上 下
15 / 129
箱と触手

焼却炉にて・4

しおりを挟む
「先輩はさ、一言二言余計なんだよね」

話聞いてくれるとこは優しいと思うけどさ。

胸に広がるもやりとした感情を勢力すべく、浮かべた言葉を口に出す。
愚痴じみた文章は、ざくざくというマットレスを切り裂く音でかき消されていく。
雨避けの屋根と壁がある程度の簡易的な小屋の中で、カバー部分の布をはがし、細かくちぎれてしまった繊維が焦げのこびりついたコンクリートの床に舞い散る様を眺めながらマッピーがなんとなしに思うのは、己の経歴についてだ。

勇者の末裔。
それはマッピーの存在を形作る大部分で、あらゆる状態異常への耐性や強靭な肉体という形でなにかにつけて恩恵を受けてきた。
だが、それによってマッピーの行動の大部分が制限されてきたことも確かだ。

『ご先祖様に恥じない生き方をしなさい』
『勇者の血筋らしい振る舞いを』

勇者は剣の名手らしいので、末裔のマッピーは剣を習った。
勇者は魔物を倒す正義の味方らしいので、末裔のマッピーは軍でしばらく訓練していた。
どれも誰かに言われてやったことだ。
子供の頃は自分で考えて行動したこともあったのだが、なにかにつけて『勇者はそんなことはしない』と言われるものだから、次第にマッピーは自分で考えることが億劫になってしまった。

ここへの就職だって、そうだ。
所長からスカウトされて、ことあるごとに勇者の末裔という生まれに絡めて評価される軍の居心地が良くなかったから、それを承諾した。
望んで会館へやってきたというより、嫌なことから逃げてきたと言った方が正しい。

なにも考えずに、従っているだけで正しいと認めてもらえるような手順書があればいいのに。

剣を振るう度にベルトの内側で上下する丸めたマニュアルの感触が不快だった。

「めんどうくさい」

カバーを切り裂いた中からポコポコと大量に出てきた円柱状の物をむしりとって焼却炉へ投げ入れていく。
スプリングの役割を果たしていたらしい原材料不明のそれは、ぼよぼよと手の中で奇妙に跳ねた。

無心で手首のスナップを効かせている内、次に頭に思い浮かんだのは、やっぱり先輩の余計な一言だった。
魔族の外出を『無理だな』とばっさり両断した台詞は、腹立たしくも先ほど己が口にした言葉とまるで同じ。
言われた事はマッピー本人も予想していて、先輩の言葉にはむしろ同意してしかるべきだったのだ。
なのに、ぱっと胸中に沸いたのは失望にも似た感情。
原因はわからないのに突如宙ぶらりんで現れたその事実が癪にさわる。
目だけしか見えないくせに、傷ついたことがはっきりとわかった真っ黒のしかめっ面を思い浮かべると更に不快感が募る。

なにも間違ったことは言っていないはずなのに、悪いことをしたみたいだ。
剣を握る手に力が入る。
これ以上考えると取り返しのつかない結論に行き着いてしまいそうで、マッピーは剣を一旦鞘に収め、片足を引いて構えを取る。
小屋の中は静まり返り、しん、と無音の世界が出来上がる。

静寂は一刀のもと、破られた。

ザシャ。
考えなしに振るった斬撃は一瞬でマットレスを五つほどに刻んでしまった。

悩みの解決を器物破損の爽快感とすり替えたマッピーは、なにも解決していないくせに満足げに頷いてマットレスだった欠片を焼却炉へ入れていく。

「……あぁ」

しかしその充足感も、全ての廃棄物を焼却炉に押し込めて扉にロックをかけ、振り返るまでだった。
灰色の床には、誤魔化しきれないほどの深い割れ目が幾筋も入っていた。
マッピーの斬撃は、下のコンクリートまでもを切ってしまったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

嘘はあなたから教わりました

菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

ああ、もういらないのね

志位斗 茂家波
ファンタジー
……ある国で起きた、婚約破棄。 それは重要性を理解していなかったがゆえに起きた悲劇の始まりでもあった。 だけど、もうその事を理解しても遅い…‥‥ たまにやりたくなる短編。興味があればぜひどうぞ。

未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした

星ふくろう
恋愛
 カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。  帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。  その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。  数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。    他の投稿サイトでも掲載しています。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...