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第1章 始動
10 ポッチリタンクトップ
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「よう乃愛、あの家ってよお、何か都市伝説的な謂れがあんのか?呪いの家とか何とか」
弾正の指差す画面の先には手入れよく刈り込まれた生け垣を慌ただしく出入りする警察官の姿が映し出されていた。生け垣の向こうには夏の太陽を受けて黒光りする瓦屋根が見える。音声ではコメンテーターがそれっぽいことを言っているが、画面は弾正の言う七星の家を何度もリピートさせて映していた。
「ほら、一駅先の、一家殺人事件の起きた。草太がさあ、あそこで連続女子高生殺人の死体を見つけたんだよ」
弾正が草太に顎を差してケケケと笑う。乃愛はソーセージをもぐもぐしながらぼんやりした目で画面を観ていたが、弾正の言葉で目線だけ草太に移した。
「死体、見たの?」
「ああ、うん、そうなんすよ。首の無い…」
草太は乃愛がものを食べているのを察してそこで言葉を切る。乃愛はふーんと、感情のこもらない声で言うとまた画面に視線を移し、
「ボク、あの家自体の都市伝説は知らない。過去に殺人事件があったことで、ジモティーにだけ悪い噂が広まったんじゃないかなあ?」
と鼻の詰まったような甘ったるい声で言った。テレビ画面からは田舎の喉かな風景にそぐわない喧騒が伝わってくる。穂乃香と名乗った少女は確かに呪いの家と言っていたが、こんなのんびりした町に殺人など起これば確かに都会なんかよりもずっと根強く悪評が立つだろう。おまけに今日、連続殺人の起こった地としても名乗りを上げてしまった。これから先、まるで物語の聖地巡礼をするみたいに、全国のあちこちからこの禍津町に物見遊山で訪れる人が増えるだろう。
四件目の女子高生首無し連続殺人事件……
報道では首無しということは伏せられているが、先に起こった三件の場所はこの町のあるH県からは離れている。しかもその三件同士も全く離れた地域で起こっている。それらの事件を結びつけるのは遺体が首無しであるということ。もちろんただ首が無いというだけなら偶然そんな別々の事件が起こったということも考えられるだろう。どれほどの確率でそんな偶然が発生するのか分からないが。だが四つの事件が結び付けられたのはただ遺体に首が無いということだけでなく、警察が伏せている特別な共通点があるのだろう。しかしそんな離れた地域で起こった四つの事件が結び付けられてしまったことで、かえってセンセーショナルな興味をそそられる事態になってしまっている。
「今度この事件、扱おうかなあ」
乃愛がポソっと呟いたのを聞き、冷や汗が出た。草太は穂乃香と名乗る少女がいなくなったこと、そして現場の家で見た家具など無かったと刑事が言ったこと、などを弾正に相談してみようと思ったのだが、乃愛が加わったことで諦めた。なぜならそういう不可解な話を聞くと乃愛は必ずネタとして扱おうとするのが分かっていたからだ。
「おもしれーじゃん。やってみなよ。せっかくこんな近場で起こってくれたんだからさあ」
弾正がニヤニヤしながら無責任なことを言うのをチラッと睨み、不安気に乃愛を見る。
「あの…まさか、ロケしようなんて気じゃ…」
「ロケするに決まってんでしょ?近くなんだし」
「で、ですよね~。で、その場合のカメラマンは…」
乃愛の指がすっと草太に伸びる。乃愛の草太に対する要望はYourTubeの編集作業だった。といっても草太はパソコンを扱うことに長けているわけではなく、教えてもらったやり方でひたすら乃愛が喋ることをテロップに興していくだけだったが、草太にしてみればそれだけでも結構な労力だった。そしてそれに加え、乃愛がロケに出る時はいつもカメラマンとして同行する。カメラマン自体は編集作業よりも楽で楽しいのだが、問題は乃愛の衣装だ。青い長髪ストレートのウィッグを付け、エルフのとんがり耳で異世界風の独特な衣装…そんなやつが街にいたら自分だって二度見どころか何度見もするだろう。まして乃愛にはそこそこ人目を引く可愛らしさもある。草太にとって、そんな衆目を引く場に自分がいるのは苦痛だった。
テレビのワイドショーは街の風物詩を紹介する情報番組に切り替わった。それを期に、
「寝る。一本送っといたから編集お願い」
と乃愛が部屋から出ていくと、
「さあ~て、俺ももう一眠りすっかなあ」
と一乗寺もソファを立った。
「え、まだ寝るんすか?」
それには答えず、後ろ手を振って弾正も部屋を出ていく。マイペースな住人には慣れていたが、さすがに今日はもう少し事件の話題に付き合って欲しかったのに、と、草太は扉を恨めしそうに見た。そして深いため息をつく。このシェアハウスの浮世離れした住人たちに囲まれていると、殺人事件に出会したことなど大したことないように思えてくるから不思議だ。
しばらく見るともなしに情報番組に目を向けながら、もう一度今日起こったことを整理する。少女の行方、消えた家具、走り去った男……
草太はハッとして立ち上がり、ダイニングを出て階段の右手、4合室の扉をノックする。応答がなくもう一度叩く。それを三回繰り返し、扉に耳をつける。中からは人の気配がしない。草太は自分の悪い予感が当たっている可能性が高まったことに顔をしかめた。
「うい~っす、おっはー!あ~あっついわあ~」
夕方5時を過ぎるといつも通り6号室の住人、六甲道朱美が起きてくる。朱美はシャワー浴びたての髪をパタパタとうちわで扇ぎながら、冷蔵庫から缶チューハイを取ってプシュっとプルタブを引き、間髪入れずにゴクゴクと喉を鳴らす。
「あ~うんめー!最高!」
そんな幸せそうな声を上げると、キッチンに立ってガシャガシャとフライパンを揺らしている草太の手元を覗き込む。
「お、美味そうじゃん!ちょっといただき」
うちわを短パンに差して箸立てから一対箸を取り、フライパンに手を伸ばして野菜炒めをひとつまみ取ると、フウフウしながら口に運んだ。
「ん~辛っ!何これ、辛すぎじゃん。完全に塩加減間違えてるわ。草太さあ、相変わらず料理下手だね~え。アキさん、何にも文句言わないのぉ?」
アキさんとは3号室の三国明彦のことで、草太はもうすぐ帰ってくる明彦の為に夕食を作っているところだった。
「勝手に食べて文句言わないで下さい」
腕スレスレに寄ってくる朱美を睨むが、タンクトップからのぞく谷間に慌てて視線を戻す。朱美はそのままソファにあぐらをかき、消していたテレビをつけた。どのチャンネルも報道番組をやっており、当然のように七星の家で起こった惨劇を扱っていた。
「あれえ~!?この場所、うちの近くじゃん!」
朱美は案の定弾正と同じことを言って身を乗り出す。ここの住人はリビングに誰もいないとみんな躊躇なくテレビのすぐ前を陣取る。
「俺、第一発見者だったんすよ」
どうせ誰かから伝わるのだ、草太は出来たての野菜炒めを二枚の皿に入れて一枚を入口近く、一枚をキッチンのすぐ前の席に置きながら、朱美を横目に打ち明ける。
「ええー!マジ!?すごいじゃん!どんなだった?聞かせて聞かせて!」
ボリュームが爆上がりした朱美のテンション高い声を聞き、草太はウンウンと頷く。これが正しいリアクションなのだと。
「首が……」
「うんうん首が?」
一泊置いて朱美を見つめる。朱美の喉がコクンと鳴る。
「無かったんですよおー!!」
「うぎゃああああぁ!!」
大声を出した草太に負けない大きな悲鳴を上げ、朱美はソファに背中を打った。
「もお!やめてよ!」
そして怒って草太の袖口を叩く。胸が揺れ、タンクトップには乳首のポッチリが二つくっきりと出ていた。
「ブラくらい付けて下さい」
草太は朱美から目線を外して野菜炒めをかっこむ。
「え~細かいこと言わない。うちにいるときくらい楽させてよね」
朱美はこのシェアハウスのことをうちと言う。草太の食べる姿を見て、冷蔵庫の方に立った。
「ねー、あたしのさあ、ソーセージ知んない?」
草太はパッケージごと部屋に引き上げた乃愛の後ろ姿を思い起こしながら、冷蔵庫をガサガサ漁る朱美には返事をせずにひたすら野菜炒めを口に運んだ。
弾正の指差す画面の先には手入れよく刈り込まれた生け垣を慌ただしく出入りする警察官の姿が映し出されていた。生け垣の向こうには夏の太陽を受けて黒光りする瓦屋根が見える。音声ではコメンテーターがそれっぽいことを言っているが、画面は弾正の言う七星の家を何度もリピートさせて映していた。
「ほら、一駅先の、一家殺人事件の起きた。草太がさあ、あそこで連続女子高生殺人の死体を見つけたんだよ」
弾正が草太に顎を差してケケケと笑う。乃愛はソーセージをもぐもぐしながらぼんやりした目で画面を観ていたが、弾正の言葉で目線だけ草太に移した。
「死体、見たの?」
「ああ、うん、そうなんすよ。首の無い…」
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「ボク、あの家自体の都市伝説は知らない。過去に殺人事件があったことで、ジモティーにだけ悪い噂が広まったんじゃないかなあ?」
と鼻の詰まったような甘ったるい声で言った。テレビ画面からは田舎の喉かな風景にそぐわない喧騒が伝わってくる。穂乃香と名乗った少女は確かに呪いの家と言っていたが、こんなのんびりした町に殺人など起これば確かに都会なんかよりもずっと根強く悪評が立つだろう。おまけに今日、連続殺人の起こった地としても名乗りを上げてしまった。これから先、まるで物語の聖地巡礼をするみたいに、全国のあちこちからこの禍津町に物見遊山で訪れる人が増えるだろう。
四件目の女子高生首無し連続殺人事件……
報道では首無しということは伏せられているが、先に起こった三件の場所はこの町のあるH県からは離れている。しかもその三件同士も全く離れた地域で起こっている。それらの事件を結びつけるのは遺体が首無しであるということ。もちろんただ首が無いというだけなら偶然そんな別々の事件が起こったということも考えられるだろう。どれほどの確率でそんな偶然が発生するのか分からないが。だが四つの事件が結び付けられたのはただ遺体に首が無いということだけでなく、警察が伏せている特別な共通点があるのだろう。しかしそんな離れた地域で起こった四つの事件が結び付けられてしまったことで、かえってセンセーショナルな興味をそそられる事態になってしまっている。
「今度この事件、扱おうかなあ」
乃愛がポソっと呟いたのを聞き、冷や汗が出た。草太は穂乃香と名乗る少女がいなくなったこと、そして現場の家で見た家具など無かったと刑事が言ったこと、などを弾正に相談してみようと思ったのだが、乃愛が加わったことで諦めた。なぜならそういう不可解な話を聞くと乃愛は必ずネタとして扱おうとするのが分かっていたからだ。
「おもしれーじゃん。やってみなよ。せっかくこんな近場で起こってくれたんだからさあ」
弾正がニヤニヤしながら無責任なことを言うのをチラッと睨み、不安気に乃愛を見る。
「あの…まさか、ロケしようなんて気じゃ…」
「ロケするに決まってんでしょ?近くなんだし」
「で、ですよね~。で、その場合のカメラマンは…」
乃愛の指がすっと草太に伸びる。乃愛の草太に対する要望はYourTubeの編集作業だった。といっても草太はパソコンを扱うことに長けているわけではなく、教えてもらったやり方でひたすら乃愛が喋ることをテロップに興していくだけだったが、草太にしてみればそれだけでも結構な労力だった。そしてそれに加え、乃愛がロケに出る時はいつもカメラマンとして同行する。カメラマン自体は編集作業よりも楽で楽しいのだが、問題は乃愛の衣装だ。青い長髪ストレートのウィッグを付け、エルフのとんがり耳で異世界風の独特な衣装…そんなやつが街にいたら自分だって二度見どころか何度見もするだろう。まして乃愛にはそこそこ人目を引く可愛らしさもある。草太にとって、そんな衆目を引く場に自分がいるのは苦痛だった。
テレビのワイドショーは街の風物詩を紹介する情報番組に切り替わった。それを期に、
「寝る。一本送っといたから編集お願い」
と乃愛が部屋から出ていくと、
「さあ~て、俺ももう一眠りすっかなあ」
と一乗寺もソファを立った。
「え、まだ寝るんすか?」
それには答えず、後ろ手を振って弾正も部屋を出ていく。マイペースな住人には慣れていたが、さすがに今日はもう少し事件の話題に付き合って欲しかったのに、と、草太は扉を恨めしそうに見た。そして深いため息をつく。このシェアハウスの浮世離れした住人たちに囲まれていると、殺人事件に出会したことなど大したことないように思えてくるから不思議だ。
しばらく見るともなしに情報番組に目を向けながら、もう一度今日起こったことを整理する。少女の行方、消えた家具、走り去った男……
草太はハッとして立ち上がり、ダイニングを出て階段の右手、4合室の扉をノックする。応答がなくもう一度叩く。それを三回繰り返し、扉に耳をつける。中からは人の気配がしない。草太は自分の悪い予感が当たっている可能性が高まったことに顔をしかめた。
「うい~っす、おっはー!あ~あっついわあ~」
夕方5時を過ぎるといつも通り6号室の住人、六甲道朱美が起きてくる。朱美はシャワー浴びたての髪をパタパタとうちわで扇ぎながら、冷蔵庫から缶チューハイを取ってプシュっとプルタブを引き、間髪入れずにゴクゴクと喉を鳴らす。
「あ~うんめー!最高!」
そんな幸せそうな声を上げると、キッチンに立ってガシャガシャとフライパンを揺らしている草太の手元を覗き込む。
「お、美味そうじゃん!ちょっといただき」
うちわを短パンに差して箸立てから一対箸を取り、フライパンに手を伸ばして野菜炒めをひとつまみ取ると、フウフウしながら口に運んだ。
「ん~辛っ!何これ、辛すぎじゃん。完全に塩加減間違えてるわ。草太さあ、相変わらず料理下手だね~え。アキさん、何にも文句言わないのぉ?」
アキさんとは3号室の三国明彦のことで、草太はもうすぐ帰ってくる明彦の為に夕食を作っているところだった。
「勝手に食べて文句言わないで下さい」
腕スレスレに寄ってくる朱美を睨むが、タンクトップからのぞく谷間に慌てて視線を戻す。朱美はそのままソファにあぐらをかき、消していたテレビをつけた。どのチャンネルも報道番組をやっており、当然のように七星の家で起こった惨劇を扱っていた。
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どうせ誰かから伝わるのだ、草太は出来たての野菜炒めを二枚の皿に入れて一枚を入口近く、一枚をキッチンのすぐ前の席に置きながら、朱美を横目に打ち明ける。
「ええー!マジ!?すごいじゃん!どんなだった?聞かせて聞かせて!」
ボリュームが爆上がりした朱美のテンション高い声を聞き、草太はウンウンと頷く。これが正しいリアクションなのだと。
「首が……」
「うんうん首が?」
一泊置いて朱美を見つめる。朱美の喉がコクンと鳴る。
「無かったんですよおー!!」
「うぎゃああああぁ!!」
大声を出した草太に負けない大きな悲鳴を上げ、朱美はソファに背中を打った。
「もお!やめてよ!」
そして怒って草太の袖口を叩く。胸が揺れ、タンクトップには乳首のポッチリが二つくっきりと出ていた。
「ブラくらい付けて下さい」
草太は朱美から目線を外して野菜炒めをかっこむ。
「え~細かいこと言わない。うちにいるときくらい楽させてよね」
朱美はこのシェアハウスのことをうちと言う。草太の食べる姿を見て、冷蔵庫の方に立った。
「ねー、あたしのさあ、ソーセージ知んない?」
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