【完結】メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹

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第5章 懐疑

11 浦安、特務調査室付きになる

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 その日の昼過ぎ、浦安うらやすは早々に公安調査庁特務調査室の室町むろまち室長に呼び出された。朝霧あさぎりから打診を受けての対応なのだろう。仕事の早さには感心した。

 久々に出勤したK署には活気がなく、捜査員たちが立ち続けに起こった捜査に駆り出されている様子が伺えた。公安調査庁の特務調査室にあてがわれた部屋は二階の小会議室で、室町は滅多に三階大会議室で行われる捜査会議に顔を出すことなく、浦安も署内ではほとんど彼と話したことがなかった。二階の一番奥まった所にある会議室の白い扉を叩くと、どうぞと言うバリトンのいい声が聞こえた。失礼しますと言って入ると、正面窓際にパソコンなど雑多な物が置かれたデスクに座る銀縁眼鏡の涼し気な顔がこちらを向いている。なぜか、窓にはしっかりとブラインドが下げられていた。

「どうぞ、おかけ下さい」

 室町はデスクから立ち、手前の会議用の長テーブルまで出てきて近くの席に手をかざした。室町が座長席に座り、浦安は一礼して対面の席の椅子を引く。

「いや、もうちょっと近くにどうぞ」

 室町が長机の手前の方をまるで高級ホテルマンのような所作で指したので、では失礼してと室町と角を挟んだ近くの席に着いた。間近に見る室町は常に口元に微笑をたたえ、ややウエーブがかった茶色みの強い短髪は清潔感が漂い、仕立ての良さそうなチャーコールグレーのスーツに細身を包んだ姿は浦安の若い頃に流行ったトレンディドラマに出ていた俳優のようだ。だが銀縁眼鏡の奥からは長年刑事をやっている人間と同質の、猜疑心の強い目を光らせている。

「朝霧君からぜひとも浦安係長を調査員として迎えたいという要望がありましてね、こちらとしても前に居酒屋でお話したように、浦安係長にも裏で動いていただくというような悠長なことをやっている場合ではなくなりました」

 丁寧に経緯を説明してくれるが、要はノワールで殺人事件が起こったことを言っているのだろう。

「なので今しがた沖芝おきしば管理官にお願いをし、浦安係長にはこちらの調査に協力してもらうことになりました。今後は私どもの一員として、大手を振って動いてもらって構いません」
「あ、ありがとうございます。願ってもないことで、何とお礼を言っていいか…」

 あまりの手際の良さに戸惑いつつも、素直に頭を下げた。それを見て室町室長の目が細まるが、これがK署の署長などになれば訓告の一つや二つはのたまわるものを、すぐに要件を話し出す。どうもこの人物には会話の遊びというものが無いらしい。

「お礼を言われることではありません。朝霧君から聞いたかもしれませんが、私どもはある特定の人物を追っています。あくまでその人物を特定するのに浦安係長に手を貸していただきたいわけです」
「それは…セフィロトの代表をやっている人物ということでしょうか?」
「可能性は高いと見ています。そしてその代表はどうも普段は一般人として活動し、こちらの調査によれば禍津町まがつちょうの高台にあるシェアハウスに潜んでいる公算が大きい」
「だから弓削ゆげを潜入させたわけですよね?」
「そうです。こちらとしては隠密に調査したかったわけですが、きのう、そのシェアハウスの住人が殺されたそうですね。もはや彼女一人に任せるには手に余る状況になってしまったわけです」

 そこで自分の登場というわけだ。状況としては辻褄が合っている。

「あの、捜査に当たるに際してニ、三、質問しても?」

 朝霧からは突っ込んだことを聞かないと念を押されていたが、どうしても聞いておきたいことがあった。室町室長は一瞬眼光を強めたものの、目だけで首肯する。

「何でも答えるというわけにはいきませんが、答えられることであれば」
「ありがとうございます。まずはきのうの殺人の件ですが、ひょっとして室長はそのマークしている代表の仕業とお考えで?」
「それは分かりません。こちらは殺人の捜査が本分ではありません。そこは警察庁の捜査に任せることになるでしょう。ただ、こちらにも係わる事件であるなら、手を打たねばなりません。浦安係長にはその任もあると考えていただければと思っています」
「分かりました。そこは善処してみます。それと…これはお教え願える範囲で構わないんですが、公安調査庁の方ではセフィロトといるコミューンについて、国家を危険にさらす可能性があると判断されているのですか?」

 そこで室町室長はんんっと喉を鳴らし、一瞬の逡巡が見られた。

「ご存知のように憲法には信教の自由が謳われ、戦後にはその自由が脅かされないように宗教法人法も制定されました。宗教団体には一般企業などよりも手厚い保護がなされています。ですが一方で、その法律の庇護をいいのとにテロ集団と化した宗教団体も存在するのです。20世紀末に起こった地下鉄サリン事件なんかはその最たるものでしょう。また、宗教団体を傘に詐欺的なことを働く集団もあります。痛ましいことに、ある宗教団体の活動が元で首相が暗殺される事態にも発展したのは記憶に新しいですよね?私どもはそういったことが起こらないように活動しています。あなた方警察と違うのは、事件が起こってからでは遅いのです。未然に防ぐ、その為には現行の法を遵守しているだけでは間に合わない場合もあります。そういった性質上、職務的な内容を洩らすわけにはいきません。ただ一つ言えるのは、セフィロトが国家を脅かす準備を整えた時にはすでに遅いということなのです。かの団体が何の問題もなく正常な組織であると確認できたなら、それはそれで有意義なことなのです。言いたいことはお分かりいただけますか?」

 室町室長はそこでこちらが答える間を置いた。ご丁寧に歴史まで語ってくれたが、ようするに活動内容には深く関わらずに言われたことだけをやっておけ、ということだ。不本意な気はするが、それが自分の活動できる流儀なら仕方がない。浦安は、分かりましたと神妙に頷いた。そしてすぐに次の質問に移る。

「今回の事件、捜査していく中でUFOや呪いなんていう非現実的な言葉によく出くわします。複数の人間が目から血を流すなんてことも私も実際に目の前で見ています。これはそういった非現実的なことを信じて言うわけではないんですが、あるいは未知のウイルスや、例えば原発事故のような公式に発表できないような事例が起こっているなんてことはないんでしょうか?あなた方のチーム名にあるとは、そういった意味合いの特別なのでは?」

 この質問には、室町はフッと鼻から息を漏らした。紳士的な佇まいなのでわかりにくいが、明らかにこちらの言動をバカにした態度だ。

「まず未知のウイルスを疑っておられるなら、それは完全にあり得ないと断言しましょう。確かにさっき、私どもの活動にはおおやけに出来ないことがあると言いました。だが、未知のウイルスの存在を隠すなんてことは論外です。いいですか?ウイルスというのは肉眼では見えませんが、光学顕微鏡を使えばはっきり見えるんです。優秀な科捜研がそんなものを見逃すなんてことはあり得ません。確かに目から血を流す現象についてはまだはっきりとは特定できないようですが、伝染性のものではないということは断言しておきましょう。ただ、普通でないことが起こっているのは間違いありません。そういうことを調査する意味で、私共は『特別』という名称を冠に付けています。あと、何ですか?UFOについては私も興味深いですね。UFOが宇宙人の乗り物かどうかは置いておいて、実際にNASAの乗組員もその存在については認めています。今回の事案に関わっているとは到底思えませんが、ぜひとも今度お時間ある時に、その辺の談義を酒でも酌み交わしながら語り合いたいところですね」

 室町はあからさまにほうれい線を深め、透明の盃を上げる仕草をした。慇懃無礼とはこういうことを言うのだろう。浦安は少し顔を赤らめながら、座っているパイプ椅子を引いた。

「いや、長々と失礼しました。では、本日から現場に行かせてもらってもいいわけですね?」
「まあ、構いませんが、そうお急ぎになることもないでしょう。捜査一課の中には私どもの活動を邪魔に思っている輩もたくさんいます。今後スムーズに捜査を進めるためにも、一度あちらの捜査本部に顔を出し、管理官どのやK署のお仲間たちに挨拶くらいはしておいた方がいいのではありませんか?」

 言い方は丁寧だが、省庁違いの者たちへの一抹の侮蔑のニュアンスは感じ取れた。





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