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第1部 高級クラブのお仕事
ワースト入り
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神戸から部屋に帰った頃には朝の10時を過ぎていた。3時間ほど寝て、出勤準備を始める前に切っていた携帯の電源を入れる。
『新しいメッセージは…10件です』
(はあ!?10件!?)
留守電が溜まっているのを教える機械音声に目を丸くし、再生ボタンを押す。
『1番目のメッセージです。3日午前1時16分…
ちょっとお!何で電源切ってんの!?電話くださーい!』
思った通りの声が耳を突く。
(……やっぱりこいつか…)
『2番目の……
早く電話かけてこないと、由奈ちゃん怒るよ!由奈が怒ったら怖いんやからね!』
『3番目…
嘘つき!詐欺師!ぺてん師!』
『4……あほ!』
(……………)
『5……死んでやるから!
『6…………………』
『7…………………』
『8…………………』
(無言て……完全にストーカーやん…)
『9……まだ?』
(いや、お前がまだ?やろ)
『10番目のメッセージです。3日午後0時15分…
萌未です。今日、ご飯食べに行かない?仕事終わったら電話下さい』
(ん?萌未!?さっき電話くれてたんや…珍しいな…)
涼平の20歳の誕生日以来、萌未から誘われたことはなかった。二日連続で飲み過ぎ&寝不足だったが、ひょっとしたら何か用事があるのかもと思い、萌未からの誘いを受けることにした。
『了解!仕事終わったら電話します』
そうメールで返してから、一つ厄介なことが残っていることに思いつく。
(どうしよ?あいつの約束をこれで二日連続スルーすることになってしまう……ていっても、強引に約束させられてるだけやねんけどなぁ…)
取り敢えず、由奈に電話してみる。
『何よ、今頃』
あからさまにテンションの低い声で出た。
「ごめん…ていうか、電話し過ぎやろ。無言とかやめてや」
『無言て何よ?うち、そんなんしてへんもん』
(はいはい、自分の非は認めないタイプね)
「空気読んでよ。用事で店だって休んでるんやから」
『あんたが約束破るから悪いんやない』
「いやいや、約束は確かにしたけど、すぐとは言ってないし。きのうは大切な用事があったんやからしょうがないやん」
『何よ、大切な用事って?』
(え~そこ聞く?お前は一体俺の何やねん…)
「いや、それは言う必要ないやろ」
『由奈ちゃんとの約束より大事な用なの?』
(はい、そうです。ていうか、由奈の約束ってどんだけ上位にランクインしてんねん…)
「あの、その約束なんですけど…出来たら土曜とかじゃだめかなあ?俺、仕事終わってからホストとか、ちょっときついんですけど…」
『あそ。そんなら、由奈ちゃん、今日休むわ』
「いや、それとこれとは話は別やん。今イベント中やねんから、休んだら罰金になるから」
『イベント中に休んでる人に言われたくないわ』
「いやいや…」
『大切な用事があるのよ』
「大切な用事って?」
『それは言う必要ないでしょ?』
(あ、頭痛なってきた…)
「分かったよ、土曜に出来るだけ奮発するから!実はきのう、その金作に走ってたんや。ほんまやで」
『ふうん…じゃあシャンパンおろしてもらうわよ』
「はいはい、でも高価なんは無理やで」
『考えとくわ』
由奈はそう言ってやっと電話を切った。我ながら上手いこと切り抜けたと思ったが、たかだか同伴1回くらいでホストクラブにシャンパンとは、さすがに高飛車に出られ過ぎていると思い直し、深いため息をついた。
涼平はその日定時に出勤したが、朝方の喪失感を引きずって気分は重かった。周りの黒服たちはそんな涼平の元気ない姿に、きっとご不幸があって休んだのだと勝手に解釈してくれ、何かと腫れ物に触るように接した。
だが、桂木部長だけは優しくなかった。出勤してくるや否や、昨夜の電話とは打って変わった厳しい口調で、
「おい!お前のあのギャル狸、もっと同伴できひんのか。俺らのチーム、最下位やぞ」
と甲高い声で言い寄る。
「え?鳴海チームと佐々木チームに入店あったんですか?」
「ああ、きのうな。男子更衣室に佐々木が成績表貼っとるから見てこい」
(やばい思うんなら自分もスカウトしろよ)
桂木部長に心の中で悪態をつきながら更衣室まで見に行くと、おとといまでにはなかった紙が壁に貼られていた。
_____________________________
★スカウトレース
(同伴1回→1点、動員1人→1点)
1位 鳴海・西口チーム……5点
2位 佐々木・河村チーム……3点
3位 小寺・関チーム……2点
4位 桂木・朝倉・椎原チーム……1点
★首レース
(同伴1回→3ポイント
動員1人→1ポイント
予約1組→1ポイント
抜き物5万→1ポイント)
ワースト
1位 優香 ……0ポイント
2位 由奈 ……3ポイント
3位 紀美 ……4ポイント
──────────────
(うわ、こんな表を貼るなんて佐々木さんらしい…ていうか、首レースは止めて欲しいなあ…)
ちなみに首レースの動員ポイントとは口座を持つホステスが自口座のお客さんを呼ぶことで、予約とはヘルプのホステスが他口座のお客さんが来ることを予め営業前に申告しておくことだ。
そして抜き物とはワインやシャンパンなどその日に飲みきらないといけない酒のことで、抜き物ポイントとは席で抜き物が出た場合、そのボトル代を五万ごとに1ポイントとして換算し、口座がその時に席に着いていたヘルプに割り振るのだという。
そうやって細かいポイント設定を設けるのはホステスたちのやる気を喚起させるとともに、売り上げホステスとヘルプホステスの連携を強める役割もあるのだと、これが発表されたミーティングの日に、涼平は後藤店長に教えてもらった。
(にしても、俺らのチームは3人もいながら、由奈の同伴1個だけとは情けない。小寺チームの2点は樹理が同伴したからかな?鳴海チームの5点と佐々木チームの3点は入店初日にいきなり取ったってことか。どんなホステスさんが入ったんやろ…?)
涼平はボトル室の佐々木マネージャーの元に向かう。佐々木は相変わらず、ボトルの酒をせっせと洗い場に流していた。
「佐々木さん、いきなりスカウトレース2位なんて、すごいっすねえ」
そう誉め言葉で切り出すと、佐々木は手を止め、
「やろ?やろ?まあ実力出せばこんなもんよ」
と誇らしげに笑った。
「一体どんなホステスさん入れたんすか?」
「おお、前にな、なるちゃんとミナミのメタブルで踊ってたときにゲットしたんや。ていっても、実はなるちゃんがメインの売り上げをゲットして、俺はその連れのヘルプをお裾分けしてもらっただけやけどな」
そこまで聞き、その後に言葉の詳細を質問する。要約すると、心斎橋にメタリック・ブルーという踊る方のクラブがあり、そこに佐々木は鳴海部長によく連れて行ってもらうらしいのだが、そこで以前声をかけた女性二人がきのう晴れて入店することになり、一人は売り上げの女性で鳴海が窓口となり、もう一人はヘルプの女性だったので佐々木が担当することになった、ということらしい。
「鳴海部長のその売り上げのホステスさん、いきなり5点も取ったんですね」
「ああ、2名客を2組で4点やろ?そのうちのひとつが同伴やったから合計5点や。ちなみに、俺の入れたヘルプの方はその同伴をひとつ当てがってもらって1点と、ダブル同伴で自分の客も呼んだから合計3点というわけや」
「マジですか!ヘルプやのに口座もあるやなんて…そんなすごいホステスさん入れられたら、もう勝ち目ないっすねぇ…」
「いやいや、君も新人なりに検討したと思うぞよ。俺が知る限り、ウェイターのスカウト最短記録と違うかな?まあ、桂木チームに入ってしまったことを悔やむのだな」
佐々木マネージャーはそう言って、ウシシシ、と笑った。
『新しいメッセージは…10件です』
(はあ!?10件!?)
留守電が溜まっているのを教える機械音声に目を丸くし、再生ボタンを押す。
『1番目のメッセージです。3日午前1時16分…
ちょっとお!何で電源切ってんの!?電話くださーい!』
思った通りの声が耳を突く。
(……やっぱりこいつか…)
『2番目の……
早く電話かけてこないと、由奈ちゃん怒るよ!由奈が怒ったら怖いんやからね!』
『3番目…
嘘つき!詐欺師!ぺてん師!』
『4……あほ!』
(……………)
『5……死んでやるから!
『6…………………』
『7…………………』
『8…………………』
(無言て……完全にストーカーやん…)
『9……まだ?』
(いや、お前がまだ?やろ)
『10番目のメッセージです。3日午後0時15分…
萌未です。今日、ご飯食べに行かない?仕事終わったら電話下さい』
(ん?萌未!?さっき電話くれてたんや…珍しいな…)
涼平の20歳の誕生日以来、萌未から誘われたことはなかった。二日連続で飲み過ぎ&寝不足だったが、ひょっとしたら何か用事があるのかもと思い、萌未からの誘いを受けることにした。
『了解!仕事終わったら電話します』
そうメールで返してから、一つ厄介なことが残っていることに思いつく。
(どうしよ?あいつの約束をこれで二日連続スルーすることになってしまう……ていっても、強引に約束させられてるだけやねんけどなぁ…)
取り敢えず、由奈に電話してみる。
『何よ、今頃』
あからさまにテンションの低い声で出た。
「ごめん…ていうか、電話し過ぎやろ。無言とかやめてや」
『無言て何よ?うち、そんなんしてへんもん』
(はいはい、自分の非は認めないタイプね)
「空気読んでよ。用事で店だって休んでるんやから」
『あんたが約束破るから悪いんやない』
「いやいや、約束は確かにしたけど、すぐとは言ってないし。きのうは大切な用事があったんやからしょうがないやん」
『何よ、大切な用事って?』
(え~そこ聞く?お前は一体俺の何やねん…)
「いや、それは言う必要ないやろ」
『由奈ちゃんとの約束より大事な用なの?』
(はい、そうです。ていうか、由奈の約束ってどんだけ上位にランクインしてんねん…)
「あの、その約束なんですけど…出来たら土曜とかじゃだめかなあ?俺、仕事終わってからホストとか、ちょっときついんですけど…」
『あそ。そんなら、由奈ちゃん、今日休むわ』
「いや、それとこれとは話は別やん。今イベント中やねんから、休んだら罰金になるから」
『イベント中に休んでる人に言われたくないわ』
「いやいや…」
『大切な用事があるのよ』
「大切な用事って?」
『それは言う必要ないでしょ?』
(あ、頭痛なってきた…)
「分かったよ、土曜に出来るだけ奮発するから!実はきのう、その金作に走ってたんや。ほんまやで」
『ふうん…じゃあシャンパンおろしてもらうわよ』
「はいはい、でも高価なんは無理やで」
『考えとくわ』
由奈はそう言ってやっと電話を切った。我ながら上手いこと切り抜けたと思ったが、たかだか同伴1回くらいでホストクラブにシャンパンとは、さすがに高飛車に出られ過ぎていると思い直し、深いため息をついた。
涼平はその日定時に出勤したが、朝方の喪失感を引きずって気分は重かった。周りの黒服たちはそんな涼平の元気ない姿に、きっとご不幸があって休んだのだと勝手に解釈してくれ、何かと腫れ物に触るように接した。
だが、桂木部長だけは優しくなかった。出勤してくるや否や、昨夜の電話とは打って変わった厳しい口調で、
「おい!お前のあのギャル狸、もっと同伴できひんのか。俺らのチーム、最下位やぞ」
と甲高い声で言い寄る。
「え?鳴海チームと佐々木チームに入店あったんですか?」
「ああ、きのうな。男子更衣室に佐々木が成績表貼っとるから見てこい」
(やばい思うんなら自分もスカウトしろよ)
桂木部長に心の中で悪態をつきながら更衣室まで見に行くと、おとといまでにはなかった紙が壁に貼られていた。
_____________________________
★スカウトレース
(同伴1回→1点、動員1人→1点)
1位 鳴海・西口チーム……5点
2位 佐々木・河村チーム……3点
3位 小寺・関チーム……2点
4位 桂木・朝倉・椎原チーム……1点
★首レース
(同伴1回→3ポイント
動員1人→1ポイント
予約1組→1ポイント
抜き物5万→1ポイント)
ワースト
1位 優香 ……0ポイント
2位 由奈 ……3ポイント
3位 紀美 ……4ポイント
──────────────
(うわ、こんな表を貼るなんて佐々木さんらしい…ていうか、首レースは止めて欲しいなあ…)
ちなみに首レースの動員ポイントとは口座を持つホステスが自口座のお客さんを呼ぶことで、予約とはヘルプのホステスが他口座のお客さんが来ることを予め営業前に申告しておくことだ。
そして抜き物とはワインやシャンパンなどその日に飲みきらないといけない酒のことで、抜き物ポイントとは席で抜き物が出た場合、そのボトル代を五万ごとに1ポイントとして換算し、口座がその時に席に着いていたヘルプに割り振るのだという。
そうやって細かいポイント設定を設けるのはホステスたちのやる気を喚起させるとともに、売り上げホステスとヘルプホステスの連携を強める役割もあるのだと、これが発表されたミーティングの日に、涼平は後藤店長に教えてもらった。
(にしても、俺らのチームは3人もいながら、由奈の同伴1個だけとは情けない。小寺チームの2点は樹理が同伴したからかな?鳴海チームの5点と佐々木チームの3点は入店初日にいきなり取ったってことか。どんなホステスさんが入ったんやろ…?)
涼平はボトル室の佐々木マネージャーの元に向かう。佐々木は相変わらず、ボトルの酒をせっせと洗い場に流していた。
「佐々木さん、いきなりスカウトレース2位なんて、すごいっすねえ」
そう誉め言葉で切り出すと、佐々木は手を止め、
「やろ?やろ?まあ実力出せばこんなもんよ」
と誇らしげに笑った。
「一体どんなホステスさん入れたんすか?」
「おお、前にな、なるちゃんとミナミのメタブルで踊ってたときにゲットしたんや。ていっても、実はなるちゃんがメインの売り上げをゲットして、俺はその連れのヘルプをお裾分けしてもらっただけやけどな」
そこまで聞き、その後に言葉の詳細を質問する。要約すると、心斎橋にメタリック・ブルーという踊る方のクラブがあり、そこに佐々木は鳴海部長によく連れて行ってもらうらしいのだが、そこで以前声をかけた女性二人がきのう晴れて入店することになり、一人は売り上げの女性で鳴海が窓口となり、もう一人はヘルプの女性だったので佐々木が担当することになった、ということらしい。
「鳴海部長のその売り上げのホステスさん、いきなり5点も取ったんですね」
「ああ、2名客を2組で4点やろ?そのうちのひとつが同伴やったから合計5点や。ちなみに、俺の入れたヘルプの方はその同伴をひとつ当てがってもらって1点と、ダブル同伴で自分の客も呼んだから合計3点というわけや」
「マジですか!ヘルプやのに口座もあるやなんて…そんなすごいホステスさん入れられたら、もう勝ち目ないっすねぇ…」
「いやいや、君も新人なりに検討したと思うぞよ。俺が知る限り、ウェイターのスカウト最短記録と違うかな?まあ、桂木チームに入ってしまったことを悔やむのだな」
佐々木マネージャーはそう言って、ウシシシ、と笑った。
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