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第9章 終焉
11 セフィロトの全貌
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ノワールの北側の山神駅への道なりにある町役場や公民館横を通って左に折れ、山間の道をしばらく進むと、セフィロトの門に突き当たる。浦安は枯れ葉の積もる路肩の少し広まったスペースに車を停め、門に向いた。弓削は今回の捜査活動当初、ここで朝霧と一緒に出入りする人間を見張っていた。そして天冥を見かけ、追いかけてそっと写メを撮ったという。その女学生のような姿を思うと少し頬が緩む。そして今は亡き彼女に哀切の情を湧き立たせる。自分はそんな彼女が慕った天冥を暗殺するという命を帯びてここに立っている。何とも皮肉なことだと我が身の奇異な運命に片側の口角を上げた。
森の奥に位置するこの禍津町北西部に隣家は見当たらず、道を照らす街灯すらない。だが不思議と孤独感はない。周囲の暗闇に息を潜める虫や鳥や獣たちの、数多の生命の重圧が、街にいるよりも圧倒的な息吹として感じられて息苦しかった。目の前には木の葉を散りばめた模様の鉄門ががっちりと閉まり、所々剥げかけた塗料が月明かりを反射して黒光っている。
(さて、どうしたものか…)
門横の石柱には呼び鈴のようなものは無い。石柱の上部には一つの丸を八つの丸が囲んだ紋様、すなわち九曜紋が彫ってあり、ここも禍津町に張られた結界の一つであることを伺わせた。所持していたペンライトを点けて見ると、鉄門はよくある両開きの内側から丸棒をスライドさせて閉めるタイプのようだ。だが柵の間隔が狭く、手を入れて開けることは出来ない。門の高さは自分の上背より少し高いが、飛び越えて超えられないことはなさそうだ。幸い忍び返しもなく、超える前に門の向こうに人陰は無いかとライトを走らせた。と、向こうの方からゆらゆらとこちらに近づいてくる人の輪郭が見える。懐中電灯などは持っていないようで、肩まで伸びた髪が月光を反射して揺れているのがかろうじて分かる。その青白い輪郭だけが迫り、浦安はギョッとして身を引いた。やがて門まで来るとガチャガチャと留め金を引き、開かれた扉の真ん中から小さい顔を覗かせた。
「よく来たね、刑事のおっさん」
顔にライトを当てると、艷やかな肌が白く光を跳ね返す。
「君は…紬ちゃん?」
「もう、眩しいよ!ライト消して」
慌ててライトを消すと、ニイっと笑った少女の輪郭を月光が浮き上がらせた。いつかの聖蓮女子の運動場を横切っていた、ミステリアスな顔を思い起こす。あの時は遠かったのに近く感じ、今は近いのに遠く感じる。そんな距離感を麻痺させるどこか神秘的な容貌が目の前にあった。
「天冥が迎えに行けって言うから来たんだ」
浦安が聞く前に紬は言った。
「天冥…さんが?彼女は大丈夫なのかい?昨晩、かなりの怪我を負っていたけど」
「うん、今はね、充電中。じきに良くなると思うよ。会ってく?」
「会えるなら、もちろん。御見舞に来たわけだからね」
言いながら、見舞い花を持参していない手落ちに気づく。だがこんな自然豊かな土地で花なんか必要ないかとも思う。紬の口振りではさほど大した怪我ではなかったように聞こえる。このコミューンには腕のいい医者がいるのだろうか?新興宗教などの住み込みの教団にお抱えの医師を入信させるというのは浦安もたまに聞いたことがあった。
「ここはね、土地自体の力が強いんだ。だから悪いものも入って来られないの。それでね、身体や心を壊された人はここで内側の悪いものを取り去って清らかにするの。おっさんもここで身を清めていったらいいよ」
紬は舗装されていない砂道をスタスタ歩きながら、ニコニコ顔を向けてここの信者みたいなことを言う。相変わらずのおっさん呼びに苦笑しながらも、確かに、門を抜けてから周りの空気が軽くなったような気はしていた。土地からも仄かな光を発しているようで、懐中電灯など無くても充分明るかった。ここのコミューンの民は野菜を栽培しながら暮らしていると聞いていたが、道の両側には様々な背の作物や稲穂がひしめいているのが灯りが無くても見て取れた。真っ直ぐ歩くとビニールハウスがあり、さらにその奥にはログハウスのような木造の建物の輪郭が見える。紬はそこまで行く途中の細道を右に折れ、作物のスペースを通り抜けて木々の生い茂る森の中へと入って行く。月光が遮られて視界が暗くなったが、紬は気にすることなくズンズン進む。うら若い子がこんな夜更けに暗くて辺鄙な道を歩いて怖くないのだろうかと危惧してみるが、先導する足取りは熟練ハイカーのようで、浦安にも不思議な安心感があった。やがて土の香りの中にヒヤッとした冷気を感じると、少女は止まって前方を指差した。
「ほら、あそこ。あそこに天冥たちがいる」
森が途絶え、前方に湖が広がっていた。紬の指差す一帯が、ぼうっと光って浮き上がって見える。黒い湖面に月明かりが白く映り、浮島のような所に細い道が渡っていた。その浮島が、虹色に輝いている。浦安はその、まるでオーロラが下から発されてしるような光景に見とれた。そしてそこに何があるのか近くで見たくなり、細道に足を踏み入れる。両側からチャプチャプと小波が打ち寄せ、いつ沈むとも分からない道を進んでいくと、虹色の光が浮島に生えた低木から発されているのが分かる。低木がとろこ狭しと林立し、その先端に付いている丸い実のような部分が光っているのだ。浮島のど真ん中には巨大な木がそびえ立ち、グラスファイバーのクリスマスツリーのように、幹の中央から葉の先へと色とりどりの光が走っていた。浦安はそこに引き寄せられるように歩いた。そして浮島に足がかかる時、浦安はギョッとして足を止めた。低木だと思っていたのは皆、人だったのだ。先端の実のような部分は頭で、その頭が虹色に光っている。中央の巨木までまるで古代中国の兵馬俑のように直立する人で埋め尽くされている。人、人、人…人が全裸で立ち、その足が浮島の地面と繋がって色とりどりの光を吸い上げ、体中の血管を通ってその光を頭で虹色に発散させているのだ。それは、美しくもおぞましい光景だった。
理由の分からない畏怖の念に身体を震わせながら、浦安は巨木へと続く細い道を一人ひとりの人間の顔を見ながら歩いた。皆目を瞑り、幸福そうな笑みを浮べている。そのうちの何人かに見知った顔があった。どこで見たのかと思い起こし、思い当たる。久遠寺のお焚き上げ供養の折、手伝いに来てくれていたセフィロトの面々だ。彼らは夕方になると帰って行ったが、夜はこんな姿になっていたのだ。
(これが…天冥の言う浄化なのか…?)
さらに中央の巨木に近づくと、また見知った少女の顔があった。
(彼女は確か…小泉陽菜……!)
そう、7月中旬に佐倉心晴と一日違いで行方不明になった聖蓮女子の生徒だ。彼女が、なぜこんな所に…?
ガクガクと膝が震えるのを両手で抑えながら、浦安は巨木の手前まで何とかたどり着く。そしてそこでさらにおぞましい光景を見た。巨木の幹の中心に、白く輝く人型。その人型に近づきよく見ると、それは天冥その人だった。天冥は両手を広げた格好で幹にへばり付き、掌やつま先や、放射状に伸ばした髪を幹の樹皮の中に埋没させて完全に巨木と同化していた。浦安の驚く息遣いを感じたのか、天冥の目がゆっくりと開く。同時に幹のあちこちの裂け目がそれに合わせるように開き、眼となってギョロギョロと瞳の部分をギョロつかせた。数十、いや、上部まで続く数百の目が、浦安の姿を一斉に見据える。浦安は恐れおののき、後退って尻もちをついた。まるで巨木の複眼の中に囚われているようだった。震えが全身まで走り、それを抑えるように両腕で自分を抱えながら天冥を見ると、その口が開こうとしている。何か言葉が発されるかと思ったその時、
ダン!
浦安の来た方角から銃声が鳴った。銃弾は天冥の眉間を貫き、一条の赤い筋が鼻梁へと流れる。天冥の胸の辺りなら紫紺の光が浮き上がり、仄かな灯火となって浦安の後方へ飛んでいく。浦安は慌てて後ろを向いた。そこには銃を構えた青井草太の姿があった。
「あ、青井君!なぜ!?」
青井は浦安を見て口角を上げ、
「これで未来は安泰です。世界は救われるっすよ!」
と叫んだ。その声に合わせて周囲の木と化していた者たちの目が一斉に見開き、キィーという奇声を発した。キィー、キィーと、黒板を掻きむしるような不快音が浮島中に鳴り響く。浦安は頭を抱え込んだが、青井が踵を返して走る姿を見て、浦安も慌ててそれを追った。湖の細道を渡り、森へと抜ける。そこにいたはずの紬の姿はどこにも無かった。やがて畑のスペースまで辿り着くと、門の方角から大勢の人が歩いてくる気配がした。
「係長!」
その中の一人が浦安を呼び止める。その人物の顔を見て、浦安は驚愕した。
「え、遠藤!?遠藤…なのか?」
「はーい係長、きのう振りです。ええと係長、出会い頭に申し訳ないんですが、五月山天冥殺害容疑で逮捕させてもらいます」
「逮捕?何を言ってる、天冥を撃ったのは…」
見ると、青井は門から入ってきた大勢の人間の中に紛れ込んでいく。遠藤が手錠を持ち、満面の笑みで近づいて来る。浦安は後退り、遠藤に手を向けて制する。
「待て!お前、きのう、死んだんじゃ…」
遠藤の目が赤く光る。顔いっぱいに、邪悪な笑みが宿る。
「あー係長、僕らは飛頭蛮の上位互換ですよ?首が千切れたくらいじゃあ死にませんて。ささ、神妙にお縄について下さーい」
遠藤の言葉に戦慄する。やはり、彼は将門の影武者だったのだ。天冥の語ったことは正しかったのだ。
「まこっちゃん、おつかれー!」
人々の間をぬい、遠藤の後ろから出てきた姿にさらに驚愕する。朝霧だった。朝霧の目も遠藤同様、赤い邪悪な光を放っている。
「まこっちゃんのさあ、役目はここで終わり。いや~お疲れさんでした。言っても草太がやってくれたんだけどね。前回の言葉は撤回するわ。やっぱ、草太は僕らの仲間でしたあ。敵を欺くにはまず味方からってやつ?全く、やってくれるよね近頃の若いもんは」
言って哄笑する朝霧の背後の人々の顔を見て、浦安は絶望に囚われた。自衛官、捜査一課の捜査員たち、私服姿の一般人、押し寄せた大勢の者たちに統一感はなく、皆、一様に目から赤い血を流している。そして朝霧の哄笑に合わせたように、首が、ヌルヌルと伸び出したのだ。
「さあさあ、きのうに続いて祭りの始まりだよ~!いや~このセフィロトの土地だけは結界が強過ぎて入れなかったんだよね~。でもそれも今宵まで。さあみんな、どんどんここの土地を穢しちゃってー!」
森の奥に位置するこの禍津町北西部に隣家は見当たらず、道を照らす街灯すらない。だが不思議と孤独感はない。周囲の暗闇に息を潜める虫や鳥や獣たちの、数多の生命の重圧が、街にいるよりも圧倒的な息吹として感じられて息苦しかった。目の前には木の葉を散りばめた模様の鉄門ががっちりと閉まり、所々剥げかけた塗料が月明かりを反射して黒光っている。
(さて、どうしたものか…)
門横の石柱には呼び鈴のようなものは無い。石柱の上部には一つの丸を八つの丸が囲んだ紋様、すなわち九曜紋が彫ってあり、ここも禍津町に張られた結界の一つであることを伺わせた。所持していたペンライトを点けて見ると、鉄門はよくある両開きの内側から丸棒をスライドさせて閉めるタイプのようだ。だが柵の間隔が狭く、手を入れて開けることは出来ない。門の高さは自分の上背より少し高いが、飛び越えて超えられないことはなさそうだ。幸い忍び返しもなく、超える前に門の向こうに人陰は無いかとライトを走らせた。と、向こうの方からゆらゆらとこちらに近づいてくる人の輪郭が見える。懐中電灯などは持っていないようで、肩まで伸びた髪が月光を反射して揺れているのがかろうじて分かる。その青白い輪郭だけが迫り、浦安はギョッとして身を引いた。やがて門まで来るとガチャガチャと留め金を引き、開かれた扉の真ん中から小さい顔を覗かせた。
「よく来たね、刑事のおっさん」
顔にライトを当てると、艷やかな肌が白く光を跳ね返す。
「君は…紬ちゃん?」
「もう、眩しいよ!ライト消して」
慌ててライトを消すと、ニイっと笑った少女の輪郭を月光が浮き上がらせた。いつかの聖蓮女子の運動場を横切っていた、ミステリアスな顔を思い起こす。あの時は遠かったのに近く感じ、今は近いのに遠く感じる。そんな距離感を麻痺させるどこか神秘的な容貌が目の前にあった。
「天冥が迎えに行けって言うから来たんだ」
浦安が聞く前に紬は言った。
「天冥…さんが?彼女は大丈夫なのかい?昨晩、かなりの怪我を負っていたけど」
「うん、今はね、充電中。じきに良くなると思うよ。会ってく?」
「会えるなら、もちろん。御見舞に来たわけだからね」
言いながら、見舞い花を持参していない手落ちに気づく。だがこんな自然豊かな土地で花なんか必要ないかとも思う。紬の口振りではさほど大した怪我ではなかったように聞こえる。このコミューンには腕のいい医者がいるのだろうか?新興宗教などの住み込みの教団にお抱えの医師を入信させるというのは浦安もたまに聞いたことがあった。
「ここはね、土地自体の力が強いんだ。だから悪いものも入って来られないの。それでね、身体や心を壊された人はここで内側の悪いものを取り去って清らかにするの。おっさんもここで身を清めていったらいいよ」
紬は舗装されていない砂道をスタスタ歩きながら、ニコニコ顔を向けてここの信者みたいなことを言う。相変わらずのおっさん呼びに苦笑しながらも、確かに、門を抜けてから周りの空気が軽くなったような気はしていた。土地からも仄かな光を発しているようで、懐中電灯など無くても充分明るかった。ここのコミューンの民は野菜を栽培しながら暮らしていると聞いていたが、道の両側には様々な背の作物や稲穂がひしめいているのが灯りが無くても見て取れた。真っ直ぐ歩くとビニールハウスがあり、さらにその奥にはログハウスのような木造の建物の輪郭が見える。紬はそこまで行く途中の細道を右に折れ、作物のスペースを通り抜けて木々の生い茂る森の中へと入って行く。月光が遮られて視界が暗くなったが、紬は気にすることなくズンズン進む。うら若い子がこんな夜更けに暗くて辺鄙な道を歩いて怖くないのだろうかと危惧してみるが、先導する足取りは熟練ハイカーのようで、浦安にも不思議な安心感があった。やがて土の香りの中にヒヤッとした冷気を感じると、少女は止まって前方を指差した。
「ほら、あそこ。あそこに天冥たちがいる」
森が途絶え、前方に湖が広がっていた。紬の指差す一帯が、ぼうっと光って浮き上がって見える。黒い湖面に月明かりが白く映り、浮島のような所に細い道が渡っていた。その浮島が、虹色に輝いている。浦安はその、まるでオーロラが下から発されてしるような光景に見とれた。そしてそこに何があるのか近くで見たくなり、細道に足を踏み入れる。両側からチャプチャプと小波が打ち寄せ、いつ沈むとも分からない道を進んでいくと、虹色の光が浮島に生えた低木から発されているのが分かる。低木がとろこ狭しと林立し、その先端に付いている丸い実のような部分が光っているのだ。浮島のど真ん中には巨大な木がそびえ立ち、グラスファイバーのクリスマスツリーのように、幹の中央から葉の先へと色とりどりの光が走っていた。浦安はそこに引き寄せられるように歩いた。そして浮島に足がかかる時、浦安はギョッとして足を止めた。低木だと思っていたのは皆、人だったのだ。先端の実のような部分は頭で、その頭が虹色に光っている。中央の巨木までまるで古代中国の兵馬俑のように直立する人で埋め尽くされている。人、人、人…人が全裸で立ち、その足が浮島の地面と繋がって色とりどりの光を吸い上げ、体中の血管を通ってその光を頭で虹色に発散させているのだ。それは、美しくもおぞましい光景だった。
理由の分からない畏怖の念に身体を震わせながら、浦安は巨木へと続く細い道を一人ひとりの人間の顔を見ながら歩いた。皆目を瞑り、幸福そうな笑みを浮べている。そのうちの何人かに見知った顔があった。どこで見たのかと思い起こし、思い当たる。久遠寺のお焚き上げ供養の折、手伝いに来てくれていたセフィロトの面々だ。彼らは夕方になると帰って行ったが、夜はこんな姿になっていたのだ。
(これが…天冥の言う浄化なのか…?)
さらに中央の巨木に近づくと、また見知った少女の顔があった。
(彼女は確か…小泉陽菜……!)
そう、7月中旬に佐倉心晴と一日違いで行方不明になった聖蓮女子の生徒だ。彼女が、なぜこんな所に…?
ガクガクと膝が震えるのを両手で抑えながら、浦安は巨木の手前まで何とかたどり着く。そしてそこでさらにおぞましい光景を見た。巨木の幹の中心に、白く輝く人型。その人型に近づきよく見ると、それは天冥その人だった。天冥は両手を広げた格好で幹にへばり付き、掌やつま先や、放射状に伸ばした髪を幹の樹皮の中に埋没させて完全に巨木と同化していた。浦安の驚く息遣いを感じたのか、天冥の目がゆっくりと開く。同時に幹のあちこちの裂け目がそれに合わせるように開き、眼となってギョロギョロと瞳の部分をギョロつかせた。数十、いや、上部まで続く数百の目が、浦安の姿を一斉に見据える。浦安は恐れおののき、後退って尻もちをついた。まるで巨木の複眼の中に囚われているようだった。震えが全身まで走り、それを抑えるように両腕で自分を抱えながら天冥を見ると、その口が開こうとしている。何か言葉が発されるかと思ったその時、
ダン!
浦安の来た方角から銃声が鳴った。銃弾は天冥の眉間を貫き、一条の赤い筋が鼻梁へと流れる。天冥の胸の辺りなら紫紺の光が浮き上がり、仄かな灯火となって浦安の後方へ飛んでいく。浦安は慌てて後ろを向いた。そこには銃を構えた青井草太の姿があった。
「あ、青井君!なぜ!?」
青井は浦安を見て口角を上げ、
「これで未来は安泰です。世界は救われるっすよ!」
と叫んだ。その声に合わせて周囲の木と化していた者たちの目が一斉に見開き、キィーという奇声を発した。キィー、キィーと、黒板を掻きむしるような不快音が浮島中に鳴り響く。浦安は頭を抱え込んだが、青井が踵を返して走る姿を見て、浦安も慌ててそれを追った。湖の細道を渡り、森へと抜ける。そこにいたはずの紬の姿はどこにも無かった。やがて畑のスペースまで辿り着くと、門の方角から大勢の人が歩いてくる気配がした。
「係長!」
その中の一人が浦安を呼び止める。その人物の顔を見て、浦安は驚愕した。
「え、遠藤!?遠藤…なのか?」
「はーい係長、きのう振りです。ええと係長、出会い頭に申し訳ないんですが、五月山天冥殺害容疑で逮捕させてもらいます」
「逮捕?何を言ってる、天冥を撃ったのは…」
見ると、青井は門から入ってきた大勢の人間の中に紛れ込んでいく。遠藤が手錠を持ち、満面の笑みで近づいて来る。浦安は後退り、遠藤に手を向けて制する。
「待て!お前、きのう、死んだんじゃ…」
遠藤の目が赤く光る。顔いっぱいに、邪悪な笑みが宿る。
「あー係長、僕らは飛頭蛮の上位互換ですよ?首が千切れたくらいじゃあ死にませんて。ささ、神妙にお縄について下さーい」
遠藤の言葉に戦慄する。やはり、彼は将門の影武者だったのだ。天冥の語ったことは正しかったのだ。
「まこっちゃん、おつかれー!」
人々の間をぬい、遠藤の後ろから出てきた姿にさらに驚愕する。朝霧だった。朝霧の目も遠藤同様、赤い邪悪な光を放っている。
「まこっちゃんのさあ、役目はここで終わり。いや~お疲れさんでした。言っても草太がやってくれたんだけどね。前回の言葉は撤回するわ。やっぱ、草太は僕らの仲間でしたあ。敵を欺くにはまず味方からってやつ?全く、やってくれるよね近頃の若いもんは」
言って哄笑する朝霧の背後の人々の顔を見て、浦安は絶望に囚われた。自衛官、捜査一課の捜査員たち、私服姿の一般人、押し寄せた大勢の者たちに統一感はなく、皆、一様に目から赤い血を流している。そして朝霧の哄笑に合わせたように、首が、ヌルヌルと伸び出したのだ。
「さあさあ、きのうに続いて祭りの始まりだよ~!いや~このセフィロトの土地だけは結界が強過ぎて入れなかったんだよね~。でもそれも今宵まで。さあみんな、どんどんここの土地を穢しちゃってー!」
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