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第3章 拡散
10 秘匿された情報
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最初に重苦しい雰囲気を打ち破ったのは速水だった。
「もう~係長ずるいですよ~!そんな風に言われたら出るに出られないじゃないですかあ」
最年少の速水が情けない声を上げたことで、張り詰めた空気が少し緩む。
「そうですよ係長、まずはどんな話か聞かないと、判断しかねます」
最年長の遠藤がもっともらしいことを言い、全員が頷く。
「橋爪は出た方がいいんじゃない?出世のことしか考えてない出世虫なんだから」
弓削が剣のある言葉を橋爪に向け、橋爪が弓削を睨む。
「あ、いい意味でよ、いい意味で」
「弓削ちゃ~ん、いい意味でってそんな万能な言葉じゃないよ?」
弓削が取って付けたようなことを言い、遠藤が吹き出しながら諌めた。
「そりゃあ出世はしたいさ。だけど今回、俺も捜一のやり方にはちょっと疑問があってね、係長の話は聞こうと思う。弓削こそ、本当は出たいんじゃないのか?」
橋爪は逆に弓削に水を向け、
「あ、あたしは別に…係長にもお世話になってるし?係長が困ってるんなら手助けしたいし…」
弓削は若干しどろもどろになりながらも浦安にすり寄った。彼女の胸がまた浦安の腕に当たる。正面にいた須田がそれを目ざとく見つけて突っ込んだ。
「当たってる当たってる!デカすぎて目測誤ってるよ!」
仕事を外れると途端に空気を読めなくなる須田の言葉に、遠藤、速水、橋爪が息を呑む。胸の話は弓削の前では禁句だ。
「ああ?てめえこそ見てんじゃねーよ、殺すぞ」
案の定弓削が須田に過剰反応を示し、浦安がため息をついて腕を引いた。そして誰も退出しないことに、安堵の拳を握る。
「まあまあ。ということはみんな話は聞いてくれるんだな。ありがとう。遠藤の言う通り、じゃあ聞いてから各自でどう動くかは決めてくれ。俺がまず何を言いたいかというと、橋爪の言う通り、今日の一連の流れを見てどうも今回の警察庁本部の動きがおかしいと思ったんだ。そこで一度、みんなで情報を共有しようと思ってな。場合によっては俺はそれで独自の捜査を進めようとも思っている」
全員が心持ち顔を中心に寄せ合いながら、浦安の並々ならぬ意志に頷いた。
「その、係長がおかしいと思ったことをまずは聞かせてもらえますか?」
橋爪が鋭い目を向ける。この中で誰よりも野心は強そうだが、正義感も人一倍強いと浦安は彼のことを踏んでいた。
「うん。これから言うことはここだけの話にして欲しいんだが、今日俺たちは聖蓮女子へ聴取に向かった。そこであろうことか、一人の生徒がおかしくなり、校長を刺殺したんだ。さらにその生徒を捜一の警部が銃殺した。俺は確かに二人の死を確認したんだが、管理官は死んでないと言う。そして今日起こったことも完全に隠匿されている」
「僕も近くにいましたけど、あの時、何ていうか…身体が動かなくなったんだ。係長が一番その生徒を止めようと動いてた。なのに係長だけ処分されるなんて、こんなおかしいことはないと思うよ」
須田も補足してくれるが、その中に浦安も知らない新情報が含まれていた。
「え、あの時、お前も動けなかったのか?」
「はい…何ていうか、そう、金縛りにあったみたいに、立ち上がろうとしても立ち上がれなかったんです」
「お前もか……」
やはり何か尋常でないことが起こっている…浦安がしばし考えに沈むと、横で弓削がジョッキをドンと鳴らした。
「おかしい!それはおかしいよ!何で?何で捜査員が女子高生を殺すの?SITじゃあるまいし!」
SITとは刑事部に所属する特殊事件捜査係のことで、ハイジャックや爆破事件など、人質の安全を確保するために犯人を射殺することはあり得る。だが今日の場合はその事案には相当せず、明らかに捜査員の過剰行為といえる。本来責任を問われるとしたら撃った警部の方だろうし、こんなことが世間に知れ渡ったら大問題になる。
「確かにそれはおかしいな。今日の会議だとただの生徒の傷害事件で、生徒にその隙を与えた係長の監督不行き届きという処理にされている」
下唇に親指を押しあて、黙考しだした橋爪に浦安は質問を投げた。
「そういえばさっき橋爪も捜一のやり方に疑問があるって言っていたな。何かおかしいことがあったのか?」
「はい。うちの班は事件のあった禍津町の駅周辺の聞き込みをしてるんですが、その聞き込み項目に明らかにおかしい内容があるんです」
「おかしい、というと?」
「あー、実はこれ、言うなと口止めされているんですが……」
口ごもる橋爪に、全員の興味が向く。
「何何ぃ、橋爪ちゃんまで。俺らのさあ、この六人の中で話したことは絶対に外に漏らさないことにしようよ。だって今日ってそういう会でしょ?」
遠藤の人当たりのよさそうな言葉が場を包み、橋爪も少し頬を緩めた。
「ですね。じゃあ打ち明けますが、目から血を流した人を見たことないか、もしくはその聞いている対象に最近目から血が出たことはないか、ということを聞けと言うんですよ。それは何かの感染症の兆候なのかと聞くと、そうじゃないと言う。でも警察官からいきなりそんな質問をされたら市民は不安になるでしょう?これって明らかにおかしいですよね?」
「目から血といえばまず思い浮かぶのは網膜下出血ですね。高血圧の人が起こすことがありますけど、確かに感染症ではないですね」
橋爪の言葉を受けて、速水が物知り顔で言う。速水は日本の最高学府、T大の出身だ。橋爪はそれに頷き、話を続けた。
「おかしいことはそれだけではないんです。うちの班員に禍津町の派出所に勤務している忌野という巡査と仲のいいやつがいて、彼が言うには、一ヶ月ほど前、K署で当直している日に禍津町で変死の通報があり、その時に一緒に臨場していた忌野巡査の目から出血しているのを見たと言うんですね。で、俺にその情報を上に上げるべきかと聞くんで一応、俺の方から捜一の捜査主任に報告したんです。そしたらその忌野巡査はきのう付けで転勤になったらしく、その転勤先も分からないというんです。ひょっとしたらですが、捜一のやつらが隔離したんじゃないかって気がして」
その話を聞き、弓削は浦安と顔を見合わせた。
「で、その一ヶ月前の変死って?」
勢いこんで聞く浦安に、橋爪は一瞬気圧される。
「いや、単に老衰だったようですが…係長、何か不審な点でも?」
医者が診ることなく亡くなった場合の死体は一旦変死体扱いとなる。その日の通報自体には特に不審な点は無い。
「うん、実はその忌野なんだが、彼が臨場した家からちょくちょくあるはずの金銭が無くなっているという苦情があってね、禍津町で事件が起きなかったら弓削班に忌野の内偵をさせようと思ってたんだよ」
一人暮らしの老人が亡くなった際、駆けつけた警察官がその老人宅からタンス預金をくすねるなどという行為は昔から後を絶たない。宇根野駅にあるku-onというバーに久々に行った際、忌野がブッカーズという高級バーボンをボトルキープしているのを見た。忌野はやたらと住民に親切だったという評判も聞いていたが、浦安は忌野は限りなく黒に近いと踏んでいた。近々亡くなりそうな老人や、その周辺の人間に近づいて情報を取り、いざ亡くなれば自分が一番に臨場してその家から金品を盗む。そうでもしなければ一介の巡査に数万円もするボトルはなかなか入れられない。だとしても、だ。警察官の不祥事を隠蔽する事例を浦安も数々見てきたが、たかが地方の一巡査の不正をわざわざ本部がもみ消すとは思えない。橋爪が言うように、これには何か裏があると見た。
さらに、目から出血するという症状…それはまさに今日、浦安が目にしていたことだ。水谷鈴が君嶋校長を刺した際、鈴の目から血が流れ出ていた。ここに何か重要な秘匿情報があると見て間違いない。さらに今日、倉田のクラスで待機していた生徒からも数人、そのような症状の者が出た。あれからあの生徒たちがどうなったのか、浦安の元には何も知らされていなかった。そこに同じく気がついた須田が、二重顎が伸びる勢いで顔を突き出した。
「そういえば今日、聴取した生徒の何人かが変なことを言ってたんだ。何でもKikTokのとあるチャンネルでピタ止めチャレンジってやつをすると、目から血が出るようになるって。で、今日そのクラスの何人かが目から血を出してた。これって何か関連があるんじゃないですかね」
「もう~係長ずるいですよ~!そんな風に言われたら出るに出られないじゃないですかあ」
最年少の速水が情けない声を上げたことで、張り詰めた空気が少し緩む。
「そうですよ係長、まずはどんな話か聞かないと、判断しかねます」
最年長の遠藤がもっともらしいことを言い、全員が頷く。
「橋爪は出た方がいいんじゃない?出世のことしか考えてない出世虫なんだから」
弓削が剣のある言葉を橋爪に向け、橋爪が弓削を睨む。
「あ、いい意味でよ、いい意味で」
「弓削ちゃ~ん、いい意味でってそんな万能な言葉じゃないよ?」
弓削が取って付けたようなことを言い、遠藤が吹き出しながら諌めた。
「そりゃあ出世はしたいさ。だけど今回、俺も捜一のやり方にはちょっと疑問があってね、係長の話は聞こうと思う。弓削こそ、本当は出たいんじゃないのか?」
橋爪は逆に弓削に水を向け、
「あ、あたしは別に…係長にもお世話になってるし?係長が困ってるんなら手助けしたいし…」
弓削は若干しどろもどろになりながらも浦安にすり寄った。彼女の胸がまた浦安の腕に当たる。正面にいた須田がそれを目ざとく見つけて突っ込んだ。
「当たってる当たってる!デカすぎて目測誤ってるよ!」
仕事を外れると途端に空気を読めなくなる須田の言葉に、遠藤、速水、橋爪が息を呑む。胸の話は弓削の前では禁句だ。
「ああ?てめえこそ見てんじゃねーよ、殺すぞ」
案の定弓削が須田に過剰反応を示し、浦安がため息をついて腕を引いた。そして誰も退出しないことに、安堵の拳を握る。
「まあまあ。ということはみんな話は聞いてくれるんだな。ありがとう。遠藤の言う通り、じゃあ聞いてから各自でどう動くかは決めてくれ。俺がまず何を言いたいかというと、橋爪の言う通り、今日の一連の流れを見てどうも今回の警察庁本部の動きがおかしいと思ったんだ。そこで一度、みんなで情報を共有しようと思ってな。場合によっては俺はそれで独自の捜査を進めようとも思っている」
全員が心持ち顔を中心に寄せ合いながら、浦安の並々ならぬ意志に頷いた。
「その、係長がおかしいと思ったことをまずは聞かせてもらえますか?」
橋爪が鋭い目を向ける。この中で誰よりも野心は強そうだが、正義感も人一倍強いと浦安は彼のことを踏んでいた。
「うん。これから言うことはここだけの話にして欲しいんだが、今日俺たちは聖蓮女子へ聴取に向かった。そこであろうことか、一人の生徒がおかしくなり、校長を刺殺したんだ。さらにその生徒を捜一の警部が銃殺した。俺は確かに二人の死を確認したんだが、管理官は死んでないと言う。そして今日起こったことも完全に隠匿されている」
「僕も近くにいましたけど、あの時、何ていうか…身体が動かなくなったんだ。係長が一番その生徒を止めようと動いてた。なのに係長だけ処分されるなんて、こんなおかしいことはないと思うよ」
須田も補足してくれるが、その中に浦安も知らない新情報が含まれていた。
「え、あの時、お前も動けなかったのか?」
「はい…何ていうか、そう、金縛りにあったみたいに、立ち上がろうとしても立ち上がれなかったんです」
「お前もか……」
やはり何か尋常でないことが起こっている…浦安がしばし考えに沈むと、横で弓削がジョッキをドンと鳴らした。
「おかしい!それはおかしいよ!何で?何で捜査員が女子高生を殺すの?SITじゃあるまいし!」
SITとは刑事部に所属する特殊事件捜査係のことで、ハイジャックや爆破事件など、人質の安全を確保するために犯人を射殺することはあり得る。だが今日の場合はその事案には相当せず、明らかに捜査員の過剰行為といえる。本来責任を問われるとしたら撃った警部の方だろうし、こんなことが世間に知れ渡ったら大問題になる。
「確かにそれはおかしいな。今日の会議だとただの生徒の傷害事件で、生徒にその隙を与えた係長の監督不行き届きという処理にされている」
下唇に親指を押しあて、黙考しだした橋爪に浦安は質問を投げた。
「そういえばさっき橋爪も捜一のやり方に疑問があるって言っていたな。何かおかしいことがあったのか?」
「はい。うちの班は事件のあった禍津町の駅周辺の聞き込みをしてるんですが、その聞き込み項目に明らかにおかしい内容があるんです」
「おかしい、というと?」
「あー、実はこれ、言うなと口止めされているんですが……」
口ごもる橋爪に、全員の興味が向く。
「何何ぃ、橋爪ちゃんまで。俺らのさあ、この六人の中で話したことは絶対に外に漏らさないことにしようよ。だって今日ってそういう会でしょ?」
遠藤の人当たりのよさそうな言葉が場を包み、橋爪も少し頬を緩めた。
「ですね。じゃあ打ち明けますが、目から血を流した人を見たことないか、もしくはその聞いている対象に最近目から血が出たことはないか、ということを聞けと言うんですよ。それは何かの感染症の兆候なのかと聞くと、そうじゃないと言う。でも警察官からいきなりそんな質問をされたら市民は不安になるでしょう?これって明らかにおかしいですよね?」
「目から血といえばまず思い浮かぶのは網膜下出血ですね。高血圧の人が起こすことがありますけど、確かに感染症ではないですね」
橋爪の言葉を受けて、速水が物知り顔で言う。速水は日本の最高学府、T大の出身だ。橋爪はそれに頷き、話を続けた。
「おかしいことはそれだけではないんです。うちの班員に禍津町の派出所に勤務している忌野という巡査と仲のいいやつがいて、彼が言うには、一ヶ月ほど前、K署で当直している日に禍津町で変死の通報があり、その時に一緒に臨場していた忌野巡査の目から出血しているのを見たと言うんですね。で、俺にその情報を上に上げるべきかと聞くんで一応、俺の方から捜一の捜査主任に報告したんです。そしたらその忌野巡査はきのう付けで転勤になったらしく、その転勤先も分からないというんです。ひょっとしたらですが、捜一のやつらが隔離したんじゃないかって気がして」
その話を聞き、弓削は浦安と顔を見合わせた。
「で、その一ヶ月前の変死って?」
勢いこんで聞く浦安に、橋爪は一瞬気圧される。
「いや、単に老衰だったようですが…係長、何か不審な点でも?」
医者が診ることなく亡くなった場合の死体は一旦変死体扱いとなる。その日の通報自体には特に不審な点は無い。
「うん、実はその忌野なんだが、彼が臨場した家からちょくちょくあるはずの金銭が無くなっているという苦情があってね、禍津町で事件が起きなかったら弓削班に忌野の内偵をさせようと思ってたんだよ」
一人暮らしの老人が亡くなった際、駆けつけた警察官がその老人宅からタンス預金をくすねるなどという行為は昔から後を絶たない。宇根野駅にあるku-onというバーに久々に行った際、忌野がブッカーズという高級バーボンをボトルキープしているのを見た。忌野はやたらと住民に親切だったという評判も聞いていたが、浦安は忌野は限りなく黒に近いと踏んでいた。近々亡くなりそうな老人や、その周辺の人間に近づいて情報を取り、いざ亡くなれば自分が一番に臨場してその家から金品を盗む。そうでもしなければ一介の巡査に数万円もするボトルはなかなか入れられない。だとしても、だ。警察官の不祥事を隠蔽する事例を浦安も数々見てきたが、たかが地方の一巡査の不正をわざわざ本部がもみ消すとは思えない。橋爪が言うように、これには何か裏があると見た。
さらに、目から出血するという症状…それはまさに今日、浦安が目にしていたことだ。水谷鈴が君嶋校長を刺した際、鈴の目から血が流れ出ていた。ここに何か重要な秘匿情報があると見て間違いない。さらに今日、倉田のクラスで待機していた生徒からも数人、そのような症状の者が出た。あれからあの生徒たちがどうなったのか、浦安の元には何も知らされていなかった。そこに同じく気がついた須田が、二重顎が伸びる勢いで顔を突き出した。
「そういえば今日、聴取した生徒の何人かが変なことを言ってたんだ。何でもKikTokのとあるチャンネルでピタ止めチャレンジってやつをすると、目から血が出るようになるって。で、今日そのクラスの何人かが目から血を出してた。これって何か関連があるんじゃないですかね」
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