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第7章 因果

7 宇宙からの飛来物質

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 四條畷しじょうなわての瞳の奥が、妖しく光るのを感じた。朝霧あさぎりの態度に眉根を寄せながらも、また口角が上がっている。そしてフンと鼻を鳴らし、んんっと喉を整えた。

「人類は地球上の物質の種類についてほぼ把握したような顔をしているが、それすらも怪しい上に、規模を宇宙にまで広げると、この世に存在する物質のことなんてまだほとんど分かってないんだよ。素粒子物理学者によると、2022年の時点で、人類が知っている全物質は宇宙の質量比にして6分の1程度しかないそうだ。そのことを前提として聞いて欲しいんだが、地球環境に激的な変化が起こる場合、その直前に大規模な隕石落下が起こっていることが多い。恐竜が絶滅した理由も隕石落下説が有力になっているのは君らも聞いたことがあるだろう?ま、俺から言わせると隕石落下絶滅説にはいろいろ穴があると思うんだがな。さっきも言ったように、レトロウイルスなどの物質が作用して遺伝情報が書き換えられたことで恐竜は絶滅したという説もあり、俺はそれを推している。それをもう少し詳しく言うと、宇宙から飛来した未知の物質が加わることで細胞間を飛び交う物質にも変化があり、遺伝情報を改悪され、その結果絶滅した。俺はそう考えている。そして、これは調べたら分かることだと思うんだが、50年前、この禍津町まがつちょうの西に位置する鬼墓山きぼさんで発光現象が目撃されている。おそらく隕石が落下したんだろう。何が言いたいか、もう分かるだろ?そういうことだよ」

 浦安うらやすはハッとした。鬼墓山の発光現象…それについては弓削ゆげ班の番場ばんばがそんなことを言っていた。彼は子どもの頃に禍津町に住んでいて、その発光現象を目撃している。そしてその直後、彼の祖父母の住む南西部の集落で奇妙な疫病が流行り、その南西部の集落はダムの底に沈められたと言う。現在、番場と酒井田さかいだにはその当時のことを詳しく調べてもらっているのだ。浦安には、四條畷の話がそこに繋がった気がした。

「はーい四條畷先生!50年前の発光現象が何で今なんですかー?」

 朝霧が挙手をし、相変わらず不真面目な態度で質問する。朝霧もあの時、番場から話を聞いていたはずなのに、とぼけるつもりなのだろうか?と、朝霧を見る。すると、彼のソファについた右手の指がトントンとソファの布を打っている。そこに若干の苛立ちを見た。番場の話はあの時、政府の隠匿のことを朝霧に詰めている時に出たもので、やはりそこに触れて欲しくない何かがあるのか?朝霧も、政府の人間なのだ。一方の四條畷はというと、朝霧の質問に怯む様子もなく、またフンと大きく鼻を鳴らした。

「事実だけを時系列に並べてみろ。そうすると、ここ50年の間に起こっていなかったことで、最近起こったことが思い当たるだろ?」

 ここ50年で起こっていないこと…地震、テロなど思いつくものを当てはめてみるが、全てこの50年間で起こっている。いや、一つ、大きなことが思い当たる。

「パンデミック…のことを言ってるんですか?」

 浦安が言う前に、朝霧が指摘した。四條畷が、大きく首肯する。

「俺は医者じゃないから詳しいメカニズムはまだ分からん。だが、新型ウイルスの蔓延で人々の免疫システムには大きな変化があった。おそらくそのことと今回の現象はなにがしかの関連があると俺は見ている。そして、その謎を解明するために、50年前の隕石落下の痕跡が見つけられないかと俺はここらの山のあちこちの岩肌で岩石を採集しているんだ。なので、くだらない容疑を俺に当てはめて俺の邪魔をしないでもらいたい」

 そう言って四條畷は二杯目のコーヒーを啜る。どうやら彼はそこで話を締めたいようだ。彼の顔にはひと講義を終えて一息つく教授のような風格が宿っていた。この男、やはりただ者ではない。浦安は浮浪者から学識の高い学者へと格上になった四條畷を感心して眺めていたが、朝霧には逆の方向に彼の姿が映っているようだ。朝霧は四條畷を見ながら、そこにお笑い芸人でもいるように指を指して声を上げて笑う。その所作に、浦安は一瞬ギョッとした。

「な、何がおかしい」

 当然のように四條畷が訝る声を上げる。

「いやあ~先生、ご講説ありがとうございました!でもねえ、僕には先生が実はこの怪現象の首謀者じゃないかって、そんな疑惑がフツフツと湧き上がってくるんですよね~。あ、そうだ!先生の真似しちゃおっかな~!」

 朝霧はおどけてそう言うと、背筋を伸ばし、眉根を寄せて難しい顔を作った。そしてコホンと一つ咳払いをし、

「そもそも」

 と、厳粛に言った。そして、他の三人を見回す。

「似てない?ねえねえまこっちゃん、今の、似てたっしょ?」

 四條畷の顔にあからさまな不快の色が走り、青井はキョトンとした顔をしている。浦安というと、ただただ苦笑いをした。その反応に、朝霧は口を尖らせる。

「何だよ、ノリ悪いなあ。ま、いいや。四條畷さん、僕らはあなたの経歴を調べたんですがね、四條畷すぐるという人物のデータはここ最近の役所の住民票では見つけられなかったんですよ。でも何とかあなたの足跡を見つけましたよ。国立K大の研究室でね。ただそれ、50年前のデータなんですよね。50年前、あなたは確かにK大の生命科学研究室に在籍していた。あれ?でもおかしいな、それだと、あなたは今、70代半ばということになる。お見かけした感じ、老け顔ではあるけど、あ、失礼、いってて30代半ばってとこですよね?一体あなた、何歳なんです?いや、こう言い換えましょう、一体あなた、誰なんです?」

 ガチャン!

 四條畷の持つコーヒーカップが受け皿に滑り落ち、大きな音を立てた。

「な、何を言ってる!俺は間違いなく四條畷傑だ!バカバカしい!俺はこれで退出させてもらう!」

 四條畷が腹立たし気に立ち上がった時、意外な所から声が飛ぶ。

「傑さんが明彦あきひこさんを殺したんすか?」

 青井だった。普段のおっとりした彼らしくない、心を凍らせるような冷たい声だった。その声に、四條畷の目が悲しげに揺らぐ。そして眉間に深い溝を作り、ダイニングルームを大股で出て行く。すかさず、その後を青井が追った。その俊敏な動きはまるで獲物を追う狼のようで、あっという間に部屋を出ていく。取り残された浦安は朝霧と顔を見合わせた。朝霧も呆けた顔をしている。

「お、追いましょう!」

 慌てて浦安が立った時、頭の上から重石が落ちてきたような衝撃が走る。ゴーンゴーンと、重厚な青銅を打ち鳴らす鐘の音が、頭の奥底に響いた。激しい頭痛に襲われ、頭を抱えてソファの奥に沈む。鐘の音は止むことなく鳴り続け、周囲の壁が迫ってくるような錯覚に圧迫感で潰されそうになる。そして自分のいる床がパックリと穴開き、奈落の底に落ちていくような埋没感に囚われた。闇の中に取り込まれ、やがてその暗闇の中に意識が同化していった。




「まこっちゃん!まこっちゃんってば!」

 肩を揺すられ、ハッとして頭を上げた。鐘の音はすでに止んでいて、周囲のアブラゼミの鳴き声に部屋が包みこまれていた。気がつくとさっきまでと同じソファに深く腰掛けている。朝霧が、心配そうに見下ろしていた。

「あ、すみません、意識が飛んでしまいました。すごい鐘の音でしたね」
「鐘の音?まこっちゃん、何言ってんの?」

 朝霧が怪訝な顔をする。まさか、あんな大きな音が聞こえていなかった?確認すると、朝霧には聞こえなかったらしい。浦安が急にうずくまり、心配して声をかけたのだと。浦安には訳が分からなかったが、四條畷を追おうと促され立ち上がった。長く気を失っていたような気がしたが、うずくまっていたのはわずか三分くらいだったと朝霧は言う。

 急いでダイニングルームを出ると、

 パーン!

 と、上の方から大きな発砲音が聞こえた。すでに会議が終わって捜査に来ていたのだろう、その音を聞いた捜査員がワラワラと三国みくにの部屋から出てきた。その中に、橋爪はしづめの顔もある。どうやら発砲音は全員に聞こえたようだ。目の前の階段を急いで駆け上がるが、二階には誰の姿もない。

「3階!」

 浦安に続いて駆け上がってきた朝霧が叫び、彼に続いて奥の梯子階段を駆け上がると、目の前に銃を構える制服警官の姿があった。最後まで上がりきり、警官が銃を向ける先を見る。ちょうど釣り鐘の下で、立ち尽くす青井の姿。そしてその足元に、青磁色の作務衣の男の倒れている足元が見えた。急いで倒れている男の側に寄り、赤い飛沫に濡れた首元を指で抑える。胸から染み出した血が作務衣を赤黒く染め、四條畷は油気の無い髪を四方に散らせ、苦悶の表情を浮かべて白目を向いて倒れていた。その脈動は、すでに感じられなかった。

「なぜ撃った!?」

 警官の方を向いて叫ぶ。顔を見るとその警官は玄関先の門にいたはずの忌野いまわので、彼は口元からよだれを垂らし、二ヘラといやらしい笑みを浮かべてこちらを見据えていた。目が真っ赤に充血している。横から朝霧が忌野の持っていた銃を手刀で叩き落とした。朝霧が銃を素早く拾い上げ、意表を突かれた顔の忌野はジリジリと壁際まで後退する。浦安も彼を抑えようと立ち上がろうとするが、なぜか足が固まったように動かない。視線は忌野に固定されている。忌野から何か異様な空気が立ち昇るのを感じた時、その首元がグラグラっと揺れた。そして、ヌルヌルと、その首が長く伸びていく。さらに、ブチンと、首元が切れたと思うと、頭だけになった忌野が、ゆらゆらと、屋根裏部屋を浮遊し始めた。 




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