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箱と触手
焼却炉にて
しおりを挟むがたごと、働く台車の車輪が音を立てる。
灰色の平らな床から扉の下枠を乗り越えた拍子に、がったんと上に積んだ荷物が跳ねた。
文句なのか助言なのか分からぬ言葉を散々浴びせたテンタクルの姿は既になく、代わりに乗っているのは毒液を拭き取ったペーパータオルなどのゴミ入りの容器、そして隣室から回収した使用済みのマットレスやシーツ等の寝具。
毒入りの粘液が染み付いているであろうそれらは焼却処分の予定だ。
がたごと、外に出ても変わらず車輪は音を立てる。
下草や立ち木が太陽光に導かれるまま、無造作に枝葉を繁らせる間を縫うようにコンクリートで舗装された道を進む。
時折両端の地面から転がってくる小石を巻き込んで、底板からはみ出たマットレスが派手に跳ねた。
見上げれば、目が覚めるような青空が、どこまでも広がっているようだった。
台車を押して数十メートルも進めば、その光景にか細い黒煙が紛れる。
目的地の焼却炉はすぐそこだ。
がたごと、がたごと。
マッピーは足を動かし、ひたすらに台車を押して、そうして先ほど言わなかった想いの丈をとうとう抑えきれず吐き出した。
「……いや、先に話しかけてきたのそっちじゃん!」
「うわ、びっくりした」
先客にしっかり聞かれていた。
頑強そうな鉄色のごみ投入扉の前で新入りの大声にびびらされたのは、同じくごみを焼却しに来ていた同僚の先輩であった。
「先輩、仕事は終わったんですか」
「焼却炉がちゃんと燃えてるか見張ってる」
マッピーからの追求に、先輩は顔ごとそっぽを向いた。
切りに行くのが面倒だからという理由で伸ばしっぱなしの前髪からは表情が伺えないが、視線も泳ぎまくっているに違いない。
そも、焼却炉の稼働は温度など数箇所をチェックすれば離れても良いと教えてもらっている。
それを教えた張本人がとぼける様子に、これはただのサボりだなとアタリをつけてマッピーは唇をとがらせ怠慢きわまりない元教育係を睨み付けた。
わざとらしい口笛が返ってきただけだった。
使用中の焼却炉は、ある程度の焼却が済んで温度が下がらなければ扉を開けられない。
毒の染み込んだ廃棄物を放置するわけにもいかず、マッピーは屋根と三方の壁しかない簡易的な焼却小屋で一時の暇を潰す。
「そんで、なに? なんか腹立つことでもあったの?」
そこへするりと会話を切り出すメカクレ先輩。
どうやらサボりは続行らしい。
さりげに台車とは反対の壁を陣取る辺り、ちゃっかりしていると後輩は目を細めた。
「いえ、別に大したことでは……ちょっと実験動物扱いしてくるような奴と仲良くしたくない、的なことを言われまして……」
「そうか……」
焼却炉の煙とは別に、白煙が錆の目立つトタン屋根の下でゆらりと揺れる。
メカクレ先輩が唇で遊ぶ度、細長い煙草がマッピーの斜め上でぴこぴこと振れた。
しかし、その一瞬後。
アンニュイに上を仰いでいた先輩が、んん? と首を傾げる。
「おまえが今掃除してたとこ、3-A区画だろ。
そんな危険な実験されてる奴いたか?」
「えっ」
「あそこは反抗的な奴もいないから、こっちも武装する必要ないし。
ほとんど希望通りの生活を整えてんだからそこまで言われる筋合いないと思うんだけど」
「えぇっ?」
自分が思い描いていた内情とはなにやら話の違う情報に、マッピーは片眉を上げる。
「部屋の外側に窓がないのは?」
「3-A区画がそもそも洞窟暮らしで日光嫌いな奴多いから、その対策だよ」
「設置されてるカメラとスピーカーは?」
「カメラの稼働は常時じゃない。
魔族達のの許可もらった上で定刻にならないと稼働してないぞ。
マイク付きのスピーカーは緊急事態発生の時に向こうがヘルプ求める時とか、部屋に毒が充満してたり諸事情あって職員が直接赴けない場合に状況把握と指示出しのために使うんだ」
「個室へ入る度にかざすカードキーだってあるじゃないですか!」
「あれは誰がいつ入退室したか記録してるだけ。
部屋のロックも一応掛けられるけど、今はしてないぞ。
あそこの奴らは暗がりにひそむのが日常だから、そもそも目を光らせるほど部屋から出てこないし。
……自由に出入りできる共通スペースの説明、したよな?
ていうかここまでの説明、おまえがここに来た時にひととおりやったよな?」
次第に疑心を含み始めた眼差しに、マッピーは全力で目を反らした。
職員の許可と付き添いがないと連れ出せないものだと思っていたとは、今さら言えない。
しかしその思い込みは察知されたようで、焼却炉の前で出くわした当初とは真逆の視線の動きに、先輩はやれやれと白煙混じりのため息をつく。
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