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第2部 萌未の手記

ヘルプの明暗

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 第6日目、イベントも2週目であり、最終週に突入した。

 あたしはこの日は稲垣いながきさんと食事に行った。

 この日はまたもかんなママが長谷部はせべさんの店前同伴を振ってくれ、弥生やよいママも団体の店前同伴を一つ振ってくれて、これで3日連続トリプル同伴になることになった。


「稲垣さんて、何でいっつもお店で寝はるんですか?」

 モノクロの壁一面に昔の映画のワンシーンの写真が貼られたイタリアンの店でパスタの皿を取り分けながら、店とは違ってばっちり目を開いている稲垣さんに聞いた。

「んー、もう癖になってるんやね。若名わかなのソファに座ると眠くなってしまって」
「そんなにお仕事忙しいのに無理して来てくださるなんて、よっぽどなっちゃんが好きなんですねー」
「いやあ、もう付き合い長いからね、惰性でね」

 稲垣さんは照れたように、太い後ろ首に手をやった。

 そこへ、

「私も混ぜて混ぜてー」

 と、なっちゃんが乱入してくる。

「なーんや、せっかく萌未めぐみちゃんと二人っきりやったのに」
「いーやない、私もお腹すいたー!ほら、どいてどいて」

 なっちゃんは稲垣さんを端っこに追いやると、その横にどっかりと腰を下ろすと、自分の分の白ワインを頼んだ。

「なっちゃん、今日は同伴やなかったの?」

 あたしはそう言いながら新しく運ばれてきた皿になっちゃんのパスタを取り分ける。

「ん?今日は休憩休憩!めぐちゃんがママたちに同伴つけてもらえるようになったから助かるわー」
「休憩ってあなた、僕にもちゃんと接客してよ」
「あら、ひとし君、あなたいつも寝るやない。そうそう、聞いて聞いて!」

 なっちゃんは稲垣さんを一瞥すると、井戸端会議に駆けつけたおばさんのように手首をスナップさせた。

「ん?どうしたの?」
香里奈かりなのやつ、金曜の同伴一つ取り消されたらしいよ。ほら、あの時怒って帰ったお客さん、綺羅きらママがね、飲み代を請求するなって。だったら同伴は付けれませんってなったみたい。クロもやるときはやるわね」

 ということは香里奈との同伴の差は2回になったわけか…

「しかもね、今日そのお客さんと同伴予定やったらしくて、香里奈、さっきハヤッちゃんに聞いたら今んとこダブル止まりやって。やったね、めぐちゃん。これで1回差よ!」
「ほんとに⁉やったあ」
「これであと4日よねぇ。私の口座だけでも何とかダブルで固められたらいいんやけど…」

 二人で稲垣さんをじぃ~っと見る。

「ぼ、僕でよかったら毎日出て来るよ」

 稲垣さんは試合後の柔道家のように額の汗を仕切りに拭った。

「なーんてね、大丈夫よね~。めぐちゃん、今や飛ぶ鳥を落とす勢いやから」
「すごいんやねえ、入って一ヶ月で毎日トリプル同伴こなすやなんて」
「なっちゃんや弥生ママ、かんなママのお陰です」

 なっちゃんはうんうんと満足げに頷く。そしてまた手首をスナップさせる。

「めぐちゃんと違って香里奈はそろそろヤバイかもよ~」
「ヤバイって、どういうこと?」
「香里奈って綺羅ママが店に入れた子でね、それをいいことに自分の席に優先して着けるようにローテーションに強要するのね。そうなると他のママたちはどうぞってなるやない?そんな綺羅ママの子飼いを着けて、綺羅ママに情報を流されたくないわけよ。綺羅ママって人は自分さえよかったらいいってやり口やからね~他のママたちから孤立してんのよ。だから誰も香里奈に力を貸そうなんて思わないの。私も含めて、ね」

 そうするとあたしが残り4日をトリプルで終えたら、勝ちは見えてくるのだろうか…?





 第7日目、あたしは弥生ママ口座の五十嵐いがらしさんと食事に行った。

 五十嵐さんが案内してくれたのは、カウンターだけのこじんまりしたフレンチの店だった。

「ここは最近出来た店やけどね、俺とマスターとは前の店からの付き合いでね、味は保証するよ」

 ウエイトレスさんが予約してあった席に予めホルダーに収まっていたフルボディの赤ワインを開けて後ろから注いでくれ、あたしたちは乾杯した。五十嵐さんはカウンターの上から照らしている柔らかいオレンジのシーリングライトにグラスを持ち上げて回しながら透かし、しばらく眺めてから一口含んだ。あたしもそれに習って一口飲むと、芳醇っていうのだろうか、深みのある酸味と香りが鼻の奥の方に上がってきた。

「おいしい…」

 赤ワインは飲み慣れなかったけど、たぶん高級なものなんだろうと思い、そう言った。

「お、いけるねえ」

 目を細める五十嵐さんの前に、そしてあたしの前に、一品目のオードブルが出される。白身の刺し身が緑色のソースと色とりどりの花に見立てた野菜に飾られて、真っ白の四角い皿に乗っている。フレンチは外側のナイフとフォークから使っていく、という最低限のテーブルマナーの知識はあったが、ここはあざとく知らないふりをして五十嵐さんに聞いた。

 香里奈ならお嬢様らしく、すっと食べるだろうと思い、こっちは素人らしさを演出してみた。五十嵐さんは、あはは、と笑い、丁寧にマナーを教えてくれた。

「でもね、美味しいもんは細かいこと気にせんと好きに食べたらええんよ。俺なんて、いつもは箸を出してもらうよ。な」

 カウンターの中からフライパンに火をかけていたマスターが微笑む。

「そうなんですか?意外。あたしもお箸出してもらおっかな?」

 そう言いながら一番外側のナイフとフォークを取って白身魚を口に運ぶ。

「美味しい!」

 お世辞抜きに、そう思った。

「やろ?まだまだ、こんなもんやないから、楽しみにして」
「はい!でも何で、あたしなんかにこんなによくしてくださるんですか?」

 お互い砕けた雰囲気になったな、と思い、ずっと感じていた疑問をぶつけてみようと思った。

「うん?それは百合子ママから頼まれてたからね、俺は」

 え…百合子ゆりこママから!?
 思わぬ返答に、あたしは目を丸くした。

「あの、それって、どういう…?」
「ああ、俺のアフターにはよく弥生ママだけでなく百合子ママやかんなママも来るからね。なんやいっつも、店終わりのミーティングみたいになるんや。ちょうど一週間前やったかな?そんときも弥生とかんなと百合子ママが最終的に一緒になったんやけど、君と香里奈が同伴勝負することになったって話になってな、百合子ママが香里奈に勝たせたらあかんって言いはったんや」
「え…なんで百合子ママが?ていうか、そもそも百合子ママが言い出してこんなことになってるんですけど…」
「ああ、そうらしいな。君、香里奈が裏で何してるか、百合子ママに進言したんやろ?でもそんなことは実はとっくに噂になってて、百合子ママの耳にも入ってたんや。弥生もかんなも…あ、俺実は二人がママになる前から知ってるんやけどな、綺羅ママと香里奈が店の評判を落としてるって心配してたんや。俺も前に言ったように綺羅ママは入れん方がいいって進言してたんやけどな、ここ数年は店の売り上げが落ちてる、あんたらが頑張らへんからやって逆に弥生とかんなが説教されてな、そう言われたら黙るしかないわな」

 そこまで話すと五十嵐さんはワインを二口、三口とごくごく飲んで、喉を潤した。あたしが横にあったボトルを持って注ぎかけると、ウエイトレスさんがすみません、と寄ってきたので、五十嵐さんが、いや、大丈夫気を使わないで、とボトルを奪って自分で注ぎ、あたしにも差し出したのでグイっと飲み、そして注いでもらった。

「そんで綺羅ママが入って、最初こそしおらしくやってたけど、売り上げが1番になるとだんだん本性を表してきよった。悪い噂も思った通り広がってきたけど、売り上げは頑張ってるからな、今更辞めてくれなんて言われへんやろ?そこへ君の注進があった。百合子ママにしたら、円満に辞めてもらう絶好のチャンスと思ったんちゃうかな?こないだ、俺らの前で、香里奈に絶対勝たせたらあかん、何としてでも萌未を勝たせな、って言ってはった」

 そんな裏話があったのか…
 とすると、あたしは利用された…?

 ようするにこの同伴勝負は単なるあたしと香里奈の戦いではなく、綺羅ママとチーム若名との戦いだったんだ。

 それならあと4日間も遠慮なく同伴をつけてもらおう。

 そして、香里奈、そして綺羅ママがボロを出すのを待とう。




 この日、あたしにはなっちゃんとかんなママからそれぞれ一つずつ、店前同伴がついた。

 香里奈もトリプル同伴をこなし、一回分の差は縮まらなかった。

 でも、更衣室で見ると、なっちゃんが言ったように確かに香里奈の同伴表から金曜の分の一つにはバツがつけられ、きのうはダブルで終わっていた。

 あと3日…

 あたしはおそらく、もうトリプルを取りこぼすことはない。

 香里奈は、引いては綺羅ママは、あと9つの同伴をこなせるだろうか?

 ダブルまでならよかったのにね。

 それだったら、きっと余裕だったろう。

 そして、引き分けでこの勝負を無かったことにできたかもしれない。

 トリプルにしたことが仇になったわね。



 きっとあたしはこの勝負に勝つ。

 そんな気がする。



 でも、あたしの目論見はその先にある。

 そして、その日は近づいている……そんな気がしていた。




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