上 下
31 / 144
第3章 拡散

2 二人の行方不明者

しおりを挟む
「これが今回の件に関係あるのか?」

 不快を露わに聞く浦安うらやすの顔を、須田すだは神妙な顔で見返す。

「はい。ここに映っている金髪の男なんですが、マル害が被害に遭った日にどうやらマル害と行動を共にしていたようなんです」

 それを聞き、浦安の潜めた眉が開く。すでに捜査員たちが出ていった小会議室の長机の一つに須田を誘導し、並んで座った。

「どういうことだ?詳しく教えてくれるか」
「はい。まずマル害のPinstagramのアカウントに事件当日上げられた写真を辿り、二人の男と三人でM市にあるワールドスパーガーデンに日中行ったことを突き止めました。係長はあそこに行かれたことは?」

 M市のワールドスパーガーデンといえばプールと温泉が一体になった娯楽施設で、浦安も子どもがまだ小学生の頃、何度か家族で行ったことがある。その旨を伝えると須田は神妙に頷く。今その情報必要だったかと心の内で突っ込んだが、口にはしなかった。

「マル害が行動を共にしていた男のうち一人は交際男性で、この動画を撮影した本人と思われます。プールで遊んだ後に温泉に入り、最後に施設内の居酒屋に入ってこの動画を撮ったわけです。で、このしょう油を飲んでいる金髪の男の方なんですが、こちらもSwitterのアカウントを辿ったところ、マル害と同じ聖蓮せいれん女子の生徒と交際しているらしいことが分かりました。この子です」

 次に須田はその生徒のものと思われるSwitterアカウントのヘッダー写真を出して見せた。今回のマル害(池田いけだなぎさ)ほど派手ではないが、色黒の顔の横にはきらびやかなピアスが光っている。女子高生というより遊び慣れしたギャルという印象だ。警察のデータを見るまでもなく、こうしたことが次々と調べられてしまう。いや、警察のデータでは主に前科持ちしか照合できないので、そうした経歴の無い人間の情報はSNSを辿った方が速い場合もある。便利になったのか、はたまた不便になったのか、浦安のようなプライバシーを保ちたい人間には判断がつき兼ねた。提示された女生徒の顔を見つめる浦安の側に、須田はズイッと自分の持っているスマホを近づける。そしてその愛嬌のある丸顔を浦安の耳元に寄せた。

「この生徒、伊藤いとうゆいっていうんですけど、捜索願いが出されてます」

 みぞおちに冷たいものが走った。須田の持ってきた情報からは、今回の事件が突発的に起こったものではないという匂いがする。須田の汗の匂いとともに。浦安は耳元の須田の顔を正面に捉えた。

「近いよ」
「は、すんません」 

 須田は浦安から慌てて顔を離し、ズボンのポケットからハンカチを出してその膨らんだ頬をしきりに拭いた。伝えるべきことは伝えたという安堵の表情が伺えた。

「う~ん…確か向こうの事件でも行方不明者が一人いたな」

 浦安は懐から手帳を出し、該当の箇所を繰った。そこには禍津町まがつちょうの被害者、佐倉さくら心晴こはるの家から12日に行方不明届けが出された翌13日に、小泉こいずみ陽菜ひなという生徒の家からも行方不明届けが出されたことが記述されていた。心晴と陽菜が親しい友人関係にあったのは調べがついており、禍津町の捜査チームのいくつかは陽菜を捜索することに割り振られていた。

「これは一度、二人のマル害の所属していたクラス全員に調書を取るべきかもしれん。思わぬ共通点が見つかるかもしれんしな」

 言った瞬間、聖蓮女子の校長の顔が頭に過る。当然クラス全員の調書の要請はすでに禍津町の事件のときに出していたのだが、生徒たちの心情を慮るべきという学校側の猛反対にあい頓挫していた。浦安自身が交渉に当たったのだったが、敬虔なクリスチャンを自認する校長の篤実な抗議には耳を貸すしかなかった。だが今回のK市での事件ことをつつけばきっと折れるだろう。死者を貶めることはしたくないが、渚にしても唯にしても、品行方正なお嬢様には見えない。須田の情報からすると学校に取って不都合なことがいろいろと出てきそうだ。そこまで考えてハッとする。ひょっとすると生徒の事情聴取を阻まれたのはこういうことを知られたくなかったからではないか。その穿った見方が的を得ているかどうか、もう一度交渉してみれば分かるだろう。

 「よし!生徒全員と関係教師たちにもう一度聴取願いを出すか」

 自分の決意を出した言葉に、須田がうんうんと強く頷く。

「お前の班…今どんな捜査してるんだっけ?」
「ただの警察庁の使いっ走りですよお。ぜひうちの班にやらせて下さい!」

 須田の強い眼光に、ふと、彼がアイドルオタクだったことを思い出す。

「お前、まさか相手が若い女の子だからってわけじゃ…」

 須田はぶんぶんと首を振る。その勢いに、口の端からよだれが垂れた。



 須田の班に任せるかどうかは後で判断を仰ぐとして、まずは今分かったことを報告しようと禍津町の事件の捜査本部である大会議室に歩を進めた。すでに時刻は10時を過ぎており、ほとんどの捜査員はそれぞれの捜査を進めるために出払っている。上座の席には現場に指示を出すために残っている警察庁の管理官以下数名の捜査一課管理職刑事と、K署の刑事課長の姿があった。ノートパソコンを前に何やら真剣に打ち合わせている。公安調査庁から出向している室町むろまちの顔は無い。室町には別の小部屋があてがわれ、この大会議室にはほとんど顔を出さずに独自の調査を進めていた。

「管理官、少しよろしいでしょうか」

 浦安が声をかけると、パソコンを睨んでいた管理官がその鋭利な視線を浦安に向け、ああと呟いた。

「丁度良かった。あなたを呼ぼうと思ってたんです」

 管理官の沖芝おきしばはそう言うと、

「ではそのようにお願いします」

 と、周囲の役職たちに目配せし、役職たちははいと言って散開していった。K署刑事課長の岩永いわながはそのまま残って長机からパイプ椅子を一脚取り、浦安が座れるように沖芝管理官の前に置いた。そして浦安に目礼し、そこに座るように促す。岩永は浦安の後輩だったが、役職は警部で浦安の直属の上司に当たる。捜査一筋の実直な男だが、課長に昇格してからは現場に赴かずに捜査員に指示を出すことが多くなった。沖芝管理官もどうぞとばかり課長の用意した椅子に手をかざし、浦安は一礼してそこに座った。岩永も管理官から少し離れて上座の席に着く。

「昨夜の事件なんですけど、今日の捜査会議からこちらの捜査本部に合流してもらうことになりました」

 沖芝の凛とした声が正面から浦安の頭を射抜く。浦安は顔をしかめたくなるのを何とか堪えた。そうなるときのうの事件の指揮権も警察庁に移ることとなる。K署の強行犯係の刑事たちはほぼこの目の前の管理官の使いっ走りになるということだ。

 沖芝管理官…警察庁から出向した女性のキャリア官僚。警察庁は今年の四月までに女性警察官の数を全体の一割にまで伸ばすことを目標にしていたが、現状はまだ7%にも至っていない。だが着実に女性警察官は増えており、それに比例して女性の幹部も増えた。浦安はそのことに関しては別段何の含蓄もない。ただ、汗水垂らして共に現場を駆けずり回った刑事たちとの間には腹芸で通じ合えることもある。そういった以心伝心が、役職のついた女性ほど通じにくくなるのを何度も感じていた。女性であるということを女性自身が意識し過ぎることで、行動が必要以上にしゃちほこばってしまうのだ。沖芝ははたしてどんな人となりなのか、浦安は彼女の気の強そうな相貌をしっかりと見据えながら聞いた。

「何か、関連性が見つかりましたか?」
「それについては今後の捜査次第でしょう。けれど、被害者が同じクラスに所属しているという時点で全く関連が無いということはあり得ません。聞いたことあります?同じ高校のクラスで二つの違った殺人事件が起こった事例を」

 浦安は静かに首を振る。

「でしょう?もし仮に関連がなかったとしてもです。世間はそうは考えないでしょう。今回このK市で起こっている事件は全国的に非常に高い関心を集めています。何か一つでも不備があれば世間の目はたちまち警察の落ち度を責め立てるでしょう。警察の威信をかけ、つつがなく捜査が行われなければなりません」

 世間、関心、威信…沖芝の口から発せられるそれらの言葉が、浦和の胸に大きな不安を募らせていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~

しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。 のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。 彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。 そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。 しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。 その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。 友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

処理中です...