【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

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第3部 他殺か心中か

逃れられぬ呪縛

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 そして九つ目の数字を合わせた時、カチッと、金庫のダイヤルが鳴った。一虎はニヤッとした顔を大力に返し、金庫の扉を開ける。扉は、すんなりと開けられた。

「おお!やったやないか!一体、どんな技を使ったんや?」

 目を丸くして叫ぶムサシを見据え、一虎かずとらはドヤ顔で言う。

「干支や」 
「干支!?」
「ああ、そうや。俺が虎、三狗が犬、隆二りゅうじは字は違うけど竜やろ?で、志四雄は自分で獅子王ししおうなんて名乗っとるけど、実はシシ、つまり猪や。そんでお前。六紗子むさして、何でわざわざ男に子の字を付けたんやって前から疑問に思ってたんやけどな、ネズミのやったんや。で、七巳ななみが蛇、鷹八は鳥。そんで九馬きゅうまが馬、と。そこまで分かれば五は残りの牛、兎、羊、猿のどれかや」

 ムサシはそこまで聞き、一虎の目の前で手を振る。

「いやいや、そんでもまだ確率四分の一やないか。当たらん確率の方が大きいやんけ」
「いや、よう考えてみ?羊と猿は繋がってるんやで?となると確率は三分の一…いや、二分の一と言ってもええわ。あとは運やろ。それ以上考えてもしゃあない」
「いやいやお前、もし牛や兎やったらどうするつもりやってん?折角目の前にある年玉がパァやないか!」
「いや当たったんやからええやないか」

 大力だいりきがそこまでの会話を聞き、初めて声を上げて笑う。

「ええかムサシ、人を仕切る力のある男っちゅうのはな、腕力だけではあかん。知力、体力、人間力、そういうのを全部持ってて初めて人の上に立てるんや。けどな、それだけでもまだ壁にぶち当たる時もある。そん時は運や。運も味方に付けてこそ、初めてイッパシの男になれるんやで」

 その大力の話を聞き、一虎は、そういうこっちゃ、とムサシの肩を叩く。ムサシはまだ不満気な顔を向けていたが、あっけらかんとした一虎を見ているうちに、笑いが込み上げてきた。

「ホンマ、お前っちゅうやつは…」

 二人は笑い合い、大力はそんな二人の前で金庫の中に入っていた書類を取り、一虎に差し出した。

「さあ、約束通り、これはお前のもんや」 

 一虎は居住まいを正し、それを受け取った。

「あざっす!なあ親父、ワシらの名前、こんなこと考えて付けたんか?」
「アホか。余興で子どもの名前付ける親がどこにおるんや」
「いや、ここにおるやないか」

 一虎は大力を指差す。

「親に指差すな。まあ何や、途中で思いついたんや。9人以上子ども作るんは元々の計画やったけどな。野球チームでも作ったらおもろいやろな思てな」

 ワハハとまた声を上げる大力に、この親父に聞いても真面目に答えないだろうと冷ややかな視線を向ける。そして書類を筒にして持ち、ムサシの方を向いてまた肩をポンと叩き、立ち上がった。

「これでワシらの事業の地盤が出来たで!これからじっくり、どんなことやるか考えようやないか」

 おう、とムサシも立ち上がり、大力は慌ててソファから身を起こして一虎に手を伸ばす。

「待て待て一虎、どうや?これを期に大力会に正式に入らんか?」

 すでに出口へ体を向けていた一虎は、首だけ大力の方に向け、

「悪いな親父、ワシ、ヤクザにはならん」

 と言って出口に向かう。

「まあそう言うならしゃあないけどな、ええか、一虎、わしにだけは歯向かうな。でないと例え息子であっても全力で潰しにいくからな」

 背後で不穏なのとを言う父親にムサシは眉を潜めたが、一虎はそんな言葉を気にする様子もなくサッサと部屋を後にした。




 そうして、一虎は十三じゅうそうの九階建ての風俗ビルのオーナーになった。七階まではすでに入っていたテナントをそのまま引き継ぎ、その賃貸料をこれから始める事業の資金源にした。まずは八階に比較的セット料金の安いキャバクラ、九階にはセクキャバをオープンさせた。ビル事務所の社長にムサシを就任させ、八階と九階の店舗の責任者に幼馴染の加代かよを雇った。ちょうど加代と夏美なつみはアルバイトといてキャバ嬢をやっており、本当は几帳面な夏美を雇いたかったのだが、彼女は役職に就くことを嫌い、キャバクラのオープンキャストとしてだけならという約束で手を貸すこととなった。一方の加代はオーナーとなった一虎に色目を使うようになり、なし崩し的に身体の関係を持った延長で店長の座に就けたのだった。


 一虎自身はというと、十三で着々と地盤固めをする傍ら、鷹八たかやの率いるホストクラブのグルーブのトラブルシューターも引き受け、またそれを足がかりに他の色街の水商売や風俗の店とも契約を交わし、ケツ持ちをする代わりにみかじめ料をもらうという店を増やしていった。場合によってはその土地に根を張るヤクザと揉めることもあったが、そこは父親である大力の威光を頼り、大力会にある程度のまとまった金を毎月上納する代わりに一虎では処理仕切れない案件に関してはトラブル処理をしてもらった。

 こうして、一虎は自分を慕って付いてきてくれるハグレ者たちの仕事場を確保していった。この頃には虎舞羅こぶらの構成員もかなりの数に上っていて、店舗スタッフやトラブル処理に駆り出す人材に事欠かなかった。また、ちょっと見た目のいいやつは鷹八のグルーブで雇ってもらうなどして、鷹八との連携も強まったきていた。


 そうこうしているうちに志四雄ししおとの勝負から四年が経ち、十三での地盤固めもしっかりしたものになった一虎は、いよいよ鷹八との約束通り、北新地に共同経営の店をオープンさせた。店舗名はナイトクラッシュといい、男が接客するスタイルの店だ。北新地の情報はすでにドルチェという老舗クラブで働いていた三狗みくから取り、ホステスがアフターに客を連れていく店のスタイルを確率させ、そういった店々の中に名乗りを上げた。元々接客のノウハウは鷹八が持っていたので、なかなか好調な滑り出しを見せた。やがて幼馴染のクロが大学を卒業すると、普通に会社員になるつもりの無かった彼を口説いて新地の黒服としてドルチェに潜り込ませ、情報源の厚みを増した。さらには夏美もホステスとして高みに上りたいと願って北新地にやって来て、クロを窓口として働き始めると北新地にかつての幼馴染たち集結することになった。その状況を聞いた加代も、玲緒れおという源氏名で週に一、二回働き出した。


 一方、もう一人の幼馴染のタクヤはというと、彼はずっとまひるの死因を諦めずに探っており、大学を卒業した就職先にはフジケン興業を選んだ。フジケン興業はまひるが亡くなった当時の幸寿荘こうじゅそうの土地の最終的な持ち主となった藤原ふじやら建設が前身で、一虎は何としてもまひるの死因を突き止めようとするタクヤの執念を感じた。どうやってそこまでの情報に辿り着けたのかと聞いたが、タクヤはその情報源は明かさなかった。どうやら彼には有力な情報源があるようだった。


 一虎が十三のビルを手に入れてから北新地に進出するまでに四年を要したのだったが、ちょうどその一年前にタクヤに詰め寄られたことがあった。幸寿荘のオーナーの大塚おおつかの娘が行方不明になり、その居所に心当たりはないかと聞いてきた。なぜそんなことを自分に聞くのかと逆に問うと、大塚には血の繋がった娘とは別にもう一人、再婚した妻との間に娘がいて、その娘がよく不良たちとツルンでおり、その不良というのが一虎が面倒を見ているギャルたちの中にいるのだと言う。

 一虎はそれを聞き、髪色が派手な一つのグルーブに思い当たった。そのカラフルな髪色の中に黒髮黒縁眼鏡の文学少女のようなのが一人いて、その場違いさ加減に一虎も目を引いたのだったが、どうもタクヤの言う娘と外見が一致しているように思う。もしその彼女が大塚の娘なのだとすると、まさに彼女の行方不明には一虎が関わっているかもしれないのだった。


 最初目を引いたその黒髮の少女は、話してみるとなかなか根性が据わっていて、地味な見た目とのギャップもあって一虎に取って面白い存在だった。こいつは磨き上げると化けるかもしれない、そんな印象を持っていた中でのある日、彼女の方から一虎に酒を奢れと言ってきた。まだ彼女は未成年だったが、一虎は彼女の要望に応え、よく行くミナミのクラブに連れて行った。そこは夏美と加代とよく連れ立って行く店で、その日も彼女らと合流し、その黒髮の少女、萌未めぐみも機嫌よく踊っていると思ったら途中ではぐれてしまった。途中で飽きて帰ったのかと思っていたが、タクヤに詰め寄られ、行方不明なのは彼女だと思った。

 すぐに夏美や加代に萌未の行方を知らないかと聞くが、二人とも知らないと言う。だが一虎は加代の言い方に不審なものが漂っているのを感じ取り、彼女の家へ赴いてみた。一虎は一時、加代に言い寄られて遊び半分で付き合っていたことがあり、彼女の嘘をつく時の雰囲気を何となく知っていたし、彼女の家にも行ったことがあった。

 家の中に入り込むと、案の定、萌未は加代の家にいた。顔を見ると、瞳孔が開いている。悪いクスリを飲まされていると察し、自分の家に連れ帰ると、隆二りゅうじに頼んでクスリが体から抜けるまで面倒を見させた。タクヤにも事情を話し、彼女に取っても面倒なことになるので警察には伝えないよう大塚に伝えてくれと指示した。




 萌未からクスリを抜いて帰してから間もなくして、大塚は死に、幸寿荘は篠原が代表を勤める会社へと渡った。それは幸寿荘の土地が大力の手に落ちたということであり、結局、自分はそこに手を貸してしまった……一虎はそのことに思い当たって苦悶した。そして、萌未に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。その後、自分に出来ることならと彼女の頼みを出来るだけ聞いてやったのだが───



 大力が自分の子どもらに破格のお年玉をやると提言してから12年が経つ。一虎はその勝負に勝ち、シッパシの男として常に登り坂を上っていると思っていたが、今は手足もろくに動かせないまま、惨めにベッドに横たわっている。


 ああ、ワシは結局、土地の呪縛から逃れられなかった──


 日が西に傾き、オフホワイトになった天井を見つめながら、一虎は回想に疲れて重くなった目を再び閉じるのだった。





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