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第2部 萌未の手記

『D』との同伴

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 次の日、沙紀さきは会社に無断欠勤の理由を話さなければならなかったが、隆二りゅうじの組の人間からきのうの出来事は他言するなと言われている。また、ニュースであの後発砲事件となり、数人の死者が出たことを知り、確かに自分たちが関わっていると世間に知られたら後々ややこしいことになるのも懸念された。

 発砲事件───報道で、星本ほしもともハルトもあの後命を落としたということを知った。

 一体どうやって隆二たちはあの場を知り、なぜ発砲事件を起こすまでのことをしたのか─?

 あたしの考えでは当初、星本は出来島できしまとツルンでいて、メモリーカード欲しさに事を起こしたと踏んでいたのだが、隆二の組が助けてくれたとなるとその行動には出来島が絡んでいるはずで、なぜ彼があたしたちを助けてくれたのか説明がつかない。


 あたしは分からないことをいつまで考えていても仕方がないと、早朝にまずは隆二に電話を入れた。が、何度かけても繋がらない。仕方がないのでメールで昨夜の礼を述べ、昨夜駆けつけてくれた理由を問う。間もなく返信がきて、自分からは詳しく話せない、後で出来島さんが説明してくれる、という内容が書かれていた。

 さらに、沙紀が行方不明になっていた件について、医者の診断書をこちらで用意するので、心疾患によって意識不明になっていたことにしろとの指示も書かれていた。至れり尽くせりだ。

 そんなきめ細やかなことを隆二に出来るとは思えず、あたしからの電話に出ないことも含めて、裏で出来島が指示しているのだろうと推察された。


 沙紀は指示通りのことを会社に伝え、念の為にとこの日一日も休みを取った。あたしも店を休むことにし、二人で出前を取ったりしながら、沙紀の家で一日をゆっくりと過ごした。


 なぜあの場のことが隆二たちに知れたのか──いや、そもそも、なぜUBSメモリーをあたしが持っていると星本たちが知っていたのか、さらにはなぜ沙紀やその婚約者の里見さとみの情報まで知られていたのか──?


 二人でそのことに話が及んだ時、沙紀があたしの持っているバッグをじっと見る。

「めぐみん、ひょっとしたらね、そのバッグに何か仕込まれているんやないかって、思うん」

 沙紀に言われ、バッグを隅々まで調べると、底敷きの下から手の平サイズの黒くて四角い物体が出てきた。沙紀がネットで調べてくれ、それがGPS発信機であることが分かった。


 ショッキングピンクのブランドバッグ──あたしの誕生日の日に、前園まえぞのからプレゼントされたものだ。そういえば前園と一緒に来ていた田岡たおかはフジケンと知り合いだった。

 いや、バッグの底にGPSを仕込むくらいなら、このバッグに近づくことさえできれば誰にでも可能だ。若名わかなのロッカーには鍵が付けられているが、たまに貴重品が盗難にあうとかで、財布なんかはクロークで預けることになっている。つまり合鍵さえ持っていればバッグに近づくことは容易いこと。そして家にいる時……あたしはほとんどの日を拓也たくやの家で過ごしているので、拓也にも可能ということだ。


「ねえねえめぐみん、沙紀、やっぱりめぐみんのことが心配」

 自分も傷ついただろうに、そう言ってあたしを案じてくれる沙紀の姿を見て、あたしは疑心暗鬼になりきけた頭を奮い起こす。

「大丈夫よ、もうあのメモリーはあたしの手から離れちゃったしね、あんな目にはもう遭わないよ」

 そう言ってにっこり笑い、きのう一日の惨事の記憶を和らげるために、その日一日を沙紀とのんびり過ごした。




 ────そう、あのメモリーカードは星本に奪われたままだ。星本があの場で死んだのなら、きっと今頃は出来島の手に渡っている──

 隆二は出来島からの連絡を待てと言っていたが、カードの所在やその他諸々の分からない情報の補完をしたくて気が逸る。そこを何とか抑え、取り敢えずその言葉に従って待っていた。






 出来島からの連絡は二日後にきた。同伴しようと言うのでそれを受け、彼の指定した新地の北端の2号線沿いにある串カツ屋に入った。

 木のカウンターやテーブルが夕日を思わせる色合いにライティングされ、店内は落ち着いた雰囲気を醸し出している。出来島の名前を告げると、カウンター席に案内された。きっと薄暗い個室の店を予約しているだろうとイメージしていたので、目の前で料理人さんたちが腕をふるっているオープンな感じだったのが意外だった。

「ここはね、コースになってるから注文しなくても勝手にどんどん出してくれるですよ」

 先に来ていた出来島がビールを飲んでいたので、あたしもそれに合わせて乾杯した。まずは出来島の出方を伺い、普通の同伴のように、出てきた料理を口にした。

 テーブルには野菜スティックと塩、たれ、ソース、しょうゆの入った皿があり、目の前から料理人が串カツを出してくれる際に塩をつけるとかそのままでとか、その都度食べ方を教えてくれる。串カツは一口サイズで、アワビにキャビアが乗っていたり、白身魚のフライにいくらを合わせたりと創作のものがほとんどだった。衣も丁度いい具合にサクサクで、小ぶりながらもいろんな味が楽しめた。

「ここはね、途中でストップをかけないと全部で36種類の串カツが出るんです。どうして36種類か分かりますか?」
「ええと…分かりません」
「ヒントはね、何を食べてるか、です」

 出来島はそう言っていたずらっぽくウインクする。彼の口からは一昨日の話題がなかなか出てこず、焦れったくはあったが、そこは落ち着いた彼のペースに合わせる。

「何って、串カツだから…あ!クシやから36ですか?九九で」
「正解!やはりあなたは思った通り頭がいい。この店ではね、36種類全部平らげたらお土産にクルミの人形がもらえるんです。私が初めて連れて来てもらったのは20歳の時でね、当時は若かったから36種類なんてぺろっと食べられました。そしてね、もらいましたよ、クルミの人形。でも今は歳のせいか、最後まではちょっと苦しいですけどね」
「今はって出来島さん、おいくつなんですか?」
「もう四十路になりましたよ。ここは油がいいからそんなことはありませんが、揚げ物が胃にもたれる年にになりました」

 出来島は目が細く上向きに湾曲していていつも微笑んでいるように見えるが、このときは若干寂しそうに見えた。こうやって並んで串カツを食べていると、近所の優しいおじさんと食事している気分に錯覚しそうになる。

 て、違う違う!

 あたしは緩みそうになる気を引き締める。隣りにいるのは、『D』である可能性のあるヤクザなのだ。あたしは背筋を伸ばし、そろそろ本題に入ることにした。

「あの、あたしが星本に渡したメモリーカード、今は出来島さんが持ってはるんですよね?」

 そう切り出すと、出来島は姿勢のいい背をさらに伸ばしてあたしに向き直った。

「はい。あなた、あれのせいで星本にはえらい目に遭わされましたね」

 あっさり認めた!

 あたしの目が鋭くなる。

「あなたはすでに察していると思いますが、私は神代じんだい組系の組員です。そして星本も同じ神代組系の構成員ですが、今はちょっと対立する立場にあるんです」


 神代組……日本最大の指定暴力組織だ。前に隆二の所属する野崎のざき組について調べた時、そこの組長が神代組の組長の兄弟分なのを知った。つまり野崎組は神代組の直径組織であり、出来島はその野崎組の若頭だ。


「ちょっとした情報筋からあなたがあのメモリーカードを手に入れたと知りました。それがあなたを危険な目に遭わせたわけです。もしよければ、なぜあなたがそういったことに首を突っ込むのか、理由を聞かせていただけませんか?もしかしたら、何か力になれるかもしれませんよ?」


 真夏だというのにダークグレーのスーツを着込み、シックなネクタイまで絞めている。傍目には銀行マンでも通るだろう。そんな彼が眉を下げ、柔和な笑みを浮かべている。


「そんなこと言って、どうしてあたしがあなたのこと信用出来るんですか?ひょっとしたら、あの映像を撮ったのはあなたかもしれへんのに」

 優しそうに見えても、相手はヤクザのお偉いさんなのだ。ここは率直に言った方がいいだろうと判断し、ストレートな物言いをする。あたしの言葉に、出来島は眉毛を寄せた。

「私が?う~ん、どうもあなたは何か誤解をしているようですね。ではこうしましょう。完全に信用してくれとは言いません。けれど、少しでも信用するに足ると思えた時はぜひあなたと共闘させて下さい。お互い損はしないと思いますよ」
「共闘…ですか?」
「はい。あのカードの内容をコピーしてあなたに返すことはやぶさかではありませんが、あんな物を持っていればまたあなたや、あなたのお友達にも危害が及ぶでしょう。なので今は私に預からせて下さい。そして、共闘する気になったら、いつでも連絡下さい」

 出来島はまた、薄い目でウインクする。そして、ウエイターを呼んでチェックの合図をした。

「気忙しくて申し訳ありませんが、私はこれで失礼します。あ、でも同伴を反故にするつもりはありません。私の代わりに誰かを行かせます。そして、これは今日の飲み代としてお渡ししときます」

 出来島は黒い革の財布をスーツから取り出し、万札の束を二束取って渡した。20万だ。そんなに入りませんと固辞したが、店に来たやつにこれで飲ませてやって欲しいと逆に頼まれる。

「あの!まだ何も、詳しいことをお聞きしてません!」

 席を立とうとする出来島に、あたしは慌てて縋るように後を追う。出来島はそんなあたしを手で制し、

「ゆっくりいきましょう。またいずれ、近いうちに」

 と言って出口に向かう。そして思いついたように振り向き、

「やはりクルミの人形はもらえませんでした」

 そう言ってまた、三度目のウインクをした。




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