【完結】北新地物語─まるで異世界のような不夜街で彼女が死んだわけ─

大杉巨樹

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第1部 高級クラブのお仕事

初めてのスカウト面接

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 その日部屋に戻ると、外鍵のかかっている部屋が開いていて中から何やら物音がしている。萌未めぐみから、そこには近づかないようにと釘を差されていた彼女のお姉さんの部屋だ。

「誰かいるの?」

 声をかけると中から萌未が顔を出した。

「お帰り。遅いのね」

 その言葉を聞き、涼平はぷっと吹き出す。

「何よ」
「いや、何でもないよ。何か、新婚の嫁みたいなこと言うなと思って」
「アホ言わんといて。最近眠れない日が続いててね、お薬取りに来たの」
「え?薬って?」
「睡眠導入剤よ。特別に処方された強いやつをお姉ちゃんが持っててね、それを取りに来たの」

 そう言われて彼女を見ると手には薬袋が握られ、彼女の顔はこの前大学の下で別れたときより幾分やつれた感じがした。

「薬なんか止めた方がいいよ。副作用とかあるんやろ?」

 萌未は薬袋をバッグに入れると、

「じゃあ今日は涼平に抱かれて眠ろうかな?」

 と涼平の顔を覗き込んだ。

「お、俺はいいけど…」

 照れ隠しに顔を背けた涼平の手を、じゃあ早く早く、と萌未はベッドルームまで引っ張った。

「いや、まだ帰ってきたばっかりやし」
「じゃあ寝酒に付き合ってくれる?」

 萌未は涼平がスエットに着替えている間、キッチンからグラス、氷、ウィスキーのボトルをダイニングのテーブルに並べた。

「ね、クラブの仕事はどう?」
「う~ん、正直ドルチェは思ってたクラブとは全然違ってた。何か、いろんなやついるっていうか…」
「あのお店ってすごい派手って聞くわね」
「う~ん、派手っていうか…まるで魑魅魍魎ちみもうりょうの巣窟って感じや」
「あらあ、それは大変やね」

 萌未の同情の言葉に、涼平は口をヘの字に曲げてみせる。だが最近は明日菜あすなの嫌がらせもなくなり、入った当初よりも個性豊かなスタッフの面々に親しみを感じ出していた。相変わらずホステスたちとはほとんど会話らしい会話はしたことなかったけれども…

「そういえばさ、今日黒田くろださんに会って萌未は夏美なつみさんの紹介で入ったって聞いたんやけど、夏美さんのこと前から知ってたん?」

 そう聞いたとき、萌未の肩がピクッと上がるのを見た。

「そう…黒田くんは何て?」
「窓口は俺やからスカウトするなよって釘刺された」
「あら、それは残念ね。なっちゃんはあたしのお姉ちゃんの友達でね、それで紹介してもらったの」
「そうなんや…」

 夏美と友達……ということは、萌未の姉は夏美と年が近いのだろうか?そうなると年の離れた姉妹ということになるが、そういえば自分は萌未のこと全然知らないな、と改めて思う。萌未に聞きたいことはいっぱいあった。特にこの前見た男性とはどれくらいの仲なのか、それもずっと気になっている。しかし、そういったことを何でもかんでも聞いてしまうと、今の関係が崩れてしまう、涼平はそう感じて言葉を飲んだ。

「眠れないって言ってたけど、何か嫌なことでもあった?」

 取り敢えずそう聞くと、萌未は少しの沈黙のあと、

「この仕事をしていると、何やかんやと嫌なことはあるもんよ」

 と言ってため息をついた。

「今日さ、初めてスカウトに出てみた。でも店の黒服たちの話聞いてるとさ、女の子をこの世界に引き込むのがいいことなのかなって、萌未がこの前言ったように俺は女の子を守ってやれるのかなって、そんなことばっかり考えてたよ」
「お水に入る子はね、放っておいても入るのよ。変な黒服はいっぱいいるんやから、涼平がいい黒服になって、最低の黒服に出会わなくさせてあげるだけで、もう守ってあげてるのよ」

 萌未はそう言ってにっこり微笑むと、涼平の手を取ってベッドに連れて行こうする。

「まだ歯磨いてへん」
「大丈夫よ、今日はキスしないから」
「いや、そういう問題やなくて…」
「そういえば初めて涼平とキスしたときね、少しゲロくさかったわよ」
「え、やっぱり?」

 言葉を詰まらせた涼平の口に、素早く萌未の口が覆いかぶさった。そして、少し長めのキスをする。

「大丈夫よ。涼平ならうんこ食べた後でもキスしてあげる」
「いや、うんこは食べへんけどな…」

 それから彼女は着ていたワンピースを脱ぎ、そのままベッドルームへ入っていった。そして早く、と促し、涼平もそれに続く。萌未は後ろから抱きしめるようにと要求した。

「こうしてると落ち着く。涼平は睡眠薬いらずね」

 普通口づけを交わす相手は恋人なはずだが、萌未にはそんな一般的なルールは通用しない気がした。萌未は涼平の手のひらを自分のお腹、へそ、そしてその下の茂みへと這わせる。そして下着の中で止めた。涼平はその部分の凹凸を指でなぞった。萌未の息が荒くなり、あっと声が漏れた。

「動かしちゃだめ。じっとしてて」

 そう言って萌未は涼平の手を止める。涼平の指先に湿った温もりが伝わっていた。

「気持ちいい…」 

 萌未は呟くようにそう言って、小さな寝息を立て始めた。涼平はそのまま彼女の沼に捕らわれていた。



 次の日目を覚ますと萌未はもういなかった。昼過ぎに知らない番号から着信があり、

『黒田さんから女の子に会っていただけると聞いたんですが』

 と男の声が言った。ドルチェの場所は知っているということだったので、涼平は時間を決めて店で落ち合うことにした。紹介とはいえ、初めて自分が仕切る面接に少しわくわくしていた。



 男と約束した時間になり、私服姿の若い男がクローク前で涼平の名前を告げた。

「あ、俺です」

 今日も作業を終えた他のウエイターたちは店外に出払っており、クロークに佐々木ささきマネージャーと座っていた涼平に、彼はよろしくお願いします、と言うとドアの向こうに待たせている女の子を呼んだ。その子のビジュアルはと見ると…

(き、金髪!?)

 そう、まるで欧米並みの見事な金髪だった。男の方は、彼女に終わったら電話して、と言ってそそくさと出て行った。

「え、え~と…」

 どう扱っていいか分からず一緒にいた佐々木マネージャーを見ると、彼は肩を震わせて向こうを向いている。取り敢えず奥の席に案内し、話を聞くことにする。彼女の向かいに座り、顔をよく見ると…

(か、可愛い!?)

 髪色にばかり気を取られていたが、丸顔に愛嬌のある目をしていて、アイドルにいそうな輝きを感じた。

(これはいけるかも?)

 ウエイターには自分で採用する権限がなく、女の子を連れてきた場合は常務以上の幹部の誰かに会わせることになっていた。取り敢えず副社長に電話を入れ、面接のお願いをする。10分で行くとのことだった。

あいです」

 名前通りの愛らしい声に、ドルチェのホステスたちにはない初々しさがあり、涼平はテーブルの下で拳を握る。

(紹介とはいえ、これでとりあえずは俺のノルマは達成やな)

 その時の涼平は早く副社長に見てもらいたい、そんな気持ちに駆られていた。

谷村たにむらといいます」

 しばらくして副社長が到着し、丁寧に名刺を渡す副社長の顔のいかつさに、女の子は引き気味に頭を下げた。

「経験がないということなんで給料は日給3万からになります」

(日給3万!やっぱ高いんやなあ…)

 初めて駆け出しのホステスの日給を耳にした涼平は、副社長の言葉に女の子よりびっくりしていた。谷村副社長は必要なことを事務的に言うと、あっさりと席を立った。そして、佐々木マネージャーに涼平を呼びに来させた。玄関先で副社長は、

「あれはあかん。明日返事します、と言ってすぐに帰せ。そして明日断りの電話を入れろ」

 と指示を出した。

「え、不合格ですか?」
「まあな。顔はいい。スタイルも合格や」
「やっぱ金髪ですか?」
「あほ、そんなもん染めたらしまいや。あれはな、ミテコや」
「え、副社長の知り合いですか?」
「あほか!名前やない。18歳未満のことや。とにかく早く店から出せ。あんなもん働かせたら店が営業停止になってしまう」

 ミテコというのは18才未満の隠語だった。

「何でそんなこと分かるんですか?」
「化粧やな。あと、しゃべった感じとか、匂いとかやな。嘘やと思うなら身分証見せてもらうことや。ただべっぴんはべっぴんやから働ける年齢になるまで繋いどくのはアリやけどな」

(匂いて…そういうフェチでもない限り分からんやん…)

 店を出ていく副社長を見送りながら、涼平はいまいち納得できずにいた。その日は言われた通り帰ってもらい、次の日に身分証を見せて欲しいと言うと、それっきり彼女とは連絡つかなくなってしまった。きっと副社長の言う通りミテコだったのだろう、副社長の眼力に感服した。

 (あんな癖の強い面々をまとめるにはやっぱり強面だけやなくて人を見る目も必用なんやなあ…)

 ひとつ間違えば営業停止になるという、スカウトの怖さを同時に思い知った一件でもあった。




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