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第5章 懐疑

10 公安調査庁との合同捜査

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「で?浦安うらやす係長としてはこれからどうしたいの?」

 口を噤んでしまった浦安に、朝霧あさぎりが聞いた。番場ばんばが語った50年前の怪現象について考え、そこには何らかの政府の介入があったことが予測され、今回の一連の事件が実は一筋縄ではいかないことが暗示されていた。浦安がまず考えねばならないのは禍津町まがつちょう、引いてはK市の安全だ。たが正直、どこから手をつけたらいいのか分からない状況だった。

「君ら公安調査庁の狙いは何だ?なぜ今回、禍津町までやって来て張り込んでいる?」

 目の前にいるこの朝霧という男、さらにはそのバックである公安調査庁特務調査室なる存在が果たして信用に足る組織なのか?それを知らなければ今後の捜査を共にできないという思いがあった。

「だから言ってるでしょう?僕には詳しく話す権限は無いんだって」

 だが朝霧は相変わらずのらりくらりと質問をかわす。

「では室町むろまち室長に掛け合えばいいのか?」
「室長もねえ、どこまで話してくれるんだか…」

 そこで朝霧はテーブルに肘を付き、手に頬を乗せて何やら思案する。

「うーん…でもなあ、ちょっとやることが立て込んできてるんだよなあ…こっちの数も限られてるからねえ、重労働にもほどがあるっていうか…」

 誰に聞かせるというわけでもなく、しばらく一人でぶつぶつ言っている。

「おそらく察官のこれ以上の補充は無理だろう。こっちも次から次へと事件が起こり、おそらく近隣の署からも手一杯に応援が入っている。元々K署はそんなに大所帯じゃないんだ。地元に強い署員はもうみんな出払っている」

 追い打ちをかけるように言う浦安を、朝霧はじっと見た。にらめっこのような間が空き、やがて朝霧が口を開いた。

「じゃあやっぱり浦安係長には復帰してもらわないとですね。全面的にこちらの指示に従うと約束してくれれば、室長を通じて浦安さんの復帰を打診してもらってもいいですよ」

 謹慎が解けるのはありがたいが、こちらの特務調査室も何をやっているのか分からない。そこはやはり、どうしても聞く必要があると思った。だが聞いてもどうせまたはぐらかされるだろう。堂々巡りになりかけた時、朝霧がこんなことを言った。

「市民のためになればいいんでしょう?これは後で室長に怒られるかもですが、一つだけ打ち明けます。僕らはね、一人の人間を追ってるんです。今回広がりつつある危険は、突き詰めれば実は一人の人間が元凶といってもいい。その一人を何とか探し出し対処する、それが僕らの役割なんですよ」
「一人の人間…て、教祖的な何かか?そいつが今回の一連の事件を起こしてるって言うのか?」
「う~ん、事件の捜査は警察の役割でしょ?すでに起こってしまったことに関しては僕らには何の権限もありません。でも、その一人の人間を捉えればこれから起こる事件を未然に防ぐことは可能になるでしょう。どうです?僕らに協力しませんか?正直、あのシェアハウスでも事件が起こってしまって、僕らも困るってるんです。さすがに事件の捜査をするなと警察に言う権限は無いですからね。だからってこのままあのシェアハウスが警察官だけで押さえられたらこちらの調査ができません。なのでこちらにも捜査に手練れたメンツを送り込みたいわけですね。浦安さんも一人でコソコソやってても限界あるでしょ?ここは細かいことは言いっこなしにして一緒に手を組みません?」

 なるほど、ノワールで殺人が起こってしまったがために思うように調査が出来ない状況になったわけだ。

「もう一つ聞かせてくれ。その一人を探してるって言うが、それはあのノワールに住む住人なのか?」

 それを聞いた時、朝霧の目に妙な光が宿る。

「それは…分かりません。あの中にいる可能性は大きいと踏んでますが、見当違いってこともあり得る。だから、調査が必要なんですよ」

 多くの犯人を取り調べてきた経験上、朝霧の言うことに嘘は無いと見た。時折見せる不敵な笑みが気になるが、浦安としても警察庁の捜査員の目を気にせず動けるのはありがたい。

「分かったよ。ぜひ、室町さんに頼んでみてくれ。管理官からオッケーが出たら、君らと一緒に働かせてもらう」
「よーし決まり!いやあ、フーミンのチームだけじゃ心許ないって思ってたんですよお」

 朝霧の満面の笑みに、真美まみがプクッと頬を膨らます。

「どーせあたしたちは役に立ちませんよーだ。こっちだってクソつまんない調査ばっかで辟易してるんでるから!ねー、番場ばんばさん」

 同意を求められた番場はプイと窓の外に目をそらす。定年間近の番場にしてみれば仕事は楽な方がいいのだろう。それを見て真美の頬がさらに膨れた。

「いや~真美ちんはほら、可愛い担当だから。いてくれるだけで充分癒やしになってるから~」

 軽薄な朝霧のフォローに顔を綻ばせる真美、まるで場末のホストとそのキャバ嬢の客だ。

「あ!そうそう」

 真美が思いついたように声を上げる。

「きのうの夜なんだけどぉ、須田すだ主任がここまで来て管巻いて帰りましたよ。なーんか、捜査一課の指示に反抗したから捜査を外されたとか何とか言ってました。もう僕は遠くに飛ばされるから最後に一度デートしよ~なんてドサクサにあたしを口説いたりして!うっとおしいから適当にあしらって帰ってもらいましたあ」

 なるほど、きっと須田は袴田はかまだがいきなり高瀬たかせを撃ったことに反発したのだろう。警察官としては当然の反応だ。なのに捜査を外されるなんてやはり本部の捜査一課のやり方はどうかしてる。今は治安維持法が成り立っていた戦時下ではないというのに。

「ちょうどいいんじゃないか?手は一人でも多い方がいいだろう?須田もこちらに組み込めないか頼んでくれないか」
「オッケーでーす!室長にかけ合っておきます」

 朝霧の軽い返事に頷き、まだ気が早いかもしれないが、こちらのやるべきことを考える。まず気になったのはさっき番場が言った政府の隠匿の話だ。それについて何か知っていることはないかと朝霧に聞く。

「う~ん、50年も前の話でしょ?僕らは何も聞かされてないですねえ」
「じゃあこっちで調べてみてもいいんだな?」
「まあ~調べられるもんなら調べていいんじゃないっすか?あ、でも調べた内容は必ず報告して下さいね」

 あまり期待はしてなさそうだが、一応朝霧の許可が出たのでそれは番場に頼んだ。

「昔から住んでる番場さんなら、誰か詳しく事情を知る人を見つけられるかもしれない。番場さん、何とか今までの人脈を辿ってお願いします」

 浦安の頼みに、番場は相変わらず覇気のない顔で頷いた。

酒井田さかいだもその補佐に回ってくれ。きっと当時の新聞や雑誌なども調べてみないとだからな」

 真美はその指示にはええ~と不満の声を上げる。

「あたしぃ、朝霧さんとがいいー!暑い中をこんなおじいちゃんと駆けずり回りたくなーい」

 一体彼女は今までどうやって警察官という職務を全うしてきたのだろう?署内では真美と岩永いわなが課長ができているなんて噂もあるが、このわがまま具合を見ればあながち根も葉もないことに思えない。

「いいから、お願いだからちゃんと仕事してくれ」
「ええ~!じゃああ、朝霧さんと一回デートで手を打ちまーす」
「僕なんかでよければいつでもいいよー!」
「やったー!じゃあがんばっちゃおうかなー」

 ギャルのバイトじゃないんだぞと内心突っ込みながら、冗談とも本気とも取れない交渉が成立したところで取り敢えずの持ち場が決まった。これはあくまで室町室長が沖芝管理官に許可を得てからだが、朝霧と浦安はノワールに乗り込み調査を進める。他の朝霧チームの調査員たちはノワールのそれぞれのメンバーを張り込むそうだ。番場と真美は50年前にダムのある地域で何があったかの調査。そしてもし須田が組み込めるようなら、彼の得意のインターネットを駆使した、恐怖のピタ止めチャレンジなどという呪いの出どころを調査してもらってもいいかもしれない。

 他にもやらなければいけないことは山程ある。昨夜から今朝に起こったノワールでの三国みくに殺害の捜査の進捗も知りたいことろだ。こちらは後で弓削に電話をしてどのチームがノワールに乗り込んできたのか聞く必要がある。さらには工場爆破の後処理がどうなったのか、女子高生首無し殺人の進展はあったのか、K市のマンションで首を噛まれて亡くなった女子高生の死因は特定されたのか、また、聖蓮せいれん女子で起こった校長の刺殺はどう処理されたのか、あの場で目から血を流して搬送された生徒たちは無事でいるのか……

 やることはたくさんあれど、幸い、K署の刑事課強行犯係の主任たちが各ポジションに配置されている。何とか彼らと接触し、情報を集めなければならない。それにはまた飲み会を開くのもいいかもしれない。今回はK市から近い所ではダメだ。他の捜査員たちに見つからない場所にしなくては。

 そこまで考えを巡らし、浦安は一旦公民館を出て、まずは弓削の携帯番号を押したのだった。
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