動させられたテンタクルの私室の一つである。
突如侵入してきた触手に悲鳴を上げる不幸な者はいなかった。
後に掃除したばかりの部屋が粘液まみれになっている様を発見して不幸になる掃除係はいるかもしれないが。

空室を乗り越えて、二枚目の窓から次の部屋へ入り込めばそこがミミックの部屋である。
触手に備わった感知機能を使い、空気に伝わる振動から獲物の居場所を探り当てる。
やがて発見したのは、部屋の隅にひっそりと置かれた箱だ。
彼とて洞窟に潜む種族なのだから気配を消すのは得意であるはずなのに、それができない程度には感情が昂っているらしかった。

かすかに上下する箱の隙間へ、テンタクルは容赦なく触手の先端を突っ込んだ。
枠の金属を乗り越えると、敷き詰められた紙にシワが寄るぐしゃりという感触がした。
どうやら大量の紙に埋もれる形で収納されているようだ。
影のぼうやはミミックではなくてネズミの一種だったのかしら、などとたわいもない雑念が脳内をよぎる。

『ちょっと』
「んぎゃぁ!」
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