草稿集

藤堂Máquina

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難聴の詩

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 「思い返せば僕は生粋の旅人だったんだ。」

 そう告げる他なかった。

 適当な言葉が見つからなかったのだ。

 彼女は静かに涙を流した。

 そして「別れたくない。」と言う。

 彼女は耳が殆ど聞こえなかった。

 私は狡い人間だから、彼女の耳が聴こえてさえいれば誤魔化したり、嘘をついたりしただろう。

 音が伝わらないだけに、表情や態度でバレてしまうことを恐れたのだ。

 それにそもそも手話でわかる範囲で上手な嘘をつく能力は持ち合わせていなかった。

 彼女は縋る。

 きっと彼女には自分しかいないことはわかっていた。 

 時に彼女の声になった私という存在は、もはや身体の一部とさえ思われていても不思議ではないのだ。

 もちろん「利用されている」のではなく、「共に生きる」と言う意味で、悪意がないこともわかっている。

 それほどまでに私を想う彼女を置いて去る正当な理由は客観的にみて存在しなかった。

 醜いのは私の考えで、そこで私の生涯を決定してしまうことを恐れただけだったのかもしれない。 

 別れを告げることと、告げずに去ることのどちらが正しい判断であったのかも未だに分からない。

 出発の日には、私の悪い噂がその界隈に蔓延っていた。

 彼女が告げたのか、それとも悲しみに暮れる彼女を見て、誰かが作り上げた話なのかはわらない。

 これでここへ戻る理由もなくなった。

 全ての人間が私を悪とみなしているわけではないだろうが、私は信用に足る人物とは思われていないだけに、真実は真実ではなくなってしまった。

 この先何度も後悔に襲われるだろう。

 その度に「若かった」という言葉で欺き続けるのだろう。 

 旅の始まりはその程度で十分だ。
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