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最終章 決戦

13 戦いの始まり

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 かくして駿佑しゅんすけのシナリオは実行に移されたのだったが、草太そうたは前知識としてこの禍津町まがつちょう将門まさかどの怨霊対策として張られた北斗七星を型取った結界についての説明を天冥てんめいから受けた。鷹田たかだ神社を南端に、聖連せいれん女子高校、七星妙見ななほしみょうけんみなもとの鳥居、星宮久遠寺ほしみやくおんじ、ノワール、セフィロトがその拠点となっている。当然各拠点の責任者もそのことを知っていて、彼らはつむぎを妙見菩薩の使いである九面観音くめんかんのんの化身として信奉し、天冥をその伝導者として慕っている。すなわち、栗原くりはら町長をはじめ、聖連女子の小泉こいずみ理事長、久遠寺の遵奉じゅんぽう住職、鷹田神社の服部はっとり神主といった面々もシナリオの中に組み込まれていた。

 草太はまた、草太がシナリオを知る以前に起こっていることのあらましも聞いた。まず、すぐるに連れ回された岩石採集のフィールドワークは、実は五十年前に宇宙から飛散した隕石を集める作業だったのだ。隕石内には将門の黄泉よみからの波動を媒介し、その組成には人の姿形を変容させる粒子が混ざっている。それらを集め、セフィロトの地に埋めて紬と天冥が浄化させることによって、人の妖化あやかしかを止め、変異の浅い者に関しては元に戻すことの出来る逆媒体とする。妖化した人たちを結界の強いセフィロトに集め、その逆媒体を介することによって、人の中に巣食った陰の黒塊を土壌に霧散させるのだ。

 妖化している人を見つけるのは、天冥と乃愛のあの役割だった。天冥は鳥の目を使い、乃愛はネットの世界に入り込むことによって、変異し始めた、あるいは変異しそうな人を見つけ出していた。妖化するということは人界から違う階層…この場合は人界よりも陰の方向の階層ということになるが…階層移動をするということになる。各階層ははっきりとした区切りがあるわけではなく、グラデーションとなっていて、階層を移る際には必ず揺らぎが生ずる。その揺らぎを感知するのだ。影武者が暗躍する地には揺らぎが生じがちで、天冥の直前の旅行は女子高生首無し事件の第三の地、A県に赴いたものだった。一方、揺らぎはネットを介しても起こる。最近巷ではKikTokのピタ止めチャレンジなるものが流行っていて、影武者の一人はそこに目をつけて恐怖のチャンネルを作り、そこを訪れた者に陰の波動を振りまいていた。そのチャンネルには乃愛のものと思わせるアカウントが使われたが、乃愛は逆にその状況を利用し、妖化しそうな人物を特定していった。

 妖化した人々をセフィロトに運ぶ役目は紬が担ってくれた。交通機関を使わずとも、紬には階層を繋ぐ道を作る能力がある。どこでも簡単にトンネルを作るなんて便利なことは出来ないが、例えば禍津町の結界の拠点のような、ある程度階層の狭間にある場所との間に通路を通すことは出来た。もちろん誰でもその通路を通れるわけではない。妖化という、階層の狭間にいる存在だから通ることができるのだ。紬は各地の狭間スポットからセフィロトへと直通させ、浄化のために妖化した人々を移動させた。ちなみに、ノワールにある黒鐘は他の階層から乗り込んでくる者を察知して知らせる警報器の役目がある。異界の者が禍津町に直通すれば、鐘が大きく鳴り響く。だがその音は敵味方の判別までは出来ず、紬が自分で作ったトンネルを通ってきても鳴り響いてしまうのだった。そしてその音は、それを聞くことの出来る耳を持つ者にしか聞こえない。

 さらに、そういった調査や移動をする際に実行部隊として動く存在についても知らされた。紬や天冥は町長とも通じているので、禍津町への転入の事務的な手続きなんかには町長が動いてくれた。また、転入の際に起きる様々な雑事を処理するのは、弾正だんじょう明彦あきひこの役割だった。特に弾正には手足となって動いてくれる、表向きは探偵助手という仲間たちがおり、彼らは実行部隊として各地に振り分けられた。草太が弾正の雑用をこなしていたのも、その一環だったというわけだ。

 計画を着実に実行するためには禍津町にいつ将門の影武者たちが入って来るかということも正確に把握しなければならないが、その調査も役割分担していた。天冥は時間があれば辻占いの易者に扮し、駅前に居座ってそこを通る人々の位相の異常を捉えようとした。また、バーで働く朱美あけみや、ネットの中に潜り込んだ乃愛からの情報も貴重だった。人は悩みを吐露したり、酒を飲んだり、SNSで心情を発散させたりする際に本性を剥き出しにする。妖化の広がる中心には影武者がいるはずで、傑が各地から送られてくるデータをマップ化することで、影武者たちの居所をも次々に特定させていった。そうして次第に将門包囲網を狭めていき、いよいよ将門討伐計画をスタートさせたのだった。





 7月21日、まだ草太に計画は知らされていなかったが、この日、戦いの火蓋は切って落とされた。まず、穂乃香ほのかの姿で草太の前に現れた桔梗ききょうが、草太を七星妙見の宮司であった鮫島さめじま家に呼び出す。なぜ鮫島家だったかというと、それは草太に施された洗脳度合いを調べるためでもあった。草太が鮫島家に入ることで昔の記憶を思い出すことが出来るかどうか、そのことが草太の洗脳の深度を測る基準とされた。そしてまた、桔梗が動いたのは、影武者に桔梗の放つ陽の波動を察知させて誘き出すためでもあった。あわよくば影武者が直接現れ、ここで一人でも退治するつもりだったが、そこは影武者側も用心深く、実際に現れたのは妖化した佐倉心晴さくらこはるだった。心晴の妖化の深度は深く、もはやセフィロトで救えるレベルではなかった。

 妖化の深度というのは第一段階で目から血を流し、第二段階で首が伸び、第三段階で首が飛ぶ、その段階のことで、首が飛び回る飛頭蛮ひとうばんの段階に入ってしまうともはや人界の物理法則から大きく外れ、人界に引き戻すのは難しかった。この日、鮫島家には明彦が、家屋の近くにはサポート要員として弾正と傑が待機していた。明彦は少女の姿で現れた心晴を見て、持ち前の義侠心を発揮して何とか少女を救おうと説得したが、少女は首を飛ばして襲ってきた。そこにいたのがもし弾正や傑だったなら躊躇なく心晴を成敗しただろう。だが、明彦には少女にトドメを刺すことは出来なかった。明彦はその場から逃げ出し、その後ろ姿を草太が見ることになった。明彦が傑の服を着ていたのは、駿佑のシナリオの遊び心だったわけだが、後々そのギミックは効果を発揮することとなった。


 ちなみに、心晴が妖化の深化を深めた原因の一端は天冥にあった。天冥は聖連女子の理事長である小泉から、娘を守ってくれという要請を受けていた。C県やT都で起きた女子高生連続首無し事件の実態は首相の諮問機関の人間や警察庁、警視庁のトップクラスの人間に伝えられ、禍津町にいる娘のことを危惧した沖芝おきしばが元夫である小泉に、次のターゲットが禍津町になる公算が大きいことを伝えていた。今年の初夏、小泉の要請を受けた天冥はその娘である陽菜ひなを保護すべく、セフィロトの人間として彼女の前に現れた。普段駅前で易者をする時はセフィロトとの関係を探られて必要以上に警戒されないように顔を黒い布で覆って隠していたが、セフィロトの人間として行動する時は顔を露わにしていた。

 小泉の娘である陽菜は聖連女子の二年生で、彼女と同じクラスに心晴もおり、二人は仲良しだった。二人は互いに都市伝説好きとして交友を深めていたのだが、天冥が陽菜に会った時にはすでに二人は将門の影武者が仕掛けたKikTokのピタ止めチャレンジをやっていて、黄泉からの波動を身にまとわせた後だった。天冥は陽菜にセフィロトに来るよう説得を試みるも、陽菜はまだ目から血を流すという症状までには至っておらず、天冥のことを訝しんだ陽菜はその申し出を頑なに拒んだ。陽菜はかなり臆病な性格で、天冥を警戒した彼女は常に友達である心晴を付き添わせた。なので天冥が陽菜に接触する時にはいつも横に心晴がいて、心晴はあろうことか、天冥を美青年だと認識して惚れてしまったのだ。心晴はいつも黒い服を着ていた天冥を漆黒の君と慕い、結果、心の揺らぎを激しくさせ、心晴の妖化の深度を深めてしまった。天冥は後にそのことを紬から揶揄されたが、天冥は苦笑するしかなかった。

 陽菜の方はというと、そんなこんなで天冥の説得は諦め、それでも何とか妖化の危険を知らせようと今度は紬が動いた。紬はまず、小泉に頼んで聖連女子の生徒として陽菜のクラスに潜入した。何とか陽菜に近づき、7月11日に小泉に家を留守にしてもらい、その日に家に泊まる約束をする。この日に紬は心晴と二人まとめてセフィロトに入所させるつもりだったが、すでに妖化の進んでいた心晴は家には来なかった。紬はその夜、陽菜に荒療治を施した。警官が実は殺人鬼だったという怪談を披露し、実際に明彦に警官のコスプレをさせ、夜中に家に訪れさせる。案の定、怖がりだった陽菜は目から流血させ、自分の身に起きていることの深刻さを知った陽菜を何とかセフィロトに入所させることができた。

 一方、すでに影武者の手中に落ちていた心晴は救えなかった。草太が21日に鮫島家に訪れた折、飛頭蛮と化して行方を眩ませた。その場に身体は置いていき、それが第四の首無し事件となって禍津町に大勢の捜査員たちを呼び込むきっかけとなったのだった。



 陽菜たちが妖化することで、聖連女子高校の地に穢れが広まった。まずは陽菜と同じクラスだった伊藤いとうゆい池田いけだなぎさ水谷みずたにりんのグループが、心晴から教えられたKikTokのピタ止めチャレンジをやることによって妖化していった。そしてその妖化の波は唯の彼氏だった高瀬陽翔たかせはるとや、渚の彼氏だった新見逸生にいみいつきにも広がった。いち早く妖化を深めた唯は憎んでいた渚を殺し、渚の彼氏だった逸生は自らの変化に恐怖し、彼女の住むマンションの屋上で身を投げた。


 7月24日午後、シナリオの読み合わせを終えた草太は駿佑と乃愛とともに渚の住むマンションの屋上に訪れていた。天冥がそこに、陰の波動を察知したのだ。だが、草太が訪れた時にはもう、一足遅かった。そこには妖化した逸生がいたのだが、彼はまだ妖化を深化されることを踏み止まっていた。何とか彼を保護しようと草太たちは訪れたのだったが、K署の刑事である遠藤えんどうに憑依した影武者の一人に処分された。草太は見た。逸生が遠藤に操られて屋上から飛ばされる姿を。なぜ遠藤がそんなことをしたのか、それは、影武者としては人々を次々に妖化させ、手駒を増やしていきたいのだが、逆に妖化した人間が深化手前で陽の陣営に保護され、手駒とされることを嫌がった。逸生に陽の波動をまとった者が近づいているのを察知したのだろう、逸生はその前に処分された。それは、なかなか深化して操れない逸生の口から、マスコミなどに真実を明かされたのを防ぐためでもあったのかもしれない。

 この日、そういった事象を知らない浦安うらやすによって草太たちは影武者である遠藤と対峙させられた。草太が記憶を戻していることを悟られず、また、駿佑が陽の側の者であることも知られてはならなかった。さすがに乃愛は幻のYourTuberと呼ばれていたので異径側の者であることはバレていたと思うが、やつらは乃愛のアカウントを語って恐怖のチャンネルを運営している。今すぐ乃愛がどうこうされることはないだろうと判断した。また乃愛を伴うことによって、渚のマンションの屋上にいたのはあくまで撮影のためであって、逸生を説得に来たのではないという偽装もできる。危ない橋だったが、遠藤の楽観的な性格も手伝い、この日は何とか事なきを得た。だが草太はこの日、いよいよ影武者たちとの戦闘が始まったことを実感として感じることが出来た。
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