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第2部 萌未の手記
共闘の決意
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その日、タクシーで拓也の家に帰ると、リビングに拓也の姿があった。
「飲んでたの?」
ふう~と息をついて向かいに座ったあたしに、拓也は眉を曇らせる。
「うん、飲んでた。ちょっとアフターでね」
「アフター……ね。水の持ってこようか?」
頷いたあたしの前に、冷蔵庫のペットボトルから入れた水を置く。ありがとう、と言って一気に飲み干し、継ぎ足そうとグラスに手を伸ばしたその手首を掴み、あたしは彼の顔をじっと見つめた。
「ね、キス、しようか」
「かなり酔ってるね。早く寝た方がいいよ」
はぐらかされ、つまらない、と言って首を振り、拓也の手を離す。
「分かった、キスはいいから、ちょっとお話しましょ。座って?」
拓也はしょうがないな、とあたしの向かいに腰を下ろす。あたしはぐっと前屈みになって拓也の顔に近づいた。
「前にさあ、志保姉の尾行をしろってトラに言われたのが志保姉と出会った最初だったって言ってたでしょ?あの時確か、あんたたちの幼馴染が亡くなってその死因を調べてて、その一環として志保姉に突き当たったって言ってたけど、その辺の事情をもうちょっと詳しく教えてくれない?」
あたしがそう聞くと、拓也は怪訝な顔をする。
「どうして急に?何か誰かから言われた?」
「急にやないわよ。あたしはずっと志保姉が何で死んだのか調べてるって言ってるでしょ?あんたが今まで調べた内容を教えてくれないんだもん、自分で動くしかないじゃない」
拓也の口からため息が漏れる。そして何かを逡巡するように沈黙。きっとまた黙秘するんだろうなと思った。
「実はさっきね、出来島さんと会ってたの。彼言ってたわよ?拓也と共闘してるって」
あたしがそう言うと、分かりやすく拓也は眉を開いた。
「え、彼が、そう言ったのかい?」
一つ、頷いて見せる。拓也の顔が青褪める。
「君は、彼がどういう人物か知ってるの?」
「野崎組の若頭さんでしょ?」
「そうだよ!彼は見た目には穏やかに見えるかもしれないけど、危険な人物なんだ。近づかない方がいい」
あまりに拓也が焦った表情をするので、あたしはクスッと笑ってしまった。
「何がおかしい?」
「危険って?あたし実はね、この前ミナミで発砲事件あったでしょ?その現場にいたの。あたしはね、もう危険な所まで踏み込んでるのよ。もし出来島さんに近づくなって言うなら、もうあたしにはトラくらいしか頼る人がいなくなる。誰かとタッグを組まないと、あたしはもう危険なところにいるのよ!」
言いながら激昂し、バンとテーブルを叩いて立ち上がる。拓也はあたしの勢いに気圧されたというより、話した内容に絶句しているといった感じだった。
「発砲……事件……け、怪我は、しなかった?」
「見ての通りよ。大丈夫だった。でもあと一歩何かを間違えれば、殺されてたかもね。出来島さんが助けてくれたから、無事だったの」
拓也はあたしを見上げながら、悲しそうに顔を歪めた。何かを言わなければならないが、何を言っていいか分からない……そんな沈黙がしばらく続いた。
「出来島……さんはダメだ。彼はタッグを組むべき人じゃない」
やがて口を開いた拓也に、あたしは聞えよがしにため息をついて、ドスンと浮かせた腰を沈めた。
「ダメって、拓也もタッグを組んでるんでしょ?何であんたが良くて、あたしがダメなのよ?」
「それは……彼はあくまで自分たちの組織のために動いてるんだ。そして、彼らの組織の周りではきっとこれからも血なまぐさい事件が起こる。もちろん僕だってそんなところに首を突っ込みたくはない。だけど、そうしないと──」
そこで言葉を詰まらせた拓也を見て、ふと、美伽の顔が過った。出来島はDEFラインを潰そうとしている。Fといえばフジケンだ。そして、拓也はその娘と婚約している。本来ならそんな男が出来島と手を組める訳が無い。
拓也は、美伽を守ろうとしている──。
あたしの頭に、そのことが浮かんだ。出来島のことだ、拓也を懐に入れるために、何か拓也に有利になるような交渉事を持ちかけているだろう。きっとそれは、拓也と美伽の行く末に関することに違いない。
「分かった。じゃああたしは、トラと手を組む」
そう言ったのは、半分は腹いせ。そして半分は、拓也がトラについて話すのを誘導するためだった。そしてあたしの思惑通り、拓也は乗ってくれた。
「トラもダメだ。彼も、突き詰めれば裏の組織に通じていて、出来島さんと方向は違えど同じ穴のムジナなんだ」
同じ穴のムジナ……その言葉を聞き、あたしはまた身を乗り出す。
「それってつまり、こういうことよね?トラが今潤ってるのは十三に持ちビルを持ってるからでしょ?トラがそんなビルを何で持てたかというと、それはトラのお父さんがヤクザの大親分で、当時池橋市の利権に絡んでたから。そんでトラがその片腕になって地上げをした。その地上げ対象には大塚のお父さんの持っていた土地も含まれていて、拓也にその娘である志保姉の行動を探らせて、大塚のお父さんを脅す道具か何かに使ったのよ。そういうことなんでしょ?」
拓也の顔が次第に苦痛に歪む。当たらずとも遠からず……彼の黙した顔はそう語っているように思えた。
「前に拓也、こう言ったよね?トラはもうこっちの側の人間ではない可能性があるから絶対に彼に近づいちゃダメだって。それって、トラが神代組の中枢に絡んでるからなんでしょ?そして、拓也はトラが志保姉の敵かもしれないって思ってるんでしょ?違う?」
そこまで言うと、拓也は大きく首を振った。
「違う!トラは志保の敵じゃない。断じて!」
「どうしてよ!状況証拠は揃ってるやない!それなのに何でそこでトラを庇うのよ!?」
あたしが食って掛かると、拓也は悄然と項垂れた。そして、訥々と語った。
「萌未ちゃんから志保が亡くなった時に、彼女が自分のとは違うワイングラスを使ってたって聞いて、僕もあれから警察の捜査に関して調べてみたんだ。そして、志保が亡くなった当日、周囲の防犯カメラなんかから誰も怪しい人間はミナミのマンションに出入りしていなかったことが分かった。つまり、自殺と判断されたことにはそれなりの根拠があったってことなんだ。そして、自殺だとしたら、やっぱりその原因は僕にあるんじゃないかって。僕が……志保の意向とは違う方向に向いてしまったから……。志保はあくまでフジケン興業を告発する方向で動いていたのを、僕は反対した。会社の内部から正常化する方が社会には有益だって説いたんだ。罪の無いフジケンの社員さんまで巻き込む必要はないって……志保はその僕の言葉を悲しんでいた。きっとそれが、志保が自ら命を断つトリガーになってしまったんだって………」
そこで拓也は、肩を震わせて泣いた。あたしはその拓也の伏せられた頭頂を、冷めた目で見下ろしていた。
あたしは次の日、出来島に電話を入れ、あたしも計画に参加することを迷うことなく告げた。
あたしは拓也の悲痛な懺悔を聞き、拓也に憤りを感じると同時に、やはりフジケンは許せないなと思った。
拓也は罪の無い社員を守るとか何とか言っていたが、結局自分がフジケン興業の中で出世したいだけなんじゃないかって思えた。
ひょっとしたら、美伽と結婚して経営者に名を連ねる、何て絵もすでに彼の頭の中で描かれているのかもしれない。
もしそうなら、あたしが叩き潰してやる、そう思った。
一緒に暮らし出して拓也の気性も知り、志保姉への愛情も今は疑っていないが、結局志保姉のパートナーとして、そして敵討ちの同志として、彼は気弱すぎたし、優柔不断過ぎたのだ。あたしはそんな拓也の言葉を聞き、当初とはまた違った意味で、彼への怒りを再燃させた。
そしてトラ───
思えば彼には昔からいろいろ世話になった。
親父狩りで窮地に陥った時に助けてくれたし、志保姉が亡くなって頼る者のいないあたしの整形費用も出してくれた。
それには感謝するが、彼のバックボーンをいろいろ知った今、逆にどういう気持ちであたしのことを見ていたんだろうと思ってしまう。
トラはDEFラインの『D』の息子であり、あたしはこれまで分かったことを総合的に考え、志保姉が巨悪に巻き込まれて抹殺されたことを信じて疑わない。
そして今は、ほぼ確信している。
DもEもFも全て敵だ、と──。
だから、その息子であるトラも討つ。
着実に───。
「飲んでたの?」
ふう~と息をついて向かいに座ったあたしに、拓也は眉を曇らせる。
「うん、飲んでた。ちょっとアフターでね」
「アフター……ね。水の持ってこようか?」
頷いたあたしの前に、冷蔵庫のペットボトルから入れた水を置く。ありがとう、と言って一気に飲み干し、継ぎ足そうとグラスに手を伸ばしたその手首を掴み、あたしは彼の顔をじっと見つめた。
「ね、キス、しようか」
「かなり酔ってるね。早く寝た方がいいよ」
はぐらかされ、つまらない、と言って首を振り、拓也の手を離す。
「分かった、キスはいいから、ちょっとお話しましょ。座って?」
拓也はしょうがないな、とあたしの向かいに腰を下ろす。あたしはぐっと前屈みになって拓也の顔に近づいた。
「前にさあ、志保姉の尾行をしろってトラに言われたのが志保姉と出会った最初だったって言ってたでしょ?あの時確か、あんたたちの幼馴染が亡くなってその死因を調べてて、その一環として志保姉に突き当たったって言ってたけど、その辺の事情をもうちょっと詳しく教えてくれない?」
あたしがそう聞くと、拓也は怪訝な顔をする。
「どうして急に?何か誰かから言われた?」
「急にやないわよ。あたしはずっと志保姉が何で死んだのか調べてるって言ってるでしょ?あんたが今まで調べた内容を教えてくれないんだもん、自分で動くしかないじゃない」
拓也の口からため息が漏れる。そして何かを逡巡するように沈黙。きっとまた黙秘するんだろうなと思った。
「実はさっきね、出来島さんと会ってたの。彼言ってたわよ?拓也と共闘してるって」
あたしがそう言うと、分かりやすく拓也は眉を開いた。
「え、彼が、そう言ったのかい?」
一つ、頷いて見せる。拓也の顔が青褪める。
「君は、彼がどういう人物か知ってるの?」
「野崎組の若頭さんでしょ?」
「そうだよ!彼は見た目には穏やかに見えるかもしれないけど、危険な人物なんだ。近づかない方がいい」
あまりに拓也が焦った表情をするので、あたしはクスッと笑ってしまった。
「何がおかしい?」
「危険って?あたし実はね、この前ミナミで発砲事件あったでしょ?その現場にいたの。あたしはね、もう危険な所まで踏み込んでるのよ。もし出来島さんに近づくなって言うなら、もうあたしにはトラくらいしか頼る人がいなくなる。誰かとタッグを組まないと、あたしはもう危険なところにいるのよ!」
言いながら激昂し、バンとテーブルを叩いて立ち上がる。拓也はあたしの勢いに気圧されたというより、話した内容に絶句しているといった感じだった。
「発砲……事件……け、怪我は、しなかった?」
「見ての通りよ。大丈夫だった。でもあと一歩何かを間違えれば、殺されてたかもね。出来島さんが助けてくれたから、無事だったの」
拓也はあたしを見上げながら、悲しそうに顔を歪めた。何かを言わなければならないが、何を言っていいか分からない……そんな沈黙がしばらく続いた。
「出来島……さんはダメだ。彼はタッグを組むべき人じゃない」
やがて口を開いた拓也に、あたしは聞えよがしにため息をついて、ドスンと浮かせた腰を沈めた。
「ダメって、拓也もタッグを組んでるんでしょ?何であんたが良くて、あたしがダメなのよ?」
「それは……彼はあくまで自分たちの組織のために動いてるんだ。そして、彼らの組織の周りではきっとこれからも血なまぐさい事件が起こる。もちろん僕だってそんなところに首を突っ込みたくはない。だけど、そうしないと──」
そこで言葉を詰まらせた拓也を見て、ふと、美伽の顔が過った。出来島はDEFラインを潰そうとしている。Fといえばフジケンだ。そして、拓也はその娘と婚約している。本来ならそんな男が出来島と手を組める訳が無い。
拓也は、美伽を守ろうとしている──。
あたしの頭に、そのことが浮かんだ。出来島のことだ、拓也を懐に入れるために、何か拓也に有利になるような交渉事を持ちかけているだろう。きっとそれは、拓也と美伽の行く末に関することに違いない。
「分かった。じゃああたしは、トラと手を組む」
そう言ったのは、半分は腹いせ。そして半分は、拓也がトラについて話すのを誘導するためだった。そしてあたしの思惑通り、拓也は乗ってくれた。
「トラもダメだ。彼も、突き詰めれば裏の組織に通じていて、出来島さんと方向は違えど同じ穴のムジナなんだ」
同じ穴のムジナ……その言葉を聞き、あたしはまた身を乗り出す。
「それってつまり、こういうことよね?トラが今潤ってるのは十三に持ちビルを持ってるからでしょ?トラがそんなビルを何で持てたかというと、それはトラのお父さんがヤクザの大親分で、当時池橋市の利権に絡んでたから。そんでトラがその片腕になって地上げをした。その地上げ対象には大塚のお父さんの持っていた土地も含まれていて、拓也にその娘である志保姉の行動を探らせて、大塚のお父さんを脅す道具か何かに使ったのよ。そういうことなんでしょ?」
拓也の顔が次第に苦痛に歪む。当たらずとも遠からず……彼の黙した顔はそう語っているように思えた。
「前に拓也、こう言ったよね?トラはもうこっちの側の人間ではない可能性があるから絶対に彼に近づいちゃダメだって。それって、トラが神代組の中枢に絡んでるからなんでしょ?そして、拓也はトラが志保姉の敵かもしれないって思ってるんでしょ?違う?」
そこまで言うと、拓也は大きく首を振った。
「違う!トラは志保の敵じゃない。断じて!」
「どうしてよ!状況証拠は揃ってるやない!それなのに何でそこでトラを庇うのよ!?」
あたしが食って掛かると、拓也は悄然と項垂れた。そして、訥々と語った。
「萌未ちゃんから志保が亡くなった時に、彼女が自分のとは違うワイングラスを使ってたって聞いて、僕もあれから警察の捜査に関して調べてみたんだ。そして、志保が亡くなった当日、周囲の防犯カメラなんかから誰も怪しい人間はミナミのマンションに出入りしていなかったことが分かった。つまり、自殺と判断されたことにはそれなりの根拠があったってことなんだ。そして、自殺だとしたら、やっぱりその原因は僕にあるんじゃないかって。僕が……志保の意向とは違う方向に向いてしまったから……。志保はあくまでフジケン興業を告発する方向で動いていたのを、僕は反対した。会社の内部から正常化する方が社会には有益だって説いたんだ。罪の無いフジケンの社員さんまで巻き込む必要はないって……志保はその僕の言葉を悲しんでいた。きっとそれが、志保が自ら命を断つトリガーになってしまったんだって………」
そこで拓也は、肩を震わせて泣いた。あたしはその拓也の伏せられた頭頂を、冷めた目で見下ろしていた。
あたしは次の日、出来島に電話を入れ、あたしも計画に参加することを迷うことなく告げた。
あたしは拓也の悲痛な懺悔を聞き、拓也に憤りを感じると同時に、やはりフジケンは許せないなと思った。
拓也は罪の無い社員を守るとか何とか言っていたが、結局自分がフジケン興業の中で出世したいだけなんじゃないかって思えた。
ひょっとしたら、美伽と結婚して経営者に名を連ねる、何て絵もすでに彼の頭の中で描かれているのかもしれない。
もしそうなら、あたしが叩き潰してやる、そう思った。
一緒に暮らし出して拓也の気性も知り、志保姉への愛情も今は疑っていないが、結局志保姉のパートナーとして、そして敵討ちの同志として、彼は気弱すぎたし、優柔不断過ぎたのだ。あたしはそんな拓也の言葉を聞き、当初とはまた違った意味で、彼への怒りを再燃させた。
そしてトラ───
思えば彼には昔からいろいろ世話になった。
親父狩りで窮地に陥った時に助けてくれたし、志保姉が亡くなって頼る者のいないあたしの整形費用も出してくれた。
それには感謝するが、彼のバックボーンをいろいろ知った今、逆にどういう気持ちであたしのことを見ていたんだろうと思ってしまう。
トラはDEFラインの『D』の息子であり、あたしはこれまで分かったことを総合的に考え、志保姉が巨悪に巻き込まれて抹殺されたことを信じて疑わない。
そして今は、ほぼ確信している。
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