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第2部 萌未の手記
幼馴染の連環
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隆二から電話がかかってきたのは、次の週の始め、仕事が終わって店を出ようかと更衣室に上がっているときだった。
『今、百合子ママが来とるで』
あたしはなっちゃんから若名のオーナーの百合子ママがよくトラが金主をやっているナイトクラッシュで飲んでいると聞き、隆二の連絡先を聞いて次に百合子ママが飲みに来たら教えてくれと頼んでいたのだ。隆二は客の情報は教えられんとか何とか言ってあたしの頼みを最初は渋っていたが、いつかの監禁のことを店で言いふらしてやると言うと、快く引き受けてくれた。
「そう、ありがと。百合子ママ一人?」
『いや、お前んとこの店長と一緒や』
綺羅ママはいないようで、あたしは拳を握り、よし!と自分に気合を入れる。
「今から行くから席取っといて」
『百合子ママの席にか?勝手にそんなんしたら俺が怒られるやんけ』
「何言ってんのよ。別の席に決まってるやない」
『お前一人でか?』
「そうよ。とりあえずカウンターでいいから」
そう予約を入れて電話を切ったが、一人で行くのは確かにちょっと不自然かなと思い、なっちゃんに電話してみる。
「なっちゃん今どこ?アフターやなかった?」
『シャレードよー。めぐちゃんもおいでよー』
賑やかな店の音楽とともに陽気ななっちゃんの声が飛び込んできた。
「実はね、今からナイトクラッシュに行きたいの。一人では不安やから、なっちゃん付いてきてくれない?」
『ええ~ナイクラにぃ?何でまた?』
「それは店の中で言うよ。だめ?」
もし断られたら一人でも行くつもりだったが、いいわよーとなっちゃんは快く引き受けてくれた。店を出て一本南の通りの外れにあるナイトクラッシュの階段を降りると、よう、と隆二が出迎えてくれた。
相変わらず薄暗い店内を歩き、奥のカウンターへと案内される。途中のボックス席のどこに百合子ママがいるかと様子を伺ったが、店の暗さに目が慣れなくて分からなかった。
「あ、後でうちのホステスさんが一人来るから、あたしんとこに通して」
「何や、二人やったらボックスに案内しよか?」
「ううん、カウンターでいい。ね、百合子ママの席はどこ?」
「VIPルームや。ここからは見えん」
隆二が目をやったボックスのあるフロアーの奥にはすりガラスに囲われた部屋があり、中は全く見えないようになっていた。
「ふーん、ね、今日はトラはいないの?」
「兄貴は滅多に店に顔を出さん。自分のひいきの客と一緒か、よっぽど熱い客に呼ばれたりせん限りはな」
ということは、前にここでトラに会ったのは珍しいことだったのね。
普段何してんだか…
自分のことを社長と言ったトラの似合わないスーツ姿が目に浮かんだ。スーツを着込んでいても金髪を逆立てている男なんて、まともな仕事してるわけない…
とりあえずビール、と言ったあたしの注文をカウンターの中に入った隆二が出してくれる。
そのまま、沈黙…
「何黙ってんのよ。あんた、ここのキャストでしょ?何か面白い話してよ」
「え?いや…俺はそういうの、苦手やから…」
「はあ?あんた、あたしから金取るんでしょ?ちゃんと接客しなさいよ」
「ちっ!何でお前に…」
黒いスーツを窮屈そうに着込み、トラと同じ金色に染めた渋面の男は、その短髪をしきりに撫でながらカウンターの中で肩を縮ませ、ぼそっと吐き捨てるように呟いた。
そんなやり取りをしていると、なっちゃんが別のキャストに案内されてきた。
「あら、リュウちゃんやない。うちのめぐちゃん、可愛いでしょ?」
「何や、もう一人来るってなっちゃんやったんか」
「そうよー。私にもビール頂戴。リュウちゃんも何か一杯どうぞ」
そう言ってなっちゃんはあたしの隣に座った。トラと幼馴染みということはその弟である隆二のことも当然なっちゃんは知っていることになる。
あたしの中学の時の玲緒による監禁騒動……あの時、あたしが薬を抜くために付き添ってくれた隆二は、あの後実はあたしと同じ中学だと分かり、しかも中学三年で同じクラスになった。まあトラに出会ったのは中学でツルンでいたギャル友が地元の先輩といって紹介してくれからだったし、なので隆二と同じ中学というのも頷ける話なのだが、さすがに同じクラスになった時は笑った。隆二はめちゃくちゃ嫌そうだったけれど……
ん?まてよ……
なっちゃんはトラと幼馴染なのよね…?
隆二がなっちゃんと自分のビールを入れて持ってきて、3人で乾杯する。
「ね、なっちゃんって、どこ中出身?」
「ん?私?私はねぇ~」
なっちゃんが言ったのはやはりあたしと同じ中学名だった。
「そういえばめぐちゃんには言ってなかったわね。詩音…あなたのお姉さんと私はね、最初は出身地が同じってことで話が合ったのよ。私たち…つまり私とトラと玲緒、それに黒田店長の四人はね、池橋駅近くの長屋で育ったの。木造の古い文化住宅で二十件くらい家があったかな?その中で同い年の私たちはよくツルンで遊んでたのよ。その長屋も駅前の開発でもう建て替えられて今は残ってないけどね~」
「え、宮本…さんは?幼馴染みなんでしょ?」
「拓也は同じ長屋ではなくて近くの大きな一戸建てに住む坊っちゃんやったわね。でもよく私たちにくっついて一緒に遊んでたから幼馴染みには違いないわ」
あたしとトラは確か八つ違い…あたしが八歳の頃にはもう中学を卒業か…それだとすれ違っていたとしても気づかない。宮本と志保姉は…四つ違いだから面識があったかどうか微妙か…
でも、宮本とあたしたちが同じ地域出身だったわけで……その宮本が高架された池橋駅下のショッピングモールの一角で働いている……
これは…ただ単に自分の出身地近くで働くことを希望した?
それとも、他に何か意図があるのか……
そんな思考に沈みかけたあたしの顔を、隣りからなっちゃんが覗き込んだ。
「それで?めぐちゃんは何でここに来たかったの?」
なっちゃんのその質問で思考を止め、本来の目的に意識を切り替える。
「うん…実はね、百合子ママと親しくなりたかったの」
「百合子ママってうちのオーナーの?どうしてよ?」
「え?う~ん…それはちょっと簡単には言えないけど…」
そう言いながらカウンターの中の隆二を見ると、ビールをちびちび飲みながら目線をホールの方にやり、所在無さげに立っていた。
「とりあえずね、今VIPルームに百合子ママいるらしいの。ね、なっちゃん一緒に行って、あたしのこと紹介してくれない?」
「ええ!?今から?いやあよ、あの人飲むと長いんやもん。それにさあ、酔うと説教臭いのよ。店で泣かされたホステス多いんやから…。めぐちゃんも必要以上に近づかない方がいいわよ~」
「そこを何とか。お願い!なっちゃんはあたしを紹介したらすぐに帰っていいから。どうしてもね、あたし、ママに訴えたいことがあるの」
「訴えたいこと?」
なっちゃんは途端、眉間にシワを寄せてあたしを睨む。あたしはそのなっちゃんの目をじっと見つめながら、手を合わせた。
「お願い!お願いお願いお願いお願い、お願いします!」
「もぉ~何よそれ!あんたまさかややこしいことに首を突っ込むつもりじゃないわよねえ?」
「あたしがね、望まなくてもややこしくなりかけてんの。なっちゃんもあたしに平和に働いて欲しいでしょ?だったら、オーナーママに顔を覚えてもらう方がこの先ずっと安全に働けるやない。ね、お願いだから!」
ずっと拝むポーズをして頭を下げていると、やがてなっちゃんは大きく一つ息を吐いた。
「もお~お、しょうがないわねえ…」
「わあ~なっちゃんありがと!」
あたしはなっちゃんに抱きついた。かくして、あたしはなっちゃんと百合子ママのいるVIPルームへ乗り込むべく席を立った。
『今、百合子ママが来とるで』
あたしはなっちゃんから若名のオーナーの百合子ママがよくトラが金主をやっているナイトクラッシュで飲んでいると聞き、隆二の連絡先を聞いて次に百合子ママが飲みに来たら教えてくれと頼んでいたのだ。隆二は客の情報は教えられんとか何とか言ってあたしの頼みを最初は渋っていたが、いつかの監禁のことを店で言いふらしてやると言うと、快く引き受けてくれた。
「そう、ありがと。百合子ママ一人?」
『いや、お前んとこの店長と一緒や』
綺羅ママはいないようで、あたしは拳を握り、よし!と自分に気合を入れる。
「今から行くから席取っといて」
『百合子ママの席にか?勝手にそんなんしたら俺が怒られるやんけ』
「何言ってんのよ。別の席に決まってるやない」
『お前一人でか?』
「そうよ。とりあえずカウンターでいいから」
そう予約を入れて電話を切ったが、一人で行くのは確かにちょっと不自然かなと思い、なっちゃんに電話してみる。
「なっちゃん今どこ?アフターやなかった?」
『シャレードよー。めぐちゃんもおいでよー』
賑やかな店の音楽とともに陽気ななっちゃんの声が飛び込んできた。
「実はね、今からナイトクラッシュに行きたいの。一人では不安やから、なっちゃん付いてきてくれない?」
『ええ~ナイクラにぃ?何でまた?』
「それは店の中で言うよ。だめ?」
もし断られたら一人でも行くつもりだったが、いいわよーとなっちゃんは快く引き受けてくれた。店を出て一本南の通りの外れにあるナイトクラッシュの階段を降りると、よう、と隆二が出迎えてくれた。
相変わらず薄暗い店内を歩き、奥のカウンターへと案内される。途中のボックス席のどこに百合子ママがいるかと様子を伺ったが、店の暗さに目が慣れなくて分からなかった。
「あ、後でうちのホステスさんが一人来るから、あたしんとこに通して」
「何や、二人やったらボックスに案内しよか?」
「ううん、カウンターでいい。ね、百合子ママの席はどこ?」
「VIPルームや。ここからは見えん」
隆二が目をやったボックスのあるフロアーの奥にはすりガラスに囲われた部屋があり、中は全く見えないようになっていた。
「ふーん、ね、今日はトラはいないの?」
「兄貴は滅多に店に顔を出さん。自分のひいきの客と一緒か、よっぽど熱い客に呼ばれたりせん限りはな」
ということは、前にここでトラに会ったのは珍しいことだったのね。
普段何してんだか…
自分のことを社長と言ったトラの似合わないスーツ姿が目に浮かんだ。スーツを着込んでいても金髪を逆立てている男なんて、まともな仕事してるわけない…
とりあえずビール、と言ったあたしの注文をカウンターの中に入った隆二が出してくれる。
そのまま、沈黙…
「何黙ってんのよ。あんた、ここのキャストでしょ?何か面白い話してよ」
「え?いや…俺はそういうの、苦手やから…」
「はあ?あんた、あたしから金取るんでしょ?ちゃんと接客しなさいよ」
「ちっ!何でお前に…」
黒いスーツを窮屈そうに着込み、トラと同じ金色に染めた渋面の男は、その短髪をしきりに撫でながらカウンターの中で肩を縮ませ、ぼそっと吐き捨てるように呟いた。
そんなやり取りをしていると、なっちゃんが別のキャストに案内されてきた。
「あら、リュウちゃんやない。うちのめぐちゃん、可愛いでしょ?」
「何や、もう一人来るってなっちゃんやったんか」
「そうよー。私にもビール頂戴。リュウちゃんも何か一杯どうぞ」
そう言ってなっちゃんはあたしの隣に座った。トラと幼馴染みということはその弟である隆二のことも当然なっちゃんは知っていることになる。
あたしの中学の時の玲緒による監禁騒動……あの時、あたしが薬を抜くために付き添ってくれた隆二は、あの後実はあたしと同じ中学だと分かり、しかも中学三年で同じクラスになった。まあトラに出会ったのは中学でツルンでいたギャル友が地元の先輩といって紹介してくれからだったし、なので隆二と同じ中学というのも頷ける話なのだが、さすがに同じクラスになった時は笑った。隆二はめちゃくちゃ嫌そうだったけれど……
ん?まてよ……
なっちゃんはトラと幼馴染なのよね…?
隆二がなっちゃんと自分のビールを入れて持ってきて、3人で乾杯する。
「ね、なっちゃんって、どこ中出身?」
「ん?私?私はねぇ~」
なっちゃんが言ったのはやはりあたしと同じ中学名だった。
「そういえばめぐちゃんには言ってなかったわね。詩音…あなたのお姉さんと私はね、最初は出身地が同じってことで話が合ったのよ。私たち…つまり私とトラと玲緒、それに黒田店長の四人はね、池橋駅近くの長屋で育ったの。木造の古い文化住宅で二十件くらい家があったかな?その中で同い年の私たちはよくツルンで遊んでたのよ。その長屋も駅前の開発でもう建て替えられて今は残ってないけどね~」
「え、宮本…さんは?幼馴染みなんでしょ?」
「拓也は同じ長屋ではなくて近くの大きな一戸建てに住む坊っちゃんやったわね。でもよく私たちにくっついて一緒に遊んでたから幼馴染みには違いないわ」
あたしとトラは確か八つ違い…あたしが八歳の頃にはもう中学を卒業か…それだとすれ違っていたとしても気づかない。宮本と志保姉は…四つ違いだから面識があったかどうか微妙か…
でも、宮本とあたしたちが同じ地域出身だったわけで……その宮本が高架された池橋駅下のショッピングモールの一角で働いている……
これは…ただ単に自分の出身地近くで働くことを希望した?
それとも、他に何か意図があるのか……
そんな思考に沈みかけたあたしの顔を、隣りからなっちゃんが覗き込んだ。
「それで?めぐちゃんは何でここに来たかったの?」
なっちゃんのその質問で思考を止め、本来の目的に意識を切り替える。
「うん…実はね、百合子ママと親しくなりたかったの」
「百合子ママってうちのオーナーの?どうしてよ?」
「え?う~ん…それはちょっと簡単には言えないけど…」
そう言いながらカウンターの中の隆二を見ると、ビールをちびちび飲みながら目線をホールの方にやり、所在無さげに立っていた。
「とりあえずね、今VIPルームに百合子ママいるらしいの。ね、なっちゃん一緒に行って、あたしのこと紹介してくれない?」
「ええ!?今から?いやあよ、あの人飲むと長いんやもん。それにさあ、酔うと説教臭いのよ。店で泣かされたホステス多いんやから…。めぐちゃんも必要以上に近づかない方がいいわよ~」
「そこを何とか。お願い!なっちゃんはあたしを紹介したらすぐに帰っていいから。どうしてもね、あたし、ママに訴えたいことがあるの」
「訴えたいこと?」
なっちゃんは途端、眉間にシワを寄せてあたしを睨む。あたしはそのなっちゃんの目をじっと見つめながら、手を合わせた。
「お願い!お願いお願いお願いお願い、お願いします!」
「もぉ~何よそれ!あんたまさかややこしいことに首を突っ込むつもりじゃないわよねえ?」
「あたしがね、望まなくてもややこしくなりかけてんの。なっちゃんもあたしに平和に働いて欲しいでしょ?だったら、オーナーママに顔を覚えてもらう方がこの先ずっと安全に働けるやない。ね、お願いだから!」
ずっと拝むポーズをして頭を下げていると、やがてなっちゃんは大きく一つ息を吐いた。
「もお~お、しょうがないわねえ…」
「わあ~なっちゃんありがと!」
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