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第2部 萌未の手記
血の儀式
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冷たい雨が降りしきる。
北新地のど真ん中の十字路では数台のパトカーや救急車の赤色ランプが濡れた路面を光らせていた。
人集りが出来た喧騒の中、担架に乗せられたさくらが運び込まれる。
「あたしも!あたしも行く!さくら!さくらあ!」
なっちゃんがあたしの肩を抱いて、救急車に乗り込もうとするあたしを止めている。
「俺が付き添うから!萌未は今日は帰るんや!」
黒田店長が乗り込み、さくらを乗せた救急車は通りを南に走り出して行く。
その後をもう一台の救急車が、真っ赤な布を顔中に巻いた綺羅ママを乗せて続いた。
そして、コートをフードのようにかぶった香里奈が警察官に付き添われて出てくる。
「何なのよ!あんた、何なのよ!」
叫んでいるあたしの顔をフード越しに見た香里奈の顔は、歪んだ笑みに満ちていた。
「何なのよ!何なのよぉ!」
道に座り込んで叫び続けているあたしを残して、パトカーは走り去っていく。
嗚咽が止まらない。
怒り、恨み、悲しみ、それらがとぐろを巻いて吹き出してくる。
あたしはその押さえようもない感情たちに飲み込まれ、気を失った───
「お前、血の匂いがする」
隆二の声が聞こえる。
そうだ──あの日、あたしは一つの計画を実行した。
きっかけはネットで見たある儀式の情報だった。
その儀式とは…
想いを込めた自分の血を相手に贈るというもの。
まあよくある都市伝説の類い。
問題はその血の採取場所。
死をかけて採取した血ほど効果が高く、その情報では心臓から抜き取るのが一番というのだ。
そんなの実行するなんて完全に狂ってるけど、あの時分、あたしはちょっとおかしくなっていたんだと思う。
あたしは中学三年生のとある日、想いを寄せていた男の子の誕生日をこっそり調べ、あたしの血を仕込んだドクロのキーホルダーをプレゼントした。
隆二に注射器を調達してもらい、その針を胸に突き立てて血を採った。
細い針をすうっと胸に押し込み──
最初かゆみが走ったけど、次第にそれは激痛に変わり──
ああ、あたしは生きてるな、と思った。
その意中の男の子はクラスで手作りの立体パズルを流行らせていて、その一つにハート型のものがあり、あたしの血の入ったプレゼントと引き換えに、あたしはそのハートのパズルの一部を持ち帰った。
そうして男の子の心が自分に向きますようにと、よく分からないネットの悪魔を介して心の交換儀式を終えたあたしは、当時つけていた日記帳に喜々として書き記した。
『涼平の15の誕生日
心のかけらゲット!!
やったあー』
そんな儀式の効果など本気で期待してる訳じゃなかったけど、きっと、あたしはあの日、本当に悪魔と契約を交わしてしまったんだと思う。
その日からしばらくして、大塚のお父さんが亡くなり、そして──
悪魔は志保姉まで連れていってしまった───
あたしは悪魔と契約し、悪魔に魂を売ってしまった。
あたしの願いが一つ叶うとき、一つの命が失われる。
今度も─────
「気がついた?」
目を開けると、なっちゃんの声が聞こえた。頬が熱く湿っていた。一瞬どこにいるか分からなかったが、周囲の部屋の景色は見慣れたものだった。
「あたし…いつの間に…?」
「ずっと泣き叫んでたから貧血になったのね。お店からタクシーでハヤッちゃんに手伝ってもらって帰ってきたのよ」
あたしの脳裏にフラッシュバックする──
割れたグラス──歪んだ笑み──鮮血──赤色ランプ──喧騒───
あたしはガバッと身を起こす。
「さくらは!?あれからどうなったの?」
フッとなっちゃんの頬が弛緩し、優しくあたしの乱れた髪を直してくれる。
「安心して。一命は取り留めたみたいよ。さっきクロから電話で教えてもらったから」
なっちゃんの言葉を反芻し、身体から力を抜く。ほうっとした息が漏れる。
「そう…よかった。さくら、死なないよね?」
「うん、今は絶対安静らしいけどね、きっとよくなるよ」
絶対安静……その言葉が胸を締めつける。
「あたしをかばって…さくら…」
そしてまた、涙が溢れ出す。そんなあたしの頭をなっちゃんは撫でてくれた。
「大丈夫よ。あなたが悪いんじゃない」
大丈夫…
「さっきね、夢を見たの。あたし……昔、悪魔と契約したの。だから、あたしの周りには死が纏わりついてるの。あたしが………全部悪いのよ……」
嗚咽で言葉が詰まる。なっちゃんがあたしを抱き寄せる。
「大丈夫よ、大丈夫……」
ひとしきり泣き、そして静寂が訪れる。雨音が鳴っている。そのサラサラとした清音が冬の冷気を漂わせ、静けさを一層深めていた。
「そうだ、綺羅ママは?大丈夫なのかな?」
「うん…あの人も命には別状ないらしいよ。さくらちゃんと同じ病院に運ばれてね、クロが言ってた。でもね、あの人の場合、もう水商売は出来ないだろうって」
あたしはパッカリ割れた綺羅ママの顔を思い出した。
「クローク前でかなりゴネてたんでしょ?自業自得というか、因果応報よね。すんなり負けを認めてればあそこまでのことにならなかったのに…」
あそこまでのこと…
それは起こってしまった。
最後に見た香里奈の歪んだ笑顔…
(出張デリヘルかなんか知らんけど、その辺で体売ってたのを拾ってやったのに!)
その言葉がトリガーだった。
一体彼女はどんな人生を背負ってきたというのか?
シャレードで見せた彼女の涙…
あれはどこまでが演技で、どこまでが本当だったのだろう…?
「香里奈、刑務所行きよね?」
「そうね。殺人未遂になるかどうかで量刑は違うでしょうけど、当分は出てこれないでしょうね。あんなことしちゃったんやもんね」
因果応報…
香里奈にもそれは言えるのだろうか?
あたしは正義の味方じゃない。
今まで香里奈や綺羅ママがやってきたことと今回の結末が釣り合うのかどうかは分からない。
でも、あたしはこんなの望んではいなかった。
それに、さくら…
今痛みに苦しんでるかもしれない…
もしかしたら、生死をさ迷っているかもしれない…
あの子を巻き込んでしまった。
なんの為に同伴勝負なんてやったのだろう?
もっといい方法があったかもしれないのに──
「ねえ、めぐちゃん?明日から三連休ね。どっか気晴らしに遊びに行かない?」
沈鬱な沼に沈んだあたしを引き上げるように、なっちゃんが言う。
「遊びに…?なっちゃん、予定無いの?」
「あるわよぉ~。こう見えても私、モテモテやねんから。デートのお誘いはいっぱいあるわよ~」
「稲垣さんとか沢渡さんとか?」
「そうそう。て、さーびしぃ~!おじさんばっかよねぇ。だから、ぱあ~っと、ねえ、二人で遊びに行こうよ!どっか行きたいとこない?」
あたしを元気づけようとしてくれるなっちゃんの心遣いがひしひしと伝わる。
「なっちゃん、ありがとう。でもあたし、ちょっと、ゆっくりしたいかな?」
「そ?ざーんねん。あんまり思い詰めちゃだめよ?めぐちゃんは今回、ホントによく頑張っただけなんやから」
「うん、ありがと」
「それと、ね、前から考えてたことがあるんやけどね…」
「ん?何?」
なっちゃんはリビングのソファからベッド横にスツールを持ってきて座っていたが、もたれていた背を壁から離して姿勢を正した。
「私と一緒に住まない?私がこっちに来てもいいし、めぐちゃんが私とこに来てもいいし、何ならいっそ新しいとこに引っ越してもいいし」
「ん?どうしたの?急に」
「急にってわけやないのよ。ずっとね、思ってたの。めぐちゃん、お姉さんがいなくなってからずっと思い詰めてるでしょ?ほら、沢渡さんとご飯のときもフジケン興業のこと聞いてたやない?私ね、うまく言えないけど、そんなめぐちゃんが心配なのよ。それってめぐちゃんにとってよくないことやないかなって。お姉さんのこと忘れなさいって言ってんじゃないわよ。それは無理やと思う。でもね、めぐちゃんの執着の仕方は何というか…ちょっと危なっかしいなって。何かね、よくないことが起こりそうな…あ、今回のことがそうってわけやないのよ。でもね、いつかもっと危ないことが起こるんやないかって、そんな気がしてならないの」
もっと危ないこと………
目を眇めたあたしが何かを逡巡していると思ったのか、なっちゃんが言葉を継ぐ。
「あ、すぐやなくていいのよ。考えといてくれない?前にも言ったけど、私には詩音…志保の代わりなんて出来ない。でもね、もっと楽しい人生、めぐちゃんには送って欲しいのよ。志保もきっとそう願ってる。水商売もね、辛かったら辞めていいのよ。仕事なんていくらでもあるんやから…」
あたしはなっちゃんに真直ぐな視線を向ける。
「なっちゃん?」
「ん?」
「ありがと。あたし、なっちゃん好きよ」
「そ。よかった。私もめぐちゃん好きよ。だからちゃんと考えてね」
「うん。それとね、あたし、水商売、辛くないよ。今回なっちゃんやママたちやいろんなお客さんが応援してくれて、楽しかったよ。まだ辞めたくない」
「そ、か。分かった。じゃあ一緒にがんばりましょ」
「うん。ホントにありがとね」
そう…
まだ辞めない。
辞められない。
あたしは心に決めているんだ。
志保姉の敵を討つって。
例えあたしが悪魔に魅入られていたとしても、今更止められない──止めることなんてできない───
あたしは最後まで続ける。
志保姉を手にかけたやつを突き止めるまで。
そしてそいつに引導を渡してやるまで。
例えその先に地獄が待っていようとも───
北新地のど真ん中の十字路では数台のパトカーや救急車の赤色ランプが濡れた路面を光らせていた。
人集りが出来た喧騒の中、担架に乗せられたさくらが運び込まれる。
「あたしも!あたしも行く!さくら!さくらあ!」
なっちゃんがあたしの肩を抱いて、救急車に乗り込もうとするあたしを止めている。
「俺が付き添うから!萌未は今日は帰るんや!」
黒田店長が乗り込み、さくらを乗せた救急車は通りを南に走り出して行く。
その後をもう一台の救急車が、真っ赤な布を顔中に巻いた綺羅ママを乗せて続いた。
そして、コートをフードのようにかぶった香里奈が警察官に付き添われて出てくる。
「何なのよ!あんた、何なのよ!」
叫んでいるあたしの顔をフード越しに見た香里奈の顔は、歪んだ笑みに満ちていた。
「何なのよ!何なのよぉ!」
道に座り込んで叫び続けているあたしを残して、パトカーは走り去っていく。
嗚咽が止まらない。
怒り、恨み、悲しみ、それらがとぐろを巻いて吹き出してくる。
あたしはその押さえようもない感情たちに飲み込まれ、気を失った───
「お前、血の匂いがする」
隆二の声が聞こえる。
そうだ──あの日、あたしは一つの計画を実行した。
きっかけはネットで見たある儀式の情報だった。
その儀式とは…
想いを込めた自分の血を相手に贈るというもの。
まあよくある都市伝説の類い。
問題はその血の採取場所。
死をかけて採取した血ほど効果が高く、その情報では心臓から抜き取るのが一番というのだ。
そんなの実行するなんて完全に狂ってるけど、あの時分、あたしはちょっとおかしくなっていたんだと思う。
あたしは中学三年生のとある日、想いを寄せていた男の子の誕生日をこっそり調べ、あたしの血を仕込んだドクロのキーホルダーをプレゼントした。
隆二に注射器を調達してもらい、その針を胸に突き立てて血を採った。
細い針をすうっと胸に押し込み──
最初かゆみが走ったけど、次第にそれは激痛に変わり──
ああ、あたしは生きてるな、と思った。
その意中の男の子はクラスで手作りの立体パズルを流行らせていて、その一つにハート型のものがあり、あたしの血の入ったプレゼントと引き換えに、あたしはそのハートのパズルの一部を持ち帰った。
そうして男の子の心が自分に向きますようにと、よく分からないネットの悪魔を介して心の交換儀式を終えたあたしは、当時つけていた日記帳に喜々として書き記した。
『涼平の15の誕生日
心のかけらゲット!!
やったあー』
そんな儀式の効果など本気で期待してる訳じゃなかったけど、きっと、あたしはあの日、本当に悪魔と契約を交わしてしまったんだと思う。
その日からしばらくして、大塚のお父さんが亡くなり、そして──
悪魔は志保姉まで連れていってしまった───
あたしは悪魔と契約し、悪魔に魂を売ってしまった。
あたしの願いが一つ叶うとき、一つの命が失われる。
今度も─────
「気がついた?」
目を開けると、なっちゃんの声が聞こえた。頬が熱く湿っていた。一瞬どこにいるか分からなかったが、周囲の部屋の景色は見慣れたものだった。
「あたし…いつの間に…?」
「ずっと泣き叫んでたから貧血になったのね。お店からタクシーでハヤッちゃんに手伝ってもらって帰ってきたのよ」
あたしの脳裏にフラッシュバックする──
割れたグラス──歪んだ笑み──鮮血──赤色ランプ──喧騒───
あたしはガバッと身を起こす。
「さくらは!?あれからどうなったの?」
フッとなっちゃんの頬が弛緩し、優しくあたしの乱れた髪を直してくれる。
「安心して。一命は取り留めたみたいよ。さっきクロから電話で教えてもらったから」
なっちゃんの言葉を反芻し、身体から力を抜く。ほうっとした息が漏れる。
「そう…よかった。さくら、死なないよね?」
「うん、今は絶対安静らしいけどね、きっとよくなるよ」
絶対安静……その言葉が胸を締めつける。
「あたしをかばって…さくら…」
そしてまた、涙が溢れ出す。そんなあたしの頭をなっちゃんは撫でてくれた。
「大丈夫よ。あなたが悪いんじゃない」
大丈夫…
「さっきね、夢を見たの。あたし……昔、悪魔と契約したの。だから、あたしの周りには死が纏わりついてるの。あたしが………全部悪いのよ……」
嗚咽で言葉が詰まる。なっちゃんがあたしを抱き寄せる。
「大丈夫よ、大丈夫……」
ひとしきり泣き、そして静寂が訪れる。雨音が鳴っている。そのサラサラとした清音が冬の冷気を漂わせ、静けさを一層深めていた。
「そうだ、綺羅ママは?大丈夫なのかな?」
「うん…あの人も命には別状ないらしいよ。さくらちゃんと同じ病院に運ばれてね、クロが言ってた。でもね、あの人の場合、もう水商売は出来ないだろうって」
あたしはパッカリ割れた綺羅ママの顔を思い出した。
「クローク前でかなりゴネてたんでしょ?自業自得というか、因果応報よね。すんなり負けを認めてればあそこまでのことにならなかったのに…」
あそこまでのこと…
それは起こってしまった。
最後に見た香里奈の歪んだ笑顔…
(出張デリヘルかなんか知らんけど、その辺で体売ってたのを拾ってやったのに!)
その言葉がトリガーだった。
一体彼女はどんな人生を背負ってきたというのか?
シャレードで見せた彼女の涙…
あれはどこまでが演技で、どこまでが本当だったのだろう…?
「香里奈、刑務所行きよね?」
「そうね。殺人未遂になるかどうかで量刑は違うでしょうけど、当分は出てこれないでしょうね。あんなことしちゃったんやもんね」
因果応報…
香里奈にもそれは言えるのだろうか?
あたしは正義の味方じゃない。
今まで香里奈や綺羅ママがやってきたことと今回の結末が釣り合うのかどうかは分からない。
でも、あたしはこんなの望んではいなかった。
それに、さくら…
今痛みに苦しんでるかもしれない…
もしかしたら、生死をさ迷っているかもしれない…
あの子を巻き込んでしまった。
なんの為に同伴勝負なんてやったのだろう?
もっといい方法があったかもしれないのに──
「ねえ、めぐちゃん?明日から三連休ね。どっか気晴らしに遊びに行かない?」
沈鬱な沼に沈んだあたしを引き上げるように、なっちゃんが言う。
「遊びに…?なっちゃん、予定無いの?」
「あるわよぉ~。こう見えても私、モテモテやねんから。デートのお誘いはいっぱいあるわよ~」
「稲垣さんとか沢渡さんとか?」
「そうそう。て、さーびしぃ~!おじさんばっかよねぇ。だから、ぱあ~っと、ねえ、二人で遊びに行こうよ!どっか行きたいとこない?」
あたしを元気づけようとしてくれるなっちゃんの心遣いがひしひしと伝わる。
「なっちゃん、ありがとう。でもあたし、ちょっと、ゆっくりしたいかな?」
「そ?ざーんねん。あんまり思い詰めちゃだめよ?めぐちゃんは今回、ホントによく頑張っただけなんやから」
「うん、ありがと」
「それと、ね、前から考えてたことがあるんやけどね…」
「ん?何?」
なっちゃんはリビングのソファからベッド横にスツールを持ってきて座っていたが、もたれていた背を壁から離して姿勢を正した。
「私と一緒に住まない?私がこっちに来てもいいし、めぐちゃんが私とこに来てもいいし、何ならいっそ新しいとこに引っ越してもいいし」
「ん?どうしたの?急に」
「急にってわけやないのよ。ずっとね、思ってたの。めぐちゃん、お姉さんがいなくなってからずっと思い詰めてるでしょ?ほら、沢渡さんとご飯のときもフジケン興業のこと聞いてたやない?私ね、うまく言えないけど、そんなめぐちゃんが心配なのよ。それってめぐちゃんにとってよくないことやないかなって。お姉さんのこと忘れなさいって言ってんじゃないわよ。それは無理やと思う。でもね、めぐちゃんの執着の仕方は何というか…ちょっと危なっかしいなって。何かね、よくないことが起こりそうな…あ、今回のことがそうってわけやないのよ。でもね、いつかもっと危ないことが起こるんやないかって、そんな気がしてならないの」
もっと危ないこと………
目を眇めたあたしが何かを逡巡していると思ったのか、なっちゃんが言葉を継ぐ。
「あ、すぐやなくていいのよ。考えといてくれない?前にも言ったけど、私には詩音…志保の代わりなんて出来ない。でもね、もっと楽しい人生、めぐちゃんには送って欲しいのよ。志保もきっとそう願ってる。水商売もね、辛かったら辞めていいのよ。仕事なんていくらでもあるんやから…」
あたしはなっちゃんに真直ぐな視線を向ける。
「なっちゃん?」
「ん?」
「ありがと。あたし、なっちゃん好きよ」
「そ。よかった。私もめぐちゃん好きよ。だからちゃんと考えてね」
「うん。それとね、あたし、水商売、辛くないよ。今回なっちゃんやママたちやいろんなお客さんが応援してくれて、楽しかったよ。まだ辞めたくない」
「そ、か。分かった。じゃあ一緒にがんばりましょ」
「うん。ホントにありがとね」
そう…
まだ辞めない。
辞められない。
あたしは心に決めているんだ。
志保姉の敵を討つって。
例えあたしが悪魔に魅入られていたとしても、今更止められない──止めることなんてできない───
あたしは最後まで続ける。
志保姉を手にかけたやつを突き止めるまで。
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