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第1部 高級クラブのお仕事

由奈との出会い

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 桂木かつらぎ部長に連れ出された梅田の観覧車前で、涼平りょうへいは変な女の子と出会う。時給6000円と聞いた女の子は目を輝かせ、自分を涼平の店に連れて行けと言う。涼平はそのギャルっぽい女の子の風体を改めてまじまじと見た。

(東通りのキャバならいいかもやけど、クラブはちょっとなあ…)

 答えに困っているのを察したのか、彼女は急に顔を歪めると、

「今ね、彼氏をずっと待ってたんやけど、すっぽかされたみたい」

 と、いかにも泣き出しそうに両手を目の縁に添える。その嘘っぽい仕草に、涼平は軽くため息を吐いた。

「そうなん?待ち合わせは何時やの?」
「5時よ」

 現時刻は6時過ぎ、1時間以上経過している。

「それはすっぽかされてるかもね…電話してみたら?」
「してるわよ、何度も。繋がれへんの!で、さっきの人に声かけられて、店見に行くことになってたんよ。いい暇潰しになったのにぃ。あんたが責任取ってよね」
「せ、責任言われても…新地まではだいぶ歩かなあかんよ」
「車ないの?ショボいなあ。タク拾ってよ」

(何でわざわざタクで行かなあかんねん…)

 今度はこれみよがしに大きく息を吐く。

「別に無理に来てもらわなくてもいいよ。ここに立ってたらきっとさっきの男みたいなやつがまた声かけてくれるよ」

 涼平がそう言うと、彼女は慌てて口調を明るくし、もたれていた柱から身を起こした。

「うち、一回新地行ってみたかってんなあ。どっちから行くの?行こ行こ」

(人の話聞いてるんか…)

 勝手に歩き出した彼女に、誰も連れて帰らないよりはましか、と、涼平も観念して彼女の後ろに付いた。



「ね、あんた名前何て言うの?」

 涼平たちは梅田の地下街へと降り、ディアモールというショッピング通りを抜けて新地に上がることにした。時間にすると歩いて十数分の距離である。

椎原しいはらです」
「じゃあ、しーくんね。しーくんはどれくらいお水の仕事してるの?」

(こいつの距離感どうなってんねん。まあ何でもええわ。どうせ今日限りや)

 内心でそう考えながら、適当に返す。

「まだ2週間くらいやけど」
「え~まだ新人さんやん。ほんなら由奈ゆなちゃんみたいなべっぴんさんいきなり連れて行ったらびっくりされるなあ?」

(ユナっていうんや。ていうか、自分で自分の名前にちゃん付けするタイプね……)

 まるで遠足気分にでもなったように浮かれる彼女に、涼平は一抹の不安を覚える。

「あ!」

 そしてこの前のミテコの件を思い出し、店に連れていく前に18才以上かどうかを確認しなければと思った。

「なあ、18才未満なんてこと、ないよね?」「失礼ね。由奈ちゃん20歳やもん」

(お、同いかよ…)

「それって証明できる?」

 涼平が立ち止まってそう言うと、彼女はふくれっ面をして肩にかけたトートバッグからビーズでごちゃごちゃとデコレイトされた財布を取り出し、そこから免許証を抜いて見せた。

(め、免許持ってるとは生意気な。それにしても同じ20歳でも萌未めぐみとは大違いやなあ…あいつは大人っぽすぎるけど、こっちは子ども過ぎるわ…)

「ごめんごめん」

 免許証を返し、ちょうど涼平の肩辺りにくる彼女の顔をもう一度ちゃんと見ようと覗き込む。彼女は上目遣いに涼平を見上げ、にっこり微笑んだ。垂れ目気味の目がさらに下がり、癒やし系の愛嬌が滲む。

(ん?ちょっと可愛いかも…)

 涼平が近づけ過ぎた顔を咄嗟に離すと、由奈はその涼平の頭を指差す。

「しーくんてさあ、お水やってるくせにダッサイ髪型してるなあ」

(や、やっぱり可愛いくない!)

 涼平は即座に南に向き、新地への道のりを急いだ。




 店に着くとちょうど谷村たにむら副社長がホール中央の一番大きなボックスのソファーでくつろいでいた。店に向かう前に前もって連絡を入れていたのだったが、女の子を副社長の向かいに座らせると、そのまま面接に突入した。

「うわあ~広いんやね」

 ビルの階段を降りて店に入った由奈は、ホールに向かう間キョロキョロと周りを見回しながらドルチェの豪華さに緊張し始めているようで、涼平も初めてここへ来たときのことを思い出して頬をほころばせていたが、

「谷村です」

 と向かいに座った副社長がドスのきいた声で名刺を差し出すと、由奈は背筋をピンと伸ばし、手を真っ直ぐにしてロボットのようにギクシャクと受け取った姿に思わず笑ってしまった。

(おお、びびっとる、びびっとる)

 涼平は副社長の隣りに座り、さっきまでの馴れ馴れしい彼女とは違う固まった姿を正面に見ると、その緊張が自分にも伝染してきた。

「経験はありますか?」
「接客には自信があります!」

 由奈はとびっきりの笑顔を作りながら、涼平としゃべるときとは全然違う可愛らしい声で答える。

(ど、どっから声出してんねん。だいたいガールズバーの経験しかないやん…)

 はらわたをギュッと掴まれたような居心地の悪さを感じながら二人のやり取りを見守る。

「では、働くとしたらいつから働けますか?」
「今のお店辞めたらすぐに働けます!由奈ちゃん人気者やから店長に止められる思いますけど」

 いよいよ締めの質問になり、精一杯自分を大きく見せようとしている由奈の言葉に椅子からずり落ちそうになる。

(絶対止められへんな……)

「では後は椎原くんに詳しいことは聞いて下さい」

 そう言って今回も副社長はあっさり席を立ち、玄関へと向かう。

(やっぱりな。可哀想やけど、ガールズバーとはレベルが違うからな)

「ちょっと待ってて」

 どうせすぐに呼びに来られると思ったので、自分から副社長の元に行った。

「あきませんよね…」
「まあ入れてみいや」
「え?」

 副社長からは意外な答えが返ってきて、思わず聞き返す。

「ええ!?あのギャルメイクですよ?」
「ええってお前が連れてきたんやないか。確かにメイクは変えさせなあかんな。ただあの目の輝きは気になる。ああいうやつはやらせてみたら化ける可能性あるからな。涼平も頑張って連れてきたんや、お前の勉強代も兼ねて使ってみい」
「は、はあ…」

(目の輝きて、ただの金の亡者なだけやと思うけど…)

 クロークで聞いていた朝倉あさくらがグッジョブサインを送ってくる。その所作を見て、やっと面接が通ったことが実感として伝わる。

(まあちょっと変わったやつやけど、これで俺も窓口持つことになるんやなあ…禿げギツネにもケツたたかれんで済むか…)

 そう思うと嬉しさが込み上げてきた。席に戻り、働くことにオッケーが出たことを伝えると、由奈はキャッと声を上げて喜んだ。その仕草は、素直に可愛いかった。

「ほんまに時給六千円もらえんの?」

 そして即座に聞いてきたその質問にガクッと肩を落とす。

(やっぱそこか…)

「いや、時給っていうか、日給で3万やねん。時間は8時からラストの客が帰るまでやけど、だいたいみんな12時半から1時、遅くても2時には帰ってるよ。だから時給にしたら六千円ってとこかな?どう?やってみる?」
「う~ん、しーくんのためにもやってあげたいねんけどなあ~由奈ちゃん辞める言うたら店長泣くやろなあ~」

(はいはい…)

 もったいつける由奈の話をそこそこに、明日そのガールズバーのバイトがどうなったか結果を聞く約束をして店を出た。

「なあ、お土産は?」
「え?お土産って?」
「わざわざ新地まで来たったのにお土産もないの?うち、この前テレビで観たロールケーキ食べたいな」
「はあ!?そんなん新地で働くようになったらいつでも食べれるやん」
「ぶー!ケチ!もっとリッチな人に声かけてもらいたかったわ」

(声かけてないし。やっぱ可愛いくないわ、こいつ…)

 一抹…いや、かなりの不安を感じつつ、その日はそれで別れたのだった。




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