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最終章 決戦

12 将門討伐計画

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 令和5年7月24日

 草太そうたの記憶が戻った次の日の未明から、将門まさかど討伐計画が開始された。

 その計画が話される前、草太はつむぎに聞いた。時空を超える力があるなら、将門のいない未来にみんなを飛ばせてくれればいいのではないのか、と。その疑問に対して、天冥てんめいすぐるが教えてくれた。付いていくのが難しい話だったが、弾正だんじょうがゲームに例えたら分かりやすいと助言してくれた。

 その内容はこうだった。人界での生活を一つのゲームに例えたなら、例え時空を自由に行き来できたとしても、プログラムされていない未来には行くことが出来ない。プログラムの書き換えはゲームの外にいる者、すなわち、別の階層にいる者にしか出来ないのだ。この人界の未来は、人界より外の階層の将門たちが介入することによって不安定になってしまっている。怨霊化した将門の手に落ちるか、はたまた将門が放つ陰の波動を回避するか、その未来はこれから作っていかないといけないのだ。そして将門を阻止するには、同じく人界の外にいる者、すなわち将門の子どもたちの力が合わさることで成し遂げられる。

 紬は自分自身について、こんなことを言っていた。

「あたしはね、正義のヒーローじゃないんだよ。この人界において、あたしはバランサーなの。陰の世界が侵略してくれば、陽の力でもってそれを阻止する。でも逆に陽の力が強くなれば、陰の力でそれに対抗するなんてこともするんだよね」

 かつて、世が乱れ、将門の力を強めたのは紬だったのだそう。だが将門は、紬の意に反して闇落ちしてしまった。なのでその討伐に、人外の力を宿していた当時の将門の子らに助けてもらったのだと。天冥はその時の記憶を宿しているようだったが、当時のことについて多くを語ってはくれなかった。

 天冥は言う。大きな力を持つ人外の者が顕現する為には、様相、媒介、力のベクトルの三要素が揃わなければ成されないのだと。ではなぜ今の世なのかというと、一つのにはインターネットが普及し、そこにSNSが発達することによって正義が溢れ、その正義を道具として履き違えた者たちによって陰と陽のバランスが揺らいでいる。そこに新型ウイルスによるパンデミックが起こり、さらに揺らぎが大きくなることによって、陰の力が入り込む様相が整ったのだと。次に媒介としては、落下した隕石によってもたらされた物質(天冥は『気』と言っていたが)が充満し、また、パンデミックによって改変された免疫システムがその『気』を取り込みやすくしている。そこに、もし強大な陰の力が到来すれば、たちまち飲み込まれてしまうという様相と媒介が整った環境になった。あとは力のベクトルなのだが、それこそが将門のもたらす黄泉よみへの波動であり、その力を伝わりやすくするために影武者たちが暗躍している。

 紬はバランサーとして陰の力に対抗し得る将門の子どもたちを再び集結させた。後はその子らの活躍を待つばかりとなっていた。

 将門はこの世に姿を現すために、草太の身体を狙ってくる。なぜ草太なのかというと、それはあたかも臓器移植がその人に適合するには遺伝的に繋がっている方が有利なように、将門の持つ波動に草太が適合しやすいというのも一つあるだろう。だがそれ以上に、天冥にも分からない将門のこだわりがあるらしい。それは、嫡男への思い入れなのかもしれない、と、天冥は言った。だが草太が室町むろまちの手中に落ちた時、将門側は気付いた。草太が不完全な状態であることを。それは紬が草太の心を割ったからなのだが、将門陣営は何者かが草太を不完全にした痕跡は掴めても、紬の存在にまでは辿り着いていない。ただ、草太を元に戻すことに躍起になっていた。将門が顕現する様相と媒介が整った今、特にこの禍津町まがつちょうにおいて、ここを拠点に草太の感情を有する者たちが集結すれば必ず将門陣営側も寄ってくる。そして影武者たちは、草太を完全に出来る者を必死に探し始めるだろう。エサは分散されているが、影武者たちにはそのことをまだはっきりと捉えられていない。彼らは必ず、草太の感情を持つ一人の人間を探し出そうとする。そこに必ず、彼らに付け入る隙ができると考えた。

 なので計画では、敵のその考えに乗り、草太の感情を一つずつ復活させていくことが第一の目標とされた。草太の感情を持つ者を一人ずつ順番に禍津町からフェイドアウトさせ、それによってその者が持つ草太の感情を復活させる。そうやっていざ草太が完全復活を遂げた時、邪魔する者がいなくなったと油断した将門にトドメを刺す。将門が霊体として顕現し、草太の身体のに入ろうとしたその時がチャンスだった。計画の間は草太がどういう状態にあるか完全に見切られないように、桔梗ききょうがピノンの姿となって陽の膜を張り、草太にずっと寄り添って草太の状態を陰の存在である将門側から見てモヤがかかっているように隠していた。草太はその計画の間中、ずっと母と共に過ごせることが嬉しかった。



 将門をおびき寄せるまでのシナリオは、未来予知能力があり、未来を多少引き寄せる力のある駿佑しゅんすけによって書かれた。一人ずつうまくフェイドアウトさせていくシナリオは、なかなかに難しかったようだ。バーベキュー大会の次の日の朝、駿佑の書いたシナリオをみんなで読み合わせる会が開かれた。

 影武者たちがどこで目を光らせているか分からなかったので、シナリオを文章として残すには気をつけなければいけなかった。天冥の説明によると、影武者たちは虫の目を使って禍津町の隅々まで視界を広げている。セミやカエルといったものたちの目がネットワークのように張り巡らされ、禍津町で起きる出来事が事細かに影武者たちに情報となって伝えられるのだ。それに対抗する力として、天冥の鳥の目がある。天冥の能力は百目といい、鳥や獣たちの目に映る光景を見ることが出来た。ノワールの中は虫の目などなく安全に思えたが、それでも用心にこしたことはなく、駿佑のシナリオは『メゾン漆黒』という漫画作品のプロットという形でみんなの手元に配られていた。

「僕と傑くんが朱美あけみさんを取り合うのかい?それはなかなか、気恥ずかしいものがあるねぇ」

 シナリオを読み終えた明彦あきひこは苦笑した。

「やっぱりシェアハウスのリアルショーといったら恋愛なんでつ。恋愛要素がちょっとは欲しいんでつよ」

 明彦の吐露に、駿佑は口先を尖らせる。

「いいじゃんいいじゃん、アキさんも傑さんもさあ、この際ホントにあたしのこと好きになってもいいんだよ?」

 朱美が二人に破顔した顔を向ける。明彦は照れたように頭を掻き、傑は興味なさそうにフンと鼻を鳴らした。二人の気の無さそうな態度に朱美は肩をすくませ、駿佑に向いた。

「とか言いながらシュンもさあ、乃愛のあのことは最後の方まで生き残らすんだねぇ~。自分も結構後ろまで生き残ってちゃっかり乃愛と二人きりになってるしさあ~」

 朱美の白い目を駿佑は手を振って遮った。

「そ、それは役得……じゃなくてっ、必要なシナリオなんでつよぉ!濡れ衣なんでつ」
「まあまあ。それ言ったらよぉ、アキさんなんか最初に呆気なく死ぬんだぜ?可愛そくね?」

 弾正の言葉に、明彦が慌てて手を振る。

「いやいや、僕の受け持つ感情は信頼だからね、草太くんには一番最初に必要な感情だと思う。シュンくんのシナリオは的を得ていると思うよ」

 明彦の発言に、駿佑はコクコクと首を振った。明彦も駿佑に頷いたが、すぐに目線を手元のシナリオに落とし、陰鬱に眉を寄せる。

「ただ……この陽翔はるとが死んでしまうクダリ、それはもうどうにもならないのかなあ?」

 明彦の沈んだ声を聞き、駿佑も顔を曇らせた。

「ここで陽翔が捜査官に撃たれることで、後々の重要な布石になってるんでつ。彼の死は、必要不可欠な死、なんでつ」

 苦渋な表情で言う駿佑を次ぎ、朱美が明彦に声をかける。

「陽翔くんってさ、アキさんの教え子だったんだよね?」
「うん、まだ僕が小学校の教師だった頃のね。不審者が侵入して桔梗さんの生まれ変わりだったマリカが犠牲になってしまったんだけど、陽翔もその年に僕が受け取ったクラスの生徒だったんだ。彼はあの事件でトラウマを抱えてしまってね、そのために彼が成人してもなかなかうまくいかない人生を嘆いていると知って、この町の工場に一緒に働かないかと誘ったんだが、まさかその職場でこんな事が起きるなんて、何だか誘った彼に申し訳なくて…」

 明彦の回顧を聞き、草太の座るソファの傍らの床に鎮座していたピノンがキュウともの悲しげに鳴いた。ピノンはずっと、草太の側に寄り添っていた。

「その人その人に運命はあるの。彼があなたの言葉でこの町にやって来たのも、それが彼の運命だったからなのよ。そして彼の死には重要な意味がある。このシナリオの内容は絶対に、書き換えようとしないで」

 何かの危惧に思い当たったのか、天冥が明彦に釘を刺した。明彦は伏せ目がちに天冥に頷く。次にシナリオに目を落としていた朱美が顔を上げた。

「まこっちゃんとフーミン…あ、この前店に来てくれた刑事さんなんだけどさ、これ見ると結構可哀想っていうか…結構重要なポジションにいるくない?」

 天冥が眉を下げ、軽くため息をついて朱美を睨む。
 
「彼らは、ここで起こることをあちら側に伝える目になってくれるの。ノワールの中は桔梗さんの陽の波動と、わたしの張った結界によって彼らには見えにくくなっている。そこで彼らが目をつけたのが、浦安うらやすさんと弓削ゆげさんなの。わたしたちはそれを逆に利用しようというわけ。だからここも、必要なシナリオなのよ」

 天冥の口調には有無を言わせない強さがあったが、それでも朱美はモゴモゴと口を動かした。

「あ、うん…分かる、天冥さんの言うことは分かるんだけどさ、もうちょっとこの結末、何とかならないのかなぁ~って…、ほら、あたしの見たところ、あの人たちってすっごくいい人そうだったしさ……」

 天冥はそれには何も答えず、じっと朱美の顔を見つめた。その視線に、朱美は気まずそうにボリボリと頭を搔く。駿佑が、大きくため息をついた。

「もう!シナリオに文句言わないで欲しいんでつ。ここに書いたことは僕が起こすわけじゃないんでつよ?起こるだろうってことに、脚色を加えただけなんでつ。僕には人の運命を変えるなんてことは出来ないんでつ!」

 言って、ふくよかな頬を膨らませる。

「分かった、分かったから、悪かったわよ」

 朱美がバツ悪そうに駿佑にペコンと頭を下げた。

「ボクたちにできることは、将門が世界を改悪することを防ぐ道を引くことだけ。全ての人を救うのは無理なんだよ」

 乃愛がポツンと呟き、その言葉が、皆の胸に染み込んでいく。酔ってない時の乃愛は言葉少なだが、的確なことを言う。

「運命……か。一体誰が、最終的なシナリオを決めるんだろうな…」

 傑がポツンと言った言葉に、草太は、自分は正義のヒーローじゃないと言った紬の顔を思い浮かべた。紬は予めシナリオを知っているのか、将門の子どもらに完全に任せようと思っているのか、この場には姿を見せていなかった。しばし悄然となったダイニングルームに、キューンと鳴くピノンの声が響いた。

 そして草太は、シナリオでの自分の立ち回りの重要性を把握し、自分の数奇な運命に胸をザワつかせながらも、この町の、引いては人類の未来を担う立ち位置という重責に身の引き締まる思いでいた。
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