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第1部 高級クラブのお仕事

形勢逆転?

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「え?何で!?」

 涼平りょうへいは一緒に立つ神崎かんざきに驚きの目を向ける。

「あそこの社長は俺もちょっとした面識があるからな」

 そう言った神崎が見据えているのはどうやら明日菜あすなと一緒にいる前嶋まえじま社長のようだ。涼平は神崎を連れ立って明日菜の席に行く。席にはドルチェの時と同じように前嶋の部下と優香ゆうかもいて、優香が心配そうに涼平を見ていた。

「前嶋社長、今日はありがとうございました」

 涼平は席横で片膝をついて挨拶したが、前嶋社長の目線は後方にいる神崎に注がれていた。

「社長、えらい羽振りよろしいなあ」

 神崎が立ったまま挨拶もなしに前嶋にそう言うと、

「ああ、まあ、な…たまにはな」

 と前嶋社長はバツが悪そうに歯切れ悪く答える。

「あら、あんた、知り合い?」

 明日菜が怪訝な顔で聞くと、

「ああ、野崎のざき会長んとこの人や」

 と前嶋は脂ぎった額をおしぼりでしきりに拭きだした。

「ふうん…」

 明日菜は訳が分からない、というように小首を傾げて社長と神崎を交互に見ていたが、やがて悪魔の笑みを浮かべると、

「じゃあお友達と二人で一気にどうぞ」

 と、アイスペールにテーブルのシャンパンを並々と注ぎ込んで差し出した。

(え、グラスやなくて!?多すぎるやろ…)

 涼平は神崎を巻き込んでしまったことを申し訳なく思い、後ろの神崎に小声で、俺一人でやるから、と言ってから深呼吸した。すると神崎は涼平には一瞥もせず、

「ほお、面白いことさせてくれますなあ」

 と、言葉とは裏腹に面白くないといった口調で言う。前嶋社長はその言葉に顔色を青くし、明日菜の持ったアイスペールを奪い取ると、

「やめなさい!」

 と怒鳴った。明日菜は勢いよく手に持ったアイスペールを奪われて後ろのシートにつんのめり、驚いて目を丸くした。

「ちょっとぉ、何でよお」
「うるさい!ええから!」

 まるで痴話喧嘩のようになってしまった二人に、

「こいつは俺の親友ですねん。店ではようしたって下さいね」

 と神崎は冷たく言い放つ。そしてコクコクと頷く前嶋に蔑んだような一瞥を加え、そのまま席へと引き返した。

(え、もしかして、助かった?)

 前嶋はそのまま固まり、傍らのアイスペールは再び差し出されそうにない。涼平はそれを見て神崎の後を追った。


 涼平が元の席に戻ってすぐに、前嶋たちは逃げるように席を立ち、急ぎ足で店を出て行った。去り際に、優香がごめんね、と後ろから小声で声をかけてくれた。

「涼平くん、えらいのんに目ぇ付けられてるわねえ」

 席に戻ると夏美なつみが心配そうに口を開く。

「はあ…何かすみません」

 涼平は安堵のため息をつくと、神崎に、

「お蔭で助かったよ。どういう知り合いなん?」

 と聞いた。神崎は一旦気分を落ち着かせるように煙草を一服吸ってから、

「あの客、よう店に来るんか?」

 と逆に質問する。

「う~ん、俺はまだ入ったばっかでよう知らんねんけど、しょっちゅう来てるんと違うかなあ?」

 きのう朝倉あさくらに教えてもらった、明日菜の売り上げの成績はママ以外では二番目に付けていること、そしてその成績にはムラがあり、ほとんどは前嶋の飲み代で賄っているという内容を思い出し、推測を交えてそう答えた。すると神崎は横一文字の薄い眉の間に深い溝を作り、

「あいつはもうやばいで。あんまり関わらんこっちゃ」

 と苦いものを吐き出すように言った。

「え?それって飛ぶってこと!?」

 その言葉に即座に反応したのは夏美だった。涼平は意味が分からないという顔だったが、神崎は一服煙草を吸い、

「まあ近々やな」

 とまた吐き捨てるような口調で夏美に返した。

「わあ~、あのドルチェの子大丈夫かしら」

 神崎の返答を聞き、夏美が同情したように言う。涼平は完全に会話に取り残され、二人を交互に見ながら身を乗り出した。

「え、どういうことですか?」

 夏美が涼平を見てあははと、涼平くんは初心者やったわねと思い出し笑いをした後、涼平に分かるように説明し出した。

「ん~とまず、客がクラブに飲みに来て帰るとき、支払いは仕方はキャッシュ、カード、サインの3通りあるのね。キャッシュとカードは問題ないんやけど、お客さんの肩書が代表取締役なんかの場合、会社の経費で飲み代を落とすことが多いの。その場合、サインで帰るのね。つまり、付けで帰るってこと。その支払い期日は店によって違うけどだいたい締め日から二ヶ月以内になってるの。それでね、もしその二ヶ月を過ぎて支払われない場合、その客の口座であるホステスが立て替えなければならないのよ。最悪なのはその二ヶ月の間に客が行方を眩ませるなんてこともあるの。それを、飛ぶって言うのね。そうなると口座が立て替えたお金は返ってこないわけ。だから、さっきの社長がサインで帰った額がどんだけあるか、すぐに確認した方がいいわよ」

 夏美はそこまで言うと深いため息をつき、

「昔は付けで帰るお客さんほどいいお客さんやったんやけどねえ、今は景気悪いお客さん多くてだんだんサインで帰すの怖くなってきたわねえ…」

 と言って自分のことを顧みるように口を曲げた。

「え、そういうことってしょっちゅうあるもんなんですか?」
「う~ん…私はまだそんなに大きな額は経験ないけど、何百万飛ばれたって話、結構あるのよ。ひどいときは折角働いても借金だけが残って自分も飛ばないといけない、なんて羽目にもなるの」

 夏美の深刻な話を聞き、明日菜の泣く顔が一瞬涼平の頭に過る。憎たらしいやつではあるけれども、もし前嶋社長が危ないとすれば、同じ店の黒服としては何とかしないといけないのでは、そんな気がしていた。

「神崎の話って信憑性あるん?」
「リュージは仕事柄首が回らなくなった経営者の情報に詳しいのよ。私も何度か助かったことあるわ」

 二人の会話を聞きながら、神崎は涼平に鋭い視線を向ける。

「ほんまは顧客情報はもらしたらあかんねんけどな。涼平、あんな腐れ女助けようなんて気起こしたらあかんで。自業自得やねんからな」

 まるで自分の考えを読んだかのような神崎の言葉に、涼平はゴクンと生唾を飲んだ。

「まあまあ辛気臭い話はそれくらいにして、飲み直そうよ」

 夏美が明るく声を上げ、その話はそこで打ち切りになった。そして三人は、キャストのマイケルを交え、それから大いに飲んで、歌った。帰りに夏美をタクシーまで見送った後、涼平と神崎はまた飲もうと約束した。

「なあ、神崎さあ、中学んとき俺の誕生日に突然うちに来てドクロのキーホルダーくれたことあったやろ?あれ、何の意味があったん?」

 心地よく酔いが回っていた涼平は、別れ際に長年疑問に思っていたことを聞いた。中学の時は暴走族とツルンでいると噂された神崎が怖くて聞けなかったが、酔いが気持ちを大きくしていた。

 すると神崎は当時を思い出そうとしてか無言で御堂筋を流れる車を眺めていたが、やがて、

「忘れた」

 とぶっきらぼうに言った。そして、またな、と流れているタクシーを停めて乗り込む。去り際、歩道まで下がって見送る涼平に、

「涼平!」

 と叫ぶと、

「あいつに関わると、お前、死ぬぞ」

 と言った。

「分かってる」

 そのとき神崎の言った「あいつ」とは明日菜のことで、前嶋社長の話に首を突っ込むなということだと思って返事をしたが、そういえばシャレードで神崎が何か言いかけていたのを思い出し、もう一度確認しようと呼び止めようとしたが、すでにバタンとドアが閉まり、タクシーはそのまま走り去って行ってしまった。




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