上 下
115 / 144
第9章 終焉

8 朝霧VS弾正

しおりを挟む
 寝起き男はダイニングルームに入るなりキッチンでロックグラスに氷を入れ、バーボンを並々と入れた。そしてそれをまるで麦茶を飲むようにゴクゴクと喉に流し込み、プハーと息を吐いてニヤッとこちらを見る。

「あんたらもやる?」
「お、いいねぇ~。いただきます」
「え?」
「え?」

 浦安うらやす弾正だんじょうの申し出を間髪入れずに受けた朝霧あさぎりの顔を見る。朝霧はテレビ正面のソファに座り、浦安は入り口間近に座を取った所だった。

「あ、いや、勤務中ですよね?」
「まこっちゃーん、堅いこと言わない」

 弾正が琥珀色の液を並々入れたグラスを浦安の目の前に置く。

「そそ、堅いこと言わない言わない、楽しくやろうや」

 弾正はそう言うと朝霧に手を払う仕草をする。

「そこ、俺の席。あっち行って、あっち」

 朝霧にもグラスを渡し、キッチン側に追いやると、テーブルのど真ん中にバーボンのボトルをドンと置き、自分は朝霧の座っていた位置に座を取って満足そうに背もたれにドッカリと背を預けた。

「んじゃ、カンパーイ!」
「カンパーイ!」

 弾正がグラスを掲げ、朝霧がそれに応じる。朝霧も躊躇なくグラスの液を舐めた。

「君は無事に帰ってたんだね。顔が見えなかったんでどうなったのかと心配したよ」

 浦安はグラスに手をつけずに、弾正に向いて言った。弾正は左目をひくつかせ、浦安を睨んだ。

「ああ?無事なわけねーだろ。これ見ろよ」

 弾正がノースリーブのVネックシャツから出た筋肉質の右腕を浦安に向ける。見ると、誰に巻いてもらったのか、肩から二の腕にかけて包帯が巻かれていた。腹をめくり、そこにもさらしのような包帯、左足のスネにも白い包帯が巻かれていた。弾正の死闘の跡がそこにあった。

「おっさんも見ただろ?女の首が大量に湧き上がってくるのを。あいつらに噛まれたんだよ。気が遠くなってさ、倒れてたところを雨に打たれて気がついたら、すでにお焚き火の火は消えてた。おっさんは天冥てんめいを抱いて放心してるし、本殿は焼けてるし、終わったなと思ったよ。そんで身体を引きずって何とか帰ってきたってわけだ」

 あの銀色の狼が去った直後だったのだろうか、確かに自分には放心した瞬間があった。その時に見られたとしたなら、弾正が境内を覗いたことに気がつかなかったかもしれない。

朱美あけみちゃんには残念なことをした」

 必死に駆けてきた青井あおいとぶつかってしまったのは不幸な事故だった。だがもしあの場でそれが起こらなかったとしても、他の巫女たちと同じように首を噛まれて殺られていただろう。敵の圧倒的な力の前に、あの時はもう為すすべも無くなっていた。浦安が悔恨しながらそう言うと、弾正はフンと鼻を鳴らし、忌々しげにバーボンを煽った。

「まあまあ、女子高生たちに噛まれたんなら本望なんじゃない?そういうプレーだったと思ったらさ」

 軽薄なことを言う朝霧にイラッとし、弾正越しに朝霧に険しい目を向けた時、浦安の頭に閃くものがあった。

「そうだ、朝霧さん、ここに生き証人がいますよ。彼は飛頭蛮ひとうばん化した聖蓮せいれん女子の生徒たちに襲われたんだ、それは首が飛び回って襲ってくるのが決して幻覚ではないという証明になるんじゃないですか?」

 上擦った浦安の言葉に、朝霧はこれ見よがしにため息をつく。

「幻覚の中にいる人間はそれが幻覚だって気づかないもんだよ」
「幻覚だってえ?」

 弾正も朝霧の言葉にイラッとしたようで、鋭い切っ先のような視線を朝霧に向ける。朝霧はその視線を遮るように手を振り、

「まあまあ、今現場では科捜研が現場検証してるからさ、おいおい真実が判明してくるでしょ。そんなことよりもさ、僕たち今日は一乗寺いちじょうじさん、おたくの殺人を暴きに来たんだ」

 飛頭蛮についてここで議論しても仕方がない、そんな態度で朝霧が本題を切り出す。弾正の眼光がさらに強まった。朝霧と弾正の戦いの幕が上がる。

「俺の殺人?何だよ、それ」
三国みくにさん殺害についてですよ。僕はね、あれは一乗寺さん、あんたが殺ったとふんでるんだ」
「あ、あのさ、その一乗寺さん、っての、煩わしいだろ?弾正でいいわ」
「んー、じゃあ、ダンちゃんで」
「お、いいね。じゃあ俺もアサっちって呼ぶわ」
「お~イエ~ダンちゃんイエ~!」
「アサっちイエ~!」

 カチン、と二人はグラスを合わせる。意外と二人はノリが合うのかもしれない。ホストのミーティングに紛れ込んだような、そんな居心地の悪さを浦安は感じた。

「で?アサっち、俺が殺ったっていう根拠を聞かせてもらおうじゃない。そもそもあれはすぐる(四條畷)が恋敵を消すために殺ったんだろ?まずはアキさん(三国)が傑を陥れるために傑の服を来て女子高生殺害の容疑が傑にかかるようにする。それに気づいた傑が報復で殺した、それが筋なんじゃないのかい?」

 このノワールの三階部分で見つかったオンブレチェック柄の服には血痕が付いていた。それを朝霧が見つけ、鑑定した結果その服に付いていたのは佐倉心晴さくらこはるの血で間違いないと聞いている。しかも、それは彼女の生前の血だと。だが佐倉の事件は殺人ではなく、飛頭蛮となった彼女の血が何らかのやり取りの後にシャツに付いたと浦安は見ているわけだが、警察庁やここにいる朝霧の主張する妖化あやかしかが神経作用物質による幻覚だという説からすると首無し事件も実際に殺人が起こったということになり、矛盾に陥ってしまう。どういう風に持っていくのか、浦安も朝霧の説を興味深く聞き入った。朝霧は弾正に向き、居住まいを正す。口調も国家公務員らしい堅いものに改まった。

「描かれた絵を解説するとこんな感じです。三国さんと四條畷さんは朱美さんを巡って恋敵の関係にあった。まずは三国さんが四條畷さんに罪を着せるために四條畷さんの服を着て佐倉心晴を殺害、その共犯には髙瀬陽翔たかせはるとがいた、そこまでは警視庁本部の見解です。それが正しいかどうかは疑問ですが、ひとまずその説に乗って解説します。シャツは僕がここの屋根裏で見つけました。あたかも見つけてくれって言ってるような状態でね。四條畷さんが犯人だとするとあまりにも杜撰ずさんだ。三国犯人説の信憑性は高まります。そして、その三国さんの意図に気付いた四條畷さんが三国さんを殺害。被疑者死亡のため、捜査は打ち切り。ここまでが禍津町まがつちょうの捜査本部から上がってきた情報を元に、T都の警視庁捜査本部が描いた図です。三国さんが死んだ部屋が密室だったのはなぜかという疑問は残りますが、そんなものはスペアキーを使えば誰でも入れるわけですからね、警察としては早く自分たちに向けられたヘイトを他に反らす必要に迫られているのです、そういう細かい所には目を瞑るつもりなのでしょう」

 そこまで説明すると朝霧はグラスの酒を一口飲み、カランと氷を鳴らした。口元には不敵な笑みが宿っている。こういう捜査の話をする時はチャラけた口調が消え、敏腕の捜査官顔負けの風貌となる。浦安はそれを彼が四條畷に対峙した時にも見ていた。弾正は目の前のボトルを朝霧のグラスに注いでやる。朝霧の言う事に特に口を挟もうとする気配はない。

「といっても、僕ら公安調査庁の調査員は刑事ではありません。あくまで、国家に反逆する組織の調査、引いては壊滅を目的としています。そして僕らはセフィロトがそういう組織であると踏んでいるんです。一連の事件もセフィロトというファクターを抜きにしては語れません。僕らはずっと、セフィロトの指導者が誰なのか探って来ました。当初は五月山さつきやま天冥か、あるいは四條畷が怪しいと見ていたんですが、昨夜の久遠寺くおんじ襲撃で分かりましたよ。それが誰なのか、が」

 朝霧の右手がすうっと上がる。そして人差し指を弾正に向ける。その所在を見て、それまで黙って聞いていた弾正の肩がピクっと上がった。

「え、俺?」
「そう、あんただ、ダンちゃん」
「おいおいアサっち、俺はただのしがない探偵だぜ?といってもほとんど何でも屋だけどな。その俺が、セフィロトの指導者?一体その根拠は何なんだ?」

 その弾正の言葉を待っていたかのように、朝霧はジャケットの内ポケットに手を入れる。どんなに暑くても紫のラメ入りスーツを脱ごうとしない。そこに朝霧の一本筋の通った信条を伺えた。朝霧は一枚の写真を取り、それを弾正の目の前に置いた。浦安も腰を浮かせ、それを覗き込む。色褪せたセピア色の写真で、どこかの建物の前で数十人の若者が写っている。それは昔の大学生か何かの集合写真に見えた。若者たちは皆痩せていて、目を異様にギラつかせている。ふと写真を目にした弾正の横顔を見ると、その目の中に写真の若者と同じギラつきが走っていた。

「これを…どこで?」

 弾正は写真を手に取り、まじまじと見つめる。

「いや~捜しましたよ。それは、国立K大の講堂前で写した写真です。そこにあなたと四條畷さんが写ってますよね?ほら、一番前の右端に並んで」

 浦安は立ち上がり、弾正の後ろに回ってそれを確かめた。確かに、四條畷と弾正が写っている。若干若めだが、二人の顔に間違いないようだった。二人は間に一人の女性を挟み、仲良さそうに肩を組んで写っている。ということは弾正と四條畷は大学の同期なのか?

「それ、自分だって認めます?ダンちゃん」

 弾正はしばらく唸り、そして頷いた。自分に違いない、と。

「おおー!正直でいいね~!きっと違うって言うと思って他にも名簿とか用意してたんだけどね、それはいらなかったと」

 弾正が認めたところで、浦安は元の席に戻った。弾正はしばらく懐かしそうに写真を見つめていたが、やがてポンとテーブルの上に写真を投げ出す。

「で?これが何だって言うんだ?」

 朝霧はにんまりと笑う。

「これはね、昭和44年の写真なんですよ。この頃は学生運動が盛んでね、そこに写っているのは国立K大の講堂前に集まったその同士たちです。今から54年も前の写真ですよ?そこに写ってるとすると、ダンちゃん、あんた一体何歳なんです?」

 四條畷を前にした時、朝霧は今と同じようなことを言っていた。しばらく顔を見ない間に写真を用意していたのだろうか?今回はしっかり証拠品を携えてきた訳だ。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~

しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。 のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。 彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。 そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。 しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。 その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。 友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...