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箱と触手
焼却炉にて・4
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「先輩はさ、一言二言余計なんだよね」
話聞いてくれるとこは優しいと思うけどさ。
胸に広がるもやりとした感情を勢力すべく、浮かべた言葉を口に出す。
愚痴じみた文章は、ざくざくというマットレスを切り裂く音でかき消されていく。
雨避けの屋根と壁がある程度の簡易的な小屋の中で、カバー部分の布をはがし、細かくちぎれてしまった繊維が焦げのこびりついたコンクリートの床に舞い散る様を眺めながらマッピーがなんとなしに思うのは、己の経歴についてだ。
勇者の末裔。
それはマッピーの存在を形作る大部分で、あらゆる状態異常への耐性や強靭な肉体という形でなにかにつけて恩恵を受けてきた。
だが、それによってマッピーの行動の大部分が制限されてきたことも確かだ。
『ご先祖様に恥じない生き方をしなさい』
『勇者の血筋らしい振る舞いを』
勇者は剣の名手らしいので、末裔のマッピーは剣を習った。
勇者は魔物を倒す正義の味方らしいので、末裔のマッピーは軍でしばらく訓練していた。
どれも誰かに言われてやったことだ。
子供の頃は自分で考えて行動したこともあったのだが、なにかにつけて『勇者はそんなことはしない』と言われるものだから、次第にマッピーは自分で考えることが億劫になってしまった。
ここへの就職だって、そうだ。
所長からスカウトされて、ことあるごとに勇者の末裔という生まれに絡めて評価される軍の居心地が良くなかったから、それを承諾した。
望んで会館へやってきたというより、嫌なことから逃げてきたと言った方が正しい。
なにも考えずに、従っているだけで正しいと認めてもらえるような手順書があればいいのに。
剣を振るう度にベルトの内側で上下する丸めたマニュアルの感触が不快だった。
「めんどうくさい」
カバーを切り裂いた中からポコポコと大量に出てきた円柱状の物をむしりとって焼却炉へ投げ入れていく。
スプリングの役割を果たしていたらしい原材料不明のそれは、ぼよぼよと手の中で奇妙に跳ねた。
無心で手首のスナップを効かせている内、次に頭に思い浮かんだのは、やっぱり先輩の余計な一言だった。
魔族の外出を『無理だな』とばっさり両断した台詞は、腹立たしくも先ほど己が口にした言葉とまるで同じ。
言われた事はマッピー本人も予想していて、先輩の言葉にはむしろ同意してしかるべきだったのだ。
なのに、ぱっと胸中に沸いたのは失望にも似た感情。
原因はわからないのに突如宙ぶらりんで現れたその事実が癪にさわる。
目だけしか見えないくせに、傷ついたことがはっきりとわかった真っ黒のしかめっ面を思い浮かべると更に不快感が募る。
なにも間違ったことは言っていないはずなのに、悪いことをしたみたいだ。
剣を握る手に力が入る。
これ以上考えると取り返しのつかない結論に行き着いてしまいそうで、マッピーは剣を一旦鞘に収め、片足を引いて構えを取る。
小屋の中は静まり返り、しん、と無音の世界が出来上がる。
静寂は一刀のもと、破られた。
ザシャ。
考えなしに振るった斬撃は一瞬でマットレスを五つほどに刻んでしまった。
悩みの解決を器物破損の爽快感とすり替えたマッピーは、なにも解決していないくせに満足げに頷いてマットレスだった欠片を焼却炉へ入れていく。
「……あぁ」
しかしその充足感も、全ての廃棄物を焼却炉に押し込めて扉にロックをかけ、振り返るまでだった。
灰色の床には、誤魔化しきれないほどの深い割れ目が幾筋も入っていた。
マッピーの斬撃は、下のコンクリートまでもを切ってしまったのだ。
話聞いてくれるとこは優しいと思うけどさ。
胸に広がるもやりとした感情を勢力すべく、浮かべた言葉を口に出す。
愚痴じみた文章は、ざくざくというマットレスを切り裂く音でかき消されていく。
雨避けの屋根と壁がある程度の簡易的な小屋の中で、カバー部分の布をはがし、細かくちぎれてしまった繊維が焦げのこびりついたコンクリートの床に舞い散る様を眺めながらマッピーがなんとなしに思うのは、己の経歴についてだ。
勇者の末裔。
それはマッピーの存在を形作る大部分で、あらゆる状態異常への耐性や強靭な肉体という形でなにかにつけて恩恵を受けてきた。
だが、それによってマッピーの行動の大部分が制限されてきたことも確かだ。
『ご先祖様に恥じない生き方をしなさい』
『勇者の血筋らしい振る舞いを』
勇者は剣の名手らしいので、末裔のマッピーは剣を習った。
勇者は魔物を倒す正義の味方らしいので、末裔のマッピーは軍でしばらく訓練していた。
どれも誰かに言われてやったことだ。
子供の頃は自分で考えて行動したこともあったのだが、なにかにつけて『勇者はそんなことはしない』と言われるものだから、次第にマッピーは自分で考えることが億劫になってしまった。
ここへの就職だって、そうだ。
所長からスカウトされて、ことあるごとに勇者の末裔という生まれに絡めて評価される軍の居心地が良くなかったから、それを承諾した。
望んで会館へやってきたというより、嫌なことから逃げてきたと言った方が正しい。
なにも考えずに、従っているだけで正しいと認めてもらえるような手順書があればいいのに。
剣を振るう度にベルトの内側で上下する丸めたマニュアルの感触が不快だった。
「めんどうくさい」
カバーを切り裂いた中からポコポコと大量に出てきた円柱状の物をむしりとって焼却炉へ投げ入れていく。
スプリングの役割を果たしていたらしい原材料不明のそれは、ぼよぼよと手の中で奇妙に跳ねた。
無心で手首のスナップを効かせている内、次に頭に思い浮かんだのは、やっぱり先輩の余計な一言だった。
魔族の外出を『無理だな』とばっさり両断した台詞は、腹立たしくも先ほど己が口にした言葉とまるで同じ。
言われた事はマッピー本人も予想していて、先輩の言葉にはむしろ同意してしかるべきだったのだ。
なのに、ぱっと胸中に沸いたのは失望にも似た感情。
原因はわからないのに突如宙ぶらりんで現れたその事実が癪にさわる。
目だけしか見えないくせに、傷ついたことがはっきりとわかった真っ黒のしかめっ面を思い浮かべると更に不快感が募る。
なにも間違ったことは言っていないはずなのに、悪いことをしたみたいだ。
剣を握る手に力が入る。
これ以上考えると取り返しのつかない結論に行き着いてしまいそうで、マッピーは剣を一旦鞘に収め、片足を引いて構えを取る。
小屋の中は静まり返り、しん、と無音の世界が出来上がる。
静寂は一刀のもと、破られた。
ザシャ。
考えなしに振るった斬撃は一瞬でマットレスを五つほどに刻んでしまった。
悩みの解決を器物破損の爽快感とすり替えたマッピーは、なにも解決していないくせに満足げに頷いてマットレスだった欠片を焼却炉へ入れていく。
「……あぁ」
しかしその充足感も、全ての廃棄物を焼却炉に押し込めて扉にロックをかけ、振り返るまでだった。
灰色の床には、誤魔化しきれないほどの深い割れ目が幾筋も入っていた。
マッピーの斬撃は、下のコンクリートまでもを切ってしまったのだ。
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