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第2部 萌未の手記
いつか笑い合えたら
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だめ───これ以上は書けない───
あたしは今、最後の力を振り絞ってこの文章を書いている。
拓也の家を出る決意をしたあたしは、取り敢えず拓也が仕事で出ている間に身の回りの物だけ運び出し、しばらくホテル暮らしでもしようと思っていたのだったが、そんな状況のあたしに、まさかの美伽から電話がかかってきた。
『今誰と一緒にいると思う?』
電話口でそう言った美伽の声は酒に酔っているのか、幾分上擦っていた。
「あんたが誰といようと知らないわ。悪いけどあたし、忙しいの」
フジケンに嫌悪していたあたしは、美伽にも同様の嫌悪を感じていた。が、この後彼女が口にしたことに、体中が粟立った。
「今ねえ、椎原君と二人でいるのよ」
椎原……涼平と美伽が一緒にいる……そのことにあたしは、身の毛のよだつ不快感に襲われた。
あいつはあたしの唯一の心の拠り所を奪おうとしている───そのことに、沸々と殺意が湧いた。
美伽は最初、ビストロで食事をしている最中に電話をかけてきたが、それからバーへ移動し、あろうことか、最後は二人でホテルに入ると言う。あたしは居ても立っても居られず、美伽の告げたホテルに直行し、そこであたしも部屋を取った。
が、二人のいる部屋に押しかけることには躊躇した。涼平にそんな姿を見られたくなかった。
あたしは何をしているんだろう……
そう思いながらも、夜中までホテルのバーで過ごし、部屋に戻っても一睡も出来ずに朝を迎えた。美伽に電話するともう出るというので、玄関口まで降りて出て行く二人を遠目で見ていた。美伽は身体の関係は無かったと言い、あたしはその言葉に胸を撫で下ろした。嘘かもしれなかったけど、そう信じたかった。
あたしはその日、涼平を食事に誘った。居ても立っても居られなかった。
新地からちょっと離れた居酒屋で鍋をつつき、その後に訪れたお初天神で曽根崎心中のお初と徳兵衛の像を見て、あたしは自分の心の内を涼平に吐露した。
「この人たちって、一緒に死ねて幸せだったのかな…?」
二人の像を指差して言うあたしのそんな言葉に、涼平は理由が分からないと首を傾げる。
「愛するから死を選ぶって矛盾すると思わない?」
しがらみから解放され、自ら命を絶つことで結ばれたお初と徳兵衛……そんな二人が羨ましく、また、疎ましかった。
あたしもあたしを取り巻くしがらみから解放されて、愛する人と二人で旅立つことが出来たなら………その選択は逃げだと思う反面、それが出来たらどんなに幸せだろうとも思う。
「ね、あたしのこと、好き?」
そう聞くと頷いてくれた涼平が愛しくなり、我儘を言いたくなる。
「なら、一緒に死んでよ」
そう言うと、一瞬涼平は戸惑ったようだったが、直ぐ様抱き締めてくれた。
ああ───
今すぐ復讐を完遂させたら、涼平と二人の生活が開けるだろうか───?
「じゃあ、彼を殺して」
夜の静寂が支配する境内の冷気を、あたしから出た行き場のない渇望が揺らす。
「殺すよ」
そこへ、彼の深切が低く重なる。
「俺、宮本さんを、殺す」
きっとあたしの心を慮って言ってくれたのだろう、あたしはそう彼の胸中を推し量り、号泣した。
次の朝、あたしは涼平に手料理を振る舞った。まるで新婚夫婦のように一緒に朝食を食べ、出勤していく涼平を見送った。
「早く帰ってきてね、あ・な・た。浮気しちゃ、嫌よ」
新妻のように言うあたしに、涼平も頬を緩めていた。
こんな日が、いつか来たらいいな──
あたしもそう切望したけど、それは叶わぬ夢となった────。
あたしは、復讐を実行に移した。
まずは美伽を、クリスマスプレゼントがあると言って呼び出した。喜んで出てきた美伽と、北新地で飲み歩いた。
美伽に渡したプレゼントは、フジケンが志保姉を凌辱している映像のコピーだった。
帰ってからそれを観た美伽は、自分の父親のおぞましい姿にきっと憎悪したことだろう。
まずはそれがフジケンに対する復讐だった。
だがあたしの復讐はそれだけでは終わらない。
次にあたしは、クリスマスイブの日に、拓也と美伽の婚約祝いをすることを計画した。
拓也は元より、美伽に、あなたの父親の愚行を許すとか何とか言えば喜んで出て来るだろう。
ミナミの飲食店を予約し、あたしは拓也の車でそこへ向かう。そしてその間に二人に志保姉の強い睡眠薬を仕込んだ飲み物を与える。
そうして二人を心中に見せかけて殺す。
婚約している二人が心中するなんておかしいが、同時に小山内の残してくれた裏帳簿を世に公表する。その手配はすでに済ませていた。
榎田は失脚し、フジケン興業も世間のバッシングに曝されるだろう。そこで、それに絶望した拓也と美伽が心中する、というシナリオだ。
特にフジケンは社会的地位も娘も亡くし、自分が死ぬ以上の地獄を味わうだろう。それをもってあたしの復讐の成就とした。
実行の前々日、涼平からメールが届いた。
『明日は祝日ですね。萌未は何してる?
クリスマス前に遊園地に行こうって言ってたけど、行けるとしたらもう明日しかないね。
もし予定なくて、体がきつくなければ、行こうよ。
連絡待ってます』
週末、あたしは涼平と遊園地に行く約束をしていた。あたしのシナリオが上手くいけば、あたしはあたしの人生を歩み始めるつもりだった。
でも心のどこかで、そんな日は来ないだろうという予感もしていた。もしかしたら、これが涼平との最後の会話になるかもしれない……あたしはそう思って彼に電話した。
涼平は一人で居酒屋で飲んでいたようで、あたしと話をするために店を出てくれた。
そしてこんなことを聞いてきた。
『1週間前、交差点で萌未が美伽…ほら、俺の5年間の片想いのやつと歩いてるのを見かけた気がしてん。あのとき、一緒にいた?』
美伽に悪意の詰まったクリスマスプレゼントを渡した日だ。
「一緒にいたわよ」
そう言うと、涼平は驚いているようだった。
「涼平はもう、あたしのもんやから、ちょっかい出さないでねって言ってたの」
『え………ええっ!?な、何で………!?』
いたずら心が湧いて言った言葉に、涼平はパニクっていた。クスッと笑い、
「嘘よ」
と訂正した。涼平にあたしの計画を知られるわけにはいかない。
この時、あたしからも涼平に聞いた。
「ね、あたし、涼平に聞きたいこと、あるんやけど…」
『何?』
「うん…あのね、涼平、あたしと出会ってよかったのかなぁ~って、ちょうどさっきね、そんなこと考えてたの」
『出会ってよかったに決まってるやん。何でそんなこと聞くの?』
「うん………なら、いいの。あたしも、涼平と出会ってすっごくよかったって思ってるから…」
『なんか…まるで卒業式の友達どうしの会話みたいやなあ…』
「そうね」
本当にこれが最後かもしれないと思うと泣きそうになる。
引き返すとしたら、この時だった。
だけど、あたしは実行してしまった───
最後に打ち明けます。あたしは拓也と美伽を、殺しました。
そしてイブの日、美伽はあたしに手紙を書いてきていて、事が全て済んでからそれを読み、あたしは自分の罪深さに叫喚した。
ここに、その全文を載せておきます。
『萌未へ
前にあなたに打ち明けた、わたしとあなたが異母姉妹だったこと、聞いてさぞ驚いたでしょう?
わたしは小学二年生の時に母から聞いたのだけど、その時はわたしもショックだった。
でもね、それからあなたと三年生で同じクラスになって、あなたのことを意識して見ているうちに、だんだんあなたのことを好きになっていったの。ああ、わたしにも姉妹がいるんだなあって。
あなた、誕生日七月でしょ?わたしは四月だからわたしがお姉ちゃんね。
わたし、あなたに一生懸命話しかけたんだけど、あなたは人見知りさんだったね。
あれは六年生になった頃でした。
あなたが何ていうか、苛められてる?そんな大袈裟な感じではなかったかもしれないけど、同じ演劇部の子たちがあなたの悪口を言っているのを聞いてしまったの。
腹が立って腹が立って…
あんな行動に出るなんて、自分でも驚きだった。
わたし、突き飛ばしたのよ。
あなたの悪口を言っていたうちの一人の女の子を。
その子、わたしが突き飛ばしたのが原因で車に跳ねられてしまった……
わたしは怖くなって、すぐにその場から走って逃げたわ。
そしてね、何だか笑けてきたの。
わたし、どちらかと言うとおしとやかな女の子だったから(え?自分で言うな?だって自分で言わなければ、誰も言ってくれないでしょう?)、あんなに大胆なことが自分に出来たなんて驚きだったの。
あの時に思えたわ、あなたの為なら何でも出来るって。
びっくりした?
あなたの知らないところで、そんなことが起こってたなんて、驚いたでしょ?
中学に上がって、わたしたちはまた同じクラスになった。
ホントはね、わたし、私立のお嬢様学校に入る予定だったの。そこを父にね、わがままを言って公立に行きたいってねだったわ。普段わたしはそんなわがままを言う子じゃなかったから、父はすぐにわたしの要求を飲んでくれた。母はずっと反対していたけどね。
そしてね、またあなたに一生懸命話しかけたの。
あなたはきっと、わたしのことを気持ち悪いクラスメートって思ったかもしれないわね。
萌未?わたし、あなたとお話するようになって、ずっと壁を感じてた。
何で今頃姉妹だって打ち明けるのかって、あなたは思うかとしれないわね。
それはね、あなたのわたしに対する態度が冷たかったから、言ってしまうときっともう、わたしと接触してくれないんじゃないかって、そんな気がして怖かったの。
あなたのクリスマスプレゼントをくれるって連絡くれた時はとても嬉しかったのだけど、中身を見て打ちのめされました。
父の愚行も許せなかったけど、何よりも、あなたが抱いているわたしへの恨みが根深いことを知って、悲しかった。
そして理解しました。あなたがずっと、わたしに冷たかったわけを……。
わたし、父を問い詰めたわ。
父はね、自分の愚かな行為を正直に打ち明けてくれた。そしてね、あたしに謝ってきたから、謝る相手が違うでしょって言ってやったの。
あなたが実の娘だって教えてあげると、父は驚いたようで、それから、あなたにも謝らなければって、号泣しながら言ってた。
萌未?
許すことは難しいかもしれないけど、どうか父に、償いをするチャンスだけは与えてやって欲しいの。
それでもあなたは父のことを許せないかもしれない。それは、父の因果応報。
わたしもね、あなたが慕うお姉さんのような存在にはとてもなれないけれど、あなたに出来ることは何でもしてあげたいって思ってます。
萌未?
そして何より、
あなたがこれから幸せになりますように……
願っています。とても、とても……
いつか、みんなで笑い合えたらいいな。
藤原美伽』
あたしには、幸せになる資格なんてありません。
あたしがやったことを償えるわけない──
だから、あたしの命をもって、償いとさせていただきます。
願わくば、これを最初に読むのが涼平でありますように……。
涼平、あたしから解放してあげるね。
あなたのこれからの人生が、幸せに満ちていますように───。
そしてどうか、北新地に足を踏み入れてからのことでいいので、あたしとの思い出を大切に、忘れないでいて下さい。
さようなら。
あたしは今、最後の力を振り絞ってこの文章を書いている。
拓也の家を出る決意をしたあたしは、取り敢えず拓也が仕事で出ている間に身の回りの物だけ運び出し、しばらくホテル暮らしでもしようと思っていたのだったが、そんな状況のあたしに、まさかの美伽から電話がかかってきた。
『今誰と一緒にいると思う?』
電話口でそう言った美伽の声は酒に酔っているのか、幾分上擦っていた。
「あんたが誰といようと知らないわ。悪いけどあたし、忙しいの」
フジケンに嫌悪していたあたしは、美伽にも同様の嫌悪を感じていた。が、この後彼女が口にしたことに、体中が粟立った。
「今ねえ、椎原君と二人でいるのよ」
椎原……涼平と美伽が一緒にいる……そのことにあたしは、身の毛のよだつ不快感に襲われた。
あいつはあたしの唯一の心の拠り所を奪おうとしている───そのことに、沸々と殺意が湧いた。
美伽は最初、ビストロで食事をしている最中に電話をかけてきたが、それからバーへ移動し、あろうことか、最後は二人でホテルに入ると言う。あたしは居ても立っても居られず、美伽の告げたホテルに直行し、そこであたしも部屋を取った。
が、二人のいる部屋に押しかけることには躊躇した。涼平にそんな姿を見られたくなかった。
あたしは何をしているんだろう……
そう思いながらも、夜中までホテルのバーで過ごし、部屋に戻っても一睡も出来ずに朝を迎えた。美伽に電話するともう出るというので、玄関口まで降りて出て行く二人を遠目で見ていた。美伽は身体の関係は無かったと言い、あたしはその言葉に胸を撫で下ろした。嘘かもしれなかったけど、そう信じたかった。
あたしはその日、涼平を食事に誘った。居ても立っても居られなかった。
新地からちょっと離れた居酒屋で鍋をつつき、その後に訪れたお初天神で曽根崎心中のお初と徳兵衛の像を見て、あたしは自分の心の内を涼平に吐露した。
「この人たちって、一緒に死ねて幸せだったのかな…?」
二人の像を指差して言うあたしのそんな言葉に、涼平は理由が分からないと首を傾げる。
「愛するから死を選ぶって矛盾すると思わない?」
しがらみから解放され、自ら命を絶つことで結ばれたお初と徳兵衛……そんな二人が羨ましく、また、疎ましかった。
あたしもあたしを取り巻くしがらみから解放されて、愛する人と二人で旅立つことが出来たなら………その選択は逃げだと思う反面、それが出来たらどんなに幸せだろうとも思う。
「ね、あたしのこと、好き?」
そう聞くと頷いてくれた涼平が愛しくなり、我儘を言いたくなる。
「なら、一緒に死んでよ」
そう言うと、一瞬涼平は戸惑ったようだったが、直ぐ様抱き締めてくれた。
ああ───
今すぐ復讐を完遂させたら、涼平と二人の生活が開けるだろうか───?
「じゃあ、彼を殺して」
夜の静寂が支配する境内の冷気を、あたしから出た行き場のない渇望が揺らす。
「殺すよ」
そこへ、彼の深切が低く重なる。
「俺、宮本さんを、殺す」
きっとあたしの心を慮って言ってくれたのだろう、あたしはそう彼の胸中を推し量り、号泣した。
次の朝、あたしは涼平に手料理を振る舞った。まるで新婚夫婦のように一緒に朝食を食べ、出勤していく涼平を見送った。
「早く帰ってきてね、あ・な・た。浮気しちゃ、嫌よ」
新妻のように言うあたしに、涼平も頬を緩めていた。
こんな日が、いつか来たらいいな──
あたしもそう切望したけど、それは叶わぬ夢となった────。
あたしは、復讐を実行に移した。
まずは美伽を、クリスマスプレゼントがあると言って呼び出した。喜んで出てきた美伽と、北新地で飲み歩いた。
美伽に渡したプレゼントは、フジケンが志保姉を凌辱している映像のコピーだった。
帰ってからそれを観た美伽は、自分の父親のおぞましい姿にきっと憎悪したことだろう。
まずはそれがフジケンに対する復讐だった。
だがあたしの復讐はそれだけでは終わらない。
次にあたしは、クリスマスイブの日に、拓也と美伽の婚約祝いをすることを計画した。
拓也は元より、美伽に、あなたの父親の愚行を許すとか何とか言えば喜んで出て来るだろう。
ミナミの飲食店を予約し、あたしは拓也の車でそこへ向かう。そしてその間に二人に志保姉の強い睡眠薬を仕込んだ飲み物を与える。
そうして二人を心中に見せかけて殺す。
婚約している二人が心中するなんておかしいが、同時に小山内の残してくれた裏帳簿を世に公表する。その手配はすでに済ませていた。
榎田は失脚し、フジケン興業も世間のバッシングに曝されるだろう。そこで、それに絶望した拓也と美伽が心中する、というシナリオだ。
特にフジケンは社会的地位も娘も亡くし、自分が死ぬ以上の地獄を味わうだろう。それをもってあたしの復讐の成就とした。
実行の前々日、涼平からメールが届いた。
『明日は祝日ですね。萌未は何してる?
クリスマス前に遊園地に行こうって言ってたけど、行けるとしたらもう明日しかないね。
もし予定なくて、体がきつくなければ、行こうよ。
連絡待ってます』
週末、あたしは涼平と遊園地に行く約束をしていた。あたしのシナリオが上手くいけば、あたしはあたしの人生を歩み始めるつもりだった。
でも心のどこかで、そんな日は来ないだろうという予感もしていた。もしかしたら、これが涼平との最後の会話になるかもしれない……あたしはそう思って彼に電話した。
涼平は一人で居酒屋で飲んでいたようで、あたしと話をするために店を出てくれた。
そしてこんなことを聞いてきた。
『1週間前、交差点で萌未が美伽…ほら、俺の5年間の片想いのやつと歩いてるのを見かけた気がしてん。あのとき、一緒にいた?』
美伽に悪意の詰まったクリスマスプレゼントを渡した日だ。
「一緒にいたわよ」
そう言うと、涼平は驚いているようだった。
「涼平はもう、あたしのもんやから、ちょっかい出さないでねって言ってたの」
『え………ええっ!?な、何で………!?』
いたずら心が湧いて言った言葉に、涼平はパニクっていた。クスッと笑い、
「嘘よ」
と訂正した。涼平にあたしの計画を知られるわけにはいかない。
この時、あたしからも涼平に聞いた。
「ね、あたし、涼平に聞きたいこと、あるんやけど…」
『何?』
「うん…あのね、涼平、あたしと出会ってよかったのかなぁ~って、ちょうどさっきね、そんなこと考えてたの」
『出会ってよかったに決まってるやん。何でそんなこと聞くの?』
「うん………なら、いいの。あたしも、涼平と出会ってすっごくよかったって思ってるから…」
『なんか…まるで卒業式の友達どうしの会話みたいやなあ…』
「そうね」
本当にこれが最後かもしれないと思うと泣きそうになる。
引き返すとしたら、この時だった。
だけど、あたしは実行してしまった───
最後に打ち明けます。あたしは拓也と美伽を、殺しました。
そしてイブの日、美伽はあたしに手紙を書いてきていて、事が全て済んでからそれを読み、あたしは自分の罪深さに叫喚した。
ここに、その全文を載せておきます。
『萌未へ
前にあなたに打ち明けた、わたしとあなたが異母姉妹だったこと、聞いてさぞ驚いたでしょう?
わたしは小学二年生の時に母から聞いたのだけど、その時はわたしもショックだった。
でもね、それからあなたと三年生で同じクラスになって、あなたのことを意識して見ているうちに、だんだんあなたのことを好きになっていったの。ああ、わたしにも姉妹がいるんだなあって。
あなた、誕生日七月でしょ?わたしは四月だからわたしがお姉ちゃんね。
わたし、あなたに一生懸命話しかけたんだけど、あなたは人見知りさんだったね。
あれは六年生になった頃でした。
あなたが何ていうか、苛められてる?そんな大袈裟な感じではなかったかもしれないけど、同じ演劇部の子たちがあなたの悪口を言っているのを聞いてしまったの。
腹が立って腹が立って…
あんな行動に出るなんて、自分でも驚きだった。
わたし、突き飛ばしたのよ。
あなたの悪口を言っていたうちの一人の女の子を。
その子、わたしが突き飛ばしたのが原因で車に跳ねられてしまった……
わたしは怖くなって、すぐにその場から走って逃げたわ。
そしてね、何だか笑けてきたの。
わたし、どちらかと言うとおしとやかな女の子だったから(え?自分で言うな?だって自分で言わなければ、誰も言ってくれないでしょう?)、あんなに大胆なことが自分に出来たなんて驚きだったの。
あの時に思えたわ、あなたの為なら何でも出来るって。
びっくりした?
あなたの知らないところで、そんなことが起こってたなんて、驚いたでしょ?
中学に上がって、わたしたちはまた同じクラスになった。
ホントはね、わたし、私立のお嬢様学校に入る予定だったの。そこを父にね、わがままを言って公立に行きたいってねだったわ。普段わたしはそんなわがままを言う子じゃなかったから、父はすぐにわたしの要求を飲んでくれた。母はずっと反対していたけどね。
そしてね、またあなたに一生懸命話しかけたの。
あなたはきっと、わたしのことを気持ち悪いクラスメートって思ったかもしれないわね。
萌未?わたし、あなたとお話するようになって、ずっと壁を感じてた。
何で今頃姉妹だって打ち明けるのかって、あなたは思うかとしれないわね。
それはね、あなたのわたしに対する態度が冷たかったから、言ってしまうときっともう、わたしと接触してくれないんじゃないかって、そんな気がして怖かったの。
あなたのクリスマスプレゼントをくれるって連絡くれた時はとても嬉しかったのだけど、中身を見て打ちのめされました。
父の愚行も許せなかったけど、何よりも、あなたが抱いているわたしへの恨みが根深いことを知って、悲しかった。
そして理解しました。あなたがずっと、わたしに冷たかったわけを……。
わたし、父を問い詰めたわ。
父はね、自分の愚かな行為を正直に打ち明けてくれた。そしてね、あたしに謝ってきたから、謝る相手が違うでしょって言ってやったの。
あなたが実の娘だって教えてあげると、父は驚いたようで、それから、あなたにも謝らなければって、号泣しながら言ってた。
萌未?
許すことは難しいかもしれないけど、どうか父に、償いをするチャンスだけは与えてやって欲しいの。
それでもあなたは父のことを許せないかもしれない。それは、父の因果応報。
わたしもね、あなたが慕うお姉さんのような存在にはとてもなれないけれど、あなたに出来ることは何でもしてあげたいって思ってます。
萌未?
そして何より、
あなたがこれから幸せになりますように……
願っています。とても、とても……
いつか、みんなで笑い合えたらいいな。
藤原美伽』
あたしには、幸せになる資格なんてありません。
あたしがやったことを償えるわけない──
だから、あたしの命をもって、償いとさせていただきます。
願わくば、これを最初に読むのが涼平でありますように……。
涼平、あたしから解放してあげるね。
あなたのこれからの人生が、幸せに満ちていますように───。
そしてどうか、北新地に足を踏み入れてからのことでいいので、あたしとの思い出を大切に、忘れないでいて下さい。
さようなら。
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