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第7章 因果

11 新左翼運動とセフィロト

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 唐突に始まった栗原くりはら町長の話だったが、その後順を追って話してもらった内容はこういうことだった。

 50年前の日本といえば高度経済成長の真っ只中にあり、資本主義化に反対した若者たちが全国の名だたる大学で武力闘争を繰り広げていた。彼らは新左翼運動と総称され、安保闘争に破れた社会党や共産党にも見切りをつけ、新たな革命政党を作ることを目指し、大学の自治確立や反戦を訴えていた。そんな彼らはやがてその革命の理念や方法論を巡って対立するようになり、主義主張を同じくする者だけが集って細分化されていく。そして互いを憎み合うようになっていく。特に革マル派と中核派といったグループは過激で、数十人もの死者を出すような激しい内ゲバを繰り広げた。周囲の大人たちは高度経済成長の波にどっぷりと浸かり、反社会化しつつある新左翼運動には愛想を尽かし初めていた。

 そうやって次第に新左翼運動は社会から浮き出し、一部の過激な学生たちはより過激にテロリズム化していった。特に赤軍派などが暴発、よど号ハイジャック事件、山岳ベース事件と世間を賑わせるような事件を起こした。極めつけは1972年に起こった浅間山荘事件で、警察官二人と民間人一人の死者を出し、これにより新左翼は完全に社会から孤立した。事実上政治活動への命脈も絶たれた。

 新左翼運動の学生たちもほとんどは社会人となって醸成しつつある資本主義の中に溶け込んでいったのだったが、どうしても社会に納得のいかない者はそのまま過激派として活動を続けるか、地方に散って独自のコミューンを作るなどした。そうしてその一部が禍津町まがつちょうにも入り、北西部の山合の地に住み着いたのだった。

 禍津町(当時はまだ禍津村だったのだが)の北西部は戦災で焼けたまま荒れ放題になっており、彼らはその土地を開墾し、農作物を育てた。これがセフィロトの始まりだったのだが、当時の村長は現町長の謙一けんいちと違ってかなりの野心家で禍津村を何とか経済成長の波に乗せようと画策しており、そんな中で元とはいえ新左翼の連中が住み着くことを良しとしていなかった。彼の思想は元々レッド・パージ(赤狩り)寄りだったのだ。村長は住み着いた元新左翼の若者を何とか追い出そうと数々の嫌がらせを仕掛けた。それに耐え兼ねた一部のセフィロトのメンバーが暴徒となり、山を隔てた村の南西部を襲撃した…それが、町長の語った村人が殺し合うという事件のあらましだった。


 そこで一旦町長は話を置き、麦茶を飲んで一息ついた。浦安うらやすも胸に溜まった息を吐き、語られた内容を整理をするために麦茶で喉を潤す。天冥てんめいが気を利かせて冷蔵庫から麦茶の入ったタッパを取り、各人のグラスに注いでいった。それに合わせ、遵奉じゅんぽう住職も番場ばんばも麦茶に手を伸ばした。

「いや、それならその暴動に走った若者を捉えて処罰したらいいだけの話ではありませんか?ダムの底に沈めるというところまでには繋がらないと思うんですが…」

 浦安は腑に落ちないと思う点を率直に述べた。それに対し、町長が渋面で身を乗り出す。

「そうなんですが、ここからが肝心なところです。さっき50年前の発光現象について言及されてましたが、それが起こったのが暴動のあった日の直前でした。私はまだ生まれてませんでしたから、親父から聞いた話から判断するしかないんですが、その発光現象は北西部にあったセフィロトと南西部の集落の間に位置する鬼墓山きぼさんで起こったらしいんです。ですよね?」

 町長がちょうど浦安に隠れる位置にいた番場に顔を突き出す形で確認し、番場が細い首を小刻みに首肯させた。

「はい。ちょうど中秋の名月の頃で、うちは大したことはせなんだけども、満月をぼんやり見上げとる時でした。何ちゅうか、青白い光が天から降ってくるような感じで、それがちょうど七星妙見ななほしみょうけんの当たりでパアンと弾けたように広がって、山全体を白く輝かせたんです。ものの数秒のことだったのかもしれんですが、記憶には鮮明に残っとって、子ども心に綺麗だなあって眺めてました」

 聞いている限りでは四條畷しじょうなわてが言っていたように隕石落下だったように思える。番場はそこで話終わったと言うように手にした麦茶をコクンと飲み、町長は乗り出した身を元に戻した。そして町長が話の続きを始める。

「もし暴動が突発的に起こったものなら、浦安さんが仰るように警察を呼んで収集をつけて済む話だったと思います。ですが、駆けつけた警官が言うにはセフィロト対村人という単純な構図ではなくて、村人同士も殺し合うという不可解なことも起こっていたとか。それでも何とかその日は怪我人を収容し、暴動を起こした人間を逮捕することで収束を図ったようなんですが、その拘束した者たちを調べるうちにどうも暴力を振るうに至る前に目から血を流すという共通点のあることが分かったんです」

 そこで町長の目に力がこもる。目から流血という言葉を聞き、浦安もいよいよだと唾液を飲み込んだ。

「当然これは疫病なのではと騒ぎになり、村の南西部とセフィロトのある北西部は封鎖され、感染病の調査員なんかが宇宙服みたいなのを着て大勢やって来たそうです。その際に発光現象があったことも発覚し、鬼墓山周辺も調べられました。その調査内容、何が分かって何が分からなかったかということは、親父には一切教えてもらえなかったそうです。そうして政府が出した見解は、事件は感染病によるものではないということでした。感染源は見つからなかったと。なので、これは集団ヒステリーの一種ではないか、と」

 なるほど、その時のデータがあるから、政府は目からの流血という症状で当時の禍津町でのことを思い出し、今回も迅速に組織編成出来たわけだ。だが、そこまで聞いてもダムの底に沈めるなどという大袈裟なところまでには至らないように思える。浦安の疑念を読み取ったのか、横から住職が口を挟んだ。

「わしも当時まだ修行仕立てほやほやでしたんでな、村の深い事情は教えてもらえませなんだけども、南西部の集落でご遺体を焼いてお経を唱えてお送りする際には、そのお葬式で読経した法師たちの後ろの方に参列させてもらってました。周辺から大勢の坊主やら神主やらが集ってきて、ちょっとしたお祭り騒ぎでしたな。感染源が見つからない言うても見た目には人から人へ移っているように感じられましたからな、気持ち悪かったんでしょう。当時の禍津村はみんな土葬でしたが、遺体はみんな焼き払いました。そんで、事件については政府から緘口令かんこうれいが敷かれたんです。秀太郎ひでたろうさん…ああ、当時の村長ですが、彼は豪気な人でしたからなあ…控え目なけんちゃんと違ってな」

 そこで話を区切り、住職はニヤッとして町長に目配せする。町長はへの字口で肩をすぼめた。

「政府からは南西部の集落の土地は完全に封鎖するようにとの要請でした。秀太郎さんは村を発展させるために、政府と何らかの交渉をしたんでしょう。詳しい経緯は省きますが、南西部の土地はダムの底に沈めることになり、そのダム建設の費用を国庫から出してもらう代わりにその事件については封印すると誓約を交わすことで、その事件は完全に秘匿されました。まあ大雑把でしたが、これがダムに沈んだ集落の顛末てんまつですわな」

 遵奉住職がそこまで言うのに合わせたように、栗原町長が自分の腕時計を指差して住職に見せる。どうやら、時間が迫っているようだ。それを見て浦安はテーブルに手を付いて身を乗り出し、住職に訴えかけるような目を向けた。

「ちょっと待って下さい!まだ、さっき仰ってた将門まさかどやら結界やらの話に結びつきません。どうか、もっと包括的にお教え願えませんか?」

 上体を迫らせた浦安に、住職はストップのモーションをする。

「いや、時間きつきつで申し訳ありませんな。わしも町長もいろいろ抱えてることが目白押しになってますんで、なかなか同じ時間に体が空きませんでな。でも一応、わしらが話すべきことは全部話し終えたつもりです。あとはまあ個々に時間が取れれば補足させてもらうとして、この場はこの天冥ちゃんに話を引き継いでもらいます。いやいや、このあとのことはわしらが話すより彼女が話す方がよっぽど分かりやすいと思いますんでな」

 住職はそこまで言うと町長とまた目配せして頷き合うと、徐ろに浦安の手を取った。

「浦安さん、どうかこの天冥ちゃんを助けてやって下さい。いや、天冥ちゃんを助けることはわしら、ひいてはK市全体どころか日本全国を助けることにも繋がります。天冥ちゃんはしあさっての一日いっぴから15日まで悪霊払いの祈祷に入られることになってます。その間、きっといろんな魔が寄って来ることになると思います。浦安さんにはぜひ、この寺の警護をお願いしたいんです。どうか、お願いします」

 住職が頭を下げるのに合わせて、町長もお願いしますと浦安に頭を下げる。

「いや、ちょっと待って下さい。警護というならそれなりの人間を手配した方がいいと思うんですが、それより何より、その祈祷にどんな意味があり、どんなものが寄ってくると仰っしゃるのか、そこをお聞かせ願わないと…」
「だから、それは天冥ちゃんからお聞きになって下さい。のう、天冥ちゃん」

 住職が天冥に向き、天冥は静かに頷く。

「さっきも町長が言いましたように、警察庁やら公安調査庁やら、国から派遣された人らは今一信用出来ません。ここは昔から禍津町やK市に住んでるあんたらに頼みたいんです。これはな、実は天冥ちゃんからの要望でもあるんです。というわけで、わしらは急ぎますんで、後のことはよろしくお願いします」

 住職は町長と共に腰を上げ、浦安に合掌してもう一度頭を下げた。町長も一礼し、二人連れ立ってダイニングを出て行く。お通夜とあっては引き止める訳にもいかず、浦安は腰を浮かせてお辞儀を返すと、住職と町長を戸口まで見送った。
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