機械化童話

藤堂Máquina

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フランケンシュタイン(後篇)

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目覚めるとそれはいつものベッドの上だった。
一つ違っていた点は、自分が自分なのか分からなかった点である。
少年はまた立ち上がろうとすると足はもう殆ど残っていなかった。
歩いている間に朽ち果てたのだろう。
殆どを歩行器に頼り、引き摺るように進んできたため、当然と言えば当然である。
残りの認識できる体の部位である腕は片方動かない。
もう片方は一部機械が剥き出しになっている。
おそらく動かない方の腕は機械が入っていないのだろう。
硬直したままぶら下がって動かない。
時折少年の動きに合わせて揺れるだけだ。
少年は窓から外を見る。
ちょうど父が仕事に出るところだった。
それは完全な人間であり、どこにも剥き出しの機械なんて見当たらない。
両親は体の殆どが生身だ。
外見上は全てと言ってもよい。
確かどこかの部位は病気で機械になったものの、後はどこも触っていない筈だ。
機械だからと言って醜い訳ではない。
偏見もない。
機械には機械の美しさがある。
それに比べて今の自分はどうだ。
中途半端だ。
それも悪い意味での中途半端である。
きっともうすぐ何も出来なくなる。
そうこう考えているうちに母も仕事に出かけるようだ。
鍵をかける音がすると、家の中が静かになった。
少年は部屋から出ると、部屋の前にあるものを食べ、朝食とした。
もはや意味のあることなのかは分からなかったが、食べなければ人間ではないような気がして食べざるを得なかった。
それから体が動かなくなるまでの間に家の様子を脳に焼き付けておこうと家の中を歩いた。
そういえば父の書斎にはあまり入ったことがない。
禁止されていた訳ではないのだが、窓からの景色も悪いし、難しそうな本だらけのこの部屋に薄気味悪さを感じていたのだ。
しかし今の自分以上に気味の悪いものもあるまい。
そう思って部屋に入っていった。
そういえばこれらの本はどんなものなのだろうか。
考えてみたこともない。
いくつか手に取ってみると、やはり科学のような政治や社会のような、とにかくよく分からない本が山ほどあった。
そんな難しそうな本の中にも創作の物語はあった。
開いてみると怪物や異形の者が描かれている。
これはただの趣味の本だろう。
そう思うのだが、今の境遇と重ね合わせて夢中でページをめくった。
中には魔法や、魔法の生物、動く死体や、死体から作られた怪物などが描かれていた。
今の自分の姿はきっとこちらに近い。
自分の欲やワガママの成れの果てだ。
創作にするにはちょうどいい題材になるくらいだ。
きっと今のような時代だ。
作ろうと思えばこれらの怪物を作れるのではないだろうか。
道徳や倫理の面、もしくは利益の面で作られていないだけかもしれない。
偶然出来上がったのが自分であり、今の自分が人間とはかけ離れた外見をしているものの、怪物に会えば仲間として認めてもらえるのではないだろうか。
そう考えると怖いものはなかった。
それから少年が興味をもったのが幽霊であった。
死んだ人間が未練を持ち、肉体が朽ちた後で魂だけで残り続けている存在だ。
実際にそんなことができるかは分からない。
しかし少年はこの存在に憧れた。
きっと自分もこんなに後悔しているのだ。
この後幽霊になるに違いない。
幽霊になれば元の肉体の形で霊体になれるとも書いてある。
幽霊になれたらまずこんな体にした医師を呪い殺そう。
そんなことを考えた。
それから少年は考え直す。
幽霊だなんて非科学的なものに頼らずに、今から医師を殺しに行けばいいのではないと。
どうせいずれ朽ちるこの体である。
失敗して殺されたり、警察に捕まろうがどうでもいい。
残りの動ける時間を最も有効に使うにはそれがいいのではないか。
それから少年は動く手を使って手紙を書いた。
両親に宛てたものである。
そこには感謝と謝罪以外においては、自分が死ぬことを書いた。
そしてその後冷蔵庫から食料をいくつか取ると、懐に忍ばせて夜を待った。
どちらにせよ、昼間には動けない。
皆が寝静まるの待たなければならない。
窓から降りれば気にしなくてもいいのだろうが、生憎手先は器用には動かない。
今や痛みは殆どないため、歩い程度の高さから飛び降りれるのだろうが、体が壊れてしまっては意味がない。
それに大きな音を立てて、人が集まってきたら計画が台無しになってしまう。
それ故に夜を待つしかない。
冷蔵庫の異変などを察して、何かしてこなければいいのだが、果たしてうまくいくだろうか。
そんなことを考えながら両親の一日が終わるのを待った。
手術前の一週間も長かったが、この一日の方がずっと長く、苦しいように思った。
それから夜、深夜になるのを待った。
家の明かりが消えても、部屋から出られないでいた。
万が一のことがある。
この姿を見られてしまっては何が起こるか分からない。
今となっては自分を息子だと認識してくれる自信もない。
自分を完全な他人だと思い込ませてから部屋を出る。
階段を一段一段降りると、玄関まではすぐだ。
ゆっくりと鍵を外すと外へ出る。
よかった。
何も起こらなかった。
家に帰って来た時同様、人通りは少ないし、もうすっかり暗くなっているため、遠くからでは認識できないだろう。
ゆっくりと医院の方へ進むと、道のりは更に遠く感じる。
途中暴走族のような集団が前から来たため、林に隠れたり、休憩がてら茂みに潜みながら進んだため、中々医院に到着できなかった。
それでも多少は遠いものの、歩いて行ける距離である。
手術の日の何倍かの時間を経て漸く到着した。
医師はここに住んでいる筈である。
比較的若い医師だ。
それほど注意深くもないだろう。
多分寝首を掻くのはそう難しいことではない。
では、医師を殺した後、自分はどうなるのだろう。
自ら死を選ぶか、それとも死ぬのを待つ間に何かをするのか。
置き手紙にはもう死ぬことを書いてきた。
しかしそれは「戻らない」を意味するだけである。
少しの間考えた結果、父の書斎で読んだことを思い出した。
もしかしたら同類を作れるのかもしれない。
それならこのまま自分を殺して不幸になる必要もない。
自分が不幸だから復讐をしようとしているのだ。
自分にも幸福が少しでもあればこの世に生を留めておく理由になる筈である。
まずはあの医師を捕らえよう。
ひどく腫れ上がり硬く、重たくなった体、痛みを感じない体を振り回せば、体は十分鈍器になる。
脅すのは簡単だろう。
こちらの不利は動きが遅いことだけだ。
暗闇に紛れればその不利も関係はない。
決心がつくと病院の窓のガラスを少しだけ割った。
鍵さえ開けられればいいのだ。
古びた医院だ。
周りに人の住むような建物はない。
抜け出した時に防犯装置がないことも知っている。
今更恐れるものはない。
一応割ってから数分、誰も来ないことを確認してから再び窓に近づいた。
そうして解錠するとできるだけ静かに医院の中へと入っていった。
自分が寝かされていたベッドの傍を通ると、診察室とは反対の方向、医師の眠っていると思われる部屋の方へと忍んでいった。
奥にはいくつかの部屋がある。
手前の部屋からそっと開けてみるものの、目的の部屋は現れない。
そうしてあと二部屋になったところで当たりが現れた。
部屋を開けると椅子を持った医師が殴りかかってきた。
少年は一瞬怯んだが、硬い腕を振り回して医師をひれ伏すのに長い時間は要らなかった。
医師の上に馬乗りになり、口を開く。
数日ぶりに口を開いたがその声は自分の想像よりもずっと掠れて、自分でも聞き取りにくいと感じるほどであった。
少年はいう。
仲間を作れ、と。
さもなくば殺す、と。
多分力の方向を加減するだけで簡単に医師を殺すことができる状況だった。
医師もそれを分かっていたのだろう。
その後数分少年の下で震えていたが、少しの後口を開いた。
曰く、それに従うと言うことだった。
「できるかどうかは分からないが、できる限りのことをする」と続けた。
その答えに、多少の不満はあったものの、少年の心には一つの目標を達成した満足感があった。
少年は医師の片足の骨を折ると、そこから手を離した。
医師は悲鳴をあげたが、当然誰も来ない。
この歳にしてみれば賢い選択である。
一方でいくら死ぬ覚悟があっても簡単に骨を折ることができるだろうか。
少年の心はすでに怪物であった。
怪物はもう一つの足を握ると医師の方を見た。
医師はもうぐちゃぐちゃであった。
痛いのだが、どうしようもできない。
悲鳴を上げることもできないし、逃げる術も戦う術もない。
それから怪物は扉の方へ戻るとそのうち包帯を持って戻ってきた。
医師はギブスとそれを足に巻き一応の処置を終えた。
怪物は、その部屋に窓がないことを確認すると、部屋の外でドアに持たれて眠り始めた。
ドアが開いて逃げないようにするためだろう。
医師の方は再びどうすることもできなかった。
怪物をどかすほどの力を用意することはできなかったし、ドアを貫くほど鋭利なものもこの部屋にはない。
仮にあったとしても先ほどの様子を見たところ怪物にはもはや痛みもないだろうし、ただ一点、脳を潰せば良いものも、硬い皮膚と金属に守られているためできるとも思わなかった。
怪物は大きな音を立てて眠る。
その眠りは安心を含んでおり、油断そのものであったが、今までの境遇を辿るとそれも当然のような気がした。
今まで予定通りに行ったことなどない。
それが漸く成就したのだ。
どん底のような状況に一縷の希望を得たようなものだ。
それがどんなに小さな光であったとしてもないのとは大違いである。
歩いていた疲れからなのか、それが元々必要なものなのかは分からないが、結局目を覚ましたのは翌日の昼過ぎであった。
その日の空は曇っていた。
雨は降っていなかったが、遠くで雷が鳴っていた。
怪物はまた一瞬、自分の居場所を忘れていた。
そうして昨晩の出来事を思い出すのに一時間ほどかけた。
そしてもう一度勝利の余韻に浸ると、自分がドアにもたれ掛かって眠っていたことを思い出した。
まさか医師が逃げている訳もあるまい。
ドアを開けて中を覗くとベッドの上には医師が仰向けになっていた。
起きてはいるようだ。
足を折ったのだから深く眠れたとも思えないが、思ったよりも落ち着いた様子でいた。
そして昨晩の話についての話題を再び始めた。
医師は「お前のようなものを作るためにはお前を作る時に使ったものと同じようなものが必要」と言った。
それもそうかと思った。
当たり前のことである。
そして医師は続ける。
「そのためには資金集めと外部との取引とが必要である。
私はまず町へ行かなければならない。
お前の体を作った時と同様に、知り合いの病院周り、体の部品を集めなければならない。」
怪物はそれを拒否した。
町へ行けないように足を折ったのだ。
そんなことを許したらいつ逃げるか分からない。
他の方法は無いのかと問い詰めると、医師はとうとう口を開く。
「この方法はまた醜いものを作るだけだと思うが死体を繋ぎ合わせれば形は作れる。その造形にお前のような脳を入れ込めば動くかは別として、何かはできるだろう。」
怪物は考える。
生きている人間の脳を入れなければならないのだ。
誰かを犠牲にしなければならないのは主旨とは違う。
とりあえずそれを保留にして、体を集めろと圧をかける。
医師は震えて同意するしかなかった。
そうして怪物と医師は度々外へ出る。
幸いなことに、医院の近くには墓地があった。
火葬をしない宗教の墓地だ。
そこからまだ使えるパーツを探す作業をする。
日中は窓から墓地の方を眺め、その日に葬儀があれば夜にそこへ向かう。
そんなことをして、たった数日で体は揃った。
内臓は腐敗しているものが多かったが、わざわざ飲食を強要することもあるまい。
心臓や肺のようにエネルギーを取り込み循環させる臓器は機械で作るとして、食道系の臓器は必要としなかった。
こうして体を揃えて、神経の接続によって動くような体を作り上げると、怪物はもう殆ど満足していた。
あとは魂を入れるだけである。
本当に動くのかは分からなかったが、人間があれほど必死に死体を切り刻み繋いでいたのだ。
嘘を言っている訳ではあるまい。
怪物は喜びのあまり数分の間医師から目を離した。
その時であった。
医師は今まで繋ぎ合わせてきた体をメスでズタズタに切り刻み、バラバラにした。
少し離れたところにいた怪物が気づいた頃には手遅れであった。
怪物に直せる筈もない。
怪物は医師に襲いかかったが、医師も足を引きずりながら必死で逃げた。
奥の部屋から車椅子を持ってくると、怪物はもう追いつくことができなくなった。
怪物は呆然と立ち尽くすと、何か一言口にした次の瞬間医院の裏の林の中へ姿を消した。
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