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第2章 切迫

4 七星妙見宮

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 みなもと鳥居とりい駅から真っ直ぐ西に行けば七星ななほしの家に行き当たり、そこからは家の生け垣に沿って南に折れ、生け垣が途切れたところでまた西へと伸びていく。そして道は鬼墓山きぼさんに突き当り、そこから舗装されていない山道を登ると七星妙見宮ななほしみょうけんぐうへと行き着く。

 まだ実りの早い稲の緑青に西に傾いた日射しが赤みを加え、影が東に長く伸びようとしている。田園を賑わせているセミの楽団もジーという低い音からキキキというひぐらしの高音にバトンタッチしようとしていた。樹々で日光が遮られ、焦げ茶色の山の小さいトンネルのような入り口からひんやりとした風が吹き降りてくるのを感じ、そういえばきのう感じた禍々しい気を今日は感じなかったなと草太そうたは思い起こした。

 道の端を丸太で固定し、段が上がると一応その角に丸太を渡して階段っぽくしてはいるが、風化で露出した石や朽木がゴロゴロと転がっていて観光地のような立派な登道ではない。それでも登る人はいるらしく、露出している土はしっかりと踏み固められていた。一ヶ月ほど前、草太はこの道をすぐると登った。妙見宮からさらに奥の、新鮮な露頭を探すために。

乃愛のあたん待って!もうちょっとゆっくり!」

 駿佑しゅんすけが悲鳴を上げながらノロノロと登っていく背中を、追いついたつむぎが両手で押し上げる。紬はジャケットを脱いで腰に巻き、ピンクの可愛いバックパックをTシャツに直接背負っていたが、歩みの遅い駿佑を追い抜くことなく、おいしょ、おいしょと掛け声を上げて汗べっとりの背中を押す姿に、長年に渡って培われた親しい間柄を感じた。林立した杉の木が陽光を遮って幾分涼しくなっていたが、駿佑の汗は尋常でなく、通った道に跡がつきそうな勢いだった。

 百メートルも登っただろうか、登り始めて30分ほど経ち、やがて木の色そのままの鳥居が見えてきた。駅名の由来となっている源の鳥居とはここの鳥居を指すわけではなく、駅の東にポツンと立つ大きな鳥居のことをいうのだと傑から聞いたのを思い出した。禍津町まがつちょうを通るローカル線は妙見山みょうけんさんという山を終点にしていてその山上にはここよりもずっと大きな妙見宮があるし、源の鳥居駅から街の方へ二駅行くと清和源氏発祥とされる神社もある。この七星妙見宮が歴史的にどれほどの価値があるのかは分からないが全国的には全く無名で、目の前の鳥居から本殿まで続く出来てからかなり年代が経ってそうな御影石の石畳に踏み入るのはほぼ地元民だけということだった。

「ふい~!やっと着いたでつ」

 駿佑は鳥居を潜る前に、やっと平らになった最初の石段にドスンと腰を下ろす。そして首にかけていた水筒からゴクゴクと水を飲み出した。

「シュンく~ん、もうちょっと行ったらベンチもあるからさあ~」

 紬も言いながら、一息ついて額の汗をTシャツの袖で拭った。乃愛はすでに神社の門を潜ったようで、鳥居の位置からは姿が見えない。草太は駿佑と紬を追い抜き、鳥居の周辺を見渡した。前に傑とフィールドワークで来た時は先を急いでいたのでじっくり見学することができなかったが、鳥居の柱の前には腰の高さほどの石塔があり、その上には互いに向き合った狛犬が鎮座している。普通狛犬といえば獅子の顔をしているはずだが、ここの狛犬はどう見ても猪にしか見えない。天に向かって吠えているような猪の狛犬を過ぎて門の前まで行くと、真ん中の瓦屋根の下に既視感のある印を見つけた。 

 真ん中の大きな丸の周りを八つの丸が囲っている。どこで見たのか思い起こすと、それはノワールの黒い鐘の腹に刻印されていたものと同じだと思い当たる。

(そうだ、きのうの夜、どうして朝に鐘が鳴ったのか調べたくて三階まで上がり、それから……)

 その先を思い出そうとするとまた頭の中でキーンという金属音が鳴り響く。草太は立ち眩みを覚え、両手で頭を抱えた。

「あれ?草太も限界きた?」

 ふいに後ろから紬に声をかけられ、耳鳴りが収まったのを確認して、背中を撫でようとする紬を大丈夫だと右手で制する。そしてもう一度門を見上げ、

「あの印、ノワールの鐘にも付いてたよね」

 と言うと、

「あれは九曜紋くようもんでつ。魔除けなんかにも使われる紋様で、真ん中の太陽を八つの惑星が回っている様子を表してるんでつよ」

 と、紬を追いかけて腰を上げた駿佑が説明した。

「へえ~シュンくん詳しいんだ」
「前に時代ものの漫画を書いたときに調べたでつ」
「あれとおんなじ模様、おじいちゃんの家にも付いてるよ」

 草太がちょっと感心して駿佑を見ると、紬が九曜紋を指差してそう言った。

「あの紋様を家紋に使ってる家は多いでつ。有名なところでは伊達政宗なんかも使ってたでつよ」

 へえ~と、三人でしばらく真上を見上げる。そして首が疲れ、ようやく門の敷居を跨いだ。十段ほどの石段を降りると、そこには神社の境内が広がっている。一番奥に朱塗りされた拝殿があり、手前右手に社務所、左手に手水舎てみずやといういたってシンプルな配置だ。駿佑が早速手水舎に走り、柄杓を使って手ぬぐいを濡らした。手水舎と拝殿の前に休憩用の東屋が設けられていて、そこに座っていた乃愛が三人を見て遅いと文句を言う。エルフの格好をしているだけあって汗一つかかずに涼しい顔をしているところを見ると意外に体力があるのかもしれない。だが、神社にダークエルフという図は何ともミスマッチに見えた。

 せっかくなのでと、草太は財布から五円玉を出して本殿にお参りをする。

「どこで撮影する?」
「うーん、まずは神主さんのインタビュー撮りたいんだけど…」

 乃愛と紬はお参りすることなく社務所の前に向かう。駿佑はさっきまで乃愛のいたベンチに座って顔や首筋を濡らしたばかりの手拭いで拭いていた。

「すみませーん!誰がいませんか~?」

 社務所は平べったい二階建ての木造で、お守りなどを売るのであろう一階の受付けはガラス戸でしっかりと締め切られている。ガラス戸は白い布で覆われ中は見えないが、誰の応答もなく人の気配もしなかった。

「ここって鮫島さめじま家が管理されてたんすよね?あんな事件があって、誰もいないんじゃないんすか?」

 草太も社務所前で合流して乃愛にそう聞くと、

「事件って二年も前だよ?ちゃんと別の神主さんが後を継いでると思うんだけどな…」

 と、乃愛はガラス戸を開けようとするが鍵がかかっていて開けられない。どうしようかとため息をついた時、

「君たち!こんなところで何してる!?」

 と、背後から怒声が飛んできて三人の肩がビクンと上がった。振り向くと、門からの階段を降りるお巡りさんの姿があった。きのう草太が会った駐在の忌野いまわのだ。

「あ、あの、ボクたち、お参りしようと思ったんだけど、いけませんか?」

 拝殿には目もくれなかった乃愛が言う。撮影すると言わなかったのは疚しい気持ちがあるからだろうか。こういった神社で撮影することに許可が必要なのかどうか、草太には分からなかった。

「いやあね、山を登っていく姿が家から見えたもんだから…ほら、事件があってここら辺も物騒でしょう?」

 今日も七星の家に詰めていたのか、駐在はそう言うと三人に近づいてくる。今のところ何も悪いことをしていないと思うが、眉を潜めている駐在を見ると、不思議と叱られているような気分になってくる。

「あ、そうだ!唐揚げ作ってきたんだ。みんなで食べようよ!」

 忌野が口を開く前に、紬がテンションの高くそんな提案した。唐揚げというワードを聞きつけ、駿佑も駆け寄ってくる。

「いいでつねー!食べるでつ食べるでつ」

 二人のテンションに、乃愛も目尻を下げ、

「しょうがないなあ。じゃああっちに景色のいいとこあるから、そこで食べよう」

 と、本殿東の小路に続く細い階段の方を指差す。そして忌野に、

「景色を見たらすぐに降りますよ」

 と言ってそそくさと歩き出した。

「危ないからあんまり奥には入らないようにねー!」

 駐在の注意喚起の声を後ろに聞き、残り三人もそれに続いた。草太が振り向いてチラッと駐在の顔を見ると、深く被った警察帽のつばの影から、青白く光った鋭い眼光が四人を見据えていた。
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