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箱と触手

清掃業務・1-2

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「さっきも言いましたけど、掃除中は会館内の共通スペースに行ってくれてもいいんですよ?
照明のないエリアもあるでしょう、あそこ」

談話目的で作られたそこは、他区画の魔族と交流のできる数少ない場所だ。
どんな魔族も滞在できるよう、人間達が集めた魔族生態の知識を結集させて設営された。
内容は人間の倫理に触れない物だけだが飲食のできるコーナーもあり、掃除中の避難所目的以外でも常に賑わっている。
散乱した本や写真を拾いながら促すと、ミミックは視線をさ迷わせた後、へらりと笑った。
故意に顔のパーツを動かすのは下手くそなようで、むき出しにした歯と目で構成された表情は、叱られているのを誤魔化す幼児のようなひきつり笑いだった。

「あそこ、あんまり行きたくないんだ。広いし、知らないヒトとお話するの怖いし……」

本日何度も繰り返し提案し、何度も同じ答えが返ってきているマッピーは、否定に憤ることもなく、だろうなと頷いた。
五十数名の魔族が入っても余裕のある広いスペースは、洞窟暮らしの面々には苦痛に感じるらしい。

本人にはっきりとした意志があるため無理強いはできず、今回も部屋の主ありきの掃除が始まる。

「のわりには、広い場所の写真が多いですね」
「あ、えと、えへ」

マッピーの動きを真似して、ミミックも掃除に邪魔な紙を拾い集める。
草原や海の風景写真にいくつか印のつけられた地図。
外国の暮らしや地理が書かれた本。
机からこぼれ落ちた紙は、どれもが外に関する情報ばかりを伝えてくる。

「異端だっていうのは、分かってるんだ。
ぼくらは影で生まれて、暗がりに置かれた箱の闇に潜んで、近づいた獲物を喰らって、それを繰り返して死んでいく」

ミミックの白い歯から伺える口の形は更に歪んで、もはや笑顔というよりひきつりが顔面を支配している。
巨躯を震わせ、きょどきょどと右往左往どころか上下にもさ迷いまくった視線だったが、手の中に収めた写真に落ち着いたそれはかすかに柔らかみを帯びた。

「でも、生まれ故郷から馬車に乗せられてここへ来る道中で、こっそり覗いた景色がとっても綺麗で……
また見てみたいな、ってちょっとだけ思ってる」

山中から麓の町を見下ろしたような写真だった。
赤黄の鮮やかな紅葉の隙間から、目映いほどに整備された人間の町並みがミニチュア模型のように鎮座している。
美しさの違う自然と文明が集まった一枚。

白目の目立つ三白眼が、憧れを直視したようにきゅう、と細まった。
そんな彼を見て、マッピーが思ったことは。
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