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第2部 萌未の手記

裏組織の事情

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「そやけど何やのう、せっかくこうやって高級クラブで飲んどるのに、隣がお前やとなんちゅうか、気が乗らんのう」

 出来島できしまが帰ってから仕方なく一人で店に入り、彼がどんな人を寄越すのかと待っていると、やって来たのは隆二りゅうじだった。今、同伴扱いで入った隆二の隣りにあたしが着いている。隆二はそのあたしに、不服そうに眉間に皺を寄せた。

「あたしで悪かったわね。誰か違う子呼ぶ?」
「せやなあ、どうせやったらナンバー1の女とか見てみたいなあ」

 綺羅きらママがいなくなってから、売り上げナンバー1には弥生やよいママが返り咲いていた。

「じゃあ弥生ママ呼んだげよか?」
「いや何でやねん。ママとかそういうんやなくてやな、こう、若くて綺麗な子っちゅうことや」
「ここにおるやない」
「いや、そうやのうて」
「はあ!?」

 隆二とそんなやり取りをしながら、ふと、こいつはトラの弟だったなと思い出した。出来島、星本ほしもと、そしてトラ……志保姉しほねえの死因を探るうち、アウトローの存在が次第に大きくなっている気がしていた。

「ね、あんたって確か野崎のざき組に入ったって言ってたわね。でもトラはヤクザとは違うんでしょ?コブラとか何とかのヘッドやって。そのコブラってやっぱり野崎組と関係あるの?」
虎舞羅こぶらは野崎組とは関係あらへん。兄貴は兄貴、俺は俺や。俺は兄貴の尻尾みたいに思われるんが嫌で、兄貴と離れて野崎組に世話になることにしたんや」
「ふう~ん、じゃ、トラは野崎とは関係ないのかあ…」

 拓也たくやが言うには、トラが拓也に志保姉の尾行をさせたのが二人の出会ったきっかけらしい。それには、フジケン興業が利権を得ようとするDEFラインは関わってなかったのだろうか?

 そんなことを考えていたあたしの目の前で、隆二がパチンと指を鳴らす。

「おま、何考えとんねん。ちゃんと俺の接客せえよ。だいたいお前、俺に対して興味薄すぎひんか?」
「何であんたに興味もたなあかんよの」
「これや。チェンジせえチェンジや!」
「ここ、キャバクラちゃうわよ」

 そこへ黒田くろだ店長がつばさを連れてやって来て、あたしを呼ぶ。

「よ、隆二。ちょっと萌未めぐみ借りるで」
「あ、黒田さん、お疲れ様っす。どうぞどうぞ。こんなべっぴん付けてくれてあざっす!」

 店長は何かと言うとつばさをあたしの席に着けてくる。あたしも特に文句を言わなかったからだが、つばさはつばさでいつかのアフター以来、あたしに必要以上に好意を持っているような振る舞いをするようになっていた。

「わあ~べっぴんやなんて、私もこんなイケメンさんの隣に座れてラッキーですぅ」
「はいはい、よかったやない、綺麗な子が来てくれて。あたしもこれでも人気もんなんやから、ちょっと行ってくるわね」
「ちょっと待てや。カシラ…出来島さんからいくら預かった?何かこう、シュワッとしたやつ、出されへんのか?」

 あたしは大きくため息をつく。

「ちょっとぉ、あんた今日は出来島さんの代行で来てるんでしょ?あんまし酔わんといてよね」
「わあったわあった」

 隆二は犬を追い払うような仕草をし、あたしは舌打ちして席を立った。そして食事代と若名わかなのセット代を引いた額に見合うシャンパンを隆二の席に用意するよう黒服に伝えた。

 そうしてあたしは指名してくれるお客を中心にヘルプ回りをし、席に戻った時には隆二はかなり酒精を強めていた。あたしはその隆二の赤い顔を見てまたため息をつき、残り少なくなったシャンパンを自分のグラスに注いだ。


 思えば隆二と初めて会ったのはあたしが中学二年の頃、玲緒れおに薬を盛られ、それを何日か同居して抜いてもらったのが最初だった。あの後三年で同じクラスになり、強面だった隆二はギャル仲間とツルンでいたあたしとクラスメイトたちから同列に見なされ敬遠されていた。あの頃隆二はただのヤンキーだったが、会社を立ち上げたこともあってか、幾分大人の風格を宿したようにも思える。


「ね、あんたって、何でヤクザなんかやってんの?」

 あたしの歯に衣着せない問い掛けに、隆二は顔をしかめながら答える。

「はあ?そらお前、うちはそっち系の家系やからな、今更まともな仕事せえって言われても勤まるかい。それには、俺はアップアップハイスクールに憧れて以来、このアウトローな生き方を気に入ってる」
「何よ、アップアップって」
「アップアップハイスクールや。ヤンキー漫画の金字塔やんけ」

 漫画かい!と心の中で突っ込む。そんなあたしの突っ込みを知ってか知らずか、隆二は急に背筋を伸ばして居住まいを正した。

「あとな、俺は出来島さんにも憧れてる。あの人は本当に頭のいい人でな、俺にも言ってくれた。隆二、これからの極道は腕っぷしが強いだけではあかん。しっかりと経営戦略を練って、経済界にも打って出んとな、て。そんで俺にも経営のノウハウを教えてくれはるんや。どんな大企業でも裏では一つや二つ、悪いことしてる。俺らはそういう黒い部分に遠慮なく食い込んでいけるからな、綺麗事ばっかり並べ立ててる企業なんかよりもよっぽど強くなれる…ってな」

 遠い目をして語る隆二に、余程出来島に心酔していることが伺えた。

「今日、出来島さんが言ってたけど、あんたたちの組と星本の組は対立してるって。それってどういう構図なん?」

 酔った隆二なら口を滑らせるのではと聞いてみると、隆二は鼻息をフンと荒く酒気を吐き出す。

「星本?アホか、うちは直参じきさんやぞ?あんな三次以下のしかも下っ端と一緒にせんでくれ」

 隆二の怒りがどういう類なのか肌感では分からなかったが、これはとばかりに質問を足す。

「ふう~ん、あんたらってすごいんやね。でさ、何でおんなじ団体の中で対立すんの?」
「それはな、俺らの大元の神代組五代目組長が近々引退するらしくてな、そんで六代目の座を取り合う争いが勃発してるわけや。我らが野崎組組長は五代目とは兄弟分やからな、五代目の意向を組む方向なわけやが、対抗勢力はそれを潰しにかかってるっちゅうわけや」
「ん?てことは…その対抗勢力側が星本ってこと?」
「まあ、そやな。ていうても、やつはあくまでその下っ端で、上から指示してやつがいる。そいつらのグループが、五代目の意向に逆らって別勢力を築いてるんや」

 隆二にしては、なかなかの情報をくれた気がした。


 ということは………


 あのメモリーカードが欲しかった理由は、その出来島たちの対抗勢力が、出来島たちのグループを潰しにかかっていて、そのためのアイテムとして手に入れたかったってこと……

 つまり、あの映像に映っていたDEFラインは神代組五代目の意向を組んだグループの一派で、あれを公表することによってそこを潰そうとしたってこと?


 もしそうだとすると、なかなかに壮大な渦の中に巻き込まれていることになる。

 だからあんな、死人も出る事態になるのか……



 志保姉もそんな裏社会の抗争に巻き込まれた……?


 大塚おおつかのお父さんはDEFラインが敷いた利権に邪魔だったから殺された。それを志保姉が察知し、その証拠を掴もうと若名に潜入してフジケンに近づいた。そして綺羅ママと接触し、何か重大なことを掴んだ。そして、それが理由で抹殺──された───?


 背筋に悪寒が走った。

 だが辻褄は合っている─ように思える。



 パン!



 目の前で破裂音がし、一昨日に聞いた発砲音が想起され、思考の淵に沈んでいた頭に冷や水を浴びせられた。見ると、隆二が片手をあたしの前に突き出している。また指を弾いたのだ。


「おい、また俺を置いてどっか行ってたやろ。シャンパン無くなったで。もう一本持って来いや」
「あんたね、シャンパン飲み過ぎて変なテンションになってるわよ。残念ながらもう時間です。帰って」
「はあ?延長しろ延長!」
「ふう~ん、隆二が酔ってしつこかったってあんたんとこのカシラに言いつけてやろーっと」
「だ、ダボッ!それだけは勘弁」


 そこで隆二は大人しく帰って行った。いい弱みが見つかったとあたしはほくそ笑む。酔ってくれたお陰でなかなか有益な情報も与えてくれた。




 だけど──


 あたしは別に世の中を正そうとしているんじゃない。

 政治家が企業家やヤクザと結託して利権を貪ろうとそんなことはどうでもいい。

 だけど…もし志保姉がその犠牲になったのなら、あたしはそいつらを絶対に許さない。例え刺し違えてでも、かたきは討ってみせる。


 そこまで考えて、あたしは一つ、重要なことに気付いた。五代目の意向だろうとその対抗勢力だろうと、もしその巻き添えで志保姉が亡くなったのだとしても、そこに手をかけたのがまだどちらの勢力ともあたしには判断つかないのだ。

 出来島の申し出を簡単に受けるべきじゃない──

 そこに警戒音が鳴っていたが、かと言って一人で戦い抜けるだろうか……?

 沙紀さきが拐われて縛られた光景が頭を過り、ふうっと、生温い風が心の灯火を揺るがせた。




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