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第1章 始動

11 夜の宴会

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 草太そうた朱美あけみ七星ななほしの家で遭遇したことのあらましを説明していると、仕事から帰ってきた明彦あきひこがリビングに顔を出した。それを合図のように、朱美が仕事の準備をしに部屋に引き上げる。三国が工場の仕事を終えるのが5時半、朱美が店を開けるのが7時だ。朱美は宇根野うねの駅の商店街の外れにあるバーで雇われ店長をしている。店長といっても従業員は朱美一人だけなのだが、忙しくて手の回らない時には草太が呼び出される。その臨時のバーの手伝いが朱美の草太に対する要望だった。

 明彦はいつも帰るとすぐにシャワーも浴びずにダイニングに顔を出す。それは朱美の顔を少しでも見たいからではないかと草太は踏んでいた。明彦と朱美は生活時間がほぼ逆で、そうでもしないと二人が顔を合わせる時間がないのだが、朱美の態度は素っ気なく、明彦の顔を見るとほとんど話すことなく部屋に戻ってしまう。

「アキさんおかえり~」
「うん、ただいま。そして行ってらっしゃい」

 バーには簡単な厨房があり、朱美は出勤してからそこで食事をしているようだ。とはいえ化粧なんかの時間を考えると引きあげるのは妥当な時間なのかもしれない。いつものそんなやり取りを交わしながら、ほぼすれ違いで出ていく朱美の後ろ姿を若干寂しげに見送る明彦の顔を、草太は胸をチクッと小針で挿されたような気持ちで見つめるのだった。


 辺りが暗くなると、ダイニングに住人たちは徐々に集まりだす。何度寝したのか分からない弾正だんじょうに、YourTubeの動画投稿を終えた乃愛のあ、それに2号室の二本松にほんまつ駿佑しゅんすけも加わってきた。駿佑は草太と初めて顔合わせした日にウェブクリエイターというよく分からない職業を名乗ったが、その実、細々としたイラストの依頼を受けたり、コミケで売る同人誌を作ったりして生計を立てている駆け出しの漫画家だった。ノワールの前身のアパートで昔、漫画家を世に送り出したことがあるらしく、駿佑はそこに憧れて入居したと言っていたが、実は乃愛のファンで、草太は駿佑が乃愛のことを慕ってやってきたのではないかと思っていた。草太が来る前は乃愛のYourTube編集は駿佑が請け負っていたが、今では同人誌がそこそこ売れて忙しいらしく、たまにイラストの簡単な仕事を草太に手伝わせていた。

「乃愛たん乃愛たん僕の作ったお好み焼きのお味はどうでつか?」

 駿佑は乃愛がいるといつも彼女にべったりしていて、そういう時は機嫌がいい。よく彼女に食事を自前で作ったりしていて、今日もお好み焼きを作って彼女に食べさせているのだった。

「うん、美味しいよ」
「そっかそっかそれはよかったでつ」

 駿佑は喜んだが、乃愛の言葉には感情がこもっていなかった。

「おい駿佑、てめえ人の話聞いてんのかよ」
「聞いてまつ聞いてまつ草太んが連続殺人の死体を見つけたんでつよね?」
「ああそうだよ、すごくね?ここにも取材来たりしねーかなあ?」
「いや発見者に取材はしないでつよ。UMA見つけたみたいに言わないで下さい」

 弾正は早速明彦や駿佑に草太から聞いたことをさも自分に起こったことみたいに披露しており、駿佑は若干迷惑そうに弾正に応えた。

「でもそれはショックだったよね?気分悪くなったりしなかったかい?」

 さすがノワールの常識人、明彦だけは草太の気持ちを労ってくれた。

「はあ、さすがにその時はクラっとしたけど、もう大丈夫っす」

 草太は向かいに座る明彦に笑顔を向けた。明彦は入口近くに座り、弾正がテレビの真ん前、草太がキッチン前に座っていたのを乃愛がその隣りに着き、その隣りに駿佑が割り込んできたのでキッチン前のソファには草太、乃愛、駿佑がキュウキュウに座っていた。三人用ソファだから三人座れるが、駿佑が若干幅を取るのだ。

「でもお、その女の子はどこに行ったのかなあ?何だか気持ち悪くない?」
「きっとその子は幽霊だったんでつよ。草太んを闇の世界に引き込みに来たんでつククク」
「やめてよシュンくん、怖いこと言うの」

 乃愛が不審がるのを駿佑が意地悪い言葉で返し、草太は肩をすぼめた。駿佑は草太より一つ年上だったが、草太は彼をくん付けで呼ぶ。駿佑もそれに気を悪くするでもなく、ノワールでは一番気楽に接することができる相手だった。

「お前ら、そのネタで動画撮んだろ?ついでにその謎も追っかけてみろよ」

 弾正が無責任なことを言い、元々はあなたのところに来た依頼だったんですよと草太が睨む。だが乃愛はその案を真剣に検討しているようで、

「う~ん、いいかもしんない」

 と、下唇に右手の人差し指を当てながら言った。

「ええ!?何何?乃愛たん乃愛たん僕も僕も!僕も一緒に行きたいでつ」
「ええ?二人も助手いらないわよ」
「いやいや僕だって漫画のネタが欲しいでつしいざというときに役に立つでつ」

 漫画のネタというより乃愛と一緒にいたいだけだろうが、駿佑は乃愛と草太が七星の家にYourTubeのロケに行くのに付いて行くと言い張ったのだった。


 夜が更けだすと、ノアールのダイニングは酒盛りの場と化す。弾正がダイニングのど真ん中にでんと居座って場を仕切り、乃愛と駿佑も各々好きな酒を手に取る。明彦は一旦シャワーを浴びに引き上げるが、寝酒を飲みに戻る。その頃にはみんなそこそこ出来上がっていて、ダイニングには安酒の臭気が満ちている。酎ハイと発泡酒、それに蒸留酒を割る炭酸なんかはケース買いして酒屋に持ってきてもらっている。酒代は草太が各人に適当に振り分けて大家にその額を申告する。すると毎月の給料と別封筒の経費に酒代が加算されて草太に渡されるのだった。

「草太ー!もっと飲みなしゃいよぉ!」

 乃愛が草太のグラスに焼酎を並々と注ぐ。甘ったるい声はそのままに、目が据わってきている。乃愛は酔うと怒り酒の気があった。

「あーちょっと!溢れますって!」

 表面張力ぎりぎりのところで一升瓶を乃愛から奪う。

「草太ん一気一気!」
「いやしないよ、酒がもったいない」
「ぶー!のり悪いでつよお!」

 駿佑は酎ハイをチビチビやりながら、遠赤外線が放出されていそうな真っ赤な頬を膨らます。駿佑は酒が弱いくせに長い。そして絡み酒だ。

「ガハハハ!よおオメーら、誰か歌えや!」
「はいはい!ボクが黒毛和牛上塩タン焼680円歌いまーす」
「いよお乃愛たん!待ってましたぁー!」
「いいぞいいぞ!歌え歌え!」

 ♪だ~あい好き~~よお~ぉ~~♪

 とまあこんな感じで笑い上戸の弾正が盛り上げ、たまには自前のアコースティックギターの腕なんかも披露し、次第に宴もたけなわになっていく。この頃には弾正はウィスキーをストレートで飲み、明彦は日本酒を舐めながらニコニコと場を眺めている。ウィスキーや焼酎、日本酒は各自が買ってくることになっているが、だいたいは草太が発注をかけている。切らすと怒られるからだ。まるで場末のスナックのボーイみたいな扱いだ。

 草太自身は酒があまり好きではなかった。強いか弱いかといえば超強い。未だかつて酒に酔ったことがない。草太に取って酒はちょっと癖の強い水といった感覚で、何が楽しくて飲むのか理解できなかった。長居しても絡まれるだけなので本当は早々に部屋に引き上げたかったが、付き合いが悪いと住人が怒るので、あくまでコミュニケーションの一貫として仕方なく付き合っているのだった。

 普段はここに5号室の五月山さつきやま天冥てんめいや4合室の四條畷しじょうなわてすぐるも加わり、さらに朱美あけみも店がはけたら帰ってきて合流する。現状その七人がこのシェアハウスの住人で、7号室と8号室は空室となっていた。

 天冥は旅行中でこの場にいないのは当然として、傑がなかなか帰って来ないことに草太は焦燥を覚えていた。今日の昼、七星ななほしの家で逃げて行ったオンブレチェックのシャツの男…あのシャツの柄に草太は見覚えがあった。傑が好んで着るシャツの柄だ。そして背丈も傑と同じくらいだった。草太は警察の聴取を受けた時、意識的に男が逃げていったことを言わなかった。後で警察に謝ることになってもいい、草太が直接、傑に確認しようと思っていたのだ。
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