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第3章 拡散
2 二人の行方不明者
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「これが今回の件に関係あるのか?」
不快を露わに聞く浦安の顔を、須田は神妙な顔で見返す。
「はい。ここに映っている金髪の男なんですが、マル害が被害に遭った日にどうやらマル害と行動を共にしていたようなんです」
それを聞き、浦安の潜めた眉が開く。すでに捜査員たちが出ていった小会議室の長机の一つに須田を誘導し、並んで座った。
「どういうことだ?詳しく教えてくれるか」
「はい。まずマル害のPinstagramのアカウントに事件当日上げられた写真を辿り、二人の男と三人でM市にあるワールドスパーガーデンに日中行ったことを突き止めました。係長はあそこに行かれたことは?」
M市のワールドスパーガーデンといえばプールと温泉が一体になった娯楽施設で、浦安も子どもがまだ小学生の頃、何度か家族で行ったことがある。その旨を伝えると須田は神妙に頷く。今その情報必要だったかと心の内で突っ込んだが、口にはしなかった。
「マル害が行動を共にしていた男のうち一人は交際男性で、この動画を撮影した本人と思われます。プールで遊んだ後に温泉に入り、最後に施設内の居酒屋に入ってこの動画を撮ったわけです。で、このしょう油を飲んでいる金髪の男の方なんですが、こちらもSwitterのアカウントを辿ったところ、マル害と同じ聖蓮女子の生徒と交際しているらしいことが分かりました。この子です」
次に須田はその生徒のものと思われるSwitterアカウントのヘッダー写真を出して見せた。今回のマル害(池田渚)ほど派手ではないが、色黒の顔の横にはきらびやかなピアスが光っている。女子高生というより遊び慣れしたギャルという印象だ。警察のデータを見るまでもなく、こうしたことが次々と調べられてしまう。いや、警察のデータでは主に前科持ちしか照合できないので、そうした経歴の無い人間の情報はSNSを辿った方が速い場合もある。便利になったのか、はたまた不便になったのか、浦安のようなプライバシーを保ちたい人間には判断がつき兼ねた。提示された女生徒の顔を見つめる浦安の側に、須田はズイッと自分の持っているスマホを近づける。そしてその愛嬌のある丸顔を浦安の耳元に寄せた。
「この生徒、伊藤唯っていうんですけど、捜索願いが出されてます」
みぞおちに冷たいものが走った。須田の持ってきた情報からは、今回の事件が突発的に起こったものではないという匂いがする。須田の汗の匂いとともに。浦安は耳元の須田の顔を正面に捉えた。
「近いよ」
「は、すんません」
須田は浦安から慌てて顔を離し、ズボンのポケットからハンカチを出してその膨らんだ頬をしきりに拭いた。伝えるべきことは伝えたという安堵の表情が伺えた。
「う~ん…確か向こうの事件でも行方不明者が一人いたな」
浦安は懐から手帳を出し、該当の箇所を繰った。そこには禍津町の被害者、佐倉心晴の家から12日に行方不明届けが出された翌13日に、小泉陽菜という生徒の家からも行方不明届けが出されたことが記述されていた。心晴と陽菜が親しい友人関係にあったのは調べがついており、禍津町の捜査チームのいくつかは陽菜を捜索することに割り振られていた。
「これは一度、二人のマル害の所属していたクラス全員に調書を取るべきかもしれん。思わぬ共通点が見つかるかもしれんしな」
言った瞬間、聖蓮女子の校長の顔が頭に過る。当然クラス全員の調書の要請はすでに禍津町の事件のときに出していたのだが、生徒たちの心情を慮るべきという学校側の猛反対にあい頓挫していた。浦安自身が交渉に当たったのだったが、敬虔なクリスチャンを自認する校長の篤実な抗議には耳を貸すしかなかった。だが今回のK市での事件ことをつつけばきっと折れるだろう。死者を貶めることはしたくないが、渚にしても唯にしても、品行方正なお嬢様には見えない。須田の情報からすると学校に取って不都合なことがいろいろと出てきそうだ。そこまで考えてハッとする。ひょっとすると生徒の事情聴取を阻まれたのはこういうことを知られたくなかったからではないか。その穿った見方が的を得ているかどうか、もう一度交渉してみれば分かるだろう。
「よし!生徒全員と関係教師たちにもう一度聴取願いを出すか」
自分の決意を出した言葉に、須田がうんうんと強く頷く。
「お前の班…今どんな捜査してるんだっけ?」
「ただの警察庁の使いっ走りですよお。ぜひうちの班にやらせて下さい!」
須田の強い眼光に、ふと、彼がアイドルオタクだったことを思い出す。
「お前、まさか相手が若い女の子だからってわけじゃ…」
須田はぶんぶんと首を振る。その勢いに、口の端からよだれが垂れた。
須田の班に任せるかどうかは後で判断を仰ぐとして、まずは今分かったことを報告しようと禍津町の事件の捜査本部である大会議室に歩を進めた。すでに時刻は10時を過ぎており、ほとんどの捜査員はそれぞれの捜査を進めるために出払っている。上座の席には現場に指示を出すために残っている警察庁の管理官以下数名の捜査一課管理職刑事と、K署の刑事課長の姿があった。ノートパソコンを前に何やら真剣に打ち合わせている。公安調査庁から出向している室町の顔は無い。室町には別の小部屋があてがわれ、この大会議室にはほとんど顔を出さずに独自の調査を進めていた。
「管理官、少しよろしいでしょうか」
浦安が声をかけると、パソコンを睨んでいた管理官がその鋭利な視線を浦安に向け、ああと呟いた。
「丁度良かった。あなたを呼ぼうと思ってたんです」
管理官の沖芝はそう言うと、
「ではそのようにお願いします」
と、周囲の役職たちに目配せし、役職たちははいと言って散開していった。K署刑事課長の岩永はそのまま残って長机からパイプ椅子を一脚取り、浦安が座れるように沖芝管理官の前に置いた。そして浦安に目礼し、そこに座るように促す。岩永は浦安の後輩だったが、役職は警部で浦安の直属の上司に当たる。捜査一筋の実直な男だが、課長に昇格してからは現場に赴かずに捜査員に指示を出すことが多くなった。沖芝管理官もどうぞとばかり課長の用意した椅子に手をかざし、浦安は一礼してそこに座った。岩永も管理官から少し離れて上座の席に着く。
「昨夜の事件なんですけど、今日の捜査会議からこちらの捜査本部に合流してもらうことになりました」
沖芝の凛とした声が正面から浦安の頭を射抜く。浦安は顔をしかめたくなるのを何とか堪えた。そうなるときのうの事件の指揮権も警察庁に移ることとなる。K署の強行犯係の刑事たちはほぼこの目の前の管理官の使いっ走りになるということだ。
沖芝管理官…警察庁から出向した女性のキャリア官僚。警察庁は今年の四月までに女性警察官の数を全体の一割にまで伸ばすことを目標にしていたが、現状はまだ7%にも至っていない。だが着実に女性警察官は増えており、それに比例して女性の幹部も増えた。浦安はそのことに関しては別段何の含蓄もない。ただ、汗水垂らして共に現場を駆けずり回った刑事たちとの間には腹芸で通じ合えることもある。そういった以心伝心が、役職のついた女性ほど通じにくくなるのを何度も感じていた。女性であるということを女性自身が意識し過ぎることで、行動が必要以上にしゃちほこばってしまうのだ。沖芝ははたしてどんな人となりなのか、浦安は彼女の気の強そうな相貌をしっかりと見据えながら聞いた。
「何か、関連性が見つかりましたか?」
「それについては今後の捜査次第でしょう。けれど、被害者が同じクラスに所属しているという時点で全く関連が無いということはあり得ません。聞いたことあります?同じ高校のクラスで二つの違った殺人事件が起こった事例を」
浦安は静かに首を振る。
「でしょう?もし仮に関連がなかったとしてもです。世間はそうは考えないでしょう。今回このK市で起こっている事件は全国的に非常に高い関心を集めています。何か一つでも不備があれば世間の目はたちまち警察の落ち度を責め立てるでしょう。警察の威信をかけ、つつがなく捜査が行われなければなりません」
世間、関心、威信…沖芝の口から発せられるそれらの言葉が、浦和の胸に大きな不安を募らせていた。
不快を露わに聞く浦安の顔を、須田は神妙な顔で見返す。
「はい。ここに映っている金髪の男なんですが、マル害が被害に遭った日にどうやらマル害と行動を共にしていたようなんです」
それを聞き、浦安の潜めた眉が開く。すでに捜査員たちが出ていった小会議室の長机の一つに須田を誘導し、並んで座った。
「どういうことだ?詳しく教えてくれるか」
「はい。まずマル害のPinstagramのアカウントに事件当日上げられた写真を辿り、二人の男と三人でM市にあるワールドスパーガーデンに日中行ったことを突き止めました。係長はあそこに行かれたことは?」
M市のワールドスパーガーデンといえばプールと温泉が一体になった娯楽施設で、浦安も子どもがまだ小学生の頃、何度か家族で行ったことがある。その旨を伝えると須田は神妙に頷く。今その情報必要だったかと心の内で突っ込んだが、口にはしなかった。
「マル害が行動を共にしていた男のうち一人は交際男性で、この動画を撮影した本人と思われます。プールで遊んだ後に温泉に入り、最後に施設内の居酒屋に入ってこの動画を撮ったわけです。で、このしょう油を飲んでいる金髪の男の方なんですが、こちらもSwitterのアカウントを辿ったところ、マル害と同じ聖蓮女子の生徒と交際しているらしいことが分かりました。この子です」
次に須田はその生徒のものと思われるSwitterアカウントのヘッダー写真を出して見せた。今回のマル害(池田渚)ほど派手ではないが、色黒の顔の横にはきらびやかなピアスが光っている。女子高生というより遊び慣れしたギャルという印象だ。警察のデータを見るまでもなく、こうしたことが次々と調べられてしまう。いや、警察のデータでは主に前科持ちしか照合できないので、そうした経歴の無い人間の情報はSNSを辿った方が速い場合もある。便利になったのか、はたまた不便になったのか、浦安のようなプライバシーを保ちたい人間には判断がつき兼ねた。提示された女生徒の顔を見つめる浦安の側に、須田はズイッと自分の持っているスマホを近づける。そしてその愛嬌のある丸顔を浦安の耳元に寄せた。
「この生徒、伊藤唯っていうんですけど、捜索願いが出されてます」
みぞおちに冷たいものが走った。須田の持ってきた情報からは、今回の事件が突発的に起こったものではないという匂いがする。須田の汗の匂いとともに。浦安は耳元の須田の顔を正面に捉えた。
「近いよ」
「は、すんません」
須田は浦安から慌てて顔を離し、ズボンのポケットからハンカチを出してその膨らんだ頬をしきりに拭いた。伝えるべきことは伝えたという安堵の表情が伺えた。
「う~ん…確か向こうの事件でも行方不明者が一人いたな」
浦安は懐から手帳を出し、該当の箇所を繰った。そこには禍津町の被害者、佐倉心晴の家から12日に行方不明届けが出された翌13日に、小泉陽菜という生徒の家からも行方不明届けが出されたことが記述されていた。心晴と陽菜が親しい友人関係にあったのは調べがついており、禍津町の捜査チームのいくつかは陽菜を捜索することに割り振られていた。
「これは一度、二人のマル害の所属していたクラス全員に調書を取るべきかもしれん。思わぬ共通点が見つかるかもしれんしな」
言った瞬間、聖蓮女子の校長の顔が頭に過る。当然クラス全員の調書の要請はすでに禍津町の事件のときに出していたのだが、生徒たちの心情を慮るべきという学校側の猛反対にあい頓挫していた。浦安自身が交渉に当たったのだったが、敬虔なクリスチャンを自認する校長の篤実な抗議には耳を貸すしかなかった。だが今回のK市での事件ことをつつけばきっと折れるだろう。死者を貶めることはしたくないが、渚にしても唯にしても、品行方正なお嬢様には見えない。須田の情報からすると学校に取って不都合なことがいろいろと出てきそうだ。そこまで考えてハッとする。ひょっとすると生徒の事情聴取を阻まれたのはこういうことを知られたくなかったからではないか。その穿った見方が的を得ているかどうか、もう一度交渉してみれば分かるだろう。
「よし!生徒全員と関係教師たちにもう一度聴取願いを出すか」
自分の決意を出した言葉に、須田がうんうんと強く頷く。
「お前の班…今どんな捜査してるんだっけ?」
「ただの警察庁の使いっ走りですよお。ぜひうちの班にやらせて下さい!」
須田の強い眼光に、ふと、彼がアイドルオタクだったことを思い出す。
「お前、まさか相手が若い女の子だからってわけじゃ…」
須田はぶんぶんと首を振る。その勢いに、口の端からよだれが垂れた。
須田の班に任せるかどうかは後で判断を仰ぐとして、まずは今分かったことを報告しようと禍津町の事件の捜査本部である大会議室に歩を進めた。すでに時刻は10時を過ぎており、ほとんどの捜査員はそれぞれの捜査を進めるために出払っている。上座の席には現場に指示を出すために残っている警察庁の管理官以下数名の捜査一課管理職刑事と、K署の刑事課長の姿があった。ノートパソコンを前に何やら真剣に打ち合わせている。公安調査庁から出向している室町の顔は無い。室町には別の小部屋があてがわれ、この大会議室にはほとんど顔を出さずに独自の調査を進めていた。
「管理官、少しよろしいでしょうか」
浦安が声をかけると、パソコンを睨んでいた管理官がその鋭利な視線を浦安に向け、ああと呟いた。
「丁度良かった。あなたを呼ぼうと思ってたんです」
管理官の沖芝はそう言うと、
「ではそのようにお願いします」
と、周囲の役職たちに目配せし、役職たちははいと言って散開していった。K署刑事課長の岩永はそのまま残って長机からパイプ椅子を一脚取り、浦安が座れるように沖芝管理官の前に置いた。そして浦安に目礼し、そこに座るように促す。岩永は浦安の後輩だったが、役職は警部で浦安の直属の上司に当たる。捜査一筋の実直な男だが、課長に昇格してからは現場に赴かずに捜査員に指示を出すことが多くなった。沖芝管理官もどうぞとばかり課長の用意した椅子に手をかざし、浦安は一礼してそこに座った。岩永も管理官から少し離れて上座の席に着く。
「昨夜の事件なんですけど、今日の捜査会議からこちらの捜査本部に合流してもらうことになりました」
沖芝の凛とした声が正面から浦安の頭を射抜く。浦安は顔をしかめたくなるのを何とか堪えた。そうなるときのうの事件の指揮権も警察庁に移ることとなる。K署の強行犯係の刑事たちはほぼこの目の前の管理官の使いっ走りになるということだ。
沖芝管理官…警察庁から出向した女性のキャリア官僚。警察庁は今年の四月までに女性警察官の数を全体の一割にまで伸ばすことを目標にしていたが、現状はまだ7%にも至っていない。だが着実に女性警察官は増えており、それに比例して女性の幹部も増えた。浦安はそのことに関しては別段何の含蓄もない。ただ、汗水垂らして共に現場を駆けずり回った刑事たちとの間には腹芸で通じ合えることもある。そういった以心伝心が、役職のついた女性ほど通じにくくなるのを何度も感じていた。女性であるということを女性自身が意識し過ぎることで、行動が必要以上にしゃちほこばってしまうのだ。沖芝ははたしてどんな人となりなのか、浦安は彼女の気の強そうな相貌をしっかりと見据えながら聞いた。
「何か、関連性が見つかりましたか?」
「それについては今後の捜査次第でしょう。けれど、被害者が同じクラスに所属しているという時点で全く関連が無いということはあり得ません。聞いたことあります?同じ高校のクラスで二つの違った殺人事件が起こった事例を」
浦安は静かに首を振る。
「でしょう?もし仮に関連がなかったとしてもです。世間はそうは考えないでしょう。今回このK市で起こっている事件は全国的に非常に高い関心を集めています。何か一つでも不備があれば世間の目はたちまち警察の落ち度を責め立てるでしょう。警察の威信をかけ、つつがなく捜査が行われなければなりません」
世間、関心、威信…沖芝の口から発せられるそれらの言葉が、浦和の胸に大きな不安を募らせていた。
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