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第1部 高級クラブのお仕事

思いがけない再会

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「涼平は何でボーイなんかしてるんや?」

 神崎かんざきのその質問に、涼平りょうへいはどこからどこまで話すか迷ったが、ボーイなんか、という言い方に引っ掛かりを覚え、同級生である萌未めぐみが新地のクラブで働いており、そのクラブに連れていってもらったのがきっかけで興味を持った、と簡潔に流れだけを話した。

 神崎は静かにその経緯を聞いていたが、今日の彼の誘いのねらいはどうやら次の言葉にあったらしく、涼平の動機にふーん、と適当な相づちを打つと、鋭い眼光を走らせた。

「黒服なんかやってても大した金にならんやろ。なあ、よかったら俺の仕事手伝わんか?」

 涼平はいきなりのその誘いに、戸惑いの顔を向ける。

「え、神崎って何の仕事してるん?」

 神崎の同い年とは思えない貫禄に圧倒されそうになりながら、そう聞いた。

「金貸しや。元々兄貴の仕事を手伝ってたんやけどな、今は独立して事務所持たしてもうてる。まあ事務所いうても従業員3人しかおらん小さなとこやけどな」
「ふうん、それって消費者金融とか?」
「いや、どっちかいうたら商工ローンて感じやな。どや、ノウハウ覚えたら結構金になるぞ」
「いやあ…」

 商工ローンと言いながらも、神崎の派手な出で立ちから判断してまともな仕事であるとも思えない。断り文句を探していると、それが迷っている風に取られたのか、彼はさらに熱弁を始めた。神崎が込み入った話をしようとしてるのを察したのか、マスターは満席になったカウンターの他の客に話をしに回った。

「何も盃交わしてこの世界の人間になれ言うてるんとちゃうんやで。お得意さんはこの街でよう飲んでるような経営者連中や。あんな店おってそんなやつらにペコペコ頭下げて楽しいか?俺らの世界は反対に頭下げてもらえるし、成功したら高級クラブで飲めるようにもなる。今お前に偉そうにしてる女をはべらかすこともできるんやで。俺もナイトなんてやってた頃より二桁は多く稼いでる。お前みたいな真面目で頭いいやつなら早うコツつかんでドンドン稼いでいける。どや、やってみいひんか?」

 神崎が真剣に誘ってくれているのが分かり、涼平も真剣に、黒服の仕事を始めた理由をちゃんと説明しなければ、と思った。

「俺には水商売の血が流れてる。だから今は、水商売がどういうもんなんか知りたいねん。神崎がもし今の仕事に誇り持ってるなら、俺もこの仕事に誇り持ちたいと思ってる。だから、今はすぐに辞めるわけにいかんねん」

 神崎の眼光に負けないよう、目力を入れながら話す。そしてそれは、自分に言い聞かせる言葉でもあった。するとその言葉を聞いた神崎はロックグラスの琥珀色の液をグビッと一飲みすると、ため息とも取れるような肺の奥から絞り出すような息を吐き出した。そしてグラスの液を眺めながら、ポツンと言う。

「あいつはやめといた方がええ」

 その言葉に、涼平は既視感を覚えた。確か中学の時、これと同じ言葉を神崎から聞いた覚えがある。それがどんなシチュエーションだったかを思い出そうとした時、勢いよく開いたドアの方から酔った女性の声が飛び込んできた。

「わあ~いっぱいやんかあ。チャーリー、席ないん?」

 そうして店の中を見渡している女性に見覚えがあった。女性も涼平の姿に気がついたのか、目が合ったと思ったと同時に、彼女は涼平の方に向かって手を振った。一瞬戸惑ったが、

「リュージやんかあ!久し振りやん」

 という彼女の言葉で振り返そうとした手を引っ込めた。

「いやあ~ごめんなあ。今席いっぱいなんや」

 マスターがそう言うと神崎が、出ようか、と涼平に言ってマスターにチェックの合図をする。

「ああ~!久し振りやのに何逃げようとしてんのよ。一緒に飲みに行こうよ」

 席を立った神崎にそう声をかけてきたのは、クラブ若名の夏美なつみだった。

「何言うてんねん。席空けたろう思てどいたんやんか」
「あの、この前はご馳走さまでした」

 神崎の言葉に被せ、涼平がそう言うと、夏美は酔って細くなった目をさらに細めて涼平の顔をしばらく眺めた後、

「あらぁ、めぐちゃんの彼やんかあ~」

 と言って勢いよく涼平の肩を叩いた。

「いや、彼とちゃいますよ。ただの同級生です」

 涼平は慌てて手を振るが、夏美はその言葉はどうでもいいように神崎の手を素早く取ると、

「ねえ、私、リュージと飲みたいなあ。久し振りにナイトクラッシュ行こうよ。私が奢るからさあ」

 と言った。

「そやなあ、なっちゃんとも久し振りやもんなあ。涼平もまだいいやろ?」
「え?う、うん…」
「よし、決まり!行こ行こ」

 夏美が涼平と神崎の間に入り、二人と腕を組みながら、船大工ふなだいく通りにあるというナイトクラッシュを目指した。夏美はチャーリーや神崎が働いてる頃からのナイトクラッシュの客なのだそうだ。

 ナイトクラッシュは北新地をかなり南に歩いたところにあるビルの地下にあり、ドアを開けると賑やかな笑い声やカラオケの音が飛び込んできた。ビートのきいた賑やかなサウンドに迎えられながら、涼平たちは暗いフロアーの真ん中らへんの開いていたボックスに通された。

「夏美さんいらっしゃい!リュージ先輩久し振りっす」

 涼平たちが座るとすぐに小太りのキャストが駆け付けてくる。

「おう、マイケル。元気か?」

 神崎がそのキャストと肩を組み、旧知の仲といった感じで背中を叩き合う。

(ま、マイケルて…ここはアメリカンパブか何か?)

 神崎と夏美に親しそうにするそのキャストは漫才師にいそうな三枚目な感じで、シャレードのマスターが教えてくれたようにホスト風には見えなかった。彼は涼平の姿を認めると、はじめまして、と言って名刺を差し出した。名刺にも確かにマイケルと書いてあった。

「クラブドルチェの椎原しいはらです」

 名刺をまだ持っていない涼平は口頭で挨拶した。

「え?涼平くん、ドルチェに入ったん?」

 涼平の言葉に、夏美が目を丸くする。

「そうなんです。あれからすぐに大学休学して、雇ってもらいました」
「あらあ~どうせなら若名に来てくれたらめぐちゃんも喜んだのに」

 夏美は涼平が萌未経由でドルチェを紹介してもらった経緯を知らない。悪気のない夏美の言葉に涼平はただ、そうですね、と答えた。

「でも、こいつはすぐに辞めますよ。俺と一緒に働くために」

 と神崎が間に入る。

「いや、さっきも言ったように、それはないって」
「あら、リュージあかんよ、涼平くんを悪の道に引き込んだら」
「いやいや、俺のスカウトの腕はその辺の黒服には負けへんで」

 神崎はそう言ってわははと笑い、それから涼平たちは夏美のキープボトルから作った焼酎で乾杯した。初めて訪れたナイトの店に腰の座りが悪く、涼平は薄暗い店の中を見回す。黒いボックスに赤い壁がドルチェや若名わかなに比べるとチープに見えたが、さほど広くはない店内はアフター中の客やホステスたちで賑わっていた。

「ドルチェで働いてはるんすか。ドルチェのホステスさんたちもうちはよく使ってもろてますよ。ほら、あの席もドルチェの人ですよ」

 そう言ってマイケルが指差した斜め後ろの席を見て涼平はギョッとした。何とそこには明日菜あすながいたのだ。涼平は咄嗟にその席と反対側に顔を背けたが、手遅れだった。涼平の視線を感じて気付いた明日菜が即座に声をかけてくる。

「あらあ~ちょっとお、へっぽこくんがいるわよぉ。仕事も一人前に出来ひんのにこんなとこで飲んで生意気ねえ、あんた。あたしらに挨拶はなしかいな?」

 後ろから容赦なく声をかけてくる明日菜に夏美が眉根を寄せる。

「行儀の悪いホステスね」

 あからさまに不快な顔をする夏美を気にすることなく、明日菜は声を上げ続ける。

「ちょっとあんたあ、こっちきて一杯飲みなさい」

 涼平は大きくため息をつくと、この席に迷惑はかけられないので、観念して本日2回目の爆弾一気を覚悟した。

「俺、ちょっと行ってきます」

 涼平が腰を上げると神崎が、

「お前が挨拶行くんなら俺も一緒に行く」

 と言って立ち上がった。




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